CROSS REVIEW 2
『“心”という厄介な代物を、どうにか取り扱うための術』
文 : 蜂須賀ちなみ
トリッキーな音楽を“複雑”である以上に、“おもしろい”ものとして聴かせられるこの人の才が光る“見て呉れ”に、王道ギターロックの“ナイトダンサー”を重ねて痛快に幕開けたあとは、石若駿(Dr)、越智俊介(B)、小田朋美(Pf)とCRCK/LCKSメンバーでバンドを固めた“シャッターチャンス”におけるジャズ×ヒップホップ的なアプローチ、“Night park”で見せたフューチャーベースなど新しい側面も提示しつつ、一方で“PUPA”のように初期を彷彿とさせるがちゃっとした質感の曲も収録し、幅広く展開していくサード・アルバム。
音楽的な広がりを感じさせる作品であることはもちろん、以前に比べて、景色が見える曲が増えたように思う。特に中盤の“燦々と降り積もる夜は”、“あのこと?”、“Night park”、“うつつ”には新鮮味があった。とはいえ、景色といえどもアウターではなくどちらかというとインナーなイメージ。例えば“うつつ”のサビで「フルーチェ」という「え、そこでそれ歌う?」と言いたくなる単語が登場するのは秋山の原風景にそれがあるからだと想像できるし、要するに、今作における情景描写は秋山自身のパーソナルな記憶から出てきているように感じるのだ。ファースト・アルバム『From DROPOUT』~セカンド・アルバム『FIZZY POP SYNDROME』には秋山のバックグラウンドを感じさせる地元・宇都宮に関連する曲も収録されたが、今作ではさらに深部――秋山黄色という人間の芯、彼を形成する思想そのものの内側に潜り込んでいるイメージだ。
しかし、秋山の精神世界を映し出したこの音楽を聴いてどこか懐かしさを感じるのは、彼も、私たちも、心のなかになにか同じものを持っているということだろうか。では、それはなにか。私たちひとりひとりは別の個体であり、完全に交わりあうことはできないし、そのうえで「分かり合えないって最高だね」(“見て呉れ”)と歌うのが秋山黄色だったりするわけだが、それでもなにか共通項があるのだろうか。
それは、いま生きていてやがて死ぬことだ。10曲のうち、秋山の死生観が最も明確に綴られた“白夜”にある「幸福で死にたくないっていうのは/この地球上で一番の不幸だね」というフレーズには、“死は誰にでも必ず訪れる”というどうしようもない真理を自覚させられる(余談だが、以前2000年生まれのインタビューに取材した際、“死は最大の人間あるある”と言っていた。そういった考えに至る背景はもちろん人それぞれ違うと思うが、筆者の肌感覚として、現在20代前半~半ばのアーティストにはそういう価値観を持つ人が多いように感じている)。
なお、“白夜”とは、太陽が一晩中沈まない夜(北極圏付近や南極圏付近で夏至前後に見られる現象)のことで、対して“白夜”に至るまでの9曲は徹底して“夜”の話だ。孤独の夜に内省し、藻搔き苦しむ自分自身と向き合うための音楽。ファースト・アルバム収録曲“Caffeine”やセカンド・アルバム収録曲“ホットバニラ・ホットケーキ”などの存在を鑑みれば“夜”というモチーフ自体は秋山黄色のディスコグラフィにおいて珍しいものではないが、アルバム1作かけてそれをとことん描いているのがこの『ONE MORE SHABON』という印象だ。
「睡眠って、めちゃめちゃ都合よくできている生命の神秘のひとつだと思うんですよ。夜があって朝を迎えるという回転が人間の正気を保たせているように感じるし、逆に言うと、 “1日”なんて最初に言い出したやつはそもそも絶望していたんだろうなと思う。あんなもん、地球が自転して、自分のいる場所が一度陰になったあと、また日に当たるだけの話なので」
以前秋山にインタビューしていた時、上記のように言っていたことが印象に残っているのだが、その話になぞらえると、朝になった途端「俺は一万年生きる予定だ」と大口を叩き始める“シャッターチャンス”の主人公はまさに一日の循環のなかで生きている人だ。しかしその直後、“白夜”では「この世界には夜が来ない場所があるらしいけど、だとしたら、あなたはどうしますか?」という方向に展開され、アルバムはそのまま終わりを迎える。一時的に気持ちが軽くなったとしても、未来永劫、向き合わなければならない問題が心の真ん中に横たわっているという事実。最後にそれを突きつけるなんて、ある意味容赦のない構成だ。
では、このアルバムは絶望を伝えるための作品なのか。いや、きっとそうではない。例えば、“シャッターチャンス”にある「出口のない痛みに向き合い/藻掻いてしまう君が誇らしい/ズルの仕方を一緒に覚えよう」というフレーズ、これこそが音楽家・秋山黄色なりの表明ではないだろうか。“ズルの仕方”とはつまり、生きていくうえでの苦しさを少しでも回避するためのヒント。「ちちんぷいぷい」のようにライトなノリで、しかし一種のおまじないとしてどこか切実な響きを有しながら繰り返される“Quick Quick Turn”(“シャッターチャンス“より)も、他9曲含め、アルバム全体に散りばめられたキャッチコピー的なフレーズ(真正面から射貫こうという意思を感じる)もそういう性質を持つ言葉で、自分ですらブラックボックスに思えてならない“心”という厄介な代物を、どうにか取り扱うための術を、秋山はその音楽で以って発明しようとしているのかもしれない。
蜂須賀ちなみ
文筆業(フリーランス)。邦楽ロック/ポップスのライティング・インタビューを中心に、音楽以外も執筆。音楽と人、MG、リアルサウンド、音楽ナタリー、SPICE、Billboard JAPAN、Skream!等に寄稿。いきものがかり公式noteなどアーティスト公式コンテンツにも携わる。
【Twitter】
https://twitter.com/_8suka