2020/02/23 00:00

2020年のグラミー賞──ビリー・アイリッシュの圧勝、そして…… ──オトトイのキーワード



「オトトイのキーワード」は時事ネタから意外と使っているけど本当はちゃんとわかってないかも…… 的な音楽のキーワードを解説するコラム・コーナー。速報性も、ですが確かな書き手によるある種のデーターベースのようになるようなそんなコーナーを目指しています。今回はビリー・アイリッシュの圧勝で幕を閉じた感のあるグラミー賞。もちろんビリーの圧勝も大きなニュースですが、「ビリー・アイリッシュの圧勝、そして…… 」というサブタイトルで「そして…… 」な部分にフォーカスして解説を。執筆はアメリカのヒップホップ〜R&Bに関するライティング / 歌詞などの翻訳を中心に、その他、ラジオや動画メディアなどでも活躍する渡辺志保さんが執筆。グラミー賞に現出した、変わりつつあるアメリカのエンターテインメント業界の姿をお伝えします。(編集部)

開催前から不穏だった2020年の授賞式はいかに

文 : 渡辺志保


ビリー・アイリッシュの圧勝となった今年のグラミー賞。おめでたい話題に終始する雰囲気があるも、その内幕はこれまで以上に混沌としたものだった。内部不正を告発した女性会長の退任、授賞式の日に襲い掛かったヒーローの訃報、国民的人気アーティストの欠席など、一筋縄ではいかないトピックに溢れた授賞式でもあった。もっとも栄えある音楽賞であるからこそ、そこには大きな注目が集まり、アーティストそれぞれのスタンスが明確になる。ここでは、全体のあらましを振り返りながら、どんな問題が山積しているのかについても記していく。

日本時間の1月27日、今年も世界最大の音楽の祭典と呼ばれるグラミー賞の授賞式が行われた。個人的には、なんだかつむじ風がザザっと通り抜けるような、そんな騒がしい感想を抱いた授賞式でもあった。

まず、授賞式の開催前からいつもより不穏な空気が漂っていた。2018年の授賞式後に「これからミュージシャンや業界の幹部として働きたい女性は、もっと頑張る(ステップ・アップ)べき」と発言したレコーディング・アカデミーの会長ニール・ポートナウが退任を余儀なくされ、その後、後任として2019年8月よりデボラ・デューガンがその席に就いた。デューガンはもともとU2のボノが立ち上げたエイズのチャリティ団体であるREDでもCEOを務めた経験を持ち、New York Times紙も“カリスマティック”と評する(註1)ほどの人物。加えて、レコーディング・アカデミーにとって初の女性会長であった。しかし、そのデューガンがレコーディング・アカデミー内に蔓延っている不正投票やメンバーのレイプ疑惑を内部告発すると、職務停止処分に。初の女性会長の在任期間はわずか5ヶ月でその終止符が打たれてしまったのだ。しかも、この処分が下されたのは授賞式開催のわずか10日前。そして、このニュースが報じられると、新作アルバム『Lover』から”The Man”をパフォームする予定だったテイラー・スウィフトが授賞式を欠席すると表明した。ちなみに、前年のグラミー賞授賞式では、アリアナ・グランデが同じく授賞式数日前にパフォーマンス、ならびに出席そのものをキャンセルしている。これは、アリアナ自身は授賞式のステージで当時発表したばかりの新曲「7 Rings」を歌いたいと申し出たところ、グラミー賞のプロデューサーであるケン・アーリックよりNGを突きつけられたことが理由とされている(ちなみにケンは「グラミー賞のステージは新曲のプロモーションの場ではない」とインタヴューで答えていた)。さらに、その前年はロードが故トム・ペティのトリビュート・コーナーでの歌唱をオファーされたものの、その申し出を辞退している。理由は、彼女のアルバム『Melodrama』は女性アーティストとして唯一、最優秀アルバム賞にノミネートされていたにも関わらず、他の男性アーティストにはソロのステージが用意されていたから、というもの(トリビュート・コーナーは普通、複数のアーティストが同時に登壇してコラボのパフォーマンスを行うのが通例だ)。
また、授賞式の目前に開催された前夜祭であるクライヴ・デイヴィス・グラミー・ガラにてインダストリー・アイコン賞を授けられたプロデューサーのショーン・コムズ(パフ・ダディ、もしくはディディの名称の方が馴染み深いかもしれない)は、以下のようなスピーチを発し、話題となった。
「正直なところ、ヒップホップやブラック・ミュージックはグラミーから正当にリスペクトされていない。俺たちは長年、自分たちをジャッジする機関に対してベストではない状況を許してきてしまった。もっとアーティストたちにコントロールの権利を与えること、そして透明性と多様性が必要だ。我々のために変わってもらわねばならない」(註2)

授賞式当日、開催に先駆けてグラミー内部のいざこざを全て吹き飛ばしてしまうような、衝撃的なバッド・ニュースが世界を駆け巡った。NBAのチーム、LAレイカーズの花形選手であったコービー・ブライアントが事故で亡くなったと言うのだ。ここで、彼の訃報について詳しく述べることは避けるが、授賞式の会場であるLAのステイプルズ・センターは、まさにレイカーズのホームと言うべき場所。2年連続で司会を務めたアリシア・キーズは急遽、プレゼンテーションの内容を変更し、「こんな風にグラミーをスタートするなんて思いもよらなかった。今日、世界はヒーローを失ってしまった」とスピーチし、授賞式のオープニングで、この日タイラー・ザ・クリエイターとともにパフォーマンスする予定であったボーイズIIメンのメンバーらとともに”Hard To Say Goodbye”をアカペラで披露した(ちなみにこの追悼パフォーマンスは、授賞式当日にアリシアから電話がかかって来、10分たらずで決行に至ったそう)。


と、奇妙な運命の巡り合わせを感じながら進行することとなった第62回目のグラミー賞授賞式。昨年も絶妙な采配力で会場を見事にまとめあげたアリシアだったが、今年も彼女のパワーによって牽引されるポイントが多かったように思う。ピアノを弾きながらのモノローグのシーンでは、「うんざりする一週間だった(※著者注 : トランプ大統領の弾劾裁判を指していると見られる)」とスタートし、「今夜はすばらしい夜にしたい、だって、新しいディケイドだから。もっと”今”に目を向けるときよ」「私たちは旧体制を受け入れることはしない。我々の多様性にのっとってリスペクトされ、安全であると感じられなければいけない。私たちはリアルネスと包括性に向かってシフトしたいと思ってる」と、レコーディング・アカデミーへの皮肉とも取れる見事な表現を散りばめつつ、穏やかに、そして凛とした姿勢で歌い切った。同じモノローグの初盤では、ビリー・アイリッシュ、リゾ、アリアナ・グランデらの名前を挙げ、「私たちは止まらない。私たちは自分がなりたい姿にならなければいけない。私たちはみんな違っていなければならない」と続けた。
個人的には、レコーディング・アカデミーは全てをアリシアに代弁させたような形となり、彼女の肩を借りすぎなのではとも感じる。しかし、それをもってしてもアリシアにしかできないやり方で、しごくスマートにグラミーのあり方や音楽そのもののあり方をはっきりと提示した見事なモノローグだった。(註3)

今年のグラミー賞では、日本のメディアでも多く報じられた通り、主要四部門を全てビリー・アイリッシュが受賞したことが何よりの大きなトピックであった。ポップ・ミュージック・シーンにおいて、わずか18歳の少女がここまで圧倒的な存在感を示すことがこれまでにあったであろうか。ここ数年、特に女性アーティストをめぐる“歪み”が顕在化したグラミーではあったが、ビリーに対する評価が免罪符のような働きを担った…と考えるのは極端にうがった見方であろうか。

偶然ながら本稿を執筆しているのは、アカデミー賞の授賞式が行われたその日である。こちらも多く報じられている通り、韓国映画『パラサイト』ならびにその監督であるポン・ジュノに大きなスポットライトが当たり、歴史的な快挙を達成する結果となった。先週行われたスーパーボウルのハーフタイム・ショーではジェニファー・ロペスとシャキーラといふたりのラテン系女性シンガーが自分たちのルーツをはっきりと示した圧倒的なパフォーマンスを行ったばかり。こうしてみると、2020年が、そして新たなディケイドが始まってわずか約2ヶ月の間に、アメリカにおけるエンターテイメントの大舞台で存在感を示したのは若い女性アーティストにアジア系の映画監督、ラテン系のヴェテラン女性シンガーらと言うことになり、大きな変革期を目の当たりにしているような気持ちにもなる。 今年、グラミー賞のテレビ中継は過去ワーストの視聴率を記録したそうだが、来年はどうなるだろうか。変革の波を受け、もっと自由で柔軟性溢れるアウォードの舞台が待っているような気がしてならない。

(文中に記載されているスピーチの和文は全て筆者による抄訳となります)

(註1)
https://www.nytimes.com/2020/01/23/arts/music/grammys-deborah-dugan.html

(註2)ショーン・コムズのスピーチ
https://www.usatoday.com/story/entertainment/music/2020/01/26/grammys-2020-clive-davis-event-diddy-slams-recording-academy/4558745002/

(註3)アリシア・キーズのモノローグ全文 https://www.hollywoodreporter.com/news/alicia-keys-grammys-2020-opening-monologue-transcript-1272912

また本コーナーでは解説して欲しいワードなども随時募集しています!

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