2011/08/31 00:00

伝説のネオ・レイヴ・バンド、テスト・アイシクルズでの活動後、ライトスピード・チャンピオン名義でのソロ活動を続け、持ち前のユニークなキャラクターで、多くのメディアに登場しては話題になってきたデヴ・ハインズ。そんな彼が、新たにソロ・プロジェクトブラッド・オレンジを始動。7インチのリリースを経て待望のアルバム『COASTAL GROOVES』をリリース! 発売を記念して、収録曲の「Forget It」をフリー・ダウンロードでお届け。持ち前のソング・ライティング力とユーモアを存分に活かした、メルヘンチックでグルーヴ感のある独自の世界観を存分に感じてほしい。

>>>フリー・ダウンロード曲「Forget It」はこちらから(9/1~9/8まで)

NYの夜へとあなたを連れていく、グリッターでメロディアスなデヴ・ワールド

Blood Orange / COASTAL GROOVES

【Track List】
1. Forget It / 2. Sutphin Boulevard / 3. I'm Sorry We Lied / 4. Can We Go Inside Now? / 5. S'cooled / 6. Complete Failure / 7. Instantly Blank (The Goodness) / 8. The Complete Knock / 9. Are You Sure You're Really Busy? / 10. Champagne Coast

提示させられた彼の可能性

数多くの名義を持ち、矢継ぎ早にリリースを重ね、ツアーはそっちのけでとにかく創りたいものを創る。まるでガイデッド・バイ・ヴォイシズのボブ・ポラードを連想させる創作スタイルを持つデヴ・ハインズが新たに採用したオルター・エゴがこのブラッド・オレンジだ。

時代に先駆けてメタルとポスト・パンクとヒップ・ホップを強引に結びつけたようなテスト・アイシクルズを早々に区切りをつけ、ソロでの再始動となったライトスピード・チャンピオン名義ではサドル・クリーク周辺の人脈を活用しながら、楽器をアコギに持ち替え、実にキャッチーなメロディを持った朴訥ですらあるギター・ポップ・レコードを過去に2枚リリースし、いずれも秀作であった。ブラッド・オレンジ名義でのデビュー作である本作『コースタル・グルーヴス』のグリッターなサウンドが我々に想起させるのは、デュラン・デュランやデペッシュ・モード的なシンセ・サウンド、そして「フォゲット・イット」で聴くことが出来る『パープルレイン』期さながらのプリンス・マナーなギター・ソロなど、80年代を彩ったサウンドの数々である。

昨今のインディ・シーンではシンセ・ポップ・サウンドのリヴァイヴァルの動きが見受けられるがデヴ・ハインズのそれはおそらくシーンの動向を睨んだマーケット・インの戦略的な選択ではなく、彼の異常なまでに幅広い音楽的嗜好からの選択肢のうちのひとつというニュアンスのほうが強い気がする。ただ、アルバム全編を通してTR-808的なミドル・テンポのドラム・サウンドとプリンス・ライクなギター・サウンド、ミニマルで空間を残したサウンド・プロダクション、そしてニュー・ロマンティックばりにケバケバしいが、どこか物悲しいヴォーカリゼーションというファクターは一貫しており、統一感があるせいか、リヴァイヴァルや無作為な引用という印象は残さないように思う。また冒頭3曲で聴くことが出来るメロディ・ラインはライトスピード・チャンピオン名義から変わらない彼のクラフトマンシップの高さが最も明確に現れている。

そして何よりも「80年代」サウンドの選択の背景にあるのは、おそらくこのアルバムのテーマとなっているであろう80年代半ば〜後半にかけてのNYにおけるアフロ・アメリカンやラティーノのゲイおよびトランス・セクシャル・カルチャーへのオマージュなのではないだろうか。つまりエイズという恐怖を背景にした刹那と孤独というモチーフである。歌詞が手元にないので、詳細は定かではないが4曲目の「キャン・ウィー・ゴー・インサイド・ナウ?」では、少年がドラッグ・クイーンへと成長していく様に言及しているようだし、「コンプリート・フェイラー」の聖歌隊のコーラスは都市の闇夜のいかがわしさと、不気味な路地裏の光景を眼前に喚起させる。デヴ・ハインズ自身はアメリカのヒューストンで生まれているが、イギリスのエセックスで育つという一般的とは言えない出自を持つ黒人であり、現在は最も大きなトランス・セクシャル・カルチャー都市のひとつであるNYに暮らしている。彼のセクシャリティについて筆者は知識がないが、プリンスと同じアンドロジニーというモチーフの選択は示唆に富んだものであるように感じる。今作からだけではデヴ・ハインズのパーソナリティがどの程度作品に投影されているかはよく分からない。ただ、これまでのライトスピード・チャンピオン名義のキャリアで彼に与えられた今「幅広い守備範囲を持つ優秀なソング・ライター」という評価以外の軸が新たに彼に加わる可能性を本作は提示しているように思えるし、もしこのブラッド・オレンジでデヴ・ハインズが選択したモチーフが彼のパーソナルなアイデンティティと相関性が強いのであれば、今後この名義での制作にフォーカスが絞られていくのではという気もしてくる。

デヴの居住地であるNYにはアントニー・ハガティというアンドロジニー、ゲイ・カルチャーと関わりが深く、2000年代随一の希有な才能を持つアーティストがいる。コラボレーションの多いデヴ・ハインズのこと、いっそのことアントニーとの共演・共作なんていう展開に繋がったらかなり面白い組み合わせになるのでは、などと期待を膨らませてくれる転機作と本作品を位置づけたい。(Text by 定金啓吾)

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PROFILE

Blood Orange
ベースメント・ジャックス、ソランジュなど数多くのアーティストのレコーディングに参加するデヴ・ハインズのサイド・プロジェクト。テスト・アイシクルズのメンバーとして活躍。同バンド解散後、08年に"ライトスピード・チャンピオン"としてソロ・デビュー。これまでに同名義で2枚のアルバムをリリース。"ブラッド・オレンジ"名義で今春、グリズリー・ベアのクリス・タイラー主宰レーベルから7インチをリリースしている。

この記事の筆者

[レヴュー] Blood Orange

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