「できない自分」を乗り越えた先の景色

――ミックスは、Saito Yuyaさんが手掛けられている曲もあるんですよね?
3曲、合うなと思ったものをお願いしました。Yuyaはいろんな作品でミックスや演奏をしているけど、もともとエンジニアの勉強もしていた人で。制作中にYuyaの新しい作品を聴く機会があって、「やっぱり、めっちゃいいなあ」と思ってお願いしたんです。
――ソロになってからも、アートワークに野元喬文さんが関わるなど、yonawoのメンバーとの関係は続いていますよね。この2年間で、その関係性はどのように変化しましたか?
僕が抜けてから、最初は不思議な感じだったんですよね。仲違いしたわけではないけど、バンドを離れているという状態で。ただ、「一緒に音楽を作ろう」と思った出会いは自分の中にずっと残り続けるものだと思っていたし、みんなクリエイティブが好きな人たちだから、関われるなら関わりたいとは僕は思っていて。
最初はどうしても「バンドとは違うことをやるためにソロになった」という意識が強くて、あえて距離を取る部分もあったんですけど、彼らのセンスが好きな気持ちは変わらないし、だったら自分の気持ちを優先させて素直に頼んでみたらいいのかなと。そうやって、少しずつまた一緒にクリエイティブするようになりました。
――今改めての質問ですが、なぜ、荒谷さんはyonawoを脱退してひとりになることを求めたのだと思いますか?
このアルバムを作ったことで、その理由がひとつ明確になったんです。バンド時代は、自分にできないことが多過ぎたんですよね。自分ひとりで演奏やアレンジまでやってみて、「こういう作業が自分で出来たうえでバンドをやるのと、出来ないでバンドをやるのとでは全然違う」と思いました。
たとえば当時ミックスの場面でも、自分なりの判断はあってもそれを言語化できなかった。よく言えば「任せていた」けど、悪く言えば「頼りきっていた」とも言えると思います。自分でアルバムを完成させてみて、そのことがはっきりわかりました。あの頃は、できない自分に対して説得力を感じられなかったんだろうなと思うんです。
――なるほど。
今回のアルバムには1曲だけ、「disco - Tasogaression」という、サポート・メンバーとセッションで作った曲があるんですが、これは制作のかなり後半にレコーディングしたんです。自分で編曲や演奏をある程度できるようになってからじゃないと、こういう形にはならなかったと思う。実際、すごく充実したセッションになりました。自分からフレーズの案も出せるようになったし、相手が弾いてくれたフレーズに対しても明確な指揮を取れるようになった。「自分はこれがやりたかったんだ」と実感しました。

――ちなみに、今回のアルバムのジャケットはどのように決められたんですか?
のもっちゃん(野元喬文)にリファレンスを投げて、ほぼ一発で決まりました。溶ける感覚ももちろん出したかったけど、淡い感じにはしたくなくて。ギラッと、燃えるようなニュアンスにしたかったんですよね。黄昏って、光が滲む瞬間でもあるけど、同時に強く発光する瞬間でもあると思うので。
――アルバム・タイトルであり、1曲目のタイトルである「黄昏ソウル」という言葉は、どんなふうに出てきたんですか?
この言葉自体はソロを始めて1年目くらいに思いついたんです。「自分が作る音楽ってどんな音楽なんだろう?」とずっと考えていて、それを言葉にしたくて出てきました。「黄昏」にはいろんなものが溶け合うイメージがあるし、自分の音楽もソウルやロック、歌謡曲、J-POP、R&Bなど、さまざまな要素が混ざり合っている。そこに「ソウル」という言葉をつけることで、「魂が溶け合う」という意味も重ねられるなと思って。なので、「黄昏ソウル」は自分の音楽を表明する言葉でもあるんですよね。
――その言葉をそのまま1曲目に据えているのも象徴的ですよね。
そうですね。「黄昏ソウル~」って、みんなが口ずさめるものにもしたくて。歌謡曲が好きなのもあって、自然と耳に残るメロディに惹かれるんです。今回はそこをより意識しましたね。コードで組み立てても、違うと思ったら一度オケを外して、そらで歌って、自分がときめいたメロディを採用する、という作り方は結構やりました。
――音楽を口ずさむって、ものすごく、いいことな気がしますよね。
そうですよね。お守りみたいな。口ずさむって温かさがあるなと思います。「口ずさむ」という言葉自体がいいなと思う(笑)。
――アルバムの2曲目は「東京」ですが、yonawo時代にはバンドの地元・福岡の街の名前である「天神」という楽曲もあったし、街は、荒谷さんにとって曲のモチーフとして惹かれるものなんですね。
等身大の自分を書くとなると、やっぱりそこに行き着きますね。自分が暮らしている土地が血肉になるというか。バンド時代にも「tokyo」という曲を書いたんですけど、あの曲は東京の情景というより、福岡から上京したときの心境を描いた曲だったんです。でも今回の「東京」は、上京して5年ほど経って、実際に東京で暮らしている自分の視点から見える景色が、より強く反映されていると思います。
――歌詞にも出てきますけど、描かれているのは東京の「片隅」という感じがしますよね。「ど真ん中」ではない。
たしかに、「片隅」って感じがしますよね(笑)。自分の曲には、どこか「片隅にこそ響かせたい」という気持ちがあるんだと思います。「みんな、どこかでは片隅にいるよね」っていう。寂しさはあるけど、それを共有できたら少しは和らぐかなと思うので。









































































































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