暴力性は、歌が入ってないからこそ際立つ
──確かに。その答え合わせかのように、ジェイムス・ブレイクは作品を追うごとにシンガーとしての比重が増していく。
野本:そうなんです。<フジロック>でクライマックスの「Retrograde」のアウトロに入った時、大味なシンセサイザーが全ての音を塗り重ねていったんですよ。その時に「歌が侵食される!」って思ったんです。それって逆説的に、ライブがいかに歌によって成立していたのかを示しているというか。歌がなくなる感覚があったのは、それまで歌を聞いていたからなんです。
俺がやりたいのはそのアイデアなんですよ。今回のEPでもそうなんですけど、歌モノと実験的なトラックが分かれていて、聞く人によっては「本当は実験的なことがやりたいんじゃないの?」って感じると思うんです。でもそうじゃなくて、デザインによって歌が引き立つからこそ、長い目で見た時にオケを実験した方が良いんですよね。日本には歌の文化が強烈にあるじゃないですか、だからデザインによって歌を際立たせる方法というのは極めて日本人ナイズドしやすいと思うんです。
──なるほど、そこまで考えて。
野本:いずれはプロデュースに回りたいんです、ジェイムス・ブレイクがフランク・オーシャンやビヨンセと一緒に制作をしたような感じで。今の日本はプロデューサーやエンジニアの方が下に見られているというか、ただ「裏方」として扱われていると思うんですよね。でも、俺はメロディが作れる人とアレンジができる人が同じぐらいの才能を持っていると信じているんです。作品の根っこを作るのがパフォーマーである必要はないし、自分も本来は前に出るタイプではないと思っているので、ゆくゆくはそういう役割をしたい。
──ジェイムス・ブレイクもミック・ジーも、今のポップスを聞いててカッコいいって思えるのってそういったプロデューサーの貢献に拠るところが大きいじゃないですもんね。
野本:そうですよね。だから、藤井風が250と組んで『Prema』を作ったこととかは、その構造を明らかにするという意味では良い動きだと思うんですよ。ただ、それまでの作品を振り返ってみると、250と同じようにYaffleの功績も大きいのにそこは取り沙汰されてない。なので。そこはもっと注目されるべきなんじゃないかなって。
──以前のインタビューで「結果ではなくプロセス的な部分に『新しさ』みたいな視点が移っていく」と仰っていたじゃないですか。その考察と今の話は通じていますよね。
野本:そうですね。創造力そのものに対して、色んなリファレンスやアイデアが加わることで面白いものができていくと思っています。
──今回の『LOSS』では、どういったリファレンスやアイデアを念頭に置いて制作を進めたんですか?
野本:「Stay,be」はヴルフペックが新作でドゥービー・ブラザーズのオマージュを入れていたのがカッコよかったので、当時聞いていたスティーヴィー・ワンダーの「Sir Duke」をそのまま入れました。その後のトラックは¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$UのBoiler Roomですね、ああいう展開をやりたくて入れました。
──『New, Man』をリリースした際に、ジェイミー・XXからの影響を語っていたじゃないですか。「Stay,be」から続く「scum(((((((」はその延長線上にあるんじゃないかと。
野本:「scum(((((((」はどちらかといえばジェイペグマフィアとかケン・カーソンとか、あとはプレイボーイ・カルティからの影響が大きいですね。声によって合いの手を入れるというか。

──次の「Banpaq」は……読み方は「バンパク」で合ってます?
野本:そうです、あの万博です。この前行ってきて、それから万博っぽいファンファーレが鳴っている曲を一度作ったんですよ。ただ、全く許可を取っていないサンプリングばっかりだったことに後で気づいて(笑)。そこから全部作り変えたので、結果的には万博感のない曲になってしまったという。
──なるほど。
野本:それで……『18PERSONAL』の頃の俺だったら、「Banpaq」みたいに攻撃的なインタールードの曲なんて一日で3〜4曲くらい作れてたんですよ。 しかも、もっとブリブリなやつを作れてた。でも今回の制作では何をやっても歌モノになるというか、どうしてもポップになっちゃって。それはダメなんですよ。個人的にはオルタナティブな部分も忘れておきたくはない。なので池田亮司や山塚アイのライブに行ったんですよね。自分の根底にある反骨精神を出したかったんです。
──歌モノのデザインを追求することからは外れた動きのようにも思えるのですが、その点に関してはご自身の中で両立しているんですか?
野本:作品全体を見渡した時に、歌モノとインタールード的なトラックは分けた方が良いと思ったんですよ。歌モノはデザインすることが重要ですけど、インタールードはより身体性を伴った衝撃的なものを作りたい。
──例えば両者を混ぜて「最強の一曲」を作るみたいな、そういう欲望はないんですか?
野本:ありますね、「Stay,be」はそれに近づいているかも知れません。ただ、暴力性って歌が入ってないからこそ際立つと思っていて、それは絶対に混じり合わないとも思うんですよ。例えば池田亮司に歌メロが入ってたら、あの暴力性は出ないんじゃないかと。山塚アイもハッキリ歌うのではなく「shine on! shine on!」って言ってるだけだから雰囲気が引き出されるような気もしていて。
メロディが明確に入った瞬間に「これいらねぇな」って思う場面が多いんですよね。シンゲリ(注:タンザニア発祥の高速ダンスミュージック)をよく聞くんですけど、ハイパーポップを先に知っている身からすると甘美性がなくて驚くんです。それってシンゲリに歌メロがないからこそで、ポップじゃないからこそ成り立っているというか。その暴力性が欲しい時に歌モノとは両立しないから、それをどう一緒にするかって感じですよね。
──ポップと暴力性の両立という観点から、現時点での「最強の一曲」って何だと思います?
野本:えーと……長谷川白紙の「草木」ですかね。あとはボン・イヴェールの『i,i』ってアルバムの二曲目に入っている「iMi」。テクスチャーがとにかく凝ってるし、「草木」に関しては自分がこれまでで一番衝撃を受けた曲なので。あとカニエも近いですよね、『808s & Heartbreak』でオートチューンをかけて叙情的に歌う感じとか。その後の「Dark Fantasy」とか「Runaway」も最強に近いと思います。
──わかります。その点、『LOSS』は作品全体で二つの要素が絡みあっていて、ライブ感のある構成になっていますよね。「Banpaq」から「波音」でアンビエントに突入して、そこから「足跡」で歌モノに戻って来るという。
野本:そこの展開は¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$Uのセットを参考にしたんですよ。盛り上がってるところから綺麗なピアノが入ってアンビエントになり、お客さんが手を上げて、途中からピコピコした音が再び入ってきて終わるっていう。それがやりたかったんです。『LOSS』の後半はDJプレイというか、色々経た後に「足跡」と「夕焼け」という歌モノで終わる流れは美しいと思います。













































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