オリピック・サウンドの名匠、グリン・ジョンズのエンジニアリング
本記事でフィーチャーされている楽曲のプレイリストはコチラ、ぜひ聴きながらお読みください
山本:そのへんにグリン・ジョンズのプロダクションというのは、どのくらい関与してるんでしょう? 『レット・イット・ブリード』に関しては、空間性のあるサウンドということをさっき言いましたけど。
高橋:グリン・ジョンズのエンジニアリングは、もうロックの録音の教科書みたいなものだと思うんですよね。それをミュージシャンと一緒に作って行ったのがこの時代だと思います。
山本:ドラムの録音を3本のマイクだけでやるという。
高橋:グリン・ジョンズ・メソッドと言われるものですね。キックに一本、オーバーヘッドに2本。それだけで十分だという。
山本:そうそう。でも、一本はフロアタムの方から斜めに録るんでしたっけ。
高橋:そうです。僕はもう、そのグリン・ジョンズ・メソッドのお陰で、ドラムの録音ができるようになったんですよ。歌やギターは自分で録音できても、ドラム録音はマイクの立て方が分からない。でも、大きなスタジオでプロ・エンジニアに録ってもらったら、10本くらいマイクが立ってるけど、録れた音はなんかフュージョンっぽいなと思うような経験があって。
山本:キック、スネア、タム、シンバルはどれも鮮明だけど、ドラム全体としては迫力がないみたいな?
高橋:そうなんですよ。そんな時にグリン・ジョンズ・メソッドを知って、巻尺使って、2本のマイクをスネアまで等距離にするとかやってみたら、あ、これでいいんだと。スネアにマイク立てなくても、ぴしっと中央定位のスネアが位相ズレなしで録れると分かって。そこから、必要に応じて、マイク足していけばいい。
山本:グリン・ジョンズの録音は実際、ドラムのバランスが良いですよね。
高橋:あと、この頃のドラマーって沢山のマイクを立てるような環境に慣れてないから、最初から全体でバランスが取れたドラミングをしてるんですよ。チャーリー・ワッツでもジョン・ボーナムでもキース・ムーンでも。だから、シンプルな録音でかっこいい音が録れたんだと思うんですよね。
山本:イーグルズがロンドンのオリンピック・スタジオでデビュー・アルバムを録音した時、ドン・ヘンリーがグリン・ジョンズに「俺のドラムをボンゾ(ジョン・ボーナム / レッド・ツェッペリンのドラマー)みたいな音で録ってくれ」と言ったら、ジョンズは「お前がボンゾみたいに叩けたら録ってやるよ」と言ったって話があります(笑)。
高橋:ああ、イーグルスのドン・ヘンリーやグレン・フライはもともとはハード・ロック好きだったんですよね。でも、グリン・ジョンズは君たちはカントリー・ロック・バンドだよってことで、アルバムを作り上げた。
山本:そのへんの感覚もグリン・ジョンズ、凄いなと思いますね。
高橋:あと、この時代のオリンピック・スタジオにはディック・スウェットナムという天才が作ったコンソールがありました。これはトランジスタを使った初期のコンソールの名作で、その音色がブリティッシュ・ロックのサウンドを決定づけたと言ってもいい。ということで、プレイリストには同時期のオリンピック・スタジオで制作された名曲をいくつかピックアップしてみました。プロコル・ハルム、レッド・ツェッペリン、ジミ・ヘンドリクス、ジョー・コッカー、エリック・クラプトンとスティーヴ・ウィンウッドが組んだブラインド・フェイス。
山本:今回、聴きなおして、これは凄い録音というか、良いアルバムだったなと思ったのはジョー・コッカーでした。これはちょっとストーンズに近いサウンドですね。
高橋:この「With A Little Help From My Friend」はギターがジミー・ペイジ、ドラムがプロコル・ハルムのB・J・ウィルソンです。まさしく、この時代のオリピック・サウンドの音ですね。その後、アイランド・レコードのクリス・ブラックウェルが資金を出して、スェットナムを独立させ、ヘリオス・エレクトロニクスという会社でコンソールを作らせます。アイランド・スタジオやアップル・スタジオはヘリオスを入れた。
山本:なるほど。英国のレコーディング・コンソールというとニーヴが有名ですが、この頃のブリティッシュ・サウンドを作ったのはヘリオスだった。
高橋:アビー・ロードは真空管のコンソールだったんです。ビートルズの『アビー・ロード』でようやくトランジスタになった。オリンピック・スタジオは1966年からトランジスタ・コンソールだった。そういえば、僕はLEAKのSTEREO 30というイギリスで最初に発売されたトランジスタのプリメイン・アンプを自分でなおして使ってるんですが、これがまさしく60年代後半のブリティッシュ・ロックを思わせる音なんですよ。ゲルマニウムのトラジスタを使ってるので、ハイファイとは言い難い、ぐちゃったとした塊感があるけれど、倍音が豊かで、まさしく当時のイギリスの音という感じ。
山本:わかります、わかります。しかし、健太郎さんはブリティッシュ・オーディオが好きですね。ところで、『スティッキー・フィンガーズ』って、僕はSACDを持っていますが、これはハイレゾは出ていないんでしょうか?
高橋:OTOTOYでは24bit/44.1KHz版までしかないですね。『レット・イット・ブリード』は50周年記念のボックスも出ましたが、比べると、『スティッキー・フィンガーズ』からはレーベルが違うからか、ちょっとリイシューの方針も違うのかもしれませんね。
山本:プレイリストに入っている「キャント・ユー・ヒアー・ミー・ノッキン」は、『スティッキー・フィンガーズ』からですね。これはかっこいい。
高橋:この曲の後半のインプロビゼーションを聴いた時に、ストーンズはこんなこともできるんだと思った記憶があります。ミック・テイラーが大活躍で。
山本:まさに。ラテンっぽいパーカッションもいて、ボブー・キーズのサックスとかもすごく良いですね。
高橋:1969年から1972年くらいにかけてのストーンズはいろんな実験もしながら、スタイルを確立していった。この時期がやっぱり一番面白いなと僕も今回、聴き直して思いました。
今回の機材──EPOS ES-7N──コンパクトながら音楽的な空間表現を可能にしたスピーカー
今回使ったEPOS ES-7N(BLK)
山本:さて、オーディオの話もしましょうか。
高橋:はい、今回はEPOSのES-7Nというスピーカーを山本さんに推薦してもらって聴いたんですけれど、いや、これはちょっとショックを受けました。
山本:お気に召した?
高橋:はい、これは山本さんもかなり気に入ってる?
山本:もちろん。僕はこのスピーカーを設計したカールハインツ・フィンクを彼のドイツのラボで取材したことあるんですが、彼はいろんなメーカーのスピーカーをOEMで製作してきた人なんですよ。以前に健太郎さんに聴いてもらったQ Acoustics 3030iも彼が設計したものです。他にもタンノイ、ワーフェデール、ネイム・オーディオなどの仕事をしています。カールハインツは僕たちと同世代で、ロック・マニアなんです。大男ですけれど、手先が器用で、アナログ・プレイヤーのトーンアームを自作したり。
高橋:もともとはALR Jordanの人でしたね。僕はALR Jordanの小型スピーカーやトールボーイも使っていたことあるんで、彼の設計してきたスピーカーは結構聴いてきたことになりますね。でも、このEPOSはちょっと次元が違う魅力を持つと思いました。
山本:EPOSはイギリスのブランドで、1980年代の始めに創業しているんですが、一時期、ダメになっちゃってた。それを3、4年前にカールハインツが買い取って、生まれ変わらせようとしたんです。もともとEPOSはブリティッシュ・スピーカーらしい、樹脂系のポリプロピレンのウーファーを使っていて。
高橋:へええ。僕が長年使っているRogers LA3/5Aなどもポリプロピレン・ウーファーですが、確かにそういうブリティッシュ・スピーカーの系譜は感じました。
山本:ただ、KEFとかHarbethなんかのスピーカーもそうですが、ポリプロプレンって渋くて良い響きがするけど、少し強度にかけるから、キックが入った時に音がピタッと止まらなかったり。
ES7-Nのために新設計された、オリジナル130mmドライバーに採用されたインピーダンス・コントロール・リングを備えたマグネット・システム
高橋:そうです、そうです、僕は1970年代からRogers LS3/5A使ってましたが、80年代後半になって、ヒップホップとかハウスとかのキックが強い音楽が出てきたら、それが上手く再生できない。それでLS3/5Aをやめて、KRKのモニター・スピーカーに替えたことがあります。
山本:なるほど。しかしこのEPOSはポリプロピレンを使いながら、そこを上手く処理していて、ポリプロピレンの振動板の厚みを微妙に変えたりしているんですよ。十分な強度が取れるように。厚くし過ぎると今度は動きが鈍くなりますから、最適な厚さをカールハインツはコンピューターシミュレーションで計算して。ちゃっちゃな会社なんですけれど、彼は測定器なんかも一杯持ってる。
高橋:なるほど。これ見た目はただの四角い箱で、しかも小さいですよね。この小さな箱から、この音が出ているとはとても信じられない。ウーハーは13cmなんだけれど、低音もサブ・ウーハー足したいとかまったく思わない。それと音に潤いがあるんです。僕は最近、リスニング環境が変わって、和室をメインのオーディオ・ルームにしたんですが、和室って低音も高音も吸われてしまう。基本、すごくドライなんです。そこに僕の持っているモニター系の小型スピーカーを鳴らすと、飾り気ない音になりがちなんですが、このEPOSは空気感やリヴァーブ感をきれいに表現してくれる。これは上手く作られたスピーカーだなと思いました。背面にトーンバランスを変えるスイッチがあるんですが、うちではスイッチを上げた状態が断然良かったですね。
ES7-Nの背面にあるトーンバランスを変化させるためのクロスオーバー・スイッチ。壁から30cmから50cmほどの距離をとってのセッティングと、壁際や本棚の中などでの設置を想定した2種類
山本:よく分かります。カールハインツがEPOSを復活させたかったのは、EPOS独特の、音色の良さみたいなものを活かしながら現代的にアップデートしたかったからだと思いますね。
高橋:それとこのEPOS ES-7Nが良いのはアンプを選ばず、すごく鳴らしやすいということですね。今回、試聴に使ったのは、僕が自作したデジタル・アンプとマランツの古いアナログのパワー・アンプなんですが、どちらでもまったく問題なく、鳴りました。僕の好きな同サイズのブリティッシュ・スピーカー、Rogers LS3/5AやATC SCM10などはアンプに相当のお金を注ぎ込まないと満足に鳴ってくれない。このEPOSはその点、使いやすい。
山本:カール・ハインツの作るスピーカーは、周波数軸上で見るインピーダンスカーブのアップダウンが少ないんですよ。公称8オームとか言っていても、低域では2オームくらいまで下がっちゃうスピーカーって結構あって、特に高級スピーカーに多かったりするんですが、そこをちゃんと考えている。どんなアンプでも鳴るというのは、彼も強く言っていますね。そういう意味で、これは人に勧めやすいスピーカーだと思います。といっても、値段はペアで40万円くらいしますが。
高橋:確かに最近の小型スピーカーは安いスピーカーでもちゃんとしている。Q Acoustics 3030iなら数万円で買えますし、10万円以下のパワード・スピーカーでも十分に使えるものは沢山ある。みんな良くできてるんですよね、最近は。そこでもう少しお金を出したくなるとしたら、そのスピーカーならではの音楽的な、官能的なと言ってもいいかな、そういう空間表現の力を持つ製品になると思います。このEPOSの音にはそれを感じました。あと、このEPOSでストーンズの『レット・イット・ブリード』を聴いたというのも、すごく意味があったと思います。空間が綺麗に聴こえるスピーカーでストーンズを聴くことで、見えてくるものがあるというか。
山本:僕らが話してることを理解しれくれるストーンズ・マニアがどのくらいいるかわかりませんが、本当にそういう音で録れてますからね。『レット・イット・ブリード』というアルバムは。その魅力を引き出せるオーディオで、聴きたくなりますよね。
編集補助 : 菅家拓真
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今回の機材──EPOS ES-7N
設計者、カールハインツ・フィンクによる、細心の注意が払われたエンクロージャー設計に、上位機種となるES14Nのために設計された28mmアルミ/セラミック・ドーム・ツィーターと、ES7-Nのために新設計されたオリジナルの130mmのポリプロピレン・ドライバーで構成されたバスレフ型2ウェイ・スピーカー。背面には、壁からの距離をとって使用する場合(Semi free)または、壁際(On wall)で使用することを想定した場合と、セッティングに合わせてトーンバランスを変化させるためのクロスオーバー・スイッチを搭載。カラーはブラック、ウォルナット、ホワイトの3色で展開している。(編集部)EPOS ES-7N、ブラックの他にウォルナット、ホワイトの3色で展開
EPOSのES-7N詳細
EPOS ES-7N
基本スペック
形式 : 2ウエイ・バスレフ型
ユニット : 1×28mm アルミ/セラミック・ドーム(No Ferrofluid/磁性流体無し),1×130mm インジェクションモールド・ポリプロピレン・コーン(30mm径ボイスコイル)
周波数特性 : 48Hz ~ 25kHz(-6dB)
能率 : 86dB(Semi free) / 89dB(On wall)@ 2.83 V / 1 m
全高調波歪 : 0.2 % THD @2.83V above 200Hz
クロスオーバー : 2,000 Hz
平均インピーダンス : 4Ω
最低インピーダンス : 3.0Ω@15kHz/td>
サイズ : H290×W200×D270mm
重量 : 7.6kg /台
ターミナル : シングルワイヤ 4mmバナナ・ターミナル
付属品 : 接続用バナナプラグ
仕上げ : BLK(ブラック) / WHT(ホワイト) / ウォールナット(WNA)
『音の良いロック名盤はコレだ!』過去回
著者プロフィール
高橋健太郎
文章を書いたり、音楽を作ったり。レーベル&スタジオ、Memory Lab主宰。著書に『ヘッドフォン・ガール』(2015)『スタジオの音が聴こえる』(2014)、『ポップミュージックのゆくえ~音楽の未来に蘇るもの』(2010)。
山本浩司
月刊「HiVi」季刊「ホームシアター」(ともにステレオサウンド社刊)の編集長を経て2006年、フリーランスのオーディオ評論家に。自室ではオクターブ(ドイツ)のプリJubilee Preと管球式パワーアンプMRE220の組合せで38cmウーファーを搭載したJBL(米国)のホーン型スピーカーK2S9900を鳴らしている。ハイレゾファイル再生はルーミンのネットワークトランスポートとソウルノートS-3Ver2、またはコードDAVEの組合せで。アナログプレーヤーはリンKLIMAX LP12を愛用中。選曲・監修したSACDに『東京・青山 骨董通りの思い出』(ステレオサウンド社)がある。