2022/03/30 18:00

CROSS REVIEW 1

『これまでのどの作品よりも「イビツな美しさ」を放っている』

文 : 黒田隆憲

切羽詰まったギリギリの感情を、そのまま音に刻み込んだようなおよそ40分。シンガー・ソング・ライター秋山黄色の通算3枚目のアルバム『ONE MORE SHABON』は、これまでのどの作品よりも「イビツな美しさ」を放っている。

その予兆は昨年9月1日に配信リリースされた、先行曲“ナイトダンサー”の時からすでにあった。BOAT RACE TV CMイメージソングとして制作されたこの曲は、歪んだ4つ打ちキックとローファイなギターカッティングに導かれ、抑揚の効いたメロディ・ラインが畳み掛けるオープニングから一気にその世界へと引きずり込まれる意欲作。せわしなく動き回るベースと疾走感たっぷりのシンコペーションドラムの上で、セクションごとに景色を変えるメロディは、どこを切り取ってもサビといえるくらいフックがあり聴き手を飽きさせない。1Aと2Aではアレンジがガラリと変わっていたり、そもそも一度しか登場しないセクションがあったり、ポップスの定型から逸脱したその曲構成は、セカンド・アルバムとなる前作『FIZZY POP SYNDROME』(2021年)で築き上げた世界観をさらに推し進め、早くも秋山が次のフェーズへと移行していることを証明してみせているようだったのだ。

秋山黄色 「ナイトダンサー」
秋山黄色 「ナイトダンサー」

あれからおよそ半年。ドラマ『封刃師』主題歌として書き下ろされた、新曲“見て呉れ”をはさみリリースされた通算3枚目の本作『ONE MORE SHABON』には、“ナイトダンサー”級の楽曲がひしめいている。もともと秋山の音楽性は、最新のヒットチャートからNirvana、eastern youth、ドミコ、あじさいタウンなど古今東西の音楽を大量にインプットしつつ、それを自らの「快感原則」に従いコラージュのように組み合わせた膨大な情報量が特徴だが、全体的にローファイでワンマンユニットならではの独善的な世界観が強烈だったファースト・アルバム『From DROPOUT』(2020年)、よりソング・ライティングに重きをおいたセカンドを経て今作サードでは、転調や変拍子などを多用し一瞬たりとも息をつかせぬような展開が、最初から最後まで続くのである。

「もしも精神が目に見えたら、決してはまらないパズルのピースのような酷い形をしていそうです。 分かり合う事、生まれると手に入れてしまう『見た目』の歪さを書きました」※1

どこかプリンスを彷彿とさせもする、ヒリヒリとしたファルセット・ボイスで始まる冒頭曲“見て呉れ”は、秋山本人がそうコメントするようにアルバム『ONE MORE SHABON』が持つ「イビツさ」をぎゅっと凝縮したような象徴的なナンバーだ。緻密にデザインされたプログラミングと生のバンド・アンサンブルが有機的に混じり合い、次々と転調を繰り返しながら、元いた場所とは全く違う次元に到達する。それはまるで、遺伝子操作や異種交配を繰り返した果てにフランケンシュタインのような“見て呉れ“となった、悲しい生き物のようでもある(シングルのアートワークは、まさにそのイメージを具現化したかのようだ)。

「アク」はドラムスに石若駿、ベースに越智俊介というCRCK/LCKSのリズム隊を迎えたナンバーで、拍子の違うパートをレイヤーしたアクの強いポリリズムが印象的。「善悪」なんてものは、自分の属するレイヤーによっていくらでも反転することを歌ったこの曲の歌詞世界をバンド・アンサンブルで表したかのよう。ちなみにアルバムのラスト・スパートを飾るジャズ・ファンク・チューン“シャッターチャンス”は、このリズム隊にさらにCRCK/LCKSのオダトモミ(ボーカル、ピアノ)をピアニストとして迎えており、その鉄壁のサウンドスケープをザクザクと切り刻むような、切れ味鋭いラップを秋山は披露している。

その一方、ヨナヌキ音階を効果的に用いた主旋律が、オリエンタルな空気を醸す“燦々と降り積もる夜は”や、ネオソウル的なレイドバックしたグルーヴを展開する“あのこと?”のような、ソングオリエンテッドな楽曲も散見する。もちろん随所にギミックが仕掛けられており、どれも一筋縄ではいかないアレンジに仕上がっているのは言うまでもない。

他にも、4つ打ちのキックやリズミカルなシンセのバッキング、エフェクトボイスが印象的なエレクトロ・チューン“Night park”、「真夏に食べたフルーチェのように 白く美しいままでは居られなかった」という、視覚や味覚そして触覚にも訴えかけるイメージが鮮烈な“うつつ”、そしてエッジの効いたギターとベースのユニゾンリフが強烈な印象を残す“PUPA”など、曲ごとに聴くとかなり振り幅の大きさを感じる。それでいて全体的に統一感があるのは、やはり秋山の特徴的な声質やギターサウンドによるところが大きいのだろう。

アルバムを締めくくるのは、「人は苦楽の中から何かを知ろうとして 大人にはならんけど 子供じゃなくなるのさ」と歌う“白夜”。ドラマティックなピアノのバッキングと、幾何学的なギターオーケストレーションが交差する感動的なナンバーだ。

ジャンルや国籍を問わず多種多様な音楽的要素を脈絡なく取り込み、イビツで美しい唯一無二のサウンドスケープを構築した秋山黄色。プログラミングとバンドサウンドをハイブリットしたこのアンサンブルがライブでどのように再現されるのか、是非ともこの目、この耳で確かめたい。

※1:収録曲“見て呉れ”先行配信リリース時に発表された秋山黄色のコメントより

黒田隆憲

1989年生まれ、三十路街道爆進中。邦楽メインのフリーランス音楽ライターです。

【Twitter】
https://twitter.com/otoan69

この記事の筆者
梶野 有希

1998年生まれ。誕生日は徳川家康と一緒です。カルチャーメディア『DIGLE MAGAZINE』でライター・編集を担当し、2021年1月よりOTOTOYに入社しました。インディーからメジャーまで邦ロックばかり聴いています。

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