ノイズの向こう側へ――初音階段、洋楽カヴァーを集めた2ndアルバムをハイレゾ配信
非常階段と初音ミクによる異色のコラボ・ユニット、初音階段の2ndフル・アルバムがハイレゾ配信開始された。ミニ・アルバム『初音階段』、1stフル・アルバム『からっぽの世界』に続く本作は、JOJO広重のセレクトによる洋楽の名曲群を、塵屑れお、燃料電池、mikumikufireという3人の"ボカロP"たちが初音ミクを使ってリアレンジ、そこに非常階段がノイズを乗せる、という少々入り組んだ手順で制作されたという。そのため、ここには複数の感性、意志、スタイルがぶつかり合った、文字通りの"ノイズ"が生じている。だが、それは決して不快なものではない。むしろ私たちを惹きつけてやまないものだ。
OTOTOYでは、そんな本作の配信を記念して、JOJO広重にロング・インタヴューを敢行。そのルーツに迫るとともに、彼が初音ミクをどのように捉えているのか、さらには彼にとってノイズとは何なのか、炙り出すことに成功した。アルバムをより楽しむための一助となれば幸いだ。
初音階段 / 恋よ、さようなら (I'll never fall in love again)
【配信フォーマット / 価格】
WAV(24bit/48kHz、ハイレゾ) : 1,600円 (単曲は各200円)
WAV(16bit/44.1kHz) : 1,200円 (単曲は各150円)
mp3 : 1,200円 (単曲は各150円)
【Track List】
01. 宿命の女 (Femme Fatale) [Velvet Underground]
02. 嵐が丘 (Wuthering Heights) [Kate Bush]
03. 恋よ、さようなら (I'll never fall in love again) [Burt Bacharach]
04. 風に語りて (I Talk to the Wind) [King Crimson]
05. ア・リトル・サムシング (A Little Something) [Slapp Happy]
06. 愛は惜しみなく (Love Has No Pride) [Linda Ronstadt]
07. アスク・ジ・エンジェルス (Ask the Angels) [Patti Smith]
08. うつろな愛 (You're So Vain) [Carly Simon]
09. 瞳の中の愛 (I Saw the Light) [Todd Rundgren]
INTERVIEW : JOJO広重
1979年に結成され、数多くの伝説を残してきたキング・オブ・ノイズ、非常階段。彼らと初音ミクの融合は、"BiS階段"、"JAZZ非常階段"、"もんじゅ君階段"、"ソウルフラワーBiS階段"などさまざまな増殖を続ける近年の非常階段コラボレーション・シリーズのなかでも、とりわけ驚きを持って迎えられた。
その姿が世に初めて現れたのは、2013年1月、"非常階段 starring 初音ミク"の名義でリリースされた4曲入りミニ・アルバム『初音階段』だった(同作は緑魔子やじゃがたらのカヴァーを収録)。その後、初音階段として本格始動。京都生まれのシンガー・ソングライター、白波多カミンが初音ミクに扮した"カミン・ミク"をフロントに据えたライヴ・ユニットとしても活動を展開し、2013年9月には初のフル・アルバム『からっぽの世界』をリリース。この作品ではチューリップやオフコース、原田知世、ジャックス、裸のラリーズ、頭脳警察など多種多様な日本の楽曲をカヴァーして話題を集めた。
今回届けられた2ndフル・アルバム『恋よ、さようなら』は、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ケイト・ブッシュ、キング・クリムゾン、パティ・スミス、カーリー・サイモンらの楽曲を取り上げた洋楽カヴァー集。前2作の成果を踏まえながら、ヴォーカロイド+ノイズというスタイルの可能性をさらに探求した意欲的な作品となった。
聞くところによると、これまでもOTOTOYではたびたび初音階段のインタヴュー記事を取り上げているとのこと。今回は少し角度を変え、「歌に対するJOJO広重の意識」をインタヴューのテーマに置きながら、単なる企画モノではない初音階段の魅力に迫ってみたいと思う。
インタヴュー&文 : 大石始
自分がやってることをそんなに高尚だとは思ってない
――2010年に出た書籍「非常階段 A STORY OF THE KING OF NOISE」のなかで60年代末~70年代の歌謡曲に対する思い入れを綴っていらっしゃいましたよね。それらを聴いていた中学生当時のJOJOさんは同時にマニアックなプログレも聞き込んでいたわけですけど、当時はプログレと歌謡曲を同一線上で聴いていたんですか。
JOJO広重 : いやいや、そんなことはないです。まだまだ子供ですから、テレビから流れてくる歌謡曲も何がなんだか分からないままに聴いてましたからね。姉がいたので、彼女が聴いてたGSも耳にしてましたけど、そのころは全然興味がなくて。中学に入って音楽をちゃんと聴くようになってから、いい曲だったことを思い出したんです。「花の首飾り」(タイガース)や「白い色は恋人の色」(ベッツィ&クリス)もセンチメンタルでいい曲だなあと。自分のバックグラウンドに歌謡曲があったことに気づいていくんですね。
――当時、他の同級生が聴いていないマニアックなものを聴いているという、一種の優越感みたいなものはなかったんですか。
JOJO広重 : 当然ありましたよ。とにかく変わった音楽が自分にとって新鮮で新しいものだったので、歌謡曲そのものを否定してたし、ポップスはプログレやフリー・ジャズよりも劣ると思ってましたから。でも、そのなかで森田童子さんや山崎ハコさん、佐井好子さんは別格だと思ってましたね。
――なぜ森田童子さんたちは"別格"だったんでしょうね。彼女たちの声に惹かれたんでしょうか。
JOJO広重 : むしろ歌詞でしょうね。恋愛に関した単純な歌謡曲よりももっと深いストーリーが描かれてましたから。
――「非常階段 A STORY OF THE KING OF NOISE」では「もっとも価値のあるものは『悲しみ』を歌った歌である」とも書いていらっしゃいましたよね。
JOJO広重 : そうですね。ルーツを振り返ってみると、子供のころ大好きだったTVドラマ「怪奇大作戦」にしてもストーリーは全部アンハッピーエンドなんですよね。「傷だらけの天使」もそうですけど、そういうアンハッピーエンドな物語と出会うたびに「俺が求めてるのはこういうものなんだ」と思ってた。そういう世界観と悲しみの歌は自分のなかでリンクするものがあるんです。
――子供ながらに心に引っかかるものがあったと。
JOJO広重 : なぜ引っかかるのか、いまだによく分からないんですけどね。ただ、以降ずっとそういうものが気になりながら自分でも演奏を続けているわけで、根本のところは変わらないんでしょうね。
――倉多江美さんの作品にもそういう引っかかるものがあったんですか。JOJOさんは倉多さんの漫画「ジョジョの詩」からお名前を取るほど、倉多さんの作品に愛情を持っていらっしゃるそうですが。
JOJO広重 : 倉多江美さんの場合はちょっと乾いた感覚があって、一歩引いてシニカルに表現してるところがあるんですよね。僕自身、傾向としては寺山修司とか唐十郎みたいなものよりも、安部公房とか倉多江美さんみたいにシニカルなほうが肌に合うんです。佐井好子さんの歌もそういうもの。森田童子さんのほうがウェットで、歌のなかに「悲しい」「寂しい」っていう直接的な言葉が出てくるけど、佐井好子さんはそういう現実を俯瞰しながら幻想的な歌詞で表現してる。僕のなかで佐井好子さんは完璧なんです。
――ところで、初音階段にも繋がる"歌とノイズ"というスタイルの原型は高校生のころからあったそうですね。森田童子さんを聴いていたときに「バックでノイズが鳴ってればいいのに」とふと思ったという。
JOJO広重 : そうそう、30年前のアイディアなんですよ。当時の僕はフリー・ジャズとかアヴァンギャルドに興味を持っていたわけで、そういうものと自分が好きなセンチメンタルな歌が合わさったらおもしろいんじゃないかと思ったんです。なおかつ、そのどちらをも超えるものになったら、と。"歌とノイズ"というアイディアを形にしたのは、スラップ・ハッピー・ハンフリー(JOJO広重、エンジェリン・ヘヴィー・シロップのMINEKO、サバート・ブレイズの藤原弘昭で結成されたユニット)のアルバム『スラップ・ハッピー・ハンフリー』(1994年)が最初でしたけど、あれにしても20年前ですからね。初音階段に関して言うと、自分たちとしてはそんなに新しいことをやってるという意識はないんです。
――スラップ・ハッピー・ハンフリーのアルバムは本当に名作だと思っていて。
JOJO広重 : ありがとうございます(笑)。
――インプロヴィゼーションのセッションとは違い、あそこでは歌とノイズをどう構成していくかというアレンジメントの作業をしていたわけですよね。
JOJO広重 : そうですね。
――ただ、アルバムに入っているあの形に辿り着くまで、かなり模索されたんじゃないかと思うんですが。
JOJO広重 : たしかに単純に歌にノイズを被せればいいというものではないし、それだけだと自分もおもしろくないですからね。美川さん(T. 美川 / 非常階段)は「(ノイズは)効果音と合いの手」と言い切ってましたけど、簡潔に言えばそういうこと。スラップ・ハッピー・ハンフリーにしても初音階段にしても、声と言葉がメインというところは変わらないので、そこをどう効果的に引き立てるか、ノイズのなかにどうやって埋め込ませるか。ただ、自分たちがやってることを「効果音と合いの手」と言い切れる美川さんも凄いなあ、と思いますけど(笑)。
――たしかにそうですね(笑)。
JOJO広重 : 「ノイズは綿密に構築されたアートである」という感性だと、ああいうスタイルはできないでしょうね。僕らはもっと雑で俗なもの。自分たちがやってることをそんなに高尚なもんだとは思ってないんです。だからこそアイドルや初音ミクともやれるんだと思いますけど。
音楽を好きな人がこの世からいなくなることはない
――その初音ミクなんですけど、初音階段以前、JOJOさんは初音ミクに対してどんなイメージを持っていたんですか。
JOJO広重 : 何のイメージもないですよね。そもそも興味がなかったし、存在をうっすら知ってるぐらい。前回のOTOTOYのインタヴューでも話しましたけど、YOUTHというレーベルと関わったときに初音ミクのことをちゃんと知って、そこから初音階段をやることになったんです。
――初音ミクに対して抵抗感はなかった?
JOJO広重 : あったとすれば、ヴィジュアル・イメージぐらいですかね。ただ、そういうものが自分自身嫌いだったかというと、そうでもないんですよね。子供のころ、アニメやドラマに出ていた女の子のキャラクターに擬似的な恋心を持つなんてことは当然あったわけで。だから若い人が関心を持つ気持ちは分かるけど、ヴォーカロイドがどういうものか、最初は全然分かってなかったということですよね。今は多少勉強したので分かってますけど。
――実際に初音階段をやってみて、ヴォーカロイドのどういう部分におもしろさや可能性を感じましたか。
JOJO広重 : 今後の進化の可能性はけっこうあると思ってるんですよ。例えば、ジョン・レノンの声を使ったヴォーカロイドとかできるんじゃないか、とか。そうなるとジョン・レノンの新曲も作れちゃうんですよね。「もしジョン・レノンが生きていたら、こんな歌詞を書くんじゃないか?」というシミュレートもできるし、ジム・モリソンやルー・リードの新曲も作れる。そんな未来を漠然と想像してます。
――亡くなったミュージシャンや現在活動していない歌手をヴォーカロイドで蘇らせるとすれば、JOJOさんは誰とやりたいですか。
JOJO広重 : (即答して)森田童子さんですね。今も生きていらっしゃいますけど、森田さんの新曲、やっぱり聴きたいですよね(笑)。
――聴きたいですねえ(笑)。
JOJO広重 : 音楽を取り巻く現在の状況は過渡期にあって、これまでの音楽産業 / システムだけじゃやっていけなくなってますよね。ただ、僕は音楽の聴き方が変わってるだけで、音楽を好きな人がこの世からいなくなることはないと思ってるんです。そのなかで音楽の作り方や可能性はいくらでもあるはずなんですよね。音楽をもっと自由にクリエイトできる世界になるかもしれないわけで。
――そういう思いが初音階段というユニットの根本にあるわけですね。
JOJO広重 : そうですね。僕らは可能性に向けたステップをひとつひとつ作ってる感覚なんです。初音階段で完結するんじゃなくて、「JOJOさん、そのやり方はダサいよ。このほうが格好いいよ」という反応を待ってるんです。それは若い人からの反応かもしれないし、ベテランの方からなのかもしれないし、ヴォーカロイド側からのものかもしれないけど。
――おもしろいのは、初音階段は初音ミクに対してJOJOさんが強い関心を持ったところから始まったのではなく、ある種の"流れ"でスタートしてるというところだと思うんですよ。「初音ミクってこういう可能性があるからやってみよう」じゃなくて、「初音ミクをどうやっておもしろくしよう」と考えるところから始まっているという。
JOJO広重 : そうですね。あと、根本にあるのは「既存のものとは違うものを作りたい」、「ワケのわからないものを作りたい」っていう欲求ですね。既存のものでも視点を変えたら全然違うものになる可能性を秘めているわけで、初音階段ではそういうことを追求してるんです。あとね、今回やってみて思ったのは、「意外と暗い曲が合うな」ということ。たしかにミク自体は無機質なものなんだけど、アップテンポな曲よりも暗い曲のほうが合う気がしました。
――そう考えると、もともとJOJOさんが歌に求めていたものと初音ミクは相性が良かったんですね。
JOJO広重 : そうなんですよね。偶然と言えば偶然なんですけど。
ノイズで戦う曲もあれば融合する曲もある
――今回の洋楽カヴァー集『恋よ、さようなら』のアイディアはいつから?
JOJO広重 : 『からっぽの世界』(前作にあたる邦楽カヴァー集)を作るとき、これまで自分たちが聴いてきた邦楽、そのなかでも今の人たちが聴かないであろう曲を選んでいったんですね。そのなかで1曲だけ、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「Sunday Morning」を入れたんです。でも、初音ミクは流暢な英語は喋れないんですよ。カタコト英語というか、それはそれで可愛らしい雰囲気は出るんですけど、それでアルバム1枚を作るのはちょっと厳しい。「英語が得意なヴォーカロイドでやろう」という話もあったんですけど、「初音階段」と名乗ってるわけで、できればミクでやりたいな… と思ってたとき、初音ミクの英語版(初音ミク V3 ENGLISH)が出たんですよ。
――おお、ナイス・タイミングですね。
JOJO広重 : そうなんですよ。僕らのためにYAMAHAが開発してくれたんじゃないかってぐらい(笑)。そうしたら洋楽編をやるしかないじゃないですか(笑)。あと、このユニットは流れでできたものでもあるんですけど、「海外に持っていったらおもしろいだろうな」とは最初から思ってたんですね。それで英語版として洋楽編の制作に入っていったんですね。
――今回の選曲はどういうイメージで進めていったんですか。
JOJO広重 : 完全に僕の選曲ですね。日本人が英語の歌を聴く場合、言葉の意味よりもニュアンスとか雰囲気を楽しんでることが多いと思うんですよ。そのあたりの感覚をうまく使いながら、もしくはヒネりながら遊んだような感じですね、今回のアルバムは。
――「イメージをどう扱うか」という点に関しては邦楽編よりも洋楽編のほうが自由ですか。
JOJO広重 : そうですね、自由ですね。そうなると選曲がさらに重要になってくるわけで、今回はそこも楽しませてもらいました。この前の邦楽版に入っていた「手紙」(由紀さおりの楽曲)っていう曲は原曲があまりにも強いので、いくらノイズをカブせても元の曲に負けちゃうんですよ。あの曲は誰がやっても由紀さおりの「手紙」にしかならないと思う。僕らもノイズで戦ってみたんですけど、最終的に敗北しました(笑)。
――初音階段の場合、「ノイズで歌と戦う」という意識が強いんですか。
JOJO広重 : いやいや、戦ってる曲もあれば融合してる曲もあると思いますし、寄り添う曲もあるとは思いますけど。「残酷な天使のテーゼ」(アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」のオープニング曲にもなった高橋洋子の楽曲)なんかでは「負けねえぞ!」となるわけで(笑)。
――今回の収録曲にしてもある種の暗さ、悲しさが込められたものが多いですね。
JOJO広重 : そうですね。そのなかでヴァリエーションを持たせつつ、という感じ。カーリー・サイモンの「You're So Vain」とか今の若い子はほとんど聴かないと思うんですよ。リンダ・ロンシュタットの「Love Has No Pride」にしても。でも、そういうアーティストの曲のなかでもいいものはあるっていうことは提示していきたいし、その点は前作と共通しているものですね。
――そこにスラップ・ハッピーの「A Little Something」が入ってくるのがおもしろいですね。
JOJO広重 : スラップ・ハッピーは外せないですね。そうそう、ジャケットのことも聞いてくださいよ。僕は今日それを喋りに来たので(笑)。
――実はまだジャケットを見れてないんですけど… (スタッフがジャケットのデザインを見せてくれる)あ、エマーソン・レイク&パーマーの『Love Beach』ですか(笑)。
JOJO広重 : そうなんですよ。しかもわたせせいぞうさんの風のイラストで(笑)。『Love Beach』ってものすごく衝撃的なアルバムだったんですよ。プログレって深淵で他の音楽とは違ったもので、「そんな音楽を聴いてる俺って格好いい」みたいな優越感を持っていたわけですけど、胸毛をさらけだしたメンバーがバハマでニコニコ笑ってるジャケの『Love Beach』が出たとき、自分の価値観がひっくり返されるような感覚があった。「俺らのことを深淵だと思ってたかもしんないけど、中身はこんなものなんだぞ!」と言われてる気がしてね(笑)。いま聞いてもいい曲なんて1曲もないし、ライヴでも結局1曲も演奏されることなくバンドは解散しちゃうんですけど、なぜか自分として執着があって。
ノイズには喜びも怒りも悲しみも全部がある
――なるほど(笑)。ところで、今回もまた何人かのボカロPの方が元のトラックを制作しているわけですよね。
JOJO広重 : 前作も何人かのボカロPの方にやってもらったんですけど、そのなかでも塵屑れおという子が作ってくれた曲がとても良かったんですね。今回は彼にメインでやってもらいました。
――ボカロPの方々には具体的なアレンジのリクエストはされたんですか。
JOJO広重 : 曲のイメージはある程度伝えてますね。一発OKのものも当然あるんですけど、何回か作り直してもらったものもあります。楽曲のベースをボカロPに作ってもらって、それをスタジオに持ち込んで僕と美川さんでノイズを被せていくっていうスタイルですね。
――ノイズ部分のレコーディングに関しては前作と同じやり方で進められたんですか。
JOJO広重 : いや、前回はもともと録ってあったものをコラージュした曲もあるんですけど、今回はすべてスタジオに入ってから即興で録りました。前作以降ライヴをやる機会も増えてきて、感覚としてはライヴでやることも念頭に置くようになったんですね。そうすると、コラージュで作った前回の手法はちょっと違う。それで即興でノイズを合わせていくという、ライヴに近い感覚でレコーディングしていったんです。
――そのせいなのか、今回はバンドとしての一体感が増した感じがしますね。最初のミニ・アルバム『初音階段』(2013年)では初音ミクが生け贄だったとすれば、今回はメンバーに昇格されたという感じ(笑)。
JOJO広重 : そういうところはあるかもしれませんね(笑)。やっぱりライヴをやってきて変わってきたんですよ。あとね、今回は『恋よ、さようなら』というアルバム・タイトルに関しても触れておきたくて… バート・バカラックってなかなか評価しにくい人なんですけど、センチメンタルな音楽を突き詰めたときに必ず突き当たる作家なんですよね。バカラックが書いたこの「恋よ、さようなら」(※原題はI'll Never Fall In Love。ディオンヌ・ワーウィックらの名唱で知られる)って曲も素晴らしくて。失恋してしまったために「もう恋なんてしないわ」と嘆いている曲なわけですけど、そこに「まだあの人のことが忘れられない」という思うと「どうせまた恋をしてしまうんだろう」という思いが何重にも重ね合わされているんですよね。
――冒頭から何度か悲しい曲、暗い曲という話が出てきましたけど、そこには単に「悲しい」という感情ひとつだけが描かれているわけじゃない、と。
JOJO広重 : そうですね。何重もの感情が描き出されていて、だからこそ心に引っかかる曲になるんだと思う。今ってすごくシンプルな時代でしょ。物事が単純化される傾向があるけど、人間ってそんなに単純じゃないですよね。
――そうですね。
JOJO広重 : 人間なんていいところも悪いところもあって、完璧な人なんているわけないんですよ。そうやって複雑なものを単純にしすぎるから、自殺が減らないんだと思う。
――そういう複雑さ、多様性を含んだ歌をJOJOさんは愛してるわけですね。
JOJO広重 : そうですね。あとね、ノイズもそういうものなんですよ。ノイズには喜びも怒りも悲しみも全部がある。でも、裏返せば何の意味もないんですね。だからこそ、どんなものと一緒にやっても成立するんじゃないかな。
――なるほど。
JOJO広重 : 非常階段を始める前の段階でいろんな歌を聴いていたわけですけど、言葉に対して限界を感じるようにもなっていたんですね。そもそもね、歌詞を書いているときと歌ってるときの感情の差異って絶対あるはずなんです。「死にたい」という歌を歌っていたとしても、歌ってる段階では生きて歌を歌ってるわけで、そういう矛盾やズレを常に孕んでいる。そのなかでやるべき音楽を突き詰めていったら、最終的にノイズになっていったんです。いろんな絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜていったら、最後はドロドロになってしまうように。そして、そのドロドロの色のなかでこそ自分の生を表現できるんじゃないか――そういう思いが79年の段階からあったんですね。そこから培ってきたノイズを使いながら、初音ミクのようなものと組み合わせることでさらに何重もの意味性を加えることができる。それってノイズでしか表現できないことだと思うんですよ。
――JOJOさんのなかでは「エンターテイメントとしてのノイズの懐の深さ、おもしろさを世間に知らしめたい」という思いもあるんですか。
JOJO広重 : 当然あります。10年前、BiS階段みたいなことはできなかったと思うんですね。「何をやってるんだ?」と思われてたと思う。でも、今ではやる側だけじゃなく、リスナーのほうも変わりつつある。だいたいね、「音楽業界が厳しくなってきてる」という言葉、本当に聞き飽きたんですよ。「これからもっとおもしろくなるんだ」ということを言っていきたいし、実はそんなに厳しいとも思ってなくて。というのは、僕がやってるアルケミー・レコードって30年も続けてますけど、儲かったことは一度もないんです(笑)。
――わはは、そうですか。
JOJO広重 : 今に限らず、昔からずっと厳しい(笑)。昔、カセットテープが登場してきたとき、「音楽がコピーされる!」ってレコード会社やミュージシャンが大騒ぎしてるって話を早川義夫さんが自著で書いていらっしゃったんですね。そこで早川さんは「そもそもコピーすれば済むようなものを何千円も付けて売ってたんじゃないの?」というようなことを書いてたんですけど、その一文がすごく腑に落ちるところがあって。音楽なんてもともと形のないものなわけですから、それをパッケージして値段をつけていたほうがおかしいんじゃない? ということ。いろんな音楽をすぐ聴ける環境があるなんて、こんなに便利な世の中なんてないですよ。だから、音楽を取り巻く状況は良くなってると思う。若い人はそうやってどんどんいろんな音楽を吸収していって、そこから何かが生まれてこないとすれば、それまでじゃないですか。
――そうですね。
JOJO広重 : 僕らはそうやって新しいものに挑戦していく側ですからね。「非常階段がまだ攻めてる」ってよく言われるんですけど…。
――間違いなく攻めまくってますね(笑)。
JOJO広重 : 50を過ぎたオッサンが攻めてるわけで、「JOJOさん、何ダサいことやってるの?」という若者にどんどん出てきてほしいんです。そうしたらオッサンたちの底力を見せますんで(笑)。
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初音階段 / からっぽの世界 (24bit/48kHz wav)
2013年9月にリリースされた初音階段の1stフル・アルバム。非常階段×初音ミクという禁断のコラボが、決してただのイロモノでないことを示した。J-POP、フォーク、アニソンなど、邦楽を中心にセレクトされた全12曲のカヴァーを収録。『恋よ、さようなら』と対になるアルバムであり、同作を手にする前に聴いておきたい一枚だ。
BiS階段 / BiS階段
アイドルの固定観念をブチ破りながら突き進む"BiS"と、今や四半世紀以上に渡りノイズを爆発させ続ける"非常階段"。この両アーティストによるコラボが、"BiS階段"だ。BiSのお馴染みの楽曲たちは、非常階段の手により新たな進化を遂げる。誰も見たことのない、アイドルとノイズの出会いを目撃せよ。世界初のノイズ・アイドル・バンド、衝撃の1stアルバム!!!
Merzbow / OAT
日本が世界に誇るノイズの帝王、Merzbowのライヴ音源をDSDで録音。ループするフレーズの中に、ランダムにうねる轟音。まるで人間の叫び声のような、空気を突き抜けるファズ。ベース・アンプを使った重低音は、聴く者の身体の芯まで響き、狂気のように思える高音は、脳に新たな価値観を吹き込む。肌で感じる極上のノイズを、DSDならではの高音質で。
PROFILE
初音階段
世界に誇るキング・オブ・ノイズ"非常階段"と、今をときめく現代の歌姫"初音ミク"という世界でも類を見ない夢のコラボレーション。2013年1月にミニ・アルバム『初音階段』で鮮烈のデビュー。直後に〈DOMMUNE〉にも出演し、大きな話題となる。その後、精力的にライヴ活動をスタートし、バンドとして本格始動。同年9月には1stフル・アルバム『からっぽの世界』をリリースした。