2014/12/22 21:15

まさに集大成! 希代の音楽家、ロバート・ワイアットの全キャリアを凝縮したベスト・アルバムを配信

1967年から音楽活動を開始し、ありとあらゆるジャンル、シーンに絶大な影響を与えてきた、音楽家ロバート・ワイアット。ソフトマシーンでのジャズ・ロックから、ソロに至るまで類い稀なるシンガーとしての才能を発揮し、UKシーンはもちろんのこと、あらゆるシーンに影響を与えてきた。そして今回、この偉大な音楽家のキャリアを凝縮したアーカイブ集、『Different Every Time』が発売された。本作は「EX MACHINA」(超展開)と「BENIGN DICTATORSHIPS」(優しき独裁者達)の2部で構成されている。「EX MACHINA」では、ソフト・マシーン時代からソロ最新作にいたるまでの選出音源、「BENIGN DICTATORSHIPS」では、ジョン・ケージやビョークなどのあらゆるミュージシャンとの共作 / 共演楽曲、といった内容だ。このページでは本作を軸に、彼の音楽的“遍歴”を収録曲順にご紹介。ぜひ音源とともに、お楽しみください。

Robert Wyatt / Different Every Time
【配信形態】
ALAC / FLAC / WAV / mp3 : 単曲 205円 まとめ購入 1,851円

【Track List】

EX MACHINA
01. Moon In June -- Soft Machine / 02. Signed Curtain -- Matching Mole / 03. God Song -- Matching Mole / 04. A Last Straw -- Robert Wyatt / 05. Yesterday Man -- Robert Wyatt / 06. Team Spirit -- Robert Wyatt / 07. At Last I Am Free -- Robert Wyatt / 08. The Age Of Self -- Robert Wyatt / 09. Worship -- Robert Wyatt / 10. Free Will And Testament -- Robert Wyatt / 11. Cuckoo Madame -- Robert Wyatt / 12. Beware -- Robert Wyatt / 13. Just As You Are -- Robert Wyatt

BENIGN DICTATORSHIPS
14. The River -- Jeanette Lindstrom / 15. The Diver -- Anja Garbarek / 16. We're Looking For A Lot Of Love / 17. Shipbuilding -- Robert Wyatt / 18. Richardson Road -- Grasscut / 19. Turn Things Upside Down / 20. Still In the Dark (You're Not My Sunshine) -- Monica Vasconcelos / 21. Venceremos (Jazz Dance Special Version) -- Working Week / 22. Frontera -- Phil Manzanera / 23. La Plus Jolie Langue -- Steve Nieve & Robert Wyatt & Muriel Teodori / 24. Goccia -- Cristina Dona / 25. Siam -- Nick Mason / 26. A L'abbatoire -- Mike Mantler / 27. Sinking Spell -- Mike Mantler / 28. Submarine -- Björk / 29. Experiences No. 2 -- John Cage

彼こそが、“ミュージシャンズ・ミュージシャン”

EX MACHINA——ソフト・マシーンから近年のソロ作まで

今作の1曲目はソフト・マシーンの「Moon In June」。言わずもがな、ジャズ・ロックの金字塔的作品『Third』(1970)からの19分にもおよぶ大曲である。その後、メンバーとの衝突で実質バンドをクビになってしまったロバートは自身のバンド、マッチング・モールを結成。2枚の作品『Matching Mole』(1972)、『Matching Mole's Little Red Record』(1972)をリリース。今回収録されている曲は、各アルバムから1曲ずつ「Signed Curtain」、「God Song」である。のちのソフト・マシーンにも参加するキーボーディスト、デイヴ・マクレーン、ハット・フィールド&ザ・ノースのギタリスト、フィル・ミラーなどのバック・ミュージシャンなどと共に作られた2作は、ソフト・マシーン時代から垣間見えた類い稀なる歌声と歌唱センスがよりフォーカスされた作品となった。「God Song」に関しては、キング・クリムゾンのロバート・フリップがプロデュースをつとめるなど、まさにシーンを象徴するような人選である。そして1973年、泥酔の果ての転落事故により、下半身不随に陥ってしまう。音楽生命の危機に陥るも、ピンク・フロイドのチャリティー・ライヴなどの様々なミュージシャン達の後押しのよって1974年、『Rock Bottom』でカムバックを果たす。この作品は、シンセとコーラスによる幽玄的なサウンド・スケープと、ロバートの精神的状況がもろに反映されているであろう繊細なヴォーカル・パフォーマンスが見事に絡み合い、ありとあらゆるジャンルを飲み込んだ名音源となった。ちなみにプロデュースは、フロイドのドラマーであるニック・メイソンが手がけている。今ベスト・アルバムに収録されている「A Last Straw」は同年のライヴ音源であるが、中盤のスキャット・ソロを耳にすれば、彼のシンガーとしての才能が完全に開花したことが伺えるであろう。その後は『Ruth Is Stranger Than Richard』(1975)をリリース。今作収録の「Team Spirit」には、パフォーマーとしてブライアン・イーノが参加し、他曲では、ヘンリー・カウのギタリスト、フレッド・フリスが参加しており、正統なロック・イディオムが多用され、クロスオーバー化した同時期のソフト・マシーンとは全く違うサウンドでジャズ・ロックを進化させていった。

Henry Cow - Beautiful as the Moon
Henry Cow - Beautiful as the Moon
Soft Machine 1976 Live
Soft Machine 1976 Live

7年の月日を経て、1982年に「Nothing Can Stop Us」を〈ラフ・トレード〉からリリース。ザ・スミスなどで知られる〈ラフ・トレード〉からの発売は驚きである。しかし、系列であるポップ・グループのレーベル〈Y〉がサン・ラーを出していたり、ディストリビュートなどを通じて、近い位置にいたいわゆる“レコメンデッド系”が積極的に紹介するアヴァンギャルド / フリー・ジャズ / カンタベリー系のサウンドがポスト・パンク勢にある一定の支持を受けていたことを考えれば当たり前とも言える。当然サウンドも参加ミュージシャンも大きく変化した。ミニマルなリズム・トラックと、洗練されたピアノが印象的な本作7曲目の「At Last I Am Free」は、USのディスコ / ソウル・アーティスト、シック(ナイル・ロジャース&バーナード・エドワーズ)が手がけている。ナイル・ロジャースに関しては、ダフト・パンクの「Get Lucky」にてファレル・ウィリアムスと共演したことが記憶に新しいであろう。

レーベル Cherry Red Records  発売日 2014/05/14

01. 02. 03. 04. 05.

※ 曲番をクリックすると試聴できます。

また本作には収録されていないが、1982年のベン・ワットとの共作『Summer into Winter』が当時のサウンドの変化を象徴しているようにも思う。全編ドラム / ベースレスな本作は、マニュエル・ゲッチングにも似たギター・アンビエントを礎に、ネオ・アコースティックなアレンジが展開された楽曲は、初期のジャズ・ロック時代からは想像もできないチルアウトな音像に満ちている。こちらもあわせてチェックしていただくと、彼自身を取り巻く環境の変化をより知ることができるであろう。その後の『Dondestan』(1991)までの3作も〈ラフ・トレード〉から発売される。1985年作『Old Rottenhat』収録の「The Age Of Self」では、チープなリズム・ボックスの上で繰り広げられるニューウェイヴ・サウンドなどから見てとれるように、彼は自身の音楽性をさらに拡張させていく。

〈ラフ・トレード〉を離れた彼は、1997年に『Shleep』を〈ハンニバル・レコード〉から発表。ソフトマシーン時代の盟友、ヒュー・ホッパーや70年代から現在にいたるまで先鋭な即興演奏を展開するサックス奏者エヴァン・パーカー、パンク・バンド、ザ・ジャムなどでおなじみのポール・ウェラーが参加するなど、いままでの遍歴をまとめたかのようなヴァラエティーに富んだ人選である。あらゆるジャンルで活躍する演者のプレイヤビリティーと、ワイアットによる深みの増した歌声からなる音像は、もはやなにものにも形容しがたい“ミュータント・サウンド”に変容した。あらゆるシーンを飲み込んだ活動ゆえ、彼はUKシーンになくてはならない大御所となっていった。

BENIGN DICTATORSHIPS——数々のミュージシャンとの珠玉の楽曲達

本作後半の「BENIGN DICTATORSHIPS」では、長い活動歴のなかで実現したありとあらゆるミュージシャンとのコラヴォレーション楽曲で構成されている。ざっと曲目を眺めてみるだけでも、ホット・チップやビョーク、果てはジョン・ケージなど、ここまで振り幅のあるベテラン・ミュージシャンも大変珍しい。そして“EX MACHINA”以上に、ロバート・ワイアットの音楽性、音楽に対する幅広い価値観がより克明に伝える内容であろう。

1曲目「The River」は、スウェーデンのジャズ・シンガー、シャネット・リンドストレムの2009年作『Attitude & Orbit Control』に収録されているワイアットのヴォーカル・チューン。ヨーロピアン・ジャズ独特の浮遊感の上で力強く歌い上げる彼女が、アルバム内で唯一エレピに徹した異色曲。ワイアットのヴォーカルを立てんとするリスペクトが重々に伝わってくる。「The Diver」は、ジャズ・サックス奏者、ヤン・ガルバレクの娘、アンニャ・ガルバレクによるトリップ・ホップ作『Smiling & Waving』(2001)からの楽曲。電子音とヴォーカルとのリズムレスなアンサンブルが、1974年作『Rock Bottom』を思わせるかのよう。

Robert Wyatt - Alife
Robert Wyatt - Alife

本作収録曲でもっとも異色を放つのは、やはりエレクトロ・ポップ・ユニット、ホット・チップとのコラボレート曲「We're Looking For A Lot Of Love」であろう。リズム・セクションも担う弦楽重奏とヴォーカルのレイヤーは、ホット・チップの全作品から見ても異色の作品であろう。また、13曲目には、キャリア最初期から親交深いピンク・フロイドのドラマー、ニック・メイソンとの楽曲、「Siam」(1981年『Nick Mason's Fictitious Sports』収録)がおさめられている。全編の作曲を女流ジャズ・ピアニスト、カーラ・ブレイがつとめており、メイソンとの信頼関係抜きにしても、ワイアットがこの作品で歌うことはしっくりハマっているように思う。そして本作最後を飾るのが、現代音楽家ジョン・ケージのアルバム『Voices And Instruments』(1976)収録の「Experiences No.2」だ。彼の歌声の特徴、魅力がダイレクトに伝わるこの曲の他に、ワイアットはもう1曲パーカッションとのデュオで参加している。こちらも極めてプリミティヴな内容であるが、改めて彼の音楽に対する幅広い価値感とミュージシャンとしての素直さを感じずにはいられない楽曲だ。

John Cage - The Wonderful Widow of Eighteen Springs
John Cage - The Wonderful Widow of Eighteen Springs

音楽創作の“停止”

今作をもって、彼はすべての音楽創作の“停止”を表明している。引退ではなくあえて“停止”という言葉を選んだかは、以下の彼によるコメントを参考にしてほしい。

「私としては“ストップ”だね。“リタイア”より良い言葉だ。50年間もやってきたから、何も無いわけはない。他の事が起こったってことだな。正直、今は音楽より政治的な事に入れあげてる。音楽はその後ろになっちゃってる。だんだん駄目になってほしくはないから、“停止”というのはプライドなんだよ。」(〈UNCUT〉誌インタヴューより)

これまでに紹介してきた、彼の音楽的振れ幅の広さからもそうであるが、この発言からも並々ならぬ音楽への愛情の深さを察することができる。その愛情の深さが、あらゆるミュージシャンやシーンを自然と飲み込み、1、2部のような膨大な音世界を生み出してきたのであろう。

本作『Different Every Time』は、ロバート・ワイアットという一人の音楽家を知るためにはもちろんのこと、あらゆる方面にどれだけ影響を与えたかがわかる最高のアーカイヴ集である。ぜひ最後まで、“ミュージシャンズ・ミュージシャン”が生み出した膨大な音世界に身を委ねてほしい。それは、決して言い過ぎではなく、一生残りうる音楽体験になりえるであろうから。(text by 浜公氣)

Robert Wyatt - Sea Song
Robert Wyatt - Sea Song

PROFILE

ロバート・ワイアット

1960年代中盤の英国アート・ロックの匂いを今なお色濃く残した創作活動を延々続けている、孤高のシンガー・ソングライター。1960年代、ケヴィン・エアーズ率いるソフト・マシーンのドラマーとして活躍した後、ソロ活動に転身。その後不慮の事故で半身麻痺の状態になってしまったが、やがて創作活動に復帰、政治的に過激な思想や往年のサイケデリックな感性を彷彿とさせつつ、ひねくれたポップ感覚を発揮した作品を送り出している。

この記事の筆者

[レヴュー] Robert Wyatt

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