2009/03/24 00:00

Calvin Johnson

当たり前のことしか言っていないのに、言葉がこんなにも説得力をもつアーティストに出会ったことがない。もっと言うなら、こんなに目の奥が座っている人をみたことがない。



 90年代、Kレーベルのステッカーやキーホルダーは、カレッジ・ミュージック好きのアイコンだった。カート・コバーン、ベックやジョン・スペンサーが、Kを好きだと公言していたし、ギターにKマークのステッカーをはった先輩がとても格好良く見えた。だから、アナログやCDを買いあさっては、へろへろのロー・ファイ・サウンドを必死に理解しようとしてたんだ。「これがPUNK?」って思いながらね(笑) 。

 ブームが落ちついてからも、人の世の浮き沈みなどなんのその。キミヤ・ドーソン、ジェレミー・ジェイやユメビツ等、相変わらずの突っ張ったリリースを続け、ゴシップやチックス・オン・スピードのような、今をときめくバンドもリリースした。日本のマヘル・シャラル・ ハシュ・バズと契約を結んだのは、音楽好きにはたまらないニュースだった。

 とは言え、Kレーベルの創始者であり、ビート・ハプニングダブ・ナルコティック・サウンド・システムやザ・ヘロ・ベンダーズのキャルビン・ジョンソンは、2003年の来日後に交通事故に遭い、6年ぶりの再来日までの道のりが簡単だったとは言いがたい。7e.p.よりインフォメーションをいただいた時、これが最後の来日になるかもしれないなんて不安がよぎったもの。言葉数は非常に少なく、インタビューの最も難しいアーティストであるとは聞いていたけれど、今こそ話をしてみようと思った。彼には聞かなければならない事がいっぱいあるし、一言お帰りと言いたかったから。

インタビュー & 文 : JJ (Limited Express(has gone?))

INTERVIEW

— 2003年のジャパン・ソロ・ツアーはどうでしたか?

Calvin Johnson (以下 C ) : ザ・マイクロフォンズリトル・ウィングスと一緒にツアーをまわった。彼らは毎晩違うセット・リストだったので、とても刺激的だったよ。二階堂和美等と一緒にプレイ出来たのも、素晴らしい経験だったな。

— あの時は、下北沢シェルターでのサウンド・チェックをキャンセルして、渋谷の反戦デモに参加していましたね。

C : サウンド・チェックをする必要はないし、反戦デモに加わらない理由もないしね。イラク戦争が始まる前で、アメリカ政府には失望していたし、日本でも反対している人たちが大勢いる事を知ったので、嬉しかったんだ。

— オリンピアでも、反戦活動はしていますか?

C : もちろん! デモに参加するには、2つの理由がある。行動で政府に反対を示す事と、自分と同じ意見を持っている人間がいるって事を確認することだ。イラク戦争は、まだ続いている。そして、とても不可解だ! 反対し続けるよ。

— 大統領がバラク・オバマ氏に変わったことについては?

C : 当然だよ。変化しない方がおかしいじゃないか!

ダブ・ナルコティック・サウンド・システムのツアー中に、自動車事故に遭いましたね。その後、心境に変化はありましたか?

C : 実際、事故の後ダブ・ナルコは一回も活動出来ていない。そして車はもたないようにしている。なければないで楽しいものだよ。1年くらいは調子が悪かったけれど大丈夫になったし、今はライブをしても楽しい気分でいられるようになった。

— 現在、ソロ以外ですすめているプロジェクトはあるのですか?

C : 新しいバンドを始めたんだ。バンド名は、『ハイブ・ドゥエラーズ(THE HIVE DWELLERS)』既にレコーディングもいくつか終了しているよ。アメリカに戻った次の日から7週間のツアーが始まる。メンバーは、以前Polyvinyl Recordsで、現在Kレーベルの、サタデー・ルックス・グッド・トゥ・ミーというバンドの フレッド・トーマス(former member of His Name Is Alive, Lovesick, Flashpapr)とブライアン・ウェバー(Dub Narcotic Sound System)、ブレット・ライメンと女性のサラ・ペトが参加しているんだ。メイク・アップのイアン(Ian Svenonius)のニュー・バンド、チェイン・アンド・ザ・ギャングのリリース・ツアーで一緒にまわるんだ。

— ソロ・アルバムの予定はあるの?

C : 今はないね。まだ何もしていないし、焦ることはないんだよ。

— Kレーベルを立ち上げた理由を教えて下さい?

C : オリンピアでやっている人たちが好きだし、アンダーグラウンドでやっている人たちの音楽が好きだから、1982年にKレーベルを始めた。今は、オリンピアだけでなく、アンダーグラウンド・ミュージック全てに協力したいと思っている。

— 27年も続けることができたのは何故ですか?

C : ただ幸運だっただけだよ。カール・ブラウミラーとか、良いミュージシャンが周りにいたから、続けてられるんだ。

— 僕は、以前京都で活動してきて、ローカル・シーンのメリットやデメリットを体感したのですが、Kレーベルがオリンピアに存在しなければならない理由はなんですか?

C : オリンピアより、京都の方が全然でかい街だ。存在する理由は...そこに住んでいるから。ただそれだけだよ。エルヴィス・プレスリーだってメンフィスにいたし、ライトニン・ホプキンスだってヒューストンで音楽を創っていた。そして日本と同じように、街毎に小さなレーベルが存在しているよ。

— 日本の地方レーベルは、流通等の問題もあるのですが。

C : それは、USでも同じ。でもやるしかないんだから。住んでいる所でやるしかないんだよ。

— あるミュージシャンから、昨今より70〜80年代の音楽シーンの方がよりエキサイティングだったという話を聞いたのですが、あなたの意見を聞かせて下さい。

C : そいつは退屈なやつだね。今が一番面白いよ。各地方ではたくさんのことが起っていて、クリエイティブなエナジーに溢れている。それをあげだしたら時間がいくらあっても足りないな。

— 音楽を届けるフォーマットが変化していますね? LPからCD、そしてダウンロードという移り変わりを、どのようにとらえていますか?

C : 人々が望む通りに進んでいるのなら、ダウンロードが主流になっても問題はない。CDとダウンロードはどちらもデジタルだから変わらないとも思っている。全てのフォーマットには、デメリットとメリットがあるから、どれかが良いって言うことはできないよ。1つのフォーマットに固執しすぎるのは、良くないしね。

— アメリカと日本でミュージック・シーンに違いを感じますか?

C : 日本は、訪れているだけなので深い部分はわからないけれど、日本のミュージック・シーンは充実しているように感じるよ。

— 日本の文化で興味を持っていることはありますか?

C : 去年、庭でお茶の木の栽培を始めたんだ。だから、お茶の木の育て方を学びたいと思っている。ビート・ハプニングで84年に日本に来るまでは、紅茶に興味があった。でも滞在した2ヶ月の間に、日本茶に興味がうつっていたんだ。玉露が最高だよ。

— 最後に今回のツアーへの意気込みを聞かせて下さい。

C : ないね。曲をやって、ただ自分であるだけだよ。セット・リストもないし、ステージ上でインプロビゼーションするだけさ。

Calvin's Catalogue



Calvin Johnson

アコギ一本のシンプルな録音で彼の不思議に心地よいダミ声と洗練された歌詞、心に優しいメロディーが最も堪能できるアルバム。ゴスペルやブルースの要素を彼なりに表現した良い味が出ている。 超低音ヴォイスとアコースティック・ギター、ダンスで構成されるパフォーマスは唯一無二。




BEAT HAPPENING

シアトル近郊の州都オリンピアでロック・シーンの支配者だったキャルビン・ジョンソンが率いたバンド。結成は83年。KAOSというラジオ局のDJであり、地元ロック系ライヴのプロモーターだったキャルビンは、カート・コバーンも当時住んでいたオリンピアのロック・シーンの王様だった。インディ主義者でパンク・ロック的なポリシーを独裁者のように打ち出していった。 彼の支持者はキャルビン派と名乗っていた。




Dub Narcotic Sound System

キャルビン・ジョンソンが率いるゴッタ煮系ローファイ・ユニット。70sファンクとディスコのフレイヴァを独自の解釈で再構築したような音を鳴らす。その音楽は、アフリカ系アメリカンが奏でるホンモノのファンクとはほど遠い。しかし、ローテクな演奏と奇想天外なアイディアを武器に、唯一無比なグルーヴを拡散している。

SCHEDULE

7e.p. 7 years Anniversary Tour

  • 3/25(水) @京都 UrBANGUILD
  • 3/27(金) @広島 ばばじごはん
  • 3/28(土) @福岡 四次元
  • 3/29(日) @小倉 GALLERY SOAP
  • 3/31(火) @松山 more music
  • 4/1(水) @大阪 martha
  • 4/2(木) @名古屋 得三
  • 4/3(金) @渋谷 O-NEST

LINK

CALVIN JOHNSON

イアン・マッケイ、スティーヴ・アルビニと並ぶUSインディの象徴。1980年代初頭、現在のサブ・ポップの母体となるファンジンの立ち上げに関わった後、ワシントン州オリンピアにてKレコーズおよび、自身のバンド、ビート・ハプニングを始動。故カート・コバーンらを魅了し、この25年来最も D.I.Y.精神とうたごころに溢れたレーベルであり続けるKを率いる一方で、元祖ロウファイとして多くのフォロワーを産んだビート・ハプニング、ジョン・スペンサーも心酔したガレージ・ファンク・マシーン、ダブ・ナルコティック・サウンド・システム、ダグ・マーシュ(ビルト・トゥ・スピル)との双頭バンド、ヘロ・ベンダーズの3つのユニットで活躍し、2002年にはキャリア20年にして初のソロ・アルバムを発表。プロデューサーとしても、ベック、モデスト・マウス、ブルース・エクスプロージョンなど多くの作品を手掛ける。今回は6年振り、ソロとしては2回目の来日となる。超低音ヴォイスとアコースティック・ギター、そしてダンスで構成されるパフォーマンスは唯一無二。

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この記事の筆者

[インタヴュー] Calvin Johnson

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