
過去と未来を繋ぎ、今を重ねていくフジの理想郷
前日から降り続く雨によって会場内を流れる川の水が増幅し、急遽オールナイトフジが中止となった今年のフジ・ロック初日。そのオールナイトフジが開催される予定だったオレンジ・コートの隣、フィールド・オブ・ヘヴンの今年のヘッド・ライナーをクラムボンが務めた。まず正直に言っておくと、同時間帯のグリーン・ステージにオアシスが出演予定だったため、最初はどちらを見ようか迷っていた。近年ずば抜けた作品を発表していないとはいえ、90年代をUKロックと共に過ごした自分にとっては青春のバンドであり、1stや2ndの名曲を演奏されたら大合唱は禁じ得ない。とはいえライブ自体はもう何度も見ているので、“まあ、もう見なくてもいいか”という気持ちが2割、そしてそれよりなにより“クラムボンがヘヴンのヘッドライナーを務めるのはどう考えても見逃せない!”という気持ちが8割で、結局は当然のようにヘヴンを選択した。

フジ・ロックといくつかのアーティスト、そしてオーディエンスとの間には、13年間の歴史で積み重ねられた物語が存在する。忌野清志郎さんに関しては言うまでもなく、現在のルーキー・ア・ゴー・ゴーにあたる新人用のステージから出発し、05年にグリーン・ステージにたどり着いたくるりは初年度のフジの経験を基に「東京」を書き、同じく複数回の出演を経て06年にグリーン・ステージに立ったモーサム・トーンベンダーは、そのときのMCで初年度のフジを体験したことがモーサムのスタートだったと話している。こういった物語性は、他のフェスにはなかなか見られないフジのたまらない魅力の一つだ。そしてフィールド・オブ・ヘヴンにおいては、05年のROVOのロング・セットが印象深い。勝井さんがMCで“ヘヴンでみなさんと長い時間を過ごすことが目標でした”と語っていたように、その環境から独特の磁場を持つヘヴンは、アーティストによってはグリーン以上に魅力的な舞台なのであり、実際に今年もカーリー・ジラフが“フジのヘヴンに立つという夢が叶った”と言っていた。そして今年のクラムボンもやはり、これまでに3度フジに出演している馴染みのアーティスト(ちなみに僕が初めてクラムボンのライブを見たのも03年のフジだったりする)。今回のヘッド・ライナーへの抜擢は、今年『Re-clammbon 2』をミュージシャンのみで作り上げることによって、自らのインディペンデントな活動を再び見直したクラムボンという真摯なバンドに対する、フジ・ロックからの最高のリスペクトだと思うのだ。

降り続ける雨にも負けず、クラムボンのトレードマークであるシャボン玉をなんとか空高く飛ばそうとする女の子を“かわいらしいなー”と思って眺めていると、いつものように伊藤さん、ミトさん、郁子ちゃんの順でメンバー自らセッティングをはじめ、ミトさんが雨の中待ち続けるオーディエンスにねぎらいの言葉をかけるなど、開演前の雰囲気はとても和やか。するとセッティング中の郁子ちゃんがおもむろに「銀河」を弾き語る。昨年発表されたソロ作に収録されている、清志郎さんとの共作曲だ。和やかな雰囲気が、すっと特別な空間へと変わったこの時点でこの日のライブが素晴らしいものになるであろう予感はあったが、ミトさんの“来たぞ!ヘヴン!”の掛け声でスタートした本編の「はなれ ばなれ」、「シカゴ」、「パンと蜜をめしあがれ」の初期曲三連発で、予感は確信に変わった。バンドのテンション、オーディエンスのレスポンス、そして会場の空気が見事にかみ合い、約2時間に渡って美しいハーモニーを奏で続けたのだ。
それにしても、ジャンルも年代も越えて、世界中のあらゆる音楽が集まるフジロックという場所で、クラムボンがヘッドライナーとして演奏することの意義はとても大きいと思う。なぜならクラムボンというポップとオルタナティヴを軽々と飛び越えながら、あらゆる音楽を繋げていこうとするバンドは、フジロックの存在意義そのものなのだから。例えばこの日、すでにクラムボンのオリジナルであるかのようにライブの定番となっているフィッシュマンズの「ナイトクルージング」をはじめ、「波よせて」(Small Circle Of Friends)、「おだやかな暮らし」(おおはた雄一)の3曲のカバー曲が披露されたのだが、これは愛すべき名曲を歌い継ぎ、広めようとする意志の表れであることは間違いない。裏のオアシスが「I Am The Walrus」を演り続けているのも同じことだと思うんだけど、決して一回限りの企画としてのカバーではなく、自らのアレンジで、自らの楽曲のようにフェスという場で自然に演奏できるアーティストというのは、実はなかなかいないと思う(特に日本では)。そして、その意志が直接的に伝えられたのが、ミトさんの次のような内容のMCだ。
今年は王様とか神様とか鬼とか呼ばれる人たちが亡くなったけど、今この場所があるのはそういう人たちがいてくれたおかげで、その気持ちを強く感じながら次の曲を演奏したいと思います。

マイケル・ジャクソン、清志郎、そして鬼=アベフトシについても触れてくれたことが個人的に嬉しかったのだが(もちろん、ミッシェル・ガン・エレファントもフジにとっての重要アーティストであり、翌2日目のザ・バースデイのライブはアベに捧げられた)、つまりはこの言葉こそが、愛すべき音楽を未来へと繋いでいこうとするクラムボンというバンドの活動原理なのだ。このMCの後に、他のどの曲よりも感情をむき出しにして演奏された「バイタルサイン」は、間違いなくこの日のクライマックスだった。
「バイタルサイン」に続いて演奏されたのは、新曲の「NOW!!!」。リズム・チェンジを繰り返すオルタナなアレンジながら、やはりどこまでも真っ直ぐにポップなメロディが響いてくる、この新たな名曲の歌い出しで、郁子ちゃんはこう歌っている。
未来はのんびり待ってても やって来ないもの 今をひたすらにただ 重ねていくもの
アンコール・ラストの「Re-アホイ!」まで、この日積み重ねられた2時間の“今”は、メンバー三人の晴れやかな笑顔と、いつまでも続くオーディエンスの暖かな歓声で締めくくられた。また一つ、フィールド・オブ・ヘヴンに新たな物語が綴られた。
(text by 金子厚武)

クラムボン セット・リスト

1、はなればなれ
2、シカゴ
3、パンと蜜をめしあがれ
4、波よせて
5、君は僕のもの
6、コントラスト
7、Re-Folklore
8、ナイトクルージング
9、id
10、おだやかな暮らし
11、Carnival
12、バイタルサイン
13、NOW!!!
14、sonor
En、tayu-tau
En、Long Song
En、Re-アホイ!
8月1日、クラムボンが新曲「NOW!!! 」を発売します。
FUJI ROCK FESTIVAL、フィールド・オブ・ヘヴンのトリを務めあげたクラムボンが、新曲「NOW!!!」を2009年8月1日(土)に発売しました。この「NOW!!!」はクラムボンのオリジナルの新曲としては2年ぶりのリリース。今回のFUJI ROCK FESTIVALでも唯一の新曲として披露された超名曲です。
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