2023/12/13 19:00

記憶に残る基準は「自分がどれだけ傷ついたか」

──続いて今年出されたエッセイ集『もう一度 猫と暮らしたい』についてお訊きします。これはどれくらいの期間をかけて書かれたのでしょうか。

見汐 : エッセイ集に収録してあるものは書き下ろしもあるんですけど、基本的には2009年くらいから2023年の頭くらいまでに書いていたものですね。

──そんな前からだったんですね。

見汐 : そうです。私がバンドを始めた2000年代初頭って、いまのようなSNSもないので、自分が活動するときにライヴハウスのフライヤーの折り込みにアンケートを入れたりとかBBSを駆使したりとか、あとは自分でライフログをやるぐらいしかなくて、そのなかのひとつとしてライフログを始めたんですけど、2008年、2009年くらいからですかね。改めてちゃんと自分の当時のバンド活動の宣伝として文章を書くうちに書くこと自体が楽しくなってきて。

──今回書籍として出すことになったきっかけはありますか?

見汐 : きっかけは、『tattva』という雑誌の編集長を務めている花井優太さんという人がいて。よく行く飲み屋が一緒でそこで話すようになって。文章を書いているという話をしていて後日読んでもらったんです。それが2022年の夏くらいで、「これは絶対本にしたほうがいいと思います」とすぐに返事をくれて。それで出すことにしました。自分の文章を、それまでに何度か本にしようという試みはあったんですけど、いろんなタイミングが合わず流れてきた経緯もあって。今回はタイミングと縁があったんだなと思います。

──『もう一度 猫と暮らしたい』というタイトルはどのようにして決めたのでしょうか。

見汐 : タイトルは結構悩んで、最初は別のタイトルを考えていたんですけど。ライターの松永良平さんに相談して、ゲラを渡して読んでもらったんです。もともと収録しているエッセイのタイトルからつけようと思ってはいたんですけど、「俺だったら絶対これ」って言われたのがこのタイトルで。実際、このタイトルだと思いながら自分で何度も読みなおすうちに、たしかにこれがいいなと思って。結果としては良かったなと思います。

──見汐さんのなかで好きな作家さんはいらっしゃいますか?

見汐 : 何度も読み返す作家さんだと、向田邦子さんとか佐野洋子さんとか、幸田文さんとかかな。好き......、好きなんでしょうね、うん、好きなんだと思います。

──なぜ好きなのか理由はありますか?

見汐 : いま挙げた人たちは、私の感想ですけど、自分のまなざしというものさしのしなやかさや自由さを衒うことなく書いているように思えるので好きです。本に書かれていることは当時のままだけど、受け手は歳を経るにつれいろんなことがあって感じかた捉えかたは変わっていくじゃないですか。そんななかで毎回読みなおす度に新しい気づきがあったり以前とは違うところに心が動いたり、感化されたり、考えるきっかけになったりする。そう思うことが多いのがさっき名前を挙げた作家のかたがたです。物事を観察することに長けているというか。好奇心が強いかたたちなのかなと思いますね。あとは毎日退屈に過ごさないでいいように自分で工夫して暮らしている感じがして好きです。

──見汐さんがエッセイや文章を書くときにきっかけになりやすいことはなにかありますか?

見汐 : 基本的には“いま”が全部そうですね。目の前で起こっている出来事がトリガーになることが圧倒的に多くて。それが結果として過去の記憶や出来事を鮮明に思い出させることが多いです。いま目にしているもの、聴いているもの、人が話していること、嗅覚を刺激するもの、あとは世の中の情勢だったりそのなかに時間を掘るような隙間が見える瞬間があって。そういうときに素通りできずにその隙間にパッて手を入れてまさぐるというような。もう、癖ですね。

──過去に対して思い入れが強いのではなく、ただ自然に思い起こされて過去に思いを馳せるということでしょうか。

見汐 : 思いを馳せるってことはほんとになくて、ただ思い出すだけなんですよね。あのとき良かったなとか、そういうのはないですね。例えばいまこうやって話をしながらあなたのお召しものを見ていると、ふと祖父母の家にあった玉暖簾のことを思い出したりしちゃうんですよ。だからそれがトリガーなんですよね。「玉暖簾の色味に似てるな」となってくると、その玉暖簾のある風景が浮かんで、その風景のなかには祖母がいて、なにしてたかなと。そういえばよく台所でまな板に塩振ってお湯かけて洗浄してたなとか、そういう具体的な描写が浮かぶというか、画としてみえるんですよね。

人によって記憶と対峙する意味、味わいかたは違うと思うんですけど、私は書いてるときに客観的になれるというか、過ぎ去ったもののなかに忘れてきたものを見つけたときに心が躍るというか。書きながら考えたりすることが多いです。

──記憶の思い出しやすさで優劣をつけるとしたら、見汐さんのなかでなにが基準になっていると思いますか?

見汐 : 記憶の優劣をつける基準でいうと、自分がどれだけ傷ついたかということがいちばん大きくて、傷つくというのは人様からするとネガティヴなイメージのある言葉ですけど、喜びや楽しみのなかにも傷つくことってあるんですよ、私はね。傷ついて跡が残るほどの出来事というのがいちばん記憶に残っているんだろうなと思うんですけど、それを何度も見つめなおす作業をしてしまう。それは、そこに自分にとって見つめなおすに値するなにかがあると思っているからなのかなと。

──喜びや楽しみのなかにも傷つくことがあるんですね。

見汐 : なにやっててもストレスってあるんですよ。喜んでるときもストレス感じてますし。ストレスと傷つくことというのは全然違うものですけど、自分に負荷がかかる状態、その負荷が強ければ強いほどそれを治癒する時間も長くなるし、それが元に戻ったとしても以前と同じような更地にはならないというか。でもそういう負荷が強いもののほうが自分の場合は記憶として蓄積されるのかな。

──2011年のインタヴュー記事で、「自分が考えていることは歌詞にするべきではない」とおっしゃられていましたが、それはいまも変わらずに思っていますか?

見汐 : そうですね。正確に言うと変わらず自分が日々考えていることをそのまま歌詞にすべきではないと思っていますね。その理由としては歳をとればとるほど日ごろの思考が猥雑になっていて、それをそのまま、思ったまま歌詞にしたところで「ピー」しか入らないと思う。ほぼ規制。ほんとに聴くに耐えないゲスの極み(笑)。そういう意味で歌詞にすべきではないと思います。

──見汐さんにとって歌詞を書くことと思考を文字に起こして文章を書くことの違いはどんなことがありますか?

見汐 : 歌詞は感覚的なものを知的に表していく作業で、文章は知的に思っていることをもう少し感覚的に寄せて書いていく作業。少し違うんですよね。例えば、人の声を「小川のせせらぎみたいな感じ」と表現するのは感覚的なもので、それを知的なものにすると「周波数でいうと〇〇Hzくらいあって、だから優しく聞こえる」というふうになる。

長さも関係してくるんですけど基本、文章は全体を覆うものに感覚的に反応できる要素がないと読んでいても書いていてもつまらないものになっていくというか。歌詞はその短さのなかで聴いている人のイメージが多角的に発動するものがいいと思って毎回苦悩しながら書いています。感覚だけを頼りに書いていても凡人の私はしょぼい散文にしかならないので。

この記事の筆者
石川 幸穂

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