ジャクソン・ブラウンを支えるスティール・ギターの名手たち
山本 : それにしても健太郎さんが今回のアルバムからプレイリストに挙げられた3曲(“Late for The Sky”“The Late Show”“Before The Deluge”)はどれも素晴らしい曲ですけれど、デヴィッド・リンドレーのギター、最後の曲はフィドルかな。これが抜群にいいなと思って、何度聴いても聴き惚れます。
高橋 : 音楽的には『For Everyman』と『Late For The Sky』の違いはピアノが重要だと僕は思っていて、ジャクソン・ブラウンは、基本的にアコースティック・ギターを弾きながら歌う人なんですけれど。
山本 : 彼自身がピアノ弾きながら歌うこともありますよね。
高橋 : はい、それで、このアルバムはピアノで作った曲が多いと思います。ジャクソン・ブラウンのアルバムでここまでピアノ主体の曲が多いのは、このアルバムだけじゃないですかね。
山本 : そういう聴き方をしたことなかったけれど、そう言われてみると確かにそうなのかな。
高橋 : 昨年からジャクソン・ブラウンは、コロナ禍の中、ステイホーム・ライヴ的なビデオを撮ってたくさん配信してるんですよ。そこでの演奏は『Late For The Sky』の収録曲が多くて、ピアノ弾いて歌っています。編成的にはジャクソン・ブラウンのピアノとグレッグ・リースのスティール・ギターで、その点でも『Late For The Sky』に近いものです。
一連のジャクソン・ブラウンのステイホームなセッションから、『Late For The Sky』収録曲“Farther On”、後ろにはスティール・ギターでグレッグ・リース
山本 : グレッグ・リースはプレイリストの“My Cleveland Heart”が入っているジャクソン・ブラウンの最新アルバム(『Downhill From Everywhere』)でスライド・ギターを弾いていますが、これがまた素晴らしい。
高橋 : グレッグ・リースはかなりリンドレーに近いフレージングが多いですね。そういえば、この前、臼井ミトンさんと一緒に演奏する機会があったんです。僕がラップ・スティールを弾いて。その時にジャクソン・ブラウンの話になったんですけれど、臼井さんはグレッグ・リースとセッションしたことがあって、グレッグとジャクソン・ブラウンって実は高校が一緒だったという話を聞きました。でもジャクソンはずっとリンドレーとやっていたので、若い頃にはあまり縁がなかったそうです。リンドレーが去ってから一緒にやるようになったという。
山本 : そうなんだ。あとグレッグ・リースの話で言うと、チャールス・ロイドの最新アルバム『Tone Poem』でビル・フリゼールと一緒に参加しています。
高橋 : あれも素晴らしいアルバムでしたね。『Late For The Sky』でリンドレーのギター、とりわけラップ・スティールを聴いて、それまでライ・クーダーとかスライドの名手は何人か知ってましたけど、こんなにメロディックに歌うラップ・スティールは聴いたことがなくて、すごいなと思いました。でも、リンドレーのキャリアを辿ってみたら、こんなに彼のラップ・スティールがフィーチャーされたアルバムというのは『Late For The Sky』が最初なんですよ。それ以前のセッション・ワークはむしろフィドルなど、他の楽器が多いんです。
グレッグ・リースも参加のジャクソン・ブラウンの目下の最新作
上記で触れているグレッグ・リース傘下のチャールズ・ロイドの2021作
『Late For The Sky』はなにを歌っているのか
山本 : 『Late For The Sky』はサウンド的に、他のアルバムに比べてドラムが遠いんですよ。スタジオ・ミュージシャンを使ってキックとスネアとハイハットをグッとフレームアップしたようなミックスではなくて。逆にこれはわざとらしくない、本当のバンド・サウンドのような気がするんですよね。
高橋 : そういう録り方だったんでしょうね。スタジオ・ミュージシャンを集めた時には、それぞれの間に衝立を置いてレコーディングすることが多いけれど、これはバンド・スタイルでみんな同じ部屋で演奏し、ドラムのマイクの数なんかも少なかったんじゃないかな。
山本 : そこがまた面白さというか、オーディオ的な聴きどころかもしれないと思います。
高橋 : そういうバンド的な録り方をしたアルバムのサウンドって、ちょっと泥臭いというか、もさっとした感じになりがちなんだけど、この『Late For The Sky』は本当に美しいサウンドにまとまっている。そこはアル・シュミットのミックスの手腕という感じがしますね。
山本 : こういう音がいい音なんだっていうことを若いリスナーに気づいて欲しいと思います。あと“The Late Show”はいかにも当時のアメリカ西海岸っぽいコーラスが加わっていて、泣けます。
高橋 : 僕がこのアルバムを聴いたときにショックを受けたのは、A面が組曲ぽくなってるじゃないですか、そして最後の“The Late Show”の終わりのところで車のドアを閉める音が入っている。あの車のドアの音を聞いた時に、この人たちはただバンドっぽい音楽をやっているんじゃなくて、ちょっと俯瞰した映画的な要素をサウンドの中に入れて、物語を表現しているんだと思って、凄く衝撃的だったんですよ。
山本 : それ以前にサイモン&ガールファンクルもそういう手法を採っていましたね。
高橋 : ああ、そうですね。でも、勝手なイメージでジャクソン・ブラウンはそういうタイプのアーティストとは思ってなくて。でも、あのドアを閉める音のところで見方が変わった。『Late For The Sky』ってアルバム・タイトルも当時はなんのことだかわかんなかったんですよ。「スカイ」って、あれ、どういう意味だか知ってます?
山本 : いや、わかんないです。
高橋 : あれ実は飛行機なんですよ。「飛行機に遅れちゃう」というタイトルなんですよ。
山本 : 車で空港に向かっているってことですか?
高橋 : いや、そうじゃなくて。もともとはお互い好きで一緒に暮らしていたのに、今は心がすれ違うようになって、うまくいかないふたりのことがアルバムで綴られている。実際の生活でも、ジャクソンもバンドでツアーに出ることが多く、当時、子供もできたばかりだったんだけれど、奥さんとの仲がうまくいかない。でも、大事な話の途中で、「飛行機に遅れちゃう」と言って出て行かなきゃいけない、ロック・ミュージシャンは。そういうすれ違いがアルバムの最初から描かれてるいるんです。
山本 : 彼は『The Pretender』の頃に奥さんを亡くしていますね。
高橋 : そう、奥さんが『The Pretender』のレコーディング中に自殺しちゃうんですね。『Late For The Sky』はその奥さんとの話なんだけど、4曲目の“The Late Show”のドアを閉めるところは、ふたりで古いシボレーに乗って出ていくシーンなんですよ。それは「一緒にやり直そう」というふたりの旅立ちを意味している。なぜかというと、車のドアが2回閉まるから。1回しか閉まらなかったら、ひとりで出て行くシーンと考えられますけどね。最後のゴミを出すという歌詞もあって、ふたりで最後のゴミを出して、今まで暮らした家を去るんです。なので、全体としては色々あったけどやり直すっていうストーリーなんだろうなと。でもこういうことがわかったのは何十年か聴いてから。初めて聴いた20歳くらいのときにはわからなかった。
山本 : なるほど、興味深いお話です。そして、プレイリストに則って話をすると、“These Days”の素晴らしい演奏があって、デヴィッド・リンドレーのソロ・アルバムから“Turning Point”。
デヴィッド・リンドレー、1982年のソロ・アルバム
高橋 : 実はとっても昔に友達の結婚式でこの曲を演奏したことがあって(笑)。
山本 : “Turning Point”をですか?
高橋 : そう。タイロン・デイヴィスというR&Bシンガーの曲なんだけど、それをこのデヴィッド・リンドレーのバージョンでやって。リンドレーは歌も良いんですよね。独特のユーモラスな味があって。ジャクソンとの作品でスライド・ギタリストとして有名になって、その後の『Running On Empty』なんかもすごくリンドレーがフィーチャーされています。あのアルバムがジャクソン・ブラウンのアルバムのなかで一番売れたらしいです。その後、リンドレーは自分のEl Rayo-Xっていうバンドを作って、ソロ・アルバムを出すんですけど。
山本 : リンドレーはソロ・アルバムを80年代に3枚出していますが、僕は全部好きですね。音が開放的で抜けきっていて、音もすごく乾いていて。ヴォーカルもなかなか魅力的ですよね。あと『Running On Empty』からは“Cocaine”を入れてれもらいましたが、このアルバムはコンサート会場でのライヴ録音と楽屋とかホテルの一室とかバスの中とか、いろんなところで録ってるんですよね。僕はそれがすごくおもしろいなと思っていて、このアルバムから1曲入れましょうよっていうのはそういった理由なんですけど。
さまざまな場所で録音されたというジャクソン・ブラウンの197年の5枚目、こちらはハイレゾ・リマスター
高橋 : ロック・ミュージシャンのツアー・ライフそのものをアルバムにしていますね。
山本 : このアルバムも「映画」的、ロードムービー的です。
高橋 : そういう意味で『Late For The Sky』の飛行機に遅れちゃうよっていうものから『Running On Empty』のツアー・ライフを描くというのは繋がっているような気がしますね。
山本 : “Cocaine”のレコーディング場所は楽屋かな。みんなレイドバックした感じで。この『Running On Empty』ですけれど、これも24bit / 192kHzのハイレゾが発売されていますが、これも素晴らしく音がいいですね。ライヴならではの生々しさがCDや以前出ていたDVD-AUDIO盤以上に感じ取れます。