コントロールを拒み、感情で揺れ動くかのようなヴォーカル・スタイル
倉内太の新作『ペーパードライブ』をまずは通しで聴いてみる。一聴して驚くのは、そのヴォーカルの不安定さだ。特に音程の不安定さに耳がいく。メロディはあるが、これを立てようとする意図は見えてこない。むしろ、まるでメロディを壊すかのように、倉内は歌うのだ。
そして歌の中に出てくる言葉と言えば…… 銀行強盗・UFO・ロリコン・病気など、ショッキングな言葉ばかり。引っかかる言葉のオンパレードだ。ここで歌詞カードを見るわけだが、―「解釈」しようとしても、できない歌詞なのだ。解釈を拒み、「感覚」に訴える歌詞。「君より僕のほうがずーっと君だよ」と言われても、わかるようでいて、わからない。おそらく倉内自身も、理屈として「わかってもらう」ことを望んではいないのだろう。感覚として伝えたいという気持ちは伝わる。どうにもならない現実の不条理さへの「絶望」、そんな現実のなかにある、「人の性の哀しみ・慈しみ」。そんな絶望や哀しみが、不安定な、むき出しのヴォーカルとともに届けられる。コントロールを拒み、感情で揺れ動くかのようなヴォーカル・スタイルは、「絶望や哀しみや慈しみ」を伝えるのに、うってつけだ。むしろ、そんな不安定ヴォーカルに、確信犯的なものを感じるのは、私だけだろうか。メロディよりも彼が届けたいものは、そんなやるせない感情なのだ。
現実は残酷で不条理だ。人の性もまた、しかり。〈Rancidが好きだった〉〈変なやつになるしかなかった〉と歌っていた倉内は、3作目にしてあまりにリアルな、彼を囲む現実の痛みをさらけ出した。生きている限り、残酷な現実は続いていく。途中で投げ出すことは許されない。誰しもステージに立ち続けるべきなのだ。倉内も、彼の音楽を聴いている私たちも。3作目の本作から「それでも生きていく」という倉内の決意を感じるのは、私だけだろうか。 音楽的にも、多重録音によるコーラスが入ったり、レゲエのようなリズムが入ったりと、一人で仕上げたとはとても思えない出来栄えとなっている。個人的には、アップテンポなナンバーM-8「ロリータ・コンプレックソ」が好みだ。スピード感はあるがフォーキーなこのナンバーで、彼の確信犯的不安定ヴォーカルが活きていると思うのだ。今作で世界観を広げた倉内が、これからどんな方向に向かっていくのか。楽しみにしている。(text by 板垣有)