十月と十日、母になる歳月の記録
——エリーニョ、妊娠から出産までの10ヶ月で制作した4thアルバム

エリーニョ

女性SSWのエリーニョが、新作『おおきなおなかのちいさなうた』を発表。この作品は、2014年、彼女が第一子の妊娠 / 出産を経験した10ヶ月のあいだに制作された。お腹にいた赤ちゃんの心音から始まる本作は、エリーニョの歌声とピアノ、そして夫である石川ユウイチのギターを中心に紡がれている。OTOTOYでは、タワーレコード3店舗とオンラインのみでリリースされたこのアルバムを、エリーニョ本人へのインタヴューとともに配信中。ひとりの女性が母になるまでの物語を、素朴で温かなサウンドから感じていただきたい。

母として、もう一度、生まれ直すまでの物語

エリーニョ / おおきなおなかのちいさなうた

【配信フォーマット】
ALAC/FLAC/WAV (CD音質, 16bit/44.1kHz)
AAC/mp3 (圧縮音源)

【価格】
2,160円(税込)

【収録曲】
01. おおきなおなかのちいさなうた
02. bits
03. bird
04. イノリ
05. note.1
06. Go (Alternative)
07. 明けていく世界
08. こもりうた
09. マーチ

INTERVIEW : エリーニョ

エリーニョが通算4作目となるアルバム『おおきなおなかのちいさなうた』を完成させた。このアルバム・タイトルからもうかがえるように、本作は彼女が出産を控えるなかで制作された、一種のドキュメンタリーとも受け取れる作品だ。妊娠が発覚してすぐに制作を決意し、出産直前までレコーディングしていたという本作は、ひとりの女性が大きな転機を迎えているさなかの歌声を、とても鮮明に記録している。そして、その歌声を傍らで常に支えているのは、彼女の夫である石川ユウイチのギター。もはや、これは「エリーニョと石川ユウイチ」の作品と呼んでもいいのではないだろうか。2人の住む部屋を映したアートワークの写真もじつに示唆的。ここから新しい生活が始まる。そんな予感と期待をそのまま閉じこめたような、さりげなくも美しい作品だ。それにしても、身重のなかで彼女の創作意欲を駆り立てたものとは、一体なんだったのだろう。出産から4ヶ月が経った彼女に、話を聞いた。

インタヴュー & 文 : 渡辺裕也

「ホントに歌って大丈夫なのかな」みたいな不安はあった

——出産おめでとうございます! 今はまだ寝る間もない毎日なのでは?

最近はやっと慣れてきたとこ(笑)。でも、生まれてから最初の1ヶ月間はホント大変だったよ。(子供が)寝たと思ってもすぐに起きちゃうから、「こんなはずじゃなかったのに!」って思うくらい、毎日寝かせてもらえなかった(笑)。

——今回のアルバムは、そのお子さんがお腹の中にいる状況で録ったんだとか。

うん。でも、じつはその前には既にレコーディングしてた曲がいくつかあって。そのひとつが「マーチ」っていう曲なんだけど。結婚式に「花嫁からの手紙」ってあるでしょ? 「マーチ」は手紙の代わりに私が両親に宛ててつくった曲で、実際に結婚式で石川と一緒に式で演奏したの。で、その曲のCDを来てくれた方々に配って。あと、「Go」も結婚式でやった曲。歌詞を友達のコピー・ライターさんに頼んで、来てくれたみんなで歌ったんだ。

——へえー!

そうしたら、その式の翌日に妊娠してることがわかって。「これは、いま録らなきゃ!」と(笑)。それで曲を作り始めたんです。

——式の翌日に妊娠がわかったんだ! でも、なぜそのタイミングで作品をつくろうと思えたんだろう。

なんていうか、お腹のなかに私ではない誰かの命があると知ったら、「この状況って、ものすごく貴重だな」と思って。でも、こういう時期に思っていたことも、時間が経つとすぐに忘れちゃうような気がしたから、それならいま思っていることのすべてを音楽に詰め込んでおきたいなと思って。

——なるほど。あと、今回の作品でものすごくフィーチャーされてるのが、石川くんのギターなんですよね。彼のギターが常に演奏の全面に出ていて、一方のエリさんのピアノは控えめというか。

うん、そうだね。私もあまり動けなかったから、今回は石川にたくさん任せた(笑)。それに、このアルバムをつくろうと思ったのは、石川がもっと音楽をやる状況にしたいっていう気持ちもあったからなんだ。それこそ、男の人って仕事と音楽をきっちり分けてやろうとするでしょ? それで仕事にどんどん偏っちゃって、どこかで「音楽は趣味だから」みたいになっちゃったり。でも、私は彼にそうなってほしくないんだよね。

——僕もそれは思います。今は石川くんがやってるANIMAも活動休止状態だし、こうしてエリさんの作品で石川くんのギターが聴けると、単純にものすごくアガるんだよね。

私もいちファンとしてそういう感じだし、「仕事なんてどうにでもなるから、もっと音楽やれよ!」って思ってる(笑)。

——ガンガンやってもらいましょう(笑)。とはいえ、このアルバムはエリさんだけでなく、夫の石川くんにとっても、いろんなことに気づかいながら録った作品だと思うんだけど。

うん。やっぱり私たちの関係性も子供ができると変わってくるよね。それに男性の場合、女性が妊娠しても自分の身体には何の変化もないじゃない? だからなのか、妊娠してからは私の体調をものすごく気にかけてくれてたよ。それこそ、「今の時期にレコーディングやライヴとかして、ホントに大丈夫なの?」って(笑)。私以上にいろんなことを心配してたみたい。それで高い声を張り上げるような曲はセットリストから外されたり(笑)。

——(笑)。でも、お腹に子供がいるという感覚が男性にはわからないから、そこはどうしても慎重になるだろうね。妊婦さんのコンディションは日に日に変化していくし。

そうだね。もちろん、私自身も「ホントに歌って大丈夫なのかな。どういうふうに歌えばいいかな」みたいな不安はあったんだ。でも、妊娠中にどうやってレコーディングやるのが正しいかなんて、調べようと思ってネットで検索しても、何も出てこないからね(笑)。でも結果的にはお腹の子と相談しながら、いつもと変わらないやり方でつくれたから、ホントよかった。

「これは私だけが歌ってるわけじゃない」っていう意識が常にあった

——この5人編成による演奏も、気づけばけっこう長くなりましたよね。

うん、バンド・メンバーは2枚目からずっと変わってない。

——そういう気心の知れたメンバーがいたからこそ、エリさんは身重の状態でもこういう作品をつくれたわけで。

ホントそう。実際、私があまり動けない状況のときは、みんなに家まで来てもらって打ち合わせたときもあったし、「自分は恵まれてるなぁ」って何度も思いましたね。

——ヴォーカルは妊娠何ヶ月目くらいの時期に録ったの?

それは曲によって違うんだけど、それこそお腹がいちばん大きくなってるときに録ったものがあるよ。それが「note.1」なんだけど、元々あれは、「Go」のヴァースとして、2人で演奏したアコースティックのものを外で録りたいね、って話していて。それで「予定日近くなってきたし、そろそろ録ろうか」なんて言って、朝早くに石川と公園で録音してきたんだけど、それから家に帰って、昼寝して起きたら破水しちゃって(笑)。つまり、これは子供が生まれる直前に録ったテイクなの。

——へえ! その時々のコンディションの違いって、やっぱり歌にも表れたでしょ?

確実にそれはあったと思う。お腹が大きい状態だと、やっぱり腹筋がうまく使えないから、聴き様によっては苦しそうに聴こえる部分もなくはないんだ。でも、今回は「それはそれでいいんじゃないかな」と思えた。完璧に歌い上げることよりも、そのときのコンディションがそのまま表れた歌い方にした方が、このアルバムはいいんじゃないかなって。そこは今までの作品とあきらかに違うところだと思う。


エリーニョ / bits

——うん。今回のアルバムは、いい意味でこれまでの作品よりもラフなところがありますよね。エリさんには隙のない録音物をつくる印象があったんだけど、この作品には前作までとは違った大らかさが感じられるというか。

まあ、そもそも精神状態がいつもとはまったく違ってたからね(笑)。いろんなことを考えてた。それこそ「この命は一体どこから来たんだろう、というか、私はどこから来たんだろう」、「死んだらどうなるの?」とか、そういうこと(笑)。そうしたら、ちょっとした鬱状態でいきなり涙が出てきちゃうような時期もあれば、逆に「私のお腹のなかにはいま命がいる。超ハッピー!」みたいな時期もあったりで、もうホント大変だったんだよ。でも、それでも「このレコーディングは対話する感じでやろう」とは、常に思ってたんだ。

——それは誰との対話?

お腹の中にいる子。歌を録りながら「これは私だけが歌ってるわけじゃない」っていう意識が常にあったんだ。常に2人で歌ってるような感覚だった。それはもう、間違いなく今までにはなかった感覚だったよ。実際、レコーディングにも参加してるしね。1曲目の最初に聴こえてくる音があるんだけど、あれは子供がお腹のなかにいるときの心音なんだよ。

——あれ、心音なんだ!

うん(笑)。あれは何にも代えられない音だなと思って。それでアルバムのイントロダクション的に入れてみたんだ。

「誰にも愛されてない」なんてこと、絶対にないと思う

——まさにこれは妊娠中のドキュメント作品なんですね。あと、今回の歌詞にはエリさんの死生観がとてもストレートに表われていて、それも今までの作品にはなかったなと。以前のエリさんはもっと抽象的な歌詞が多かったと思うし。

というか、以前は自分のことばっかりだったよね(笑)。「自分って何なんだろう?」みたいな。でも、自分のお腹に命が宿ってみると、生命はこうやって引き継がれていくんだなってことが、身をもってわかるから。「私も、お腹の子もいつかは死んじゃうんだけど、その私は親がいたからこそ今ここにいるわけだし、その親にも親がいるんだよな。そうやって繋がってきたんだな」って。それを感じたら、「自分って、自分だけじゃないんだな」と思えたんだ。それは大きな変化だと思う。

——スピリチュアルですねぇ。

アハハ(笑)。だから、この作品をいま子育てに試行錯誤しているお母さんや、妊婦の方とかにも聴いてもらえたら、すごく嬉しいな。あるいは自分は誰にも愛されてないと感じている人がいたら、その人にも聴いてほしいと思う。赤ちゃんってさ、自分の力だけでは絶対に大きくなれないでしょ? つまり、誰にだって愛されてた時期が必ずあるんだ。「誰にも愛されてない」なんてこと、絶対にないと思うんだよ。そういうことはこの作品でも伝えられるかなって。なんかずいぶんと大きなことを言っちゃったな(笑)。

——いやあ、母の視点だなと思いましたよ。男性にはなかなか到達できない考え方なのかも。

(笑)。でも、これからの自分がどういう曲を作っていくのかは、まだぜんぜんわからないね。ただ、いま言えるのは「母親になったら、曲をつくりたいという気持ちもおのずと落ち着いたりするのかなぁ」と思いきや、まったくそんなことはなかったってこと(笑)。これからも活動していくとなると、たとえばスタジオに入るときは、親に子供を見ていてもらわなきゃいけなくなるし、どうしたってまわりの人たちに迷惑をかけちゃうんだろうけど、それでもやっぱりレコーディングやライヴは続けていきたいなって。それは今回のアルバムをつくって、改めて思ったことかな。実際、今までの自分には作れなかったものが今回は作れたと思うし。

——ホントそうですね。

それに、妊娠中と出産後の今でもまた違うからね。だから、些細なことでイライラしちゃったときなんかにこのアルバムを聴くと、大事なことを思い出させてくれたりもするんだ。「あ、このときの私はこういう気持ちだったんだよな」って。

——お子さんが生まれたことで、世の中の見え方なんかもこれから変化していくだろうし、おのずとそれは今後の作品にも影響を与えていきそうですよね。

たしかに。子供がいる時といない時では、自分が求める情報も大きく変わるよね。社会の見え方もやっぱり違うと思う。でも、どうなのかな。究極をいえば、私は自分の子供が安心して暮らしていけるような世の中にしたいと思ってるし、他にはなにも望まないから、ただ平和な世の中であってほしいんだよね。もちろんそこにはいろんな人の思惑があるから、本気で考え出すといろいろ難しいんだけど。

——音楽の聴こえ方も変わってきてる?

どうなんだろう…。ああ、でも、青臭くて、随分考え方が甘い歌詞だなと思っていた曲を改めて聴いてみたら「なんか、かわいいな」と思ったんだよね(笑)。なんか、曲の受け取り方がちょっと変わったのかも。

——親目線?

そうそう(笑)。聴く音楽とかはそんなに変わってないけどね。でも、自分が出す音はいくらか変わったのかも。それこそ『空中ランドリー』の時みたいな激しいものは、今の自分からは出てこない。単純に今は子供と2人だけの時間ばかりで、社会との接点が少ないというのもあるんだろうけど。

レーベル "T"RUST OVER 30 recordings  発売日 2013/03/20

※ 曲名をクリックすると試聴できます。

私が音楽をやめたいと思ったことは一度もないから

——じゃあ、その『空中ランドリー』をいまになって聴くと、さっきの話みたいに「かわいいな」みたいな気持ちになる?

(笑)。それもあるけど、逆に「私、こんなこと思ってたんだ!」って作品から教わることもけっこうあるよ。それに、年齢って取りたくなくても、絶対に取るでしょ? そうやって年を重ねていくなかで、人はどうしたって変わっちゃう。でも、「どうやって年を重ねていくか」は、自分で決められることだから、これからも私は「どうやって自分は生きていきたいのか」を模索していきたいなと思ってるんだ。

——出産するにあたって、意識的に変わろうと思ったこともやっぱりあるんですか。

うん。お酒とタバコをやめたこと(笑)。私、「子供、いつかほしいな」とは前から思ってたけど、そうなるとそのふたつはすぐにやめなきゃいけないでしょ? それ、絶対に無理だと思ってたから。

——(笑)。

だって、私がいちばん好きなものと、その次に好きなものだもん(笑)。「そんなのやめられないでしょ!」って。でも、それがいざ妊娠したとわかったら、これがびっくりするほどスパッとやめられたんだよね。そのときばかりは「自分かっこいい!」と思ったよ(笑)。これくらいのこと、なんでもないんだなって。でも、こういう覚悟をしていくタイミングって、これからもたくさんあるんだろうね。実際、今の私はホント過去の自分が想像もしてなかったような人間になってるからなぁ。

——環境の変化がエリさんの意識をおのずと変えたわけだ。そうなれば必然的に音楽もこれから変わっていくでしょうね。

でも、どうなんですか。リスナーとしては、「あいつは子供ができたら音楽が生ぬるくなった」みたいに感じることってあるの?

——(笑)どうだろ。生ぬるいとは言わずとも、角が取れてまるくなったと感じることはあるかもね。間違いなくこのアルバムは今のタイミングでしか作れなかった作品だからね。そういう作品が届くと、単純にリスナーとしてはすごく嬉しいよ。

よかった(笑)。じつは、妊娠中にもうひとつ録ったものがあるんだ。SOURの高橋ケ無さんと石川と3人で録った即興なんだけど。そのセッションは映像もちゃんと撮ってあるんだ。

——へえ! その音源はいつリリース予定なの?

今年中に出せたらいいなぁとは思ってる。そのセッションでも思ったことだけど、その時々の感情を作品に収める作業って、やっぱり私にとってはものすごくいいことなんだよね。こうして作品を出産後すぐに出せたことで、活動も途切れることなくつなげていけたし。産後の今しかできないことだって、きっとあると思う。だから、どういうペースになるのかはまだわからないけど、私が音楽をやめたいと思ったことは一度もないから。これからも作品はつくり続けると思うし、ライヴもやっていくよ。

レーベル ''T''RUST OVER 30 recordings  発売日 2015/04/08

※ 曲名をクリックすると試聴できます。

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LIVE INFORMATION

エリーニョ 4th Album リリース・パーティ “◯月△日×時”
2015年5月5日(火・祝) @渋谷 7th FLOOR
開場 / 開演 : 12:00 / 12:30
料金 : 前売 2,000円 / 当日 2,500円 (1ドリンク別)
出演 : The eri-nyo Quintet
詳細 : http://eri-nyo.com/node/237

PROFILE

エリーニョ
3月4日東京生まれ。4歳よりクラシック・ピアノを始める。'04年よりピアノ・ヴォーカルとしてバンド活動を開始。'09年にソロ ・ユニット、エリーニョ & The Sweetest friendsをスタートし、10月に1st album『ヒヨコと猫の鳴いた、ココにある日常的。』をリリース。'11年2月、2nd album『コンクリート下の水母について』を通常プラケース・パッケージ盤 / 真空パック水母盤の2パッケージで同時リリースし、話題をさらう。'11年7月、石川ユウイチ(ANIMA)、高橋ケ無(SOUR)との即興セッション『Session with photograph exhibition』を配信限定リリース。ピアノ・ヴォーカルでのソロ形態、サポート・ミュージシャンとのユニット形態、そしてソロ・バンド・プロジェクト、The eri-nyo Quintetのバンド形態と様々な形で、国内各地でのライヴ活動はもとより、韓国ツアーをおこなったり、プラネタリウムでワンマン・ライヴ、スタジオ・ブース内に観客を招いた形での公開レコーディングを決行するなど、 日々活動範囲を広めている。'14年11月、第一子を出産。

エリーニョ Official HP

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インタヴュー

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筆者について
渡辺 裕也 (渡辺 裕也)

音楽ライター。自炊ブロガー。好角家。福島県二本松市出身。右利き。O型。

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