2022/05/16 19:00

自然と“hope=希望”という言葉が出てきて

──なるほど。最初の頃の羊文学って、シューゲイザーと言われることが多かったと思うんですが、実はその頃から「ポップなものをやってみたい」という気持ちはあったってことですよね。タイアップが多いこともあったと思うんですが、今作のように、メロディアスでポップでより広いリスナーに届くような作品ができるのも自然な流れだったと。

塩塚:ポップとエッジーさのバランスというのはいつも考えていますね。今作は、ポップの番です(笑)。だからこれを同じテンションで、次もこの感じで、と言われたらまたできるかわからないんですけど。

──サウンドに透明感があって、曲調もポップな楽曲の多い今作ですが、それに対して、歌詞には意外にも傷だらけで泥だらけで、どこにも行けずにもがいている気持ちを抱えた人たちが描かれている気がしています。歌い方にも、どこか泥臭さや懸命さがありますし。けれどもそこで、あえて「希望」という意味の『our hope』というタイトルを今作は掲げているわけですが、これはどういうところから着想を得たのでしょうか?

塩塚:去年、私がダンスの公演に音楽で参加した時に、そのテーマが“Hopeful”っていうテーマだったんです。ダンスがまだできていない状態でその資料を見つめているうちに“hopi”っていう言葉が自分の中にふっと出てきて、調べたら「平和の民」っていう意味があったんですね。だから「平和の民」という意味で“hopi”をアルバムのタイトルにしたかったんですけど、とはいえ別に今作ではその方々のことを歌ってるわけじゃないので、それは一旦やめて。でも「平和」ていうテーマは頭の中にあって。そうしているうちに、このアートワークの撮影の打ち合わせで、車の窓から私が何かを見て見つけて、それを伝えようとしてる顔を撮りたいと言われたんです。そこで「じゃあ私はなにを見つけたんだろう」と思ったときに、“hopi”のことを考えていたこともあって、自然と“hope=希望”という言葉が出てきて。これはぴったりだなと、自分の中でしっくりきて決めました。

──昨今の世界情勢やパンデミックのことを思うと、日に日に世界が悪くなっていくように見えるし、実際そうなのかもしれない……そう感じてしまう時代だからこそ、希望っていう言葉は、とりわけ今、強く輝いているようにも思えるけれど、同時にひどく脆い言葉でもあると思うんですよね。それを信じるべきだいう気持ちと、信じていいのだろうかという気持ちが同時に心の中にある状態というか。

塩塚:わかります。だから今作では「希望がある」と信じてるわけではないんですけど、でも「あるといいな」と思っているというか。「希望があるよ!」ってみんなに呼びかけているわけではなくて。

──決して現状を楽観視しているわけではないということですよね。

塩塚:そうです。そういえば、1曲目の「hopi」はバンドで大阪に向かう車の中で書いたんです。西に向かっているから、後ろが夜で、前を見ると夕焼けで、それがすごく綺麗で。まるで車が船みたいに思えたんです。北極星のような指標になる星に向かって、3人で船で向かっているような。そんなイメージも、『our hope』っていう言葉にも込められていると思います。そうだ、その時は、なんだか夜が追いかけてくる感じがして、それから必死に逃げているような感覚を覚えたんですよね。だから「hopi」も、単に朝に向かっているというよりもっと大きい時間軸で、夜に捕まらないように逃げているっていう情景なんです。それは私が昔からよく思い浮かべるイメージでもあるんですけど……。

──というのは?

塩塚:今の時勢、いつ地球が滅びるかわかんないとか、こうやって普通に暮らしてるけど、いつ地震が来るかわからないとか、でも地球はそれをもう知ってるんじゃないかとか。そういう抗えない大きいものが確実に後ろから追いかけてきてて、そこから走って明るいほうに行くしかない、っていうような感覚ですかね。

──歌詞のタネ自体は、今おっしゃってくれたように、自分のパーソナルな感覚や経験とかによるものだとは思うんですが、とはいえ今作にはそれぞれの曲に主人公が居て、それぞれがもがきながら生きている人生を切り取って歌ってる印象がありました。

塩塚:作詞の感覚が変わったというのは自分ではあまり感じていないんですが、今作に出てくる主人公は確かにそれぞれ違う人物ですね。男の子だったり女の子だったり、大人だったり子供だったり、学生だったり……。どの歌い方の方向性にするかについても、いつもレコーディングしながら時間をかけて考えていますね。やっぱり自分が曲を作っているので、そこで描いている景色を思い浮かべるんだと思います。だから、それがきっと主人公の声として聴こえるのかもしれないです。

「平和だといいな」という気持ち

──「光るとき」はアニメ「平家物語」への書き下ろしですよね。アニメの制作サイドからどんなオーダーがあったんでしょうか。

塩塚:「羊文学さんなりの平家物語にして欲しい」と。

──それは壮大ですね(笑)。

塩塚:そうなんです(笑)。でもアニメのチームの人たちはこの「平家物語」を扱うにあたって「平家の人たちの魂を鎮魂するっていう気持ちでやっている」とおっしゃっていて、お祓いにもちゃんと行かれたそうで。平家の人たちを本気で大切に考えて作られたアニメだなというのを強く感じたんですね。私自身は、今まで自分の暮らしの疑問や不満みたいなことを書いてきていただけでしたが、「平家物語」は諸行無常や生命がテーマですし、諸行無常と一言で言っても、つまりは人の命がたくさん亡くなっているということを歌にしなくちゃいけないから、それはやっぱりすごく難しかったです。

──戦争やパンデミックで今たくさんの人が亡くなっている今の世界ともリンクする部分もありますよね。

塩塚:そうですね。基本的にはアニメに寄り添って書いたものなので、今の人たち何かを伝えようとかはあんまり思ってないんですけど、でも<この最悪な時代はきっと続かないでしょう>っていうのは、現代に生きている自分自身の気持ちとして書いたフレーズです。唯一この1行を入れたことで、結果的に、曲全体も現代につなげて読めるものになったのかなと。

──アニメ「平家物語」の冒頭では平家の人々が非道な人たちとして登場しますが、その後主人公が平家の人々と生活を共にしながら、彼らにもかけがえのない暮らしがあるということと、けれどそれが奪われていくという抗えない運命に直面する様子が描かれていました。だからこそ、この瞬間を生きている生命が輝いていることが忘れ去られないように、ということが「光るとき」には歌われているわけですが、それってアルバム全体のテーマにも通じているんじゃないかと。他の曲ではそこまで重いことは言っていないけれど、とはいえ、部屋の片隅で悶々としながらも懸命に生きているような人たちを描くことは、結局は今この瞬間にある一つ一つの生命の尊さを確かめることと同じだと思うんですね。

塩塚:そうですね。確かに、例えば「光るとき」と「マヨイガ」はイメージとしては近い曲ですよね。映画の「岬のマヨイガ」は親元がなかったり、親と上手くいってなかったりする子たちの話だから、「マヨイガ」はその子たちの人生がちょっとでもよくなるといいなと思って書いた曲で。だから私は、もしかしたらどちらも「安心できる場所」っていうのを探していたのかもしれないです。

アニメ『平家物語』OP「光るとき」
アニメ『平家物語』OP「光るとき」

長編アニメーション映画『岬のマヨイガ』主題歌「マヨイガ」
長編アニメーション映画『岬のマヨイガ』主題歌「マヨイガ」

──平家の人たちに対してもですか?

塩塚:そうです。「平家物語」に出会うまでは、私自身も平家の人々は悪者だと思っていたけれど、実際は自分達と同じように人間らしい人たちだったんじゃないかって身近に感じるようになりましたし、同時に、自分では想像もしないような苦悩の中に立って、でもそれでも最後まで誇り高くあろうとしたっていうことに対しても敬意を持って。だから、平家の人たちが来世に生まれるときには、安心できる場所であったかくして幸せに過ごしてほしいなって。そんな言葉で言うとちょっと薄っぺらくなっちゃいますけど(笑)、でも自分としてはそういう感覚なんです。

──なるほど、歌い出しで花の喩えを使って輪廻転生のことを歌っているのは、つまり「来世で幸せになってほしい」っていう祈りを表しているんですね。確かに、アニメ「平家物語」には「祈る」という言葉が終盤のキーワードとして出てきますね。主人公が「抗えない運命に対して自分は何もできないけれど、共に生きた人々のことを祈ろう」という決意に至るという。「マヨイガ」の方でも<祈っている>という歌詞が出てきますが、今言っていたような「あったかくして寝てね」という感覚も、ある意味、小さな祈りの一つなのかなと。

塩塚:「あったかくして美味しいご飯食べてほしい」という気持ちって、「平和であってほしい」みたいなこととすごく近いのかも。だから「平和だといいな」という気持ちは、もしかするとその小さな祈りの積み重ねのことなのかもしれません。

セカンド・アルバム『our hope』ハイレゾ配信中

羊文学、過去インタヴュー記事はコチラ

2019年7月「きらめき」リリース・タイミング・インタヴュー

オルタナ・ロックの若き才能・羊文学、新たな魅力を照らす新EP『きらめき』

2020年3月「ざわめき」リリース・タイミング・インタヴュー

羊文学はあなたの「居場所」に──塩塚モエカ 単独インタヴュー

2020年10月「砂漠のきみへ/Girls」リリース時のインタヴュー

シンプルでエッジーなサウンドで受け止める、羊文学の目線

2020年12月ジャー・デビュー・アルバム『POWERS』リリース時のインタヴュー

「誰か」の背中にそっと手を添えて──羊文学『POWERS』

TOUR SCHEDULE

羊文学 TOUR 2022 "OOPARTS"

2022年5月29日(日)
@宮城仙台PIT
2022年6月9日(木)
@福岡Zepp Fukuoka
2022年6月11日(土)
@大阪Zepp Namba
2022年6月16日(木)
@愛知Zepp Nagoya
2022年6月24日(金)
@北海道Zepp Sapporo
2022年6月27日(月)
@東京Zepp DiverCity Tokyo

上記ツアー詳細、またはその他フェス、イベントなどにも多数出演情報はオフィシャル・ウェブにて
https://www.hitsujibungaku.info/

PROFILE:羊文学

羊文学、左からDr.フクダヒロア、Vo.Gt.塩塚モエカ、Ba.河西ゆりか

Vo.Gt.塩塚モエカ、Ba.河西ゆりか、Dr.フクダヒロアからなる、繊細ながらも力強いサウンドが特徴のオルタナティブロックバンド。
2017年に現在の編成となり、これまでEP4枚、フルアルバム1枚、そして全国的ヒットを記録した限定生産シングル「1999 / 人間だった」をリリース。

今春行われたEP「ざわめき」のリリースワンマンツアーは全公演SOLD OUTに。東京公演は恵比寿リキッドルームで行われた。

2020年8月19日にF.C.L.S.(ソニー・ミュージックレーベルズ)より「砂漠のきみへ / Girls」を配信リリースし、メジャーデビュー。

2022年4月20日に2nd album「our hope」をリリース。

しなやかに旋風を巻き起こし躍進中。

■公式HP https://www.hitsujibungaku.info
■公式ツイッター @hitsujibungaku

この記事の筆者
井草 七海

東京都出身。2016年ごろからオトトイの学校「岡村詩野ライター講座」に参加、現在は各所にてディスクレビュー、ライナーノーツなどの執筆を行なっています。音楽メディア《TURN》にてレギュラーライターおよび編集も担当中。

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[インタヴュー] 羊文学

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