
前作『Sunday clothes』から5年を経て、ようやくsakanaの新作が発表された。この東京で暮らす二人の気高いジプシー達が作った音楽は、前作で聴かせてくれたものよりも更に穏やかで、柔らかく、楽しげだ。それは5年前よりもさらに行き場が見えづらくなったこの世の中に、わずかな光を灯してくれる。僕にとっては何物にも代えがたい音楽。蛇足になるような前置きはこれ以上したくない。待った甲斐のある素晴らしい内容だ。ぜひたくさんの方に聴いてほしい。
インタビュー&文 : 渡辺裕也
NEW ALBUM『campolano』
【TRACK】
1. アンジェリケ / 2. ルピナス / 3. 星を見上げながら / 4. チャーリーブルーアイ / 5. カムリィフィート / 6. 夕暮れ時 / 7. バウンティフリー / 8. ジニア / 9. アルモニコ / 10. やさしい紫の空 / 11. 惑星-2 / 12. 雨音
SAKANA INTERVIEW
——『campolano』というタイトルの由来を教えてください。
ポコペン : これは造語です。この作品はsakanaなりに、ひっそりとキュートなものになってほしいと、作りながら思っていました。そして聴いた人が、のんびりくつろいだり楽しく笑ったりなんかして、何度来ても来てよかったと思えるそんな場所にいるような気持になったらいいと思いました。非常に優れた技術と感性によって作られたものには到底かなわないけれど、こういうことを考えている時、楽しかったです。誰かのためにケーキかなんか焼いている人みたいな顔して。例えば宮沢賢治さんのお話に出てくる伝説の「ポラーノの広場」みたいな素敵な場所にいるかのようだったらどんなにいいだろうと、ある時から思いはじめたんです。見知らぬ田舎のどこかに、月明かりに照らされた美しい広場があって、近づくにつれて楽しげに動く人影がゆらゆら揺れていて、愛らしい音楽が聴こえてくる…。お話に出てくる音楽はこのようなものではなかったけれど、そこへ夜行って歌って風を吸えば元気がついて、次の日も爽やかでいられる、そんなポラーノの広場にいるみたいに、ひっそりと楽しくなる音楽であったらという願いを込めました。そして、スペイン語やポルトガル語のcampo(田舎、野という意味)を合体させて、言葉にリズムを出し、campolanoという楽しい言葉が生まれました!
——非常に長い期間をかけての完成となりましたが、今作の制作過程で最も難航したポイントはなんだったのでしょうか?

ポコペン : 2007年は、次の作品について考えず、ただライヴを楽しんでいました。2008年は録音を家で少し始めましたが、今やっても詰めが甘くなり、前作からあまり成長の見られないものになる気がして中断し、いろんなアレンジをライヴで試したりしていました。2009年は録音したいと思っていた年でしたが、ほぼ一年間作業困難な状況に陥り、混乱と疲労の中で、周囲の温かい励ましと支えによってライヴ活動はかろうじてできました。2010年は6月末から、sakanaとそれぞれのソロ・ライヴや西脇君の個展の合間に、少しずつ作業をしましたが、出来ていたつもりのアレンジが、開始してみると殆どの曲に改善点が見えてきて、新しく生まれたアイデアをどんどん取り入れるようになりました。原曲どおりの曲はわずかになりました。2009年のブランクがなかったら、一年早く出来ていたかもしれませんが、アレンジが2010年と同じ或はそれ以上のものが生まれていたのか、分りません。個人的に難航した点は、コーラスを考える作業でした。メイン・ヴォーカルがコードからはみだして自由に歌っていることがけっこうあって、苦労しました。頭がこんなにゆっくりじゃなかったら、かなり時間が短縮できた気がします。
——今作のサウンドからは、昨年西脇さんが桜井芳樹さんとの共作で発表した作品と対極と言ってもいいような、非常にブライトで柔らかな印象を受けたのですが、あの『far home』を作ったことはこの作品にも何かしらの影響を与えているのでしょうか?
西脇 : 特に『far home』からの影響を意識した事はありませんでした。ただ今回のアルバムは仰る通り、スッキリとした明快な音、そして楽器は全体に控えめで、歌がハッキリと聴き取れる音作りをしたいと思っていました。
——「バウンティフリー」の「時は今もにっこりと / ほほえんだ森のように流れてる / ゆっくりと」というラインが、この作品、ひいては今のさかなのムードを象徴しているように感じました。というのは、この作品と前作『Sunday clothes』の間にあるごく自然な繋がりとゆるやかな変化は、それこそお二人が時間に身を委ねた結果、必然的に訪れたもののように思えたからなのですが、お二人はこの作品と前作に何かしらの連なりは感じているのでしょうか?
ポコペン : 前作との連なりは特に意識していなかったのですが、前作からギザギザしたムードは減少し、今回はほとんどないかもしれませんね。前作の未熟だった部分にも少し気を配れるようになったかなと思います。今回も毒もダークな表現もない歌詞と音ですが(もしあったら、それまで聴いてくれた人はひっくり返ってしまいますよね?)、これは自然な流れかもしれませんね。
——一方で今回のジャケット・デザインは「アンジェリケ」のイメージと重なりました。西脇さんがブログに掲載していた他の候補も素敵なものばかりだったのですが、その中からこのジャケットに決めたポイントはなんだったのでしょうか?

西脇 : 「花と鳥」は僕が今回のアルバムに対して感じたイメージです。 今回のアルバムには花の名前をタイトルにした曲が3曲あります。「アンジェリケ」「ルピナス」「ジニア」、なので花のイメージを持ったのだと思います。鳥は単純に「歌う」イメージです。なるべくシンプルで穏やかなデザインが内容に合っていると思ったので、そのように心がけてデザインを考えました。地の色がピンクなのは、穏やかで暖かな色が内容に合っていると感じた事と、発売時期を考えて一足先に春らしいイメージがいいかなと思ったからです。上記のような説明し易い決め手が他の候補にはなかったので、このジャケットになりました。
——この作品中でお二人が最も気に入っている楽曲をあえてひとつずつ挙げるとしたら、どの曲になりますか? その理由も教えていただきたいです。
ポコペン : どれも気にいっています。「雨音」は、楠さん、大野さん、そして中村さんが参加して下さった大作なので、是非聴いていただきたい曲。「チャーリーブルーアイ」は、このアルバムの中で、特別な存在に感じます。どことなく「和」の持つ美しさがあるように自分には感じて、好きです。「夕暮れ時」は、原曲から変身を何度か繰り返しましたが、あまりにもシンプルで素直な曲調が気に入りました!「カムリーフィート」は、ゴキゲン度ナンバーワンで気に入っています!「バウンティフリー」は、ゆったりとのびのび歌えて、気に入っています。「惑星-2」は、哀愁をたたえたギターと歌が美しい曲。…やはり決められません!
西脇 : 「バウンティフリー」です。自然で無理のない「曲、歌、演奏、音」に仕上がっていると感じています。無論他の曲もそれを目指しましたし、どの曲もそれぞれに気に入っています。でもあえて一曲を選ぶならこの曲ですね。

RECOMMEND
sakanaの初期4枚のアルバム(1989〜1991年にリリース)を纏めた作品集『initial work collection 1990〜1991』
【マッチを擦る】
90年に発売されたさかなの幻の2nd album。前作「洗濯女」と同様だが、ポコペン(ゴーバンズ)のボーカルに次第に重点が置かれ始めているのが窺える。初期さかなのスタイルがはっきりと打ち出されている傑作!
【水】
90年に発売された3rd album。「マッチを擦る」の続編。名曲「レインコート」のオリジナル・バージョンが収録されている貴重な一枚。曲順はナンバーの前にすべて「水」と表記され、コンセプトを重視した作品。オムニバス「KISS XXXX」に収録されたレインコートの別VERも収録。
【夏】
じゃがたら、ミュートビートなどで知られるエマーソン北村をプロデューサーに迎えた4th album。これまでの作品より比較的軽快なテンポの曲も収録。ポップでありながら、冷ややかな叙情を研ぎ澄ませた氷のナイフのような緊張感溢れる楽曲に満ちた傑作。異色作「コルドン・ブルー」(作曲:林山人)も収録。
【world language】
『夏』と同時リリース。全1曲30分という実験的要素の強い異色作品。
名作『BLIND MOON』
2000年発表の名盤。ゆらゆら帝国の阪本慎太郎、クラムボンの原田郁子ほか、数多くの有名ミュージシャンからも賛辞を得た、彼らの代表作といえる一枚。
PROFILE
1983年より活動を開始。何度かの編成変更、メンバー・チェンジを経て、2004年以降はポコペン(ボーカル、ギター)、西脇一弘(ギター)の2人組として活動中。今までに15枚のアルバムと2枚のシングルを発表。2011年2月に、約5年ぶりの新アルバム『Campolano』をリリース。現在は2人で演奏したり、セッション・メンバーを迎えて3〜4人で演奏する事もあります。