2022/05/16 19:00

この後はもう何をやっても大丈夫

──新しい楽器がたくさん入ってくるというわけではないので、パッと聴いただけでは前作と同じようにも聴こえる人もいるかもしれない。けれども、じっくり聴いてみると細かいサウンドの調整がすごく効いている作品に仕上がっていますよね。ディティールの作り込みの解像度が上がったというか。空間の使い方もさらに広がって、奥行きもぐっと深まっているし。

塩塚:そもそも一つひとつの音をクリアに作っていることも大きいとは思います。とはいえ、今までも空間を意識してギターの音を重ねて使ったりもしていたんですがどうしても音が潰れ気味になってしまうのが、これまで自分の中で課題に感じていたポイントだったのでそこを乗り越えたくて。

──その中でなにか参考になったものってありますか?

塩塚:バンドの音像という点では、くるりさんの作品はすごく参考になるなと思っていて。初期~中期くらいの、少人数のロックバンドだけど奥行きがしっかりある、というような。それを私がポロッと話していたのをエンジニアの方が覚えていて、今作をミックスしてくれたのかもしれないです。

──くるりは羊文学が目標としているバンドなのでしょうか?

塩塚:もちろんすごくリスペクトはしています。でも今回のアルバムでは、くるりさんのような音楽を作りたいっていうよりは、あくまでミックスの奥行き感のイメージにおいて参考にしたという感じですかね。挑戦という点でも影響を受けているかも。「OOPARTS」にシンセを入れようか迷っていた時に、くるりさんが初めてシンセをサウンドに入れた時のインタビューを読んで。くるりさんが、思っていたよりもずっと軽いノリでシンセを取り入れられていたのを知って、勝手に勇気づけられてトライしてみようと心を決められたんです。

──くるりはメンバーも流動的ですし音楽性も作品ごとに変わっていくバンドですれど、羊文学としては、新しいものを取り入れるべきか? 変わっていいのか?ということへの葛藤はやっぱりあったということですか?

塩塚:それは今作に限らずいつもあって。これまでずっと「絶対失敗できない」という気持ちでやっていたんです。とはいえ私たちのレコーディングはいつもバタバタしていて、あんまり練習もできなかったりして…だから作品っていうのは、ただその時に作ったものでしかない。そうであるなら、そこで挑戦しないといつまでたっても同じものにしかならないなと。そういう想いで挑戦をして今作を作り切れたから、この後はもう何をやっても大丈夫、という気持ちにも今はなれましたね。

「意外と私たち、まだやれるんだ」と知れたのは大きな収穫

──今までできなかったけど、今回の作品の中でできたことって他にありますか?

塩塚:自分達だけでアレンジを細かく詰められたのが今回の大きな成果だと思います。今作ではきっちりプリプロの合宿をしてアレンジを練ったんです。例えば「くだらない」という曲は、ドラムもフクダに叩いてもらった上で「このパートはもうちょっとビートを足したい」という風に細かくメンバーで話し合って詰めたりして。

──それは、実際アルバムを聴いてみて、本当に強く感じたところでした。今作はバンドの熱量がありつつもアレンジが緻密で。どこは足して、どこは抜く、という緩急が計算されている感じがしましたね。

塩塚:私は今までしっかりデモも作らなかったし、譜面にも起こすわけでもなかったので、作ったものを冷静に俯瞰する作業ができなかったんです。なんとなくスタジオで合わせて、大体できたところで録っちゃうという感じだったので。でも、今回はプリプロ合宿で集中することができたので、曲を眺めて細かく調整することがきっちりできたのがよかったですね。これまでは、自分達でそういう作業はできないって諦めてた部分もあったので、「意外と私たち、まだやれるんだ」と知れたのは大きな収穫でした。

──さらっと歌っているけれど、メロディの動きも実は複雑ですよね。ブルーノートを細かく使うのが塩塚さんのメロディ・ライティングの大きな特徴になっていると思うんですが、そのルーツってどこから来ているんでしょう?

塩塚:最近同じことを言われてそういうクセが自分にあることに初めて気が付いたんです。なんでなんですかね……。そもそもジャンルに関係なく、気持ちよく上手に歌ってる人たちのポップスが好きなんですよね。だからジャズとかソウルをよく聴くこともあるんだと影響しているんだと思うんですけど……。

──具体的に参考にしているヴォーカリストって誰かいますか?

塩塚:私なんかは程遠いんですけど(笑)、ジャスティン・ビーバーのヴォーカルがすごいく好きで。でも彼に限らずなんかアメリカのポップスはよく聞いていました。

──アメリカのポップスって、10代の頃からずっと聴いてましたか?

塩塚:聴いてました。友達がアメリカに行ったお土産で“TOP SONG 100”みたいなのを買ってきてくれて、それをずっと聴いていて。ケイティ・ペリーとかレディ・ガガとか……。有名なやつばっかりですけど。

この記事の筆者
井草 七海

東京都出身。2016年ごろからオトトイの学校「岡村詩野ライター講座」に参加、現在は各所にてディスクレビュー、ライナーノーツなどの執筆を行なっています。音楽メディア《TURN》にてレギュラーライターおよび編集も担当中。

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