2021/05/26 18:00

高橋健太郎x山本浩司 対談連載

『音の良いロック名盤はコレだ!』 : 第1回

今回のお題 : ニール・ヤング 『Harvest』 (1972年リリース)

オーディオ評論家、山本浩司と、音楽評論家でサウンド・エンジニア、そしてOTOTOYプロデューサーでもある高橋健太郎の対談連載がここにスタートしました。本連載では、音楽、そしてオーディオ機器にもディープに精通するふたりが、ハイレゾ(一部ロスレス)+デジタル・オーディオ環境を通して、改めて“音の良さ”をキーワードにロックの名盤を掘り下げてみようというコーナーです。

毎回1枚の作品をメイン・テーマに、そのアーティストの他の作品、さらには当時のその作品がレコーディングされたスタジオや制作したエンジニア繋がりの作品などなど、1枚のアルバムから派生するさまざまなな作品を紹介していきます。栄えある第1回の選出はニール・ヤングのソロ4作目となる、1972年にリリースしたアルバム『Harvest』。

“良い音”基準のロック名盤

今回、進行用に高橋が用意したプレイリストはコチラ、ぜひ聴きながらお読みください

高橋健太郎(以下、高橋) : 山本さんとは僕の『ステレオサウンド』の連載に合わせた「名盤深聴」というトーク&試聴イベントを銀座のオーディオ・ショップ、「サウンドクリエイト」のラウンジで、数年前からやらせて頂いてきたんですけれど、このコロナ禍でここ1年以上、開催できなくなってしまいました。そのイベントの中でもつどつど思ってきたことですけれど、オーディオの世界では、いまだにリファレンスにする音源の多くがクラシックやジャズなんですね。でも、いまや50代や60代のオーディオ・マニアでもロックで育った人たちが多い。そこでロックについても“良い音”という観点から、歴史的名盤を語るということがもっとあっていいんじゃないか、山本さんとそういうことやりたいなとは思ってきたんです。

山本浩司(以下、山本) : 僕はオーディオ機器の評論が仕事のメインで、その仕事の一部として世界中のオーディオ・メーカーのエンジニアにインタヴューすることも多いんです。彼らに設計時のチューニングに使う音源について訊いてみると、思いのほかロック、ポップスが多いんですよ。ジャズやクラシックも確認のために聴くけど…… っていうエンジニアが多い。ロック・バンドでプロを目指していたなんてエンジニア、日本海外ともにけっこういますからね。オーディオ系メディアも、ロック、ポップスのオーディオ的な聴きごたえのあるアルバムの紹介が手薄な感じもするので、すごくいい企画だと思います。

高橋 : で、山本さんと第1回、何をやりましょうか? と話す中で出てきたのが、ニール・ヤングの『Harvest』だったんですけれど。ニール・ヤングの1970年の『After the Gold Rush』も大名盤として知られますが、これはその次のアルバム。山本さんはリアルタイムでした?

山本 : 『Harvest』は1972年の発売ですよね、僕は1年後の1973年、中学3年生のときに買いました。

高橋 : 僕は高1の2月ですね。発売日に新譜を買った初めての経験が『Harvest』だったんですよ。ニール・ヤングは前の2枚のアルバムをクレイジー・ホースというバンドと一緒に作ったんですが、ギタリストのダニー・ウィットンがドラッグ中毒になってしまったりして、違うバンドと作りたいということで、ニールはナッシュヴィルに行ったんですよね。そして、現地のスタジオ・ミュージシャンを自分のバンドに引き入れて、彼らをザ・ストレイ・ゲイターズと名付けて、『Harvest』を録音した。

山本 : そうか、ザ・ストレイ・ゲイターズというのは、このセッションのときにつけられた名前なんですね。

高橋 : そうです。当時、ナッシュヴィルにノーバート・パットナムとデイヴィッド・ブリッグスというふたりのプロデューサーが作った〈クアドロフォニック・サウンド・スタジオ〉というのがあって、そこでレコーディングされています。

山本 : 〈クアドロフォニック〉はこのアルバムを手掛けたエリオット・メイザーがオーナーだと思っていました。

高橋 : エリオット・メイザーも共同オーナー。だけど、当時の彼はまだそれほどの経験はないエンジニアで、ふたりのビッグ・プロデューサーがエリオット・メイザーを入れて設立したという感じですね。

山本 : エリオット・メイザーは1960年代初頭に、ニューヨークのプレスティッジ・レコードでA&Rをやっているんですね。その後、ナッシュヴィルに来てから、録音エンジニア、ミキサーの仕事を始めた感じなのかな。

高橋 : カメオ・パークウェイ・レーベルでR&Bの録音をやったりして、だんだんエンジニアになっていったみたいですね。〈クアドロフォニック〉に誘われて、最初にやった仕事のひとつが『Harvest』。ストレイ・ゲイターズのメンバーには、バッファロー・スプリングフィールド時代からのニールのアレンジャーだったジャック・ニッチェもいて、ナッシュヴィルに行ったのはジャックの提案かもしれないですね。当時、ナッシュヴィルにはエリアコード615というバンド、スタジオ・ミュージシャンの集団がいて、彼らを使おうと思って、ジャックとニールでナッシュヴィルに行ったのかもしれない。

山本 : そのなかにストレイ・ゲイターズに参加するメンバーもいたってことなんですか?

高橋 : スタジオ・オーナーのデイビッド・ブリックスとノーバード・プットナムがエリアコード615メンバーでした。ザ・ストレイ・ゲイターズのドラマーのケニー・バトリーも。で、〈クアドロフォニック〉の特徴は、当時としてはすごいハイファイな音のスタジオなんですよね。

山本 : 〈クアドロフォニック・サウンド・スタジオ〉と自分たちのスタジオに命名しているぐらいですから、彼らはステレオフォニックな立体音響を指向していたんでしょう。

高橋 :そうでしょうね。未来志向というか。ナッシュヴィルって、僕らからすると、土臭い音みたいなイメージあるじゃないですか? だけど、何年か前に鈴木惣一朗さんが教えてくれたんですが、ナッシュヴィルの連中は実は恐ろしくハイファイ趣味だから、「なにヴィンテージなんてバカなこと言ってんだよ」という感じらしいですよ(笑)。向こうの求めているものと僕らが求めている音が違うみたいな話を聞いて。

山本 : 遠く離れた日本人の妄想って、よくある話(笑)。

高橋 : 〈クアドロフォニック〉のサウンドにもそういうハイファイ志向を感じます。『Harvest』を聴いても冒頭の“Out On The Week End”は、すごいハイファイ・サウンド。

山本 : オーディオ機器をグレードアップすればするほど“Out On The Week End”のパフォーマンスは変わっていき、目の前でニールとストレイ・ゲイターズが演奏しているイメージが濃厚に伝わってくるようになる。音が良い証拠だと思います。僕もいろいろ調べてみたんですけど、〈クアドロフォニック〉で録った楽曲は、ヴォーカル もバンドも一発録りで、ドラムにコンプ(レッサー)もリミッターも最終ミックスまで使っていないようですね。

高橋 : マイクで拾った音そのままみたいな。

山本 : そう、ハイファイ録音の極みですよね。もちろんそのためにはミュージシャンたちの腕が良いということが大前提になりますけど。

高橋 : リバーブもあまりかかってないし。

山本 : 〈クアドロフォニック〉でドラムとベース、ギターとヴォーカルのニール・ヤングが半円状に並んで演奏したものをレコーディングしたみたいですね。すごい作り込んだようにも聴こえるけれど、いい演奏をあるがままに録ったらこんなすばらしい音になったと。特にドラムとベースが恐ろしくシンプルで、音が抜群にいいんですよね。

高橋 : “Out On The Week End”のサビが恐ろしくシンプルというか、ベースもスチール・ギターもずっと同じAの音だけ弾いているんですよ。こんな曲聴いたことないっていうくらいのシンプルさ。でも、各楽器の音はビシッと決まっていて、配置も立体的で、すごいサウンドです。

山本 : 健太郎さんがつくったプレイリストの2曲目の“Heart Of Gold”は、リンダ・ロンシュタットとジェームス・テイラーのコーラスはオーバー・ダブでしょうけど。

高橋 : リズムは一発録りでも、繊細なところは繊細。Heart Of Gold”はアコースティック・ギターも2本目が重ねられていたりしますしね。ところが、B面にいくと“Alabama”とか“Words”はワイルドな部屋鳴りがあって、まったく違うサウンドになる。

山本 : そう、これも衝撃的な音ですよ。ジャケット裏に写っているニール・ヤングの〈ブロークン・アロー・スタジオ〉。彼が所有していたサンフランシスコ郊外の農場の納屋で録られています。

高橋 : これこそ、間仕切りもなにもあったもんじゃないようなところですね。ニール・ヤングは、このときに自分の農場に機材を入れて、スタジオを作り始めた。それで、〈クアドロフォニック〉と同じクォードウェイトの卓とか、ほとんど同じ機材をそろえたらしいんですけれど、でも録音されたサウンドは全然違う。まさしく、ちゃんとしたスタジオと納屋の差ですね。でも納屋のサウンドは、それはそれで迫力がすごい。

山本 : 非常にマッシヴな音の塊がスピーカーから飛び出してくるんですけど、、それぞれのプレイヤーの細かな演奏と現場の空気感が生々しい。これまた「あるがまま」の名録音だと思います。

高橋 : バンド・メンバーはハイファイなナッシュヴィル録音の“Heart Of Gold”や“Out On The Week End”と同じ。でも、B面の“Alabama”と“Words”ではライヴ感もある納屋のバンド・サウンドが聴けるという両面があるのが『Harvest』の面白さ、魅力ですね。

山本 : “Alabama”と“Words”の間に挟まっているのがライヴ弾き語りの“The Needle and the Damage Done”という曲で、これは調べるとUCLAの〈ロイス・ホール〉で録られている。〈ロイス・ホール〉は、デッカがズービン・メータ&ロサンゼルス・フィルハーモニックのホルスト“惑星”を録った場所。この作品は、音の良さで昔からオーディオマニアの間で有名なんですよ。この弾き語りもすばらしいサウンドです。

ズービン・メータ&ロサンゼルス・フィルハーモニックのホルスト“惑星”収録

高橋 : 今回、山本さんに教えていただいて、僕もズービン・メータ&ロサンゼルス・フィルハーモニックのホルスト『惑星』を聴きましたけど、名録音ですね。ハイレゾで手に入れました。

山本 : 健太郎さんに言われるまで気づかなかったんですけど、この『惑星』と『HARVEST』は同じ1971年録音なんですね。

高橋 : この時代の録音の良さはクラシックにもロックにも共通するのが分かります。

山本 : 本当に『惑星』のスケール感はすごくて、いまの最新録音ではなかなか聴くことができないダイナミックなサウンドです。『惑星』は観客を入れないセッション録音ですが、そんなホールでニール・ヤングの弾き語りを録ったというのがおもしろい。

高橋 : 『Harvest』ではニール・ヤングもオーケストラも使っていますが、これはロンドン録音です。

山本 : “A Man Needs A Made”と“There’s A World”ですね。

高橋 : これ、クレジットされていないんですけど、グリン・ジョンズが関わっているみたいです。グリン・ジョンズの『サウンド・マン』という自伝本は裏話満載なんですが、この曲はアレンジャーがジャック・ニッチェだった。ジャックはフィル・スペクターの片腕だった人で、ロサンゼルスでは伝説的なプロデューサー&アレンジャー。でもアメリカとイギリスではいろいろしきたりが違う。ジャックはイギリスのオーケストラとやるのは初めてで、ホールの指揮台に立っても、オーケストラを上手く指揮できなかった。そこで、第2ヴァイオリンが「私がやりましょうか?」って言って、代役を務めたというのをグリン・ジョンズがバラしている(笑)。

山本 : (笑)。このオーケストラ・サウンドはめちゃめちゃいいですよ、特に“A Man Needs A Made”は。録音はロンドンのバーキング・タウン・ホール。

高橋 : クラシカルなイギリスのストリングス、それからイギリスのホールのサウンドを使いたかったんでしょうね。このあと、ニールはオーケストラと一緒にやることは少なくて、でも、2014年になって『Storytone』というアルバムを出しました。このアルバムはアコースティック版とオーケストラ版があるんですが、オーケストラ版は『HARVEST』の2曲を思い起こさせます。『Storytone』は21世紀に入ってからニールのアルバムのなかで、僕はすごい好きなアルバムのひとつです。

山本 : 『Storytone』、聴きましたけれど、演奏も録音もすばらしい。『Harvest』ってアルバムは、そういうオーケストラとの試みもあれば、ワイルドな納屋のロック・サウンドもあって、振れ幅の大きいニール・ヤングという人の初期のショーケースみたいな作品かもしれません。

ニール・ヤング、2014年の版『Storytone』、デラックス・ヴァージョンにはオーケストラ、ソロ両方のヴァージョンを収録

ニールの右腕エンジニア、エリオット・メイザー

高橋 : 今回、その『HARVEST』中心に関連作も含めたプレイリストを作ってみたんですが、山本さんが好きなリンダ・ロンシュタットもエリオット・メイザーと録音しているんですよ。『Silk Purse』という初期のアルバム。

1970年リリースのリンダ・ロンシュタット『Silk Purse』。今回は“Nobody”。

山本 : リンダは学生時代よく聴いていました。これは『Harvest』と同じ時期?

高橋 : ちょっと前ですね。エリオット・メイザーがエンジニアですけど、レコーディングはキャピトルスタジオなんですよ。だから、どっちかというとLAカントリー的と言えるかもしれない。

山本 : なるほど、いわゆる典型的な「ビックルーム・サウンド」ですね。いかにもキャピトルの大きいスタジオで録っていると思わせるような。

高橋 : そうですね、(フランク)シナトラなんかが使ってきたキャピトルタワーの大きなスタジオ。

山本 : 最新の良質なオーディオで聴くと、奥行き感のたっぷりある、スペースとエアーを感じさせる録音だなと思いました。エリオット・メイザーは、こういうビックルーム・サウンドも得意なんですね。

高橋 : そういう大きいスタジオでの経験も積んでから、ナッシュヴィルに行ったんでしょうね。 それから、『Harvest』と同時期の〈クアドロフォニック〉とエリオット・メイザーの仕事を探したらジョーン・バエズの『come from the shadows』っていうアルバムがありました。ジョーン・バエズというとアコギ抱えた髪の長い女性フォーク・シンガーという、ある種ステレオタイプなイメージで捉えられがちですけれど、70年代はアルバムごとにいろんなサウンドをやっていて、これは完全にカントリー・ロックのアルバムですね。

1972年リリース、『Harvest』と同時期に同じスタジオ〜エンジニアでレコーディングされた作品

山本 : かっこいいですね。僕はジョーン・バエズは断然上の世代の人というイメージがあって、全然追いかけてなくて。「ボブ・ディランの知り合いでしょ?」みたいなイメージしかなくて。

高橋 : 実は僕も、ジョーン・バエズは60年代のイメージで終わっていて、割と素通りしてきたんですよね。最近になってジョーン・バエズが意外におもしろいということに気づいて。『come from the shadows』は『Harvest』的なカントリー・ロックですが、そのあとに作った『Diamonds & Rust』というのは、完全にジョニ・ミッチェルの『Court & Spark』の影響下で作ってる。

1975年リリース、“Children And All That Jazz”収録

山本 : この“Children And All That Jazz”は驚くほどプログレッシヴで、リズム・アプローチがおもしろい。こんなことやっていたんですね、「追っかけてなくてすいません、バエズ姐さん」って感じ(笑)。

高橋 : いま聴いてもジョーン・バエズってこんな先進的なんだというアルバムで。さらに1977年には誰よりも早くラップまでやっているんですよ。

山本 : へえ、知りませんでした。そりゃ誰よりも早いですね。

高橋 : ニューヨークの、本当のラッパーの人たちの作品が出てくるのは1979年ですから。2年前にそのムーヴメントをキャッチして、自分でラップしている。

ニール・ヤングのハイレゾがすべて24bit/192kHzの理由

山本 : 話は変わりますが、OTOTOYから配信されている『Hervest』は、24bit/192kHzのハイレゾファイルですが、ニール・ヤングのハイレゾ配信は2016年から始まっています。その前、2014年にニールは自身でハイレゾ・プレイヤーと配信サービスのPono Musicを立ち上げていますが、結局上手くいかず。2016年にPono Musicストアを閉鎖して、そのあと同時に各社でハイレゾ配信を始めたと。それからおもしろいのは、彼は192kHzレゾリューションでリリースすることに強いこだわりがあること。クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングの1974年のライヴをコンパイルしたBlu-rayオーディオ盤があるんですが、当初はグラハム・ナッシュがマスターを作る役割を受けて、24bit/96kHzでまとめていたらしいんですけど、途中からニール・ヤング先生が乱入してきて、アナログマスターから192kHzに全部やり直させたそうです。そういえば『deja-vu』の50周年記念エディションも、ハイレゾファイルは192kHzでのリリースのようですね(編注)。

編注 : 前者のBlu-rayオーディオのライヴ盤はCrosby, Stills, Nash & Young『CSNY 1974』のこと。ハイレゾ版は24bit/192kHz版はOTOTOYでも配信中。また『deja-vu』の50周年記念エディションもOTOTOYで配信中。もちろん両方とも24bit/192kHz

高橋 : ものすごいこだわりですね。そういえば、今年になってニールはTIDALから自分の作品をごっそり引き揚げてしまいました。理由は「MQAが気に入らないから」のようです。

山本 : そんなアーティスト、他に知らないですよ。MQAの音質が気に入らないってことなのかな。2000年代初頭には、MP3をボロクソにけなしてましたしね。。「自分のファンが望む、望まないに関わらず、いい音で自分の音楽を残さなきゃいけない」っていう使命感がロック界でいちばん強い人かもしれないですね。

今回の試聴機、AIRPULSE A80

高橋 : ニールとオーディオの関わりというと、カナダのBrystonというアンプ・メーカーの製品を早くから自身のスタジオで使ったということもあります。ニールの出身地、オンタリオのメーカーで、素晴らしいアンプを作りますが、ニール・ヤングのお陰で有名になりました。僕もBrystonのアンプ、使っていたことありますが、半分はニール・ヤングへの憧れで買いました。ところで、今回は山本さんの紹介でAIRPULSE A80というパワード・スピーカーをお借りして、これで『Harvest』を聴いてみました。

山本 : どうでしたか?

高橋 : 最近は低価格でも良いパワード・スピーカーがたくさん出ていますけれど、これは群を抜いた良さというか、開発者のフィル・ジョーンズの思想や経験をすごい感じさせる製品ですね。

こちらが今回が試聴に使ったAIRPULSE A80、詳しくはページ下方にて

山本 : 健太郎さんはフィル・ジョーンズのアコギ用ギターアンプ使っているとか?

高橋 : それもブランドはAIRPULSEでした。CUB II AG-150|というモデルです。

山本 : フィル・ジョーンズはもともとはベーシストで、PJB(Phil Jones Bass)というベース・アンプのブランドもやってます。

高橋 : ウェールズ出身で、学生時代からピノ・パラディーノと親しかったらしいですね。ピノが行けない仕事は、フィルが行っていたというような関係だったと。その後、自分で機材開発するようになって、オーディオの世界でも名を挙げていく訳ですけれど、AIRPULSE A80もやっぱり楽器をやる人が作ったパワード・スピーカーという感じがします。

AIRPULSE輸入代理店提供のフィル・ジョーンズの写真。正面からのカットの他に、このベースを弾いているカットが。このあたりにもその人となりが出ているようにも

フィル・ジョーンズ

山本 : おっしゃるように楽器的な音作りの設計思想かもしれないですね。昔のクラシック・チューニングのブリティッシュ・サウンドとは全然違う。

高橋 : そうですね。何聴いてもすごくバランスがいいんですけれど、加えて、音が前に出てくるんですよ。いまのハイエンドのスピーカーって後ろに広がるタイプのものが多いですけど、AIRPULSE A80のサウンドは奥行きもありつつ、センター定位のヴォーカルなどが前に出てきてくれる。このサイズはデスクトップモニター用に最適じゃないですか。でも、デスクトップ環境って、目の前に大きなモニター画面があるから、それに邪魔されてセンターの歌が後ろに行きがちなんですよ。だけど、このAIRPULSEは音が一歩前に出てくる魅力がある。

山本 : それは傾向としてあるかもしれないですね。これ、アクティブ・タイプでBluetoothに対応していて、ペアで77,000円なんですよ。11.5cmウーファーを積んでいるですが、つい最近AIRPULSE A100という13cmウーファーのひとつ上のモデルが出ました。バランスはこっちのほうが僕は好きですね。やっぱりスケール感が違いますね。それでも実売価格が100,000円以下です。

高橋 : 僕のデスクトップで、手が届くぐらいの距離にスピーカーがあるという環境では、AIRPULSE A80のほうがいいような気がします。80cmくらいしか距離がないので。ちゃんと1.5mぐらいの距離を開けるならA100もいいかも。僕は山本さんみたいなハイエンドなオーディオ・システムは持っていないですが、そのかわり、いろんな場所でいろんなシステムで聴くのが好きなんですよ。で、良い音のアルバムはラジカセで聴いても良い音と思うことが多い。

山本 : それはわかる気がします。きっと、自分のなかの感覚のトリガーになるようなもの、「この音すごくいいな、しびれる」という要素が何かあるんでしょうね。

高橋 : 山本さんにとっての「良い音」というのは?

山本 : 僕は周波数レンジやダイナミックレンジの物理特性がきちんと維持されているというのは当然として、自分の目の前にリアルなサウンド・ステージが表れて、実際にそこで自分の好きなアーティストが演奏しているリアリティが伝わってくる録音。それが“音の良い”作品だと考えています。

高橋 : なるほど。

山本 : 僕はスピーカー・リスニングが音楽ライフの基本で、部屋ではヘッドフォンはほぼ使いません。もちろん音楽の細かなディテールを聴き取りたいという方にとってヘッドフォンは非常に有用だと思いますが、ヘッドフォン特有の定位の感覚が生理的に自分に合わないようなところがあって。だからスピーカーで聴くおもしろさ、そのステレオのイメージ、サウンドステージを大事にしたいというのはありますね。

高橋 : AIRPULSE A80は価格はびっくりするくらい低価格ですけれど、サウンドステージに主張があるように思いました。スピーカーで聴く楽しさを伝えてくれる。

山本 : リボン・ツイーターにホーンを付けているところがポイントかもしれない。音が前に出てくるというのは、ホーンが効いているからだと思います。

高橋 : なるほど。あと素晴らしいのは、ただのパワード・スピーカーじゃなくて。プリアンプ機能も備えている。しかも、デジタル入力三系統に加えて、アナログ入力が二系統あるんですよ。これは音楽好きな人が作った製品だと思いました。CDプレイヤーも繋ぎたいし、ターンテーブルも繋ぎたいし、音楽制作用のDAWも繋ぎたい。AIRPULSE A80というスピーカーを買っただけで、全部できる。これはちょっと他にない特長だと思います。

山本 : ペアで実売価格が77,000円前後ですからね、この記事を読んでくださっている方たちにぜひ注目してほしいと思います。

1972年のレコーディング技術と『Hervest』

高橋 : 『Harvest』の話に戻ると、これがエリオット・メイザーとニール・ヤングの最初の仕事だったんですけど、エリオット・メイザーはこのあとニールのお抱えのエンジニアみたいになります。彼は今年2月に亡くなってしまったんですが、仕事のリストを見ても、ニール・ヤングで埋まっちゃうんですよ。リンダ・ロンシュタット、ボブ・ディラン、ザ・バンド、ジャニス・ジョプリンなどとも仕事もありますが、ニール・ヤング以外の代表作って、ないんですよね。

山本 : そうなんですね。

高橋 : エリオット・メイザーとニール・ヤングの録音は最近になって『Homegrown』というアルバムがリリースされました。プレイリストにそこから“White Line”という曲を入れました。『Homegrown』は1972年にほぼ完成していたのに、ニール・ヤングのプライベートな事情で出したくなくなったみたいです。

『Hervest』と同時期、1972年に制作された幻の1枚が2020年にリリース

山本 : 健太郎さんのメモに『Harvest』とほぼ同じ環境で録ったということですけど、これはエリオット・メイザーで〈クアドロフォニック〉ということですね。本当に音がすばらしい。目の前で演奏している感じが生々しく再現されます。

高橋 : ほんとにそう。それと、もうひとつ過去のアーカイヴからのシリーズで『Archives Vol.2』という、1972年から1976年の録音、139曲入りの作品があります。僕もまだ全部聴ききれてないんですが、これにも『Harvest』セッションの残りが入っていて、プレイリストに入れた“Come Along and Say You Will”は『Harvest』セッションの未収録の残りじゃないかな。

2020年末にリリースされたニール・ヤングの秘蔵音源集全、圧巻の139曲でもちろん24bit/192kHz

山本 : これもバックはストレイ・ゲイターズ。

高橋 : ストレイ・ゲイターズと録音した素材はこのアーカイヴ・シリーズにいろいろ入っているのでぜひ。 あと1曲、ストレイ・ゲイターズのベン・キースというペダル・スティール奏者はその後のニール・ヤングの活動に欠くことができないひとりになるんですけど、彼がソロ・アルバムを1枚だけ作っています。それはクリスマス・アルバムで、“Les Trois Cloches”というフランス語のタイトルの曲があって、これニール・ヤングと昔の奥さんのペギー・ヤングのふたりで書いた曲で、すごくいい曲。去年の暮れになぜかワーナーのクリスマス・アルバム・コンピレーションのなかに収録されていました。

2020年の〈ワーナー〉クリスマス・アルバム

山本 : そういえば 「名盤深聴」で、ジェームス・テイラーの『One Man Dog』のときかな。1971年と1973年は、「音の良いロックの名盤」がレコーディングされた当たり年のツインだという話になりましたね。でも「1972年もすごい」というのも。

高橋 : 真ん中とって1972年。『Harvest』は録音は1971年ですけれど、発表は1972年ですね。このあたりのアメリカのレコードは自分の価値観では音が良いと言えるんですよね。

山本 : それは僕も全く同じですね。

高橋 : 『スタジオの音が聴こえる』という連載を書籍化した際、その理由を考え直したんですけど、調べていってわかったのは、クォードエイトの卓の音。『HARVEST』もそうですが、自分はそれでレコーディングされた音がものすごく好きだったんですね。有名なNEVEの卓はもちろんすごくいい音しますし、僕もその信奉者ですが。NEVEの機材がアメリカのスタジオに広がっていくのは1970年代の後半で、それ以前はクォードエイトが多かったんですよ。クォードエイトは中域がNEVEより明るくて、抜けがよくて、ちょっと品がいいかもしれない。あと、この時代はまだレコーダーのトラック数は16トラックが多かった。24chになっていく1970年代後半に比べるとまだ、ちょっと不自由なんですね。

山本 : なるほど。

高橋 : だから、オーヴァーダビングやミックスでいろいろやるというよりも、最初のバンドの演奏の録り音でしっかり作るという感じで、その点で『Harvest』は、まさにそういうアルバムですね。そこにこの作品の“音が良い”のわけがある気がする。

山本 : うん、不自由さのなかでエンジニアたちの創意工夫がかなり成熟していたんでしょうね。

高橋 : 成熟というよりも、僕はどっちかというと過渡期だったと思っているんですよ。このあと成熟するんです。機材はもっと良くなるし、エンジニアもスタジオ・ミュージシャンもみんな上手くなっていく。でも、それ故にシステマチックに作るようになり、整理されたきれいなサウンドになってくるんですね。

山本 : わかる気がします。本当に1975年ぐらいからそうなっていきますよね。システマチックな感じ。

高橋 : そうやって作られたいい音もあるんですけど。それはもうちょっと都会的な音ですね。70年代後半のスティーリー・ダンとかボズ・スキャッグスとか。すばらしい録音ですけど。1970~1974年ぐらいって、そこに到達する前の過渡期で、それゆえにミュージシャンのバンド・サウンドに力が残っていたと。ワンテイクにかける本気とか、レコーディングボタンを押すまでに音を仕上げていくみたいなことが。

山本 : そんな時代の象徴的なアルバムとして今回第1回『Harvest』だったんですけど、そういう意味でもこのアルバムが第1回でよかった感じもしますね。

高橋 : そうですね。やっぱり、この時代のワーナーの底力を感じますよね。

『Harvest』24bit/192kHzハイレゾ版配信中

今回視聴に使用した機材──AIRPULSE A80

A80はアンプ内蔵アクティブ・スピーカー。ライン入力、もしくはBluetoothもあるので、音源を接続すればすぐにシンプルな接続で音楽が楽しめます。またDAC内蔵で直接USB入力で最大192kHzの音源をそのまま再生できるので、PCなどと接続すればすぐにハイレゾ音源が楽しめます。設計は本文中にあるようにアビーロード・スタジオに導入されたAE-1で有名なフィル・ジョーンズ。幾多の名機を設計したフィル・ジョーンズが、プロ仕様のニアフィールド・モニターの製作で培ったノウハウが随所に反映され、ホーンロード・リボントィータ、アルミ振動版ウーハーの採用などなど、実売価格が8万円を切る価格帯ながら細部にまで神経の行き届いたモデルとなっている。

背面には本文中にもあるようにアナログRCAライン入力が2系統、デジタルは内蔵DACへの入力となるUSB /Optical各1系統、サブウーハー出力、そしてTreble/Bass専用の調整ダイアル

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AIRPULSE A80
型番 : A80
形式 : DAC内蔵アクティブ・スピーカー
トィータ : ホーンロード・リボン
ウーハー : 11.5cm アルミニウム・コーン
アンプ部 : Xmos プロセッサー搭載デジタルアンプ
アンプパワー : 40W×2(ウーハー), 10W×2(トィータ)
入力 : (デジタル) USB /Optical /Bluetooth,(アナログ) RCA /PC
出力端子 : 4サブウーハー出力
周波数特性 : 52Hz〜40kHz
入力感度 : USB 400±50mFFs / Optical 400±50mFFs / Bluetooth 450±50mFFs / AUX 450±50Mv / PC 450±50Mv
サイズ : W140×D240×H255(突起物含む)
重量 : 4.8kg(1本)
付属品 : リモコン、電源ケーブル、左右スピーカー接続ケーブル、USBケーブル、光ケーブル、RCAケーブル、ウレタン製アングルベース
価格 : オープン価格

その他の詳細はAIRPULSE A80の詳細は下記輸入代理店公式ページにて
https://www.yukimu-officialsite.com/a80

著者プロフィール

高橋健太郎(左)、山本浩司(右)、「名盤深聴」を開催している銀座のオーディオ・ショップ〈サウンドクリエイト〉にて

高橋健太郎

文章を書いたり、音楽を作ったり。レーベル&スタジオ、Memory Lab主宰。著書に『ヘッドフォン・ガール』(2015)『スタジオの音が聴こえる』(2014)、『ポップミュージックのゆくえ〜音楽の未来に蘇るもの』(2010)。

山本浩司

月刊「HiVi」季刊「ホームシアター」(ともにステレオサウンド社刊)の編集長を経て2006年、フリーランスのオーディオ評論家に。自室ではオクターブ(ドイツ)のプリJubilee Preと管球式パワーアンプMRE220の組合せで38cmウーファーを搭載したJBL(米国)のホーン型スピーカーK2S9900を鳴らしている。ハイレゾファイル再生はルーミンのネットワークトランスポートとソウルノートS-3Ver2、またはコードDAVEの組合せで。アナログプレーヤーはリンKLIMAX LP12を愛用中。選曲・監修したSACDに『東京・青山 骨董通りの思い出』(ステレオサウンド社)がある。

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