来年で結成10周年を迎えるbonobosから、ドラマー・辻凡人のソロ・プロジェクト=シュリープスの『mimesis』に続いて、フロントマン・蔡忠浩のソロ作『たまもの from ぬばたま』が届いた。踊りだしたくなるような開放感と、胸がギュッと締め付けられるようなメランコリアが同居した、素晴らしい作品だ。
作品の通底をなすのは、アコギやピアノ、さらにはスティールパンやバンジョーなど、蔡自身も多くを演奏した生楽器の暖かみのある音色。中でも、現USインディ・シーンの最重要人物の一人であるニコ・ミューリーに影響を受けたという管弦楽器の優美な響きが作品のムードを決定付けている。例えば、「ふいごとたたら」の後半部分で展開されるアンサンブルを聴くだけでも、オーケストレーションといえば上ものとしてのストリングスといった感じに定型化した日本のポップ・シーンにおいて、本作が稀有な作品であることをわかってもらえるだろう。
また、歌詞に関してはこれまでになくパーソナルな内容に踏み込んでいる部分もあるのだが、シリアスになり過ぎず、どこかファニーな面を残しているところに、蔡の人柄がよく表れている。そして、自らのルーツを垣間見せる楽曲に続いて、あのジョージ・ハリスンの名曲「All things must pass」を慎ましやかに弾き語るのである。そう、すべては過ぎ去っていき、いつかは全てを失くしてしまう。それでも日々を慈しみ、人を愛さずにはいられない。そんなあなたへと、この作品は向けられている。
インタビュー&文 : 金子 厚武
オトトイだけの高音質HQDシングルを配信開始! ミュージック・ビデオもついてくる!
『銀杏のビロード <HQD Ver.>』
『たまもの from ぬばたま』の最後を飾る「銀杏のビロード」を24bit/48khzの高音質HQDバージョンでお届け! ソロ作ながらbonobosでのバンド・サウンド以上に緻密な音作りがされているだけに、高音質でしか表現できない細かな描写によってメランコリックな世界がより一層鮮やかに迫ります。さらに今回は同曲のMVを特典としてプレゼント。YouTubeほか各所でアップされている映像を最高の画像でお届けしますよ。
【収録内容】
銀杏のビロード(HQD ver.) +「銀杏のビロード」のミュージック・ビデオ
初のソロ作全10曲も配信中!
『たまもの from ぬばたま』
【Track List】
01. うたごえは ラララ煌めく太刀魚の ラララ煌めくまっ青な空 / 02. 空豆ひるがえったら / 03. 遠来 / 04. アストロノーツが屁をこく夜に / 05. 食卓の太刀魚 / 06. 気比の松原、残暑のベロア / 07. All things must pass / 08. ふいごとたたら / 09. マエストロ / 10. 銀杏のビロード
INTERVIEW
——まずはソロ活動へと至る経緯を教えてください。
蔡忠浩(以下S) : 来年でbonobosは結成10周年を迎えるので、すごく忙しくなると思うんですね。それで、有給休暇じゃないですけど(笑)、一休みして好きなことをしようって考えて、ソロでも作ろうかって。最初は打ち込みのデモが少しあったんで、それを膨らませて歌のないものを作ろうと思ったんですね。友達に絵描きとか写真家がいるんで、エキシビジョンのBGMとかで流せるような、「ハイッ」ってあげられるようなものを作ろうと思ってたんですけど... 「歌え」って言われて(笑)。
——(笑)。
S : あとbonobosのアート・ディレクションをやってくれてる北山大介さんが『オリハルコン日和』のデモがすごくよかったって言ってくれて。デモは打ち込みなんですけど、ガット・ギターとか、わりと生楽器が中心で、「ああいう雰囲気がすごくいいから、あれでアルバム一枚作ってみたら? 」みたいな話をしてたりして。bonobosだとメンバーそれぞれの持ち楽器っていう意味での制約があるし、一回ゼロから自分の好きな音楽を、メンバーのこともライヴのことも考えずに作ってみようと思って。
——ある意味ではデモの発展系なんですね。
S : 取っ掛かりはそうだったんですけど、ヴァイオリンとかチェロは絶対入れたいと思ってて、あとユーフォニウムだったり、ああいう(音域が)低い管と弦を組み合わせたものはチャレンジしたいと思ってて。
——管弦楽器のアレンジもご自分でされてるんですね。
S : レコーディングに入るまでにはほぼ全曲のアレンジは打ち込みのデモで作ってます。ただ、弦とか管、特に管に関しては、実際入れることのできる音域に限界があるんですけど、打ち込みだと実際には出ない音域まで出ちゃうんですね。なので、その辺や音のぶつかりとか、音楽的に細かいところは武嶋(聡)くんにお願いして、一緒にアレンジを詰めていった感じですね。
——打ち込みを生楽器に置き換えていくわけですね。
S : そうですね。bonobosのときもデモを作るときは基本になる歌、メロディがあって、それで家でドラムとかベース、上もののイメージをつけて渡してっていう感じなんです。今回は葛西敏彦君っていう若いエンジニアとやってるんですけど、スタジオを1ヶ月ぐらいがっつり押さえて、ダラダラと色々試しながら録ろうと思ってたから、じっくり付き合ってくれる若いエンジニアじゃないと厳しいので、それで彼にお願いして。
——他に、バンドとの大きな違いというとどんな部分ですか?
S : バンドだと曲ができてデモをしっかり作って、リハスタで曲を体に馴染ませてしまえば、一発録りでも全然録れるんです。『オリハルコン日和』もベーシックはほとんど一発録りで、それでちゃんと音楽として成立するんですけど、今回はそれはできないので、デモのオーディオ・ファイルをひたすら生に差し替えていくという、気の遠くなるような作業でしたね(笑)。
——蔡さん自身がいろんな楽器を演奏されてますよね。
S : 基本的に(演奏するのは)好きなので、下手なりに(笑)。でも「気比の松原、残暑のベロア」のベースとかは、ファンキーな、ちょっとレゲエっていうか、ロックっぽくないベースなんですけど、これは流石に弾けなかったですね。チャレンジはしたんですけど、全然無理で(笑)。レコーディング終わりの2日前ぐらいまで残っちゃって、「どうしよう? 」と思って、(柏原)譲さんに急いで電話して(笑)、ベース以外のデータを送って家で弾いてもらいました。
——ドラムに関してはどうでしたか?
S : どの曲もパーツで録っていって、グリッドで並べていこうと思ってたんですけど、自分で叩くとリズムに芯が出なくて、どんどんバラバラになって、真ん中がポッカリない感じになっちゃって、「これはちょっとヤバイな」と。それで元々1、2曲はスペアザ(スペシャル・アザーズ)の(宮原)良太くんに叩いてもらおうと思ってたんで、「ちょっと曲増やしていい? 」って(笑)。おかげでリズムに芯ができたのは大きかったですね。
——作品を作るにあたって参考にしたアーティストや作品はありましたか?
S : 去年の年末ぐらいから曲を作り始めてて、「遠来」とか「空豆ひるがえったら」ができて、管とか弦のアレンジを考えつつ、エレキ・ギターは排除してって感じで作ってたときに、ちょうどヨンシーのソロを聴いたらすごくよくて。(自分が)やりたかった感じを上手くやってるなと思って(笑)。アルバム全体よかったんですけど、「管とか弦のアレンジしてるの誰や? 」と思ったらニコ・ミューリーって人で。そのころたまたま買ったSam Amidonっていうアメリカのフォーク・シンガーのアルバムも、調べてみたらアレンジがニコ・ミューリーで、あの人には結構影響受けましたね。
——ああ、なるほど。いいですよね。
S : 今まで管の使い方って、スカっぽい使い方だったり、ビートルズっぽい、ジョージ・マーティンっぽい使い方はbonobosでもやってたんですけど、もう少しクラシカルな感じの、下のメロディと上のメロディが交差したりとかしたいなと思って。家でずっとやってたんですけど、上手くいくものといかないものがあって、それで(ニコの関連作を)聴いて、「なるほど、こういう風にするのか」と思って。
——じゃあアントニー(&ザ・ジョンソンズ)とかも...
S : アントニー、さいっこうでしたね。
——ですよね。最近ひとつ流れがありますよね、オーウェン・パレットとか。
S : 日本のロック・バンドの感じに飽きてきてるというか、音像とか決まりきってて、せっかくソロで作るのにそういうのもつまんないし、かといって弾き語りみたいのもちょっと違うと思って、弦と管はチャレンジしたいと思ったんです。ニコ・ミューリーの仕事は刺激になりました。クラシカルなんですけど、アカデミックに凝り固まってる人にはできないことをやってますよね。素晴らしいです。
——では、歌詞についてもお伺いしたいのですが、やはり「食卓の太刀魚」のようなパーソナルな内容の歌詞はソロ作品ならではだと感じました。
S : 『オリハルコン日和』に入ってる「LONG RIVER」とかも、系統としては一緒なんですよ。彼岸と此岸の両極の間に揺れる船っていうのは、同じ世界観というか。僕の個人的なところはあんまり伝わらなかったみたいなんですけど、元々わかる人にしかわからないものにするつもりではあったので、それはそれでいいと思ってたんですね。僕のすごく個人的な問題を作品にすることは、僕の中にあるモヤモヤがある程度消化されたりするので僕にとってはいいんですけど、聴く人にとっていいかどうかはまた別問題なので。そういう意味で、今回みたいに直接的な表現をするのは結構躊躇はしたんです。チャレンジというか、どういう風に聴いてもらえるのかなって。
——bonobosの作品としては躊躇してたけど、「ソロ作だしこれぐらい言ってもいいかな? 」っていうぐらいのテンション感?
S : そうですね... 結構悩んだんですけどね。音源として残して不特定多数の人に提示するのって難しい気がしてて... まあでも「いい曲だし、いいか」ぐらいの(笑)。例えば「気比の松原、残暑のベロア」も、気比の松原って僕の祖母が住んでるところで、福井県敦賀市にある日本三大松原のひとつで、すごくいいところなんですよ。すごい好きな場所だし、祖母のことも大好きですし、この曲もある意味「食卓の太刀魚」と通じるテーマというか。
——作品全体を通じて、自分のルーツと向き合う視点があるんですね。
S : それと、大げさに言うと、自然とかそういうものと帯になってつながって、循環してというか...
——ええと、それって『たまもの from ぬばたま』っていうアルバム・タイトルと関連することだったりしますか?
S : 「ぬばたま」っていうのは真っ黒い実なんですけど、元々「万葉集」とかに出てくる、髪の毛だったり暗闇だったり、黒い物の枕詞なんです。イメージとしては、真っ暗闇からにゅるっと音楽だったりいろんなものが出てくるって感じなんですね。
——ジャケットのアートワークはまさにそんなイメージですよね。それはパッと見ではわからないけど、確かにそこにあるものに気付かせる、というような意味合いなんでしょうか?
S : うーん、そういうのじゃないんですよね... どう言ったらいいのかな... 妖怪って、水木しげるさんがしっかり形にするまでは、真っ暗闇だったり、天井の染みだったり、形のないものを妖怪として見てて、それに水木さんが形を与えたそうなんですね。あの人って戦地に行って死にかけの状態で真っ暗いジャングルにずっといて、敵の兵がいつ来るかわからない、肉食の野生動物がいつ出てくるかわからないという状況の中でずっと闇を見つめていたら、あきらめの向こうにひゅっと希望が出てきたんだっていうエピソードがあるらしくて... そういうイメージです(笑)。
——なんとなくですけど、わかります(笑)。
S : あと例えで言うと、カシャカシャって動かしていく絵並べの遊びあるじゃないですか? あれって4×4で16マスあったとしても、1マス空白があってはじめて動かせるわけですよね。物事には虚無っていうか、何もないところが絶対あって、でもそれは逆に言うとすべての物事を動かす基本になる、いいも悪いもそこに含まれるっていうイメージがあって。ビッグバンとか、無から急にバーンとはじけるのにも通じるし。
——ああ、そのイメージはすごくわかりやすいです。
S : いいも悪いも含めて、あっちこっちで生き物は生まれて死んでいく。その繰り返しの中の1つの地点にいて、こういう曲が時間や感情や空間を少し切り取ってる、そういう感じですね。
——なるほど。言葉にしていただいてありがとうございます。一方で「マエストロ」に出てくる<黄金色した感情とらえるような音楽よ><そうして誰かの悲しい心のそばに寄り添うがいい>っていう歌詞とかは、bonobosにも通じる、蔡さんらしい歌詞だなって思いました。
S : そうなんですけどね... そこは少し無責任かなって僕の中では思ったりするんですよね。歌を歌ったからって直接人の助けにはならないですから。実際行って手を添えてあげたほうが全然効果あるだろうし。
——ああ、そこは自分の曲と自分自身にアンビヴァレンツな感情があるんですね。
S : それは常にありますね。常に良き人でありたいと思うじゃないですか? 僕も理想としてはそうありたいと思うんですけど、現実にはドス黒い感情も持ってるし。理想と突っ込みと、常に2つあるんで(笑)。俺もこうありたいっていう、自分の希望も入ってるんですよね。
——でも、この歌詞だけを切り取ると理想に偏っちゃうけど、アルバム全体を見渡せばドス黒い方の部分もちゃんと描かれてるので、そのバランスはちゃんと取れてると思いますよ。
S : それでボヤっとできてればいいんですけど(笑)。そういう意味ではまだ全責任を負いきれてないのかもしれないです。U2のボノぐらいだったらすべての矛盾を受け止めて... ああいう男になりたいですね(笑)。
——(笑)。ボノなんかは矛盾も含めて愛すべきところだなって思っちゃいますね。
S : だから... もっと強くなりたいなと思って(笑)。これがすごい売れたら風景がバッと変わるかもしれないので、ぜひご協力お願いします(笑)。
INFORMATION
- 2010/11/13〈大阪〉TOWER RECORDS梅田NU茶屋町店 『蔡忠浩 インストアイベント』
- 2010/11/14〈大阪〉BIG CAT『FM802 MINAMI WHEEL 2010』
- 2010/11/18〈岩手〉岩手県公会堂 『蔡忠浩 ソロ Live Tour “ぴかぴかとくらくら”〜東北弾き語り編〜』
- 2010/11/21〈宮城〉カフェモーツアルト 『蔡忠浩 ソロ Live Tour “ぴかぴかとくらくら”〜東北弾き語り編〜』
- 2010/11/23〈山形〉文翔館 『蔡忠浩 ソロ Live Tour “ぴかぴかとくらくら”〜東北弾き語り編〜』
- 2010/11/25〈青森〉スペースデネガ 『蔡忠浩 ソロ Live Tour “ぴかぴかとくらくら”〜東北弾き語り編〜』
- 2010/12/08〈大阪〉梅田シャングリラ 『蔡忠浩 ソロ Live Tour “ぴかぴかとくらくら”』
- 2010/12/12〈東京〉渋谷WWW 『蔡忠浩 ソロ Live Tour “ぴかぴかとくらくら”』
- 2010/12/18〈北海道〉札幌COLONY 『xiu xiu tou club vol.2 “ぴかぴかとくらくら”〜札幌弾き語り編〜』
- 2011/01/10〈神奈川〉 横浜市開港記念会館講堂『HOKA HOKA meeting Vol.2 「拍舶来来(ハクハクライライ)」』
PROFILE
レゲェ/ダブ、ドラムン・ベース、エレクトロニカ、サンバにカリプソと 様々なリズムを呑み込みながらフォークへ向かう、天下無双のハイブリッド未来音楽集団、bonobosのヴォーカル&ギター&リーダー担当。天使の歌声悪魔のはらわた、コーヒーとタバコと猫をこよなく愛するグッドルッキンガイッ!