2018/06/01 00:00

音楽をとりまく状況は変化しているのか

──5年ぐらい前に竹中さんとお話ししたとき、いまの若い人は音楽にお金を使いたがらない、タダなのが当たり前だと思ってる、という話になったんです。だからサブスクリプション・サービス(当時まだ日本ではスタートしていなかった)もどうなんだろう、という。いまは少し状況が変わってきたんでしょうか。

鈴木 : 僕は20年ぐらいメジャー・メーカーにいますけど、あまり変わってる感じはしない。というのは、結局日本の音楽マーケットって、宇多田ヒカルさんの800万枚を超えてこない。ときどき100万とか300万とかありますけど、もともとがそれぐらいの範疇なんです。ミリオン・ヒット=大ヒットという構図は何十年も前から変わらない。(音楽にお金を使う層は)人口に対するパーセンテージという点でも変わらない。逆にいうと有限ではあるけど、確実にいることはいる。だからいつの時代でも変わらない気がします。若い人で音楽にお金を使う人の割合は増えても減ってもいない、という。

──スマホのパケット料を1,000円2,000円追加するのに抵抗はなくても、そのお金をCDやダウンロードに使うことはあまりない、というのがこれまでの若い人の消費傾向だった。そういう人たちが、月980円のサブスクリプション・サービスを使うようになってきたということでしょうか。

竹中 : すごく短く端的に言うと、音楽と個人の関係が、5年前と今とでは結構変わっていて。いまのサブスクリプションに加入している若い人たちは、全員とは言いませんが大多数は、サブスクリプション・サービスに加入することでほかの友達と音楽の話題を共有するコミュニケーション代として、月980円を払ってるんじゃないか。つまり音楽そのものにお金を払っている意識ではなくて、そういう「かっこいい自分」とか「友達とやりとりするために、しょうがないなと思ってる自分」みたいな、そういうところでの経済の寄与じゃないかな。経済に寄与してるという意識はないかもしれないけど、でも結果的に「出させられている」という風に見えます。

──でも音楽が共通の話題になって、それに対してお金を払ってもいい、と思っているのであれば、悪い話じゃないですよね。

竹中 : そうですね。そこで「いつでも聴けるようにパッケージを買おう」という発想はないですけど、でもライヴに対してはありますよね、みんなとライヴに行って、その場を共有して楽しんでいる。でもそこでハイレゾでもヴァイナルでも、お金を出して買っている人が変わり者扱いになってしまうのが、よくわからないんですよ。

音源配信が抱える問題

──ライヴ体験やマーチャンダイスのTシャツなどはコピーできないから皆買う。でも音そのものや映像はいつでもコピーできてしまうから、なかなか買う気にならない。

竹中 : 音楽ストアからみると、ストリーミングで、スタジオ・クオリティではない圧縮音源を流すのは、ある意味当然だと思うんですよ。経済のルールとして、いいものは無限には渡せないから。でもOTOTOYで扱っているようなハイレゾの場合、ミュージシャンがスタジオで聴いている音がそのままの形でリスナーに渡る。それは、すごく革命的なことだとハイレゾ初期の頃は言われたわけですけど、考えてみれば「これを聴いて欲しい」と思って作品を作ってるわけだから、当然そのままの形で渡した方がいいわけです。そういうことがハイレゾの登場ではじめてできるようになった。そこで音質面ではクオリティが落ちるストリーミングが、さらに下を支える。そういう多層的な楽しみ方ができることは、音楽消費社会にとってはすごく良いことだと思います。

鈴木 : その通りですね。

2010年代を代表するダンス・ミュージック・プロデューサー、tofubeats
2010年代を代表するダンス・ミュージック・プロデューサー、tofubeats

竹中 : でもいまはいろんな事情があって、OTOTOYでもAAC(圧縮音源)しか配信できないアーティストとかレーベルがある。ハイレゾを配信してるアーティストと、圧縮音源しか配信してないアーティストが並んでいる。最上のクオリティと許容できる最低限のクオリティの間に適切なグラデーションがない。ちょっと変なことになっている気がしますね。

──「良いものは無限には渡せない」のが経済原理だとしても、現状ではハイレゾはおろかCD音質の配信も、一般的ではないですよね。もちろんもともと制作段階でハイレゾで音源を作ってないアーティストもいますけど、CD音質の音源ならリリースすることに大きな障害があるとは思えない。それはどういう事情なんでしょうか。CDで出しているのであれば、CD音質のDL販売があっても不思議ではないのに。

鈴木 : どうしてなんですかね…… できるんですか?

竹中 : できます。単なる契約上の取り決めだけなんで。単に前例がないという理由だけなのか…… わからないですね。渡さない理由がわからない。

鈴木 : もしかしたらそこで、メーカーが1番フィジカルにしがみついてるってことなのかな……。

竹中 : かもしれないですね。CDをずっと売り続けたい、という。

──アーティストが、スタジオで作ったときの音をそのままを聴いてもらいたいと望むのは自然なことだと思うんです。そういう要望があるからこそハイレゾが売られるようになったわけで。そういう音質に対する意識は、メーカーによってずいぶん差があると感じます。たとえば我々が試聴用に聴く音源も、ちゃんとCD音質のWAVで提供してくれるところもあれば、128kbpsのMP3でしか提供してくれないメーカーもある。精魂込めたアーティストの作品を音質の劣る128kbpsのMP3で評価するのは、内心忸怩たるものがありますね。

鈴木 : なるほどねえ。それはちょっと宿題として聞いておきます。もしかしたら昔のヘンな商習慣でそうなったものが、そのまま野放しになっている可能性もあるもんね。CDでは売れてもCD音質のダウンロードはさせないという理由が。

竹中 : 90年代の半ばごろに、CDがビットパーフェクトで完全にリッピングができるとわかった時の衝撃が大きすぎたのかもしれませんね。「わ、盗まれる!」とメーカーのえらい方々が思っちゃったのかも。

──それでCCCD(コピーコントロールCD)のようなものも出てきたし。

コピーコントロールCD
PCにおける再生や複製を防止するために作られた特殊なCDのこと。通常のCDにコピー防止信号を埋め込むことで、PCでのリッピングやCD-Rに複製することができない。

竹中 : いろいろありましたけどね。それで「守りたい守りたい」という気持ちが未だに続いているのかもしれない。想像ですけど。

鈴木 : 〈ソニー〉、〈ワーナー〉、〈ユニバーサル〉という3大メジャーが、CDフォーマットのコンテンツ・ホルダーなんですよね。それによって当時決めたことがそのまま続いてるのかもしれない。

──本当はiTunes Storeが売るデータを全部ハイレゾかCD音質に切り替えてくれれば、状況は大きく変わると思うんです。でもハイレゾどころか、DL販売そのものを止めてしまうという噂まで伝わってきて。そうなると、OTOTOYで扱うようなハイレゾか、ストリーミングかの両極端になって、その中間がないってことになりますね。さきほど話に出た「適切なグラデーション」がなく、選択肢が極端に狭められてしまう。

鈴木 : そうですねえ。

竹中 : OTOTOYはCDクオリティでの配信は問題なくできますし、できればそれをやりたい。

OTOTOYスタッフ : 音質にこだわるお客さんは、CDの盤はいらないけどWAVのデータだけ欲しいという人が結構いて、そういう人がOTOTOYで買ってくれるんです。でもいま話に出たようにそこが抜け落ちてしまうと、そのお客さんにとっては不便でしょうね。

鈴木 : なるほどねえ。それはちょっと宿題として持ち帰らせてください。

竹中 : いろいろ事情もあるんでしょうし、そうしなきゃダメだと言っているわけじゃなくて……。

鈴木 : 「事情」であって欲しいというか、事情もなく単なる前例踏襲の結果に過ぎないんだったらイヤですね。

竹中 : もしかしたらグローバルに決まってるのかもしれないですね。

鈴木 : さっき言った、フォーマットホルダーとしてのなにか足枷があるんだと思うんですけど。

──CDショップなどディーラーへの遠慮はまだあるんでしょうか。

鈴木 : ゼロではないと思います。でもジャニーズがコンビニ流通を使ってCDを売るようなチャレンジもあったし、実際問題、どのメーカーも直販サイトに力を入れてますからね。ディーラーではなくメーカーが自分のところで売ってしまうことで、昔はクレームもあったかもしれませんが、結局のところいまは問題なくできてますからね。もちろんリテーラー・サイドも、自前のオンライン・ショップを持ってたりするし。そのせめぎ合いは、昔ほどではないですけどね。

実はウチは去年からフィジカルのディストリビューションを外(ソニー・ミュージック・マーケティング)に預けてるんですよ。来たるべき時代に備えるために、フィジカルのインフラを維持することよりは、デジタルにもっと投資した方がいいじゃないかという判断ですね。人材的なリソースもそうだし、いわゆるマーケティング的なことも含めて突っ込んでいった方がいい。もちろん海外の意向も含めてですけどね。さっきお話ししたエデュケーションの一環ですけど、次の時代が来たときにどう対応していくか考えたとき、そっち側に舵を切っているという。

2017年末、NHK紅白歌合戦にも出演を果たしたWANIMA
2017年末、NHK紅白歌合戦にも出演を果たしたWANIMA

──あと細かいことで気になるのは、高いお金を出してハイレゾを買っても、ブックレットも歌詞対訳もライナーノーツも何もついてこないことです。私は基本的にダウンロードの場合はハイレゾしか買いませんが、CDよりも高いお金を出してるのに、CDを買えば当然のようについてくる付属物がついてこない。いい音質で聴きたいからハイレゾを買う。でも解説や対訳も読みたいからCDも買う。レコード会社から見ればすごくいいお客さんになってるんですけど(笑)、でもこれは理不尽だと思うし、リスナーのことを考えていない。

竹中 : これはレーベルとかストアの問題じゃなく、著作権の法制と著作権管理業者のメニューの問題ですね。10%とられるんですよ。著作権は7.7%なんですね。JASRACの場合。7.7%か100円の、どっちか高い方。でもライナーノーツに歌詞が少しでも含まれていると、それに加えて10%を払わなきゃいけない。

──ライナーだけでなくオリジナルのブックレットに歌詞が掲載されている場合もありますが、それも払わなきゃいけないんですか。

竹中 : 払わなきゃいけないんです。なので7.7%が17.7%になるんです。売り上げが100の中の17.7という数字はものすごく大きくて。経済的な問題ですけど、さすがにストアとしてそこまで負担はできない、というのはあります。それはルールの改正が必要なんですけど、現状でうまく回っていると思ってる人たちには、そのルールを変える理由は全くないので。

鈴木 : そういうことですよね…… そのルールも時代を見てないときに作られたルールなんでしょうからね。

竹中 : おそらく昔の流通のときに最適化された仕組みだと思うんです。でもこの10年ぐらいであまりにも環境が変わっているのに、そのルールが変わらないのは問題だと思いますね。それで小野島さんのような方が二度買いしたり、歌詞カードがないので歌詞がわからないとか。

──SpotifyやApple Musicは音楽を聴く人の裾野を広げる。そこで聴いて、これはいいと思ったからアルバムをお金を出して買おう、という人がいたとして、それをうまく導くことができているか。ストリーミングよりも良い音質だったらハイレゾだけど、ブックレットも何もついてない。ブックレットが欲しいならCDだけど、実はCDよりも良い音質のものがネットにはある、という。そういう状況って……。

竹中 : (笑)。不幸ですよね。

鈴木 : なるほどね。これは大きな宿題ですね。(スタッフに)これメモっといてよ、それ。

ワーナー・スタッフ : はい。

竹中 : 普通に歌詞に関するパーセンテージの問題であれば、ライナーから歌詞の部分だけ抜いたpdfを作って添付すればいいんですけど、それは面倒すぎて回らないですよね。でも原因の根本がわかっていればそういう策も打てる。レーベルやアーティスト側がそれを理解していれば、やりやすくはなる。

鈴木 : 最初にiTunes Storeが立ち上がった頃とか着うたフルが出てきた時とか、そういう時になんとなく決めた印税がムダに高くて、そのまま来てるのかもしれないですね……。

──歌のある音楽だと歌詞が問題になりますけど、歌のないクラシックやジャズの場合でも、ミュージシャンとかプロデューサーなどのクレジットが重要になるわけです(もちろんポップ・ミュージックでも)。どの曲を誰が演奏しているか、とか。でもストリーミングではもちろん、現状のダウンロード販売でもそういうクレジット関係が付属してこない。しょうがないからネットで探してくるんだけど、WikipediaとかDiscogsの、正しいかどうかわからない情報をアテにするしかない、という。

鈴木 : (笑)。それは確かにおかしいですねえ。

竹中 : 周辺情報の取りにくさは、ストリーミングでもダウンロードでも変わらずありますね。

鈴木 : 確かにそれはそうですねえ。

──ストリーミングはそういうものだと割り切って、深く知りたい、じっくり聴きたい人はもっとお金を使ってね、というビジネスモデルは全然アリだと思うんですけど、そういう人に対する配慮がないというか。

竹中 : 世の中って基本的に競争社会じゃないですか。インターネット以降って特にそうですよね。いろんなものが国際的な競争にさらされるような環境にあることはみんなわかってる。でも日本では旧来決めたルールがずっと守られているような、そんな不思議な環境にあるように見えますね。そこを変えたいんですけど、変わらないんですよね。1人がギャアギャア言っても変わらない。難しいなと思います。

音楽における編集の重要さ

──OTOTOYさんが〈ワーナー〉さんと包括契約を結び、ほかのメジャー・メーカーともいろいろ話が進みそうな雰囲気だとお聞きしてます。それによって変わっていくこともあるんじゃないでしょうか。

竹中 : そうですね。ただ、いままではインディーズ寄りの音楽ファンが聴くような音源や見るような記事ばかりがあるというのがOTOTOYの印象で。それが米津さんとか、メジャーの音源がすべて入ってくるようなストアになったときに、OTOTOYのアイデンティティはどうなのかっていう、結構大きな問題があります。

──e-onkyoとかmoraにない音源ってOTOTOYはすごく一杯あるじゃないですか。

竹中 : (笑)。ありますね。

──というか、そういうものばかりというか(笑)。

竹中 : そうなんですよ。

──それにメジャー・レーベルの音源が入ってくれば鬼に金棒じゃないんですか?

竹中 : …… と、思いたいんですけどね(笑)。

鈴木 : それはアイデンティティの問題ということですね。

竹中 : はい。90年代後半のCD全盛時代のタワレコとかHMVになる覚悟があるかどうか、ということですね。宇多田ヒカルの良さがわかっているスタッフがどれだけいるか、とか。わかってるだけじゃなく好きじゃないと、ちゃんと打ち出すことができない。そういうことをひとつひとつ拾っていかなきゃならないんですけど、いまの人数ではなかなかやりにくくて。

先日、結成6周年を迎えたゲスの極み乙女。
先日、結成6周年を迎えたゲスの極み乙女。

──カタログが増えメジャーなタイトルが多くなって規模が大きくなると、それに応じた態勢がないといけない、ということですね。

竹中 : 階段を上るにしても、「ダウンロードはオワコンだ的」なメディア報道など、いろんな周辺環境のおかげで、ほぼ注目されない。でも着実に伸びてはいる。少なくない人が「OTOTOYならあるだろう」と思って探しにきてくださいますし、OTOTOYで紹介したものだったら1回聴いてみる、という方も昔よりも増えてきてます。メジャー・レーベルの作品であっても端っこの方に…… 端っこというと失礼ですけど、たとえば南米とかアフリカとかヨーロッパの知られざる音楽とか、OTOTOYが理由をもってきちんと紹介することで売れることもあるでしょうし。

それはたぶんワーナーさんのような大きいブランドにとってもいいことだと思うんです。サブスクの何千万曲の中から、そういうものを見つけ出すのは大変だけど、OTOTOYならできるかもしれない。膨大なトラックの中からいいものを選んでいく行為は、ある意味編集行為なんですけど、昔からやってるSpotifyなんかはそういう編集の大事さみたいなことをよくわかっていて、プレイリストを充実させるという戦略をとってるんですけど、当初は聴く側がそれに慣れていなかった。それがいま急激にリテラシーが上がってますよね。

鈴木 : そうですね。

竹中 : 編集の重要性みたいなことが、今後どれだけ言語化されるか。たとえば「小野島大が選ぶエレクトロニカ100曲」みたいなものが今後どれだけ金銭的な価値を生むか、試されていると思いますね。

鈴木 : なるほど。

これからの音楽業界に必要とされるもの

竹中 : あとちょっと気になるのが、Netflixで起こっていることなんです。Netflixって一種のインフラだから、みんなからお金をとるわけです。数億人からお金をとって、余ったお金の3分の1を、全部コンテンツの開発に使うって言ってるわけです。それでNetflxオリジナル・コンテンツみたいなものが一杯できていて、それがすごく見られていたりする。それをそのまま音楽のサブスクリプションに持ってくると、プラットフォーマーが、お金を、自社のサービス内で囲い込むための音楽家への投資に使いはじめるんじゃないか。つまり制作の主導権をそっちに奪われる可能性がある。すると従来のレコード会社はストリーミング・サービスによって、その存在意義を問われることになるんじゃないか。

鈴木 : ぶっちゃけ、中国においてはテンセントはそういう方向に乗り込んでる感じもあって。確かにその方向にどんどん進んでいったら、レーベル制作の存在意義が問われますね。

──いままでもサブスク・サービス・オリジナルの商品がありますよね。

鈴木 : 確かにそうですね。でもアーティストとリテイラーで直に契約結ばれちゃうと……。

竹中 : 手も足も出ないですね。

──マドンナがライヴ・ネーション(アメリカの大手イベント・プロモーター会社)の次にリテイラーと契約するとか……。

鈴木 : そういうことですね。ライヴはライヴ制作会社と組んで、音源は流通と組んで…… ということになると、ちょっと脅威ですね。実際日本でも、某大手マネージメント・オフィスが自分たちで作って配信する仕組みを考えているという話もあるし。それが実現すると、そのオフィスのアーティストの作品は提携しているサービスでしか聴けないということもありえますね。そうなるとメーカーの存在意義が問われる。

竹中 : インターネット時代の、リテールも制作もワン・パッケージで出来ますっていう世界は、ある意味リスナーにとっては地獄で。なにがいいかもわからないし、探し当てるのも大変だし。なにがいいのか、なにが愛されるのか、全部が曖昧になっていく。音楽は特に箔づけの構造が必要で、レーベルは名前の通りシールを貼って、「神聖かまってちゃんはすごいんだよ」ってシールを貼ることで、みんながすごいと気づくという装置がいままでは働いてたけど、でもアーティストに近い、小さいところで「オレはすごいんだ」と言っても、前ほどの有り難みがないというか。

──いまや少数の理解者のみを相手にして商売することもできるけど、客観性がないと広く訴える力が弱い。

竹中 : でも目の前の儲けはとれる。

鈴木 : うん、そうですね。

竹中 : ロングテールなのかショートテールなのか、その判断を経営者、意思決定者が問われてる時代になってる気がします。音楽でなにを成し遂げたいかってことが問われてますね。

鈴木 : 生活できればいい、ぐらいの感じでやってる人は、それでいいじゃん、ということかもしれないけど。

竹中 : でもそれで成功すればいいけど、成功しなかった場合、言っちゃ悪いけどゴミ以下、誰も知らない、みたいなことになる。ミュージシャンとして、自分の曲を聴いて欲しいという欲求と矛盾すると思うんですよ。なのでレーベルという仕組みはすごくよくできてると思うんです。今回の対談にあたって〈unBORDE〉の作品をまとめて聴いたんですけど、鈴木さんの目指すものがその向こうに見える気がするんですね。

鈴木 : 指向性でしかないですけどね。「スタンプ」って言い方をしてますけど、それはそれで指針になればいいな、と。DJの人に「ウチの音源を適当にかけてよ」って言ったら「めっちゃどれも似てますね」と言われて(笑)。そうか、オレが好きなだけだもんな、みたいな。

竹中 : そういうものが共感されたり信頼を得たりすることでミュージシャンのセールスが作られてきてたと思うんですけど、そこを簡単に手放すと、取り返しのつかないことに。

鈴木 : それはそうですね。

──売り上げだけじゃないですよね。たとえば有望な新人アーティストが、尊敬するアーティストが契約してるからこそ、自分たちも同じレーベルとやりたいと願ったり。

鈴木 : ありますね。

──売り上げ以外の部分でも看板となるようなアーティストがいる。そういうアーティストがいるレーベルは強い。それもレーベル・ポリシーですね。

竹中 : ありますね。

鈴木 : そこは僕も見失いがちなところなんですよ。

竹中 : (笑)。そうなんですか?

鈴木 : レーベル・ポリシーとして届けていくところと、多く聴いてもらうことのバランスは慎重にやったほうがいいのかなと。

竹中 : それをできるだけわかりやすい形で買った人に伝えられるような装置がなくて。サブスクリプションにはまったくないし。

鈴木 : ないですね。

竹中 : 我々のようなストアにもないんですよ。僕らは出したいんですけど、そういうコミュニケーションはなかなかとれなくて。たとえば〈ワーナー〉のWEBページとか〈unBORDE〉のWEBページを、それだけ見に来る人ってそんなにいないですよね。そういう意味もあってOTOTOYは記事を作るんです。そこを注目してくれる人たちが、いまはお客さんにならなくてもいいんです。音楽に興味のあるひとたちすべてに、少しでもそういうことを届けたいんですよ。

──発売されているタイトルのサムネイルが、解説もなくただ並んでるだけの配信サイトもありますけど、それってやはり不親切だと思うんです。ガイドになるような記事や特集を組むことで、理解も深まるし売り上げも上がるんじゃないか。

竹中 : そうですね。音楽に於ける編集の大事さみたいなものがOTOTOYでは実践できる。やりきれてるかどうかは別にして。きちんとラベル貼りするのはレーベルの役目だと思いますけど、ストアは、その貼ったシールをきちんと紐解いて、みんなの目に見えるようにする。そういう部分をOTOTOYとしてはやってるつもりではあります。

──〈unBORDE〉は、いまや日本のメジャーとしては数少ない記名性のあるレーベルなので、OTOTOYとは相性がいい気がします。

鈴木 : ほかにもそういうレーベルがどんどん出てきたらいいなと思います。僕は子供の頃〈EPIC〉ってレーベルに憧れて、クリエイションにも心躍るものがあって、カタログを揃えていく楽しみもあった。でもそういうのがだいぶ薄れちゃって、メーカーレベルでさえ意識しなくなっちゃった。ソニーのものなのかビクターなのかもわかんない、みたいな状況の中で、〈unBORDE〉みたいなレーベルにいろんな人が集まってくる状況はうれしいですね。

〈unBORDE〉のフェスをやると、チームしゃちほこのファンが高橋優のライヴを見てなにかを感じてくれて、高橋のワンマンに来てくれたりする。全然違うものかとおもいきや、聴く人は何らかの共通するものを感じてくれている。それはすごくいいなあと思うんです。インディーズでそういうアイデンティティを持ってやってる人は多いと思うけど、メジャー・メーカーの中で、確固とした指向性を持って、オレはこういうレーベルをやりたいと願って、それが自分の金じゃなくて会社の金で出来るんだから最高じゃん、と思うんですけどね。そういう志のA&Rが増えたらいいのになと思いますね。

グループ史上最大本数の全国ツアーも控えるチームしゃちほこ
グループ史上最大本数の全国ツアーも控えるチームしゃちほこ

竹中 : この会話を通じて、OTOTOYのやるべきことが少し見えた気がします。やって、怒られたりすることで、より良いサービスを作っていける。技術、プラットフォーム、コンテンツをバランスよく兼ね備えてるストアって、たぶん世界的にも珍しいはずで。こうやって会話をすることでお役に立てることがあれば、いくらでも使ってもらえれば。

鈴木 : ありがとうございます。さっきの宿題も含めて、ぜひ相談させてください。

竹中 : 仮にその宿題が「できない」にしてもできない理由がわかれば、じゃあ待とうとか、別の展開を考えようとか、できるので。

鈴木 : ほんとおっしゃる通りですね。

この記事の筆者
小野島 大

 主に音楽関係の文筆業をやっています。オーディオ、映画方面も少し。 https://www.facebook.com/dai.onojima

「dipはすべてが面倒くさい」──ヤマジカズヒデが尊ぶ、たったひとつの感情とは

「dipはすべてが面倒くさい」──ヤマジカズヒデが尊ぶ、たったひとつの感情とは

どこまでも漂い、つながっていく──〈odol ONE-MAN LIVE 2023 -1st.show-〉

どこまでも漂い、つながっていく──〈odol ONE-MAN LIVE 2023 -1st.show-〉

テーマは「喪失」と「再生」──ART-SCHOOLがたどり着いた最高純度の世界とは

テーマは「喪失」と「再生」──ART-SCHOOLがたどり着いた最高純度の世界とは

至高の新体制を迎えたバンド、polly──限りなく一致した美学が成す、叙情的なアンサンブル

至高の新体制を迎えたバンド、polly──限りなく一致した美学が成す、叙情的なアンサンブル

クラムボン、ミトが語るバンドの現在地──新作『添春編』、そして“ピリオド”の次へ

クラムボン、ミトが語るバンドの現在地──新作『添春編』、そして“ピリオド”の次へ

1万通りの1対1を大切にするpolly──つぶれかけていたロマンを再構築した新作

1万通りの1対1を大切にするpolly──つぶれかけていたロマンを再構築した新作

音楽ライターが選ぶ今月の1枚(2021年12月)──小野島大

音楽ライターが選ぶ今月の1枚(2021年12月)──小野島大

自分のドキュメンタリーを音楽で表現する──新作『はためき』に込めたodolの祈り

自分のドキュメンタリーを音楽で表現する──新作『はためき』に込めたodolの祈り

TOP