ソウル・フラワー・ユニオンの中川敬が、ソロ・アコースティック・アルバム第2弾『銀河のほとり、路上の花』をリリース! 新曲、セルフ・カバー、トラッド、高田渡、二階堂和美のカバー曲を含む14曲を収録。全曲アコースティック楽器で仕上げられた、解放歌集がここに完成。3.11の震災後、音楽の力を信じ続け、多くの人々と繋がってきた男が歌い上げた、魂の叫びが詰まったソロ作をお聴き逃しなく!

ソロ・アコースティック・アルバム第2弾を高音質で!!

中川 敬 / 銀河のほとり、路上の花
【Track List】
1. それでも私は海が好き / 2. 世界はお前を待っている / 3. そら 〜この空はあの空につながっている / 4. 海へゆく / 5. 銘記せよ、その鼓動を / 6. 女はつらいよ / 7. 銀河のほとり / 8. こぼれ花 / 9. 平和に生きる権利 / 10. 生活の柄 / 11. もぐらと祭 / 12. ホレホレ節 / 13. 不屈の民 / 14. 潮の路

【価格】
まとめ購入のみ、2,100円



>>『銀河のほとり、路上の花』のフライヤーを、中川敬の特設ページより無料ダウンロードできます。


アーティストの意向により、2012年12月7日から急遽24bit/48kHzの高音質音源での配信に変更となりました。それ迄に購入された方には、別途高音質音源を送付致します。何卒ご了承下さいませ。

アコースティック・ソロ・配信シングルを高音質で配信中

中川 敬 / 世界はお前を待っている C/W そら 〜この空はあの空につながっている(HQD ver.)
【Track List】
01. 世界はお前を待っている
02. そら〜この空はあの空につながっている

【配信形態】
HQD(24bit/48kHzのWAV)

【価格】
まとめ購入のみ、400円

INTERVIEW : 中川敬

中川敬の2ndソロ・アルバム『銀河のほとり、路上の花』を聴いていたら、いろんな人のいろんな顔が浮かんできた。ソウル・フラワー・みちのく旅団に同行したとき、共に歌い手拍子したおじちゃんやおばちゃんの顔。そこで知り合った人やボランティアで働いていた若者の顔。反原発デモや首相官邸前抗議で一緒に声をあげ歩いた友人たちや名前も知らない人の顔。更に、ずっと会っていない友人の顔まで浮かび今はどうしているのだろうかと思ったりもした。『銀河のほとり、路上の花』は不意打ちをくらったように、様々な顔や風景が浮かび様々な感情を呼び起こしてくれる。それはとても新鮮で、そしてどこか懐かしい。

昨年の1stソロ・アルバム『街道筋の着地しないブルース』に続きリリースされた『銀河のほとり、路上の花』。新曲、ソウル・フラワー・ユニオンのセルフ・カバー、二階堂和美、高田渡のカバー、ハワイ日系人の労働歌として生まれた民謡「ホレホレ節」など全14曲からなる本作。昨年の3月11日以降、被災地へのツアーや反原発デモが日常の中に浸透していった中川敬の心象風景のドキュメントのような側面がありながら、多くの様々な人の心の中にスッと着地して、これから先へと生き続けていくであろう曲が並ぶ。しなやかで力強い歌は、私たちの感情を掬い上げ、日常の中で育まれていくだろう。歌は続くし、人間の思いも続いていくのだ。

インタビュー & 文 : 遠藤妙子

一人ひとりの人間をこそ唄にしたいと思った

——2ndソロ・アルバム『銀河のほとり、路上の花』がリリースされました。まず私は、ソウル・フラワー・ユニオンの春のツアーで「世界はお前を待っている」を聴いてグッときたんですが、この曲がアルバムのスタートとしてあったんでしょうか?

中川敬(以下、中川) : 今作も1stの『街道筋の着地しないブルース』と一緒で、基本的にコンセプトを決めないで、日常の思いつきの中で一曲一曲順番に録っていくっていうスタイルやね。空いてる時間はひたすらプライヴェート・スタジオ“魂花神社(こんげじんじゃ)”に入る。先が見えない中、一曲ずつ、その時に録りたいと思った曲を録っていく。で、十数曲揃えばそれがアルバムになる。それが唯一のコンセプトといえばコンンセプトやね。俺の場合、ニューエスト・モデル、ソウル・フラワー・ユニオンと、ずっとバンドばっかりやってきてる。バンドって曲を揃えてメンバーとアレンジして、それからレコーディングに臨むっていうやり方やけど、それとはまったく逆のやり方で、日常の澱も含めて、今までとは違ったものが音楽として立ちのぼってこないかなっていう。今作の一番最初に録った曲は「もぐらと祭」。それが今年の一月かな。

——「もぐらと祭」はニューエスト・モデルの曲ですが、この曲を入れようと思いついたのは?

中川 : 東北の避難所や仮設住宅で演奏していると、結構、「ニューエスト・モデルの頃からファンでした」っていう声を聞くんよね。そんなこともあって、去年の11月のアコースティック・パルチザンのツアーのセット・リストに「もぐらと祭」が入ってた。この曲はニューエスト・モデルのラスト・アルバム『ユニバーサル・インベーダー』(93年)に入ってる曲で、俺にとって、いわば「唄」を書こうとし始めた最初期の曲やねんな。それまでの、バンド・サウンドやトータル・パフォーマンス重視の路線から、唄自体への興味が出てきた時期というか。25歳のときに書いた曲やから20年前の曲… げぇーっ(笑)! <天動説 / 唱えてる / 仮装の人だかり>なんて、中々なパンチ・ラインも入ってる(笑)。で、そろそろ2ndアルバムを録り始めようかなっていう時に、最初にいきなり新曲で始めるより、セルフ・カバーの方がすんなり制作に入っていけるなっていうことで。

——そのときは新曲は… ?

中川 : まだ書いてなかったね。

——じゃあ、曲ができてから録音ではなく、ホントにやりながら曲を作っていこうと。

中川 : そう。とにかく今年に入ってから50発ぐらい抗議とデモに行ってるから、そういう日常の超多忙も含めた上で、今作はある。自分の日常を切り取っていく作り方。前作は3.11の前の段階で8曲ぐらい出来てて、3.11以降に作ったのは数曲。今回は全曲まるまる3.11以降、自分が出会った人たちであったり風景であったり、そういったもろもろがぎっしり詰まってるアルバムやね。

——海、空というテーマのようなものを感じますが、それは被災地での風景ですか。

中川 : 東北の被災地に行って、多くの人から「昔から聴いてます」って言われて、ある種、再会。「仙台ロックンロール・オリンピックに毎年行ってました」とか。だいたい30、40代で、みずから被災しながらも、復旧作業であったり遺体の収容であったり、一番辛い仕事をせざるを得ない世代でもあって。そういうときに「頭の中でずっと鳴ってたのが「そら」なんですよ」とか「泣きながら「海へゆく」を歌ってました」とか…。そんな中、去年の早い段階で、次作は「海へゆく」や「そら」は入れようって決めてた。だから、海のアルバムにしようとかそういうことでは全然ない。ただ片方で、この一年半の自分の中の原風景として海は切り離せないものとしてある。志津川の海、女川の海、南相馬の海…。俺の中で、拭い難い、自分の日常と切り離せない原風景になってるということもある。

——それが最後のセルフ・カバーの「潮の路」に見事に繋がって。

中川 : 別れがあって出会いがある。最後は再生の唄で終わるのがいいなって。

——そして中川さんの日常の中に反原発デモや抗議行動も加わってきた。「銘記せよ、その鼓動を」の土台にはデモや抗議行動がありますよね。

中川 : 9月のツアーが終わったあと、今作の中では最後に書いた曲やねんけど、全体のアルバムのトーンを一曲に集約するように書いた感じのところがあって。<プラカードの余白が / 空に溶ける>っていう箇所があるけど、プラカードの余白の部分を歌うということ、つまり人間そのものを歌うっていうことやね。世の中、ワン・フレーズ・ポリティクスで溢れてるやん。デモにしても、それぞれが違う生活をして違う考えを持っている中で、「原発はいらない、再稼働するな、即時廃炉」っていう一点で集まってる。俺もその中の一人。プラカードの太文字からこぼれ落ちて行く一人ひとりの思い。まあ、人間そのものを歌いたいなっていうことやね。以前からそうやねんけど、よりそういう気持ちになってるとこがあるな、この一年半。

——私もこの曲を聴いて、デモで会ったいろんな人の顔が浮かびました。直接的に怒りを歌っていないからこそ、怒りを含めた様々な感情が浮かび上がってきたし。3.11以降、怒りや希望を表現した曲はたくさん聴いたけど、こういう表現は初めて聴いた気がします。

中川 : たくさんアーティストがいるんやし、いろんな表現があっていい。俺の場合は、日常の澱みたいなところに目がいく。ソウル・フラワー・ユニオンのライヴ、ソウル・フラワー・モノノケ・サミットのライヴ、抗議、デモ、東北…。そこにあるのは人間の日常やね。アコースティック・ギターを抱えながら、3.11以降のえも言われぬ気分の中で、一人ひとりの人間をこそ唄にしたいと思ったんよね。

——前作の1stソロ・アルバムは3.11を挟んで制作されたものだし、遡ればモノノケ・サミットも阪神淡路大震災が一つの契機となり。

中川 : 妙な符号やね。モノノケ・サミットも、三線で「壮士演歌」なんかを歌い始めたのが震災の二ヶ月ぐらい前。『ワタツミ・ヤマツミ』のツアーが終わってちょっと休もうっていう時期に、遊びで三線を弾き始めて、そしたらその直後に震災が起こった…。

——話が飛びますが、中川さんが反原発デモや抗議行動に向かうときは、ミュージシャンとしてではなく個人として行く感覚ですか?

中川 : どこからどこまでがミュージシャンかっていうのもあるけどね。頭数として参加しようっていうのが当初あったし、今もそうやね。デモは、一人ひとり、みんなが主役っていうのがいい。俺のデモ観としては、「演り手」と「聴き手」みたいな舞台はいらない。ただ、もし俺がドラマーをやったらドラム隊(ドラム・デモ)には参加してるやろうね。無数の打楽器と声。そこにスターはいない。子どももいる。老人もいる。いいね。今、デモや抗議行動の主催者は若い奴が多いけど、ほんとみんな逞しいよ。ありとあらゆる逆風の中、逡巡しながら、出逢いを大事に、新しいやり方を模索しながらやってる。俺がデモに行く理由は「原発いらない」の一点にあるけど、地方の小さな街のローカル・デモが好きでね。普段異議申し立てをする機会のなかった老若男女が、ちょいとばかし勇気を振り絞って徐々に声を上げてゆく、あの感じ。そこには“自己表現欲”を越えた、未来を作ろうっていう強くてしなやかな意志がある。無数の静かなる意志。あと関西でデモや抗議行動をしていると、いろんな顔が浮かんでくるんよね。福島で頑張ってる奴、宮城で頑張ってる奴、岩手で頑張ってる奴。東北で踏ん張ってる仲間の顔が浮かんでくるんやな。尻叩かれてる気分になるよ。みんな、“そこ”でやれることをやっていくしかないんよね。

——私もソウル・フラワーみちのく旅団に同行させてもらったので、デモに行くとそこで出会った人の顔は必ず浮かびます。そういえば今作のゲストのパーカッションのnuhoさんは関電本店前の抗議行動で出会ったんですよね。

中川 : ずっと一人でレコーディング作業をやってると中川敬以外の音が聴きたくなってくる(笑)。で、毎週金曜日、大阪の関電本店前に行くとnuhoがいる。彼は(反原発デモの)TwitNoNukesの関西の主催者の一人で、ドラム隊もやってる。抗議の後、立ち話してるうちに「ちょっと手伝ってや」っていう話になってね。

——いいですね~。抗議行動で出会った人がそのまま音楽で繋がっていく。

中川 : 今作、ゲストを入れるっていうこともそれが始まりで。出来る限り偶発性を大事にしていこうと。夏にモノノケ・サミットのツアーで大熊ワタルが関西に来た。楽屋で「明日、東京に帰ってまうの? 」、「いや、もうちょっとこっちにいるかな」、「じゃ、クラリネット吹いて」ってその場で。それもクラリネットが合う曲を準備してたわけじゃなくて、その時制作進行中の曲に入ってもらう。それが「生活の柄」、「潮の路」やった。

——うわ、偶然にもバッチリですね。

中川 : そうそう。「生活の柄」、「潮の路」、大熊ワタル、バッチリやね。彼は(「生活の柄」をレパートリーにしている)大工(哲弘)さんの横でもクラリネットを吹いてきてるからね。「潮の路」は大熊君やドーナル・ラニーとやったソウルシャリスト・エスケイプのときの曲やし。ほんまバッチリ。で、コーラスは美保ちゃん、お囃子はヒデ坊って。それで10曲ぐらい出揃った段階で、初めて全体を考えて、最後にもう一人ゲストを入れたいなって。それがフィドルの太田(恵資)さん。最後の最後に太田さんのフィドルを入れて。

自分の音楽の原風景に立ち戻った

——高田渡さんの「生活の柄」(詩・山之口貘)をカバーしたのは?

中川 : ある日、ふと思い出した。90年代後半、モノノケ・サミットで寄せ場やホームレスの祭りに出演すると、そこで演奏する人らがこの曲をやるんよね。まあ、歌ってる人が多いから俺はやらんでもええかって、ちょっと忘れてた曲やった。ふと思い出したっていうことやね。

——しかもアルバムのトーンや今の状況にも重ねることができる曲だし。

中川 : 自分の生まれ育った場所から切り離された人間の唄。「ホレホレ節」もそうやね。前作は全体のトーンも考えて民謡は入れなかったけど、今回は二作目やし、民謡・トラッドはもはや俺の一部分やから、入れようと。モノノケ・サミットで録ってない民謡で、なおかつ今回の全体のトーンに合う曲ってなったら、レパートリーに「ホレホレ節」があった。この曲も、外部の力によって、“そこ”を離れざるを得なかった人間の唄やね。ディアスポラの唄。

——二階堂和美さんの「女はつらいよ」は?

中川 : 3.11以降、人の音楽をあまり聴く気にならない時期が続いて。レコーディングで忙しかったというのもあったけど、あんまり他の音楽を聴く気がしなくて。その中で胸にストーンと入ってきたのがジョニ・ミッチェルと二階堂和美やった。去年の後半はニカちゃんの『にじみ』ばっかり聴いてて、その段階で漠然と「女はつらいよ」をカバーしたいなとは思ってた。今年2月、一緒にツアーしたとき、ニカちゃんに「カバーさせていただきます」ってちゃんと伝えて(笑)。前作は浅川マキさんの「少年」を歌って、「おんな唄」を歌う面白さと難しさを知った。いわゆる、男的なものとか内面的エゴとは違うところにある唄やからこその面白さと難しさ。俳優がその役柄に同化していく瞬間を味わうっていうか。中川敬っていうプロデューサーが中川敬っていうシンガーを鍛えてるみたいなところがあったな。

——タイトルにもなっているインストの「銀河のほとり」では、聴き手は余白を感じる、つまり想像力を喚起させられると思います。

中川 : 「銀河のほとり」は、録り始めてから、歌詞を書かなくてもいいという判断になった。俺はもともと、インストゥルメンタルでいい、それこそ「ららら」でもいいって思ってるところがあってね。意味性を超えたところでの共鳴。言語を超えたところで表現したいなっていうのが常にある。もっとエスペラント的に音楽を鳴らしたい、その場を共有したいっていうところがあるんよね、歌手やけど。自分の中の心象風景をインストゥルメンタルという形で、メロディだけで表現してあとは聴き手に委ねる、みたいな。でも片方で、だからこそしっかり歌詞を書こうという自分もいる。ただまぁ、俺は歌い手やからね。歌手としてまだまだ伸びしろがあるっていうこともわかったし(笑)。

——ギターはいかがですか?

中川 : 中川敬、いいギタリストやねんけど、ここ30年ばかし、指の調子が悪くてねー(笑)。日々勉強やね。この2年、ほんま、アコースティック・ギターを触ってるな。

——ギターも含めてメロディに強さがありますよね。とにかく本当に歌がいい。

中川 : バンドやと、書きかけみたいな曲でもメンバーが持ってる、そこにいる人間が持ってるある種の化学反応でいい感じに仕上がることがあって、それこそがバンドの醍醐味でもあるんやけど、ソロやとすっぴんの段階で相当強靭な曲じゃないとあかんっていうことがあるよね。弾き語りで世界観が示せる強い唄じゃないと駄目。民謡やトラッドってそういうものやしね。口承で伝わっていくものやから相当強靭な唄しか残っていかない。まぁ、ホントにいい曲じゃないとプロデューサー中川敬が許してくれないしね(笑)。

——アコースティック・ソロ・アルバムで、また新しい発見があって。

中川 : あと、中川敬の原点も思い出したよね。ローリング・ストーンズとかザ・フーとかを聴いてバンドを始めた頃を自分の音楽的原風景やと思いがちやけど、そんなことはない。それよりももっと前、小学校五年でガット・ギターを入手して、中学一年の頃に安物のフォーク・ギターを入手して、明星の歌本なんかを見ながら山口百恵やチューリップの曲をひとり弾き語ってたわけやね。ミュージシャン中川敬はそこから始まってる。そういう自分の音楽の原風景に立ち戻った感じもある。長い間忘れてたものの立ち戻ってくる感じが、ソロを作っているとき、あったな。あらゆる意味で「中川敬」が詰まってるよ。

——ではソロ・アルバを作り終えて、手応えはどんな感じですか?

中川 : 「中川敬」っていう新しいバンドを作った感じやね。新しいバンド。1stを作って、2ndは1stを超えたいなっていう、新しいバンドを作ったときのような高揚。作業的には一人やからしんどいことも多いけど、結局楽しんでるやん、俺って。また一つ、自分のバンドが増えてしまってんな(笑)。

中川敬 / ソウル・フラワー・ユニオン DISCOGRAPHY


ソウル・フラワー・ユニオン MUSIC VIDEO

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LIVE SCHEDULE

ソウル・フラワー・ユニオン

『年末ソウルフラワー祭 2012』
2012年12月8日(土)@愛知・名古屋クラブクアトロ
2012年12月9日(日)@大阪・umeda AKASO
2012年12月11日(火)@広島・ナミキジャンクション
2012年12月12日(水)@福岡・DRUM Be-1
2012年12月15日(土)@東京・LIQUIDROOM
2012年12月17日(月)@宮城・仙台MACANA

ソウル・フラワー・モノノケ・サミット

『モノノケ・サミット2013! 新春! 初踊りツアー』
2013年1月19日(土)@大阪・SUNHALL
2013年1月24日(木)@東京・下北沢GARDEN
2013年1月26日(土)@宮城・石巻 La Strada

「ソウルフラワー基金」について

長きに渡り阪神淡路大震災の被災地への寄付を続けてきた「ソウルフラワー基金」が、2011年3月11日の震災を受け、東日本の被災地への支援へと切り替わりました。

>>ソウルフラワー震災基金からの報告とお願い

PROFILE

ソウル・フラワー・ユニオン
80年代の日本のパンク・ロック・シーンを語るには欠かせない存在であったメスカリン・ドライヴとニューエスト・モデルが合体する形で、'93年に結成。'95年、阪神淡路大震災を機にアコースティック・チンドン・ユニット「ソウル・フラワー・モノノケ・サミット」としても、被災地での演奏を中心に精力的な活動を開始。'99年には、韓国にて6万人を集めた日本語による初の公演を敢行。トラッド、ソウル、ジャズ、パンク、レゲエ、ラテン、民謡、チンドン、ロックンロールなどなど、世界中のあらゆる音楽を精力的に雑食、それを具現化する祝祭的ライヴは、日本最強のオルタナティヴ・ミクスチャー・ロックンロールと評される、唯一無二の存在として、国内外を問わず高い評価を得ている。

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>>「REVIVE JAPAN WITH MUSIC」中川敬インタビュー
>>9/28-29「ソウル・フラワー・みちのく旅団 被災地ライヴ・ツアー」レポート

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中川敬参加の東日本大震災救済支援コンピレーション『Play for Japan 2012 vol.1』の購入はこちらから

>>『キセキの渚』リリース時のインタビューはこちら
>>『死ぬまで生きろ!』リリース時のインタビューはこちら
>>『アクア・ヴィテ』リリース時のインタビューはこちら

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