2016年は、PAELLASがフロアを踊らせる——ハウス・ミュージックを志向した新EP配信&インタヴュー

2015年、レーベルメイトのYOUR ROMENCEをはじめ、never young beachやLucky Tapesらと注目を浴びてきたインディ・バンド、PAELLAS。年初めとなる2016年1月1日に新作『Remember』をリリースした。本作をOTOTOYオリジナル特典としてデジタル・ブックレットと、ボーナストラックの未公開デモ・トラック付きで配信。また、アーティストとして初めて激動となった2015年を越え、ここからまた始まっていく彼らに話を伺った。

PAELLAS / Remember
【Track List】
01. Hold On Tight / 02. Night Drive / 03. Chinese Delicatessen / 04. Fever / 05. Cat Out

【配信形態】
16bit/44.1kHz(WAV / FLAC / ALAC) / AAC / MP3

【配信価格】
単曲 257円(税込) / アルバム 1,234円(税込)

【特典】
・デジタル・ブックレット(PDF)
・未公開デモ・トラック「Chinese Delicatessen (temporary demo)」

INTERVIEW : PAELLAS

2016年1月1日、EP『Remember』をリリースしたPAELLAS。久方ぶりの音源となる本作はディープ・ハウスやエレクトロから如実に影響を感じさせる硬質のグルーヴに満ちた意欲作だ。新しい年のはじまりである1日に彼らがこのEPを出したのには理由がある。このEPはあくまでも序章にしか過ぎない。『SUMMER SONIC』への出演、ドラマー・コマツタカヒロの脱退など大きな動きがあった2015年のPAELLASだが、彼らは今、全能感に溢れている。今年の彼らの快進撃を告げる狼煙となる本作『Remember』の「本当の凄み」はライヴでその完成形が披露されている。長いキャリアの先にようやく見えてきた一筋の光明——2016年は、PAELLASがフロアを踊らせる。

インタヴュー&文 : 小田部仁

ラディカルな変化がないと自分たちは腐っていくなと思った

——昨年12月27日にドラマーのコマツタカヒロさんの脱退が発表されました。まず、その経緯を伺えればと思っておりまして。EP『Remember』のリリースを目前としたタイミングでファンも驚いたんじゃないかと思います。

ANAN : 端的に言うと、音楽性の相違みたいなものだけど…… そういうのってよくありますよね?

MATTON : 例えば自分たちがヘビメタのバンドで。でも、小松くんがネオアコが好きだったとしたら、お互いの良さを殺してしまうことになる。それに気づいてしまったので、変わらなきゃいけないと思ったんですね。

Bisshi : 実はこの問題については、ずっと分かってたことだったんですけど、今、ここで決めなければいけなかった。さっき「EPをリリースするこのタイミングで」って仰ってましたけど、だからこそですね。ここからはライヴとかで自分たちが出し切りたいやり方でやらなきゃいけないなと前よりも一層そう思って。そういう事を考えた結果ですね。

左から、Bisshi(Ba)、MATTON(Vo)

MATTON : 僕らにとっては、ただただ自分たちが自身を誇れるようになるための決断です。ただ、実をいうと、12月3日のライヴの時点で決断はしていて。その4〜5日後から今のサポート・ドラムのタカハシリョウスケさんに入ってもらいました。でもリリースの告知とか色々あって発表が遅れてしまったんです。

——新しいモードになったPAELLASの志向していきたい音楽性とは端的に言うと、どういったものですか?

Bisshi : ダンス・ミュージックを追求していきたい。例えばEDMやハウスの力強いビートに引っ張られるような感じが欲しくて。それがちょっと今まではできてなかったんですよね。静かなサウンドの良さってのもあったんですけど、自分たちが今出したい音はそれではないので。お客さんからはこれまでも「めちゃくちゃ良かったね」とか言われてたんだけど、いつもライヴではしっくりこないなと思ってました。今は徐々に手応えを感じ始めています。

MATTON : ハウス・ミュージック(※1)をバンドでやりたいんですよね。フェニックスが黒人のドラムに途中で変わったじゃないですか? あれぐらいのラディカルな変化が欲しくて。逆に言うと、あれぐらい変われないと自分たちは腐っていくなと思っていて。それをコマツちゃんに求めるのは別の人間になれって言ってるのと同じことで。俺はコマツちゃんをリスペクトしているし、尊敬する心を失いたくなかった。

——独自のグルーヴを得るというところに特に今、日本の若いバンドは苦心していると思います。

MATTON : どっちかっていうと前の世代のグルーヴの解釈ってメロディっていうところに終始していたんじゃないかと思うんです。今のインディの若いバンドはバンド・アンサンブルが奏でるリズムで勝負したいと思っているようなところがあって。ただそれがブラック・ミュージックに根ざしたグルーヴとは限らないと思う。

msd. : ただ単純に黒いものを求めても、絶対に手に入らないんですよ。自分たちなりのグルーヴを生み出すしかないっていうのはみんな分かってるから。

ハウスのかっちりとしたグルーヴを追求することでPAELLASの方針が見えた

——過渡期にある中でのメンバー脱退という決断だったことはよくわかりました。PAELLASは、実はキャリアの長いバンドで。ANANさんはnever young beachのギタリストとしても知られていますが、もともと、東京に来るきっかけになったのはPAELLASだったそうですね。

ANAN : そうです。東京に来る1〜2年ぐらい前、大阪にいた頃にちょっとだけ一緒にやっていて。それで知り合っていて。他のみんなが東京に出るってタイミングで「一緒に行く」って来ました。

ANAN(Gt)

Bisshi : 僕らはその時、バンドってなんだろうってレベルだったんですけど、ANANくんに影響されて色々と形になっていったんです。そもそもの出会いとして、mixiでメンバー募集をかけた時に1人だけひっかかったのが、ANANだったんです。ディアハンター好きとか、その時言ってて。mixiのプロフィールに洋楽のこと書いてる人なんてその時ほぼほぼ皆無だったから。バンドやるっていうか音楽の話をずっとしてましたね。「Pitchfork」とかトロ・イ・モアとか当時流行っていた色々な音楽のキーワードを教えてもらいました。

MATTON : ANANくんと知り合った時に留学するっていうのが決まっていたので、本当に3ヶ月ぐらいしかやれる期間はなかったんだけど。色々、自分たちの知らないこと、自分たちが知りたいことを持っていたので。短くてもお互いにプラスになるのかな、と思って。ANANも当時はちゃんとしたバンドはやったことなかったみたいだったし。一緒にやってました。

——知り合った当時は、みなさん大学生だった?

MATTON : そうですね。でも『Long Night Is Gone』とかあぁいう感じの曲を作り始めたのは大学を卒業してからだったんですね。大学出て2年ぐらいやって、こっちに来て、msd.と知り合って。今の形になるって感じですね。もともとギターがいたんですけど彼は関西にずっといるつもりだったみたいで、ANANに聞いたらやるっていうから「じゃあ、東京行くか」って言ってこっちに来たんです。

msd. : 僕は、PAELLASが上京する半年ぐらい前に静岡から上京しました。昔からバンドやってて色々音楽は聴いてたりしたんですけど、色々ディグッてたらPAELLASに出会って。CD買ってライヴに行き始めたのが、バンドに入ることになったもともとのきっかけですね。

——PAELLASが出てき始めた時期は、エレクトロからのエッセンスを受けたバンド・サウンドは当時としては珍しかったのではないでしょうか?

MATTON : 東京に出てきたタイミングは14年なんですよ。その前の年、13年の冬ぐらいから若干こういう僕らみたいなサウンドを持ったバンドもちらほら出てき始めて。その頃、僕らが好きだったのはハウスとかエレクトロではなくて、チル・ウェイヴとかインディR&Bみたいな方向性だったんですけど。サーフとかローファイが廃れて、そっちが出てきたんですよね。見よう見まねでやりだしたころでしたね。今から考えたら、ひどいクオリティでやってたんですけど(笑)。シンセないのにシンセみたいな音出そうとしてたんですよね。他にいなかったから成り立ってたけど、今やったら逆にぶっちぎれるクオリティかも(笑)。

ANAN : 東京来た当時はブラッド・オレンジとかのインディR&Bが向こうで流行ってる時に自分も聴いてて。ギターでコードをじゃかじゃかならすより、シンセがフワーってなってて、その上にベースとリズムが乗って、それにカッティングとか単音のリフとかが鳴ってる方がかっこいいと思って。シンセ主体で曲を作り始めて。でも、シンセがいなかったからディレイとか使ってギターで頑張ったりとかしてましたね。そっから俺がマイクのところにつけたiPadでシンセの音だしたりとかしてたんだけど……。

MATTON : シンセを入れようってことになって、入れた感じですね。音楽的な趣向で言えば、そういう方向性できてたのが、2015年のど頭でちょっとハウスっぽいアプローチが気になり出すっていう。俺にとって最初のハウスって、普通にディスクロージャーとかなんですよ(笑)。ちょっとR&Bっぽいバンドも身の回りに出てきて。いっぱいバンドがいるなかで自分たちは何しようって。ハウス誰もやってないよな、って思ったんですよね。またリズム問題に戻るんですけど、ファンキーなブラックなリズムとかめっちゃかっこいいフレーズとかオカズとか、ドラム云々とかじゃなくて曲として作るのが難しかったんですよ。ハウスって、言っちゃえば、ずっとビートは一定じゃないですか。このタイプは俺らに向いてるんじゃないかと思って。

——グルーヴを作り出す上で、ハウスの要素をバンド・サウンドに取り入れた方が今誰もやってないことができるし、新たな実験ができると思ったわけですか?

MATTON : もともと、ミニマルな志向はあってるし、自分たちに合ってると思ったんですよね。

ANAN : 僕は割と黒いリズムとかスウィングするリズムが好きで。それをPAELLASの初期では結構取り入れようとしていたんですけど。「Golden eye」とかではめちゃくちゃスウィングしてるんですけど。僕以外のメンバーは体にスウィングするリズムとかがない、もしくは興味がないっていうことに気づいて。そっからハウスに寄り出したら噛み合いだしたって感じがします。かっちりとしたグルーヴを追求するっていうところでPAELLASの方針が見えたんですよね。

PAELLASが良かったのは、それぞれの得意分野が重ならなかったから、それぞれのやりたいことをやれる

——話は変わりますが、メンバーの皆さんはそれぞれ個性が際立っていますよね。でもだからと言って何かにくくれるというわけではない。msd.さんは一見すると何の人だかわからない。ハッピー・マンデーズのベズ的な趣もある。

msd. : 結構それは目指してて。ジャンル・レスで居たいなって思います。ライヴの途中にやることがなくなって、ずっと踊っている時も結構ある。そうするとゲイ・パーティーみたいだって言われるんだけど(笑)。やるときはやってるんですけどね。PAELLASはハウスの要素だけじゃなくて、ちゃんと日本らしさもあるんで、そういうミクスチャー感……「初体験」っていう意味でのジャンル・レスの感覚を大事にしたいと思ってます。

msd.(PAD)

MATTON : バンドっぽくないバンドってのは目指してるかもしれないです。パッと4人で立ってても、わからない感じ。結局のところ、僕はフロントマンですけど、表に出てても全てを司ってはいないので。むしろ僕は象徴みたいなものなんですよね。ただのシンボル。表には出るけど、何もしてないしできないんですよ。実際にいろいろをやっているのは僕以外の人々で。このバンドでロック・スター感は出してないんです。それを出しちゃうと、お客さん含めて引いちゃう感じがしていて。いつかそれを全開に出してみんなが喜んでくれうようなところに早くPAELLASで登り詰めたいなって思ってます。今は自分的にはバランス見てる感じです。例えば、Lillies and Remainsに自分が入ってたらまた立ち位置も違うと思うんです。全員同じスタイルで同じモードみたいな。このバンドは全員が違うんで。全員のキャラが立ってる中の戦隊モノで言えば赤レンジャーの立ち位置でいいかなって。五人戦隊が1番ベストなんです。

——そういう意味でいうとANANさんはPAELLASでは初期からサウンドの要を担う存在としてディレクションをしていて役割としてはかなり大きい。かたやnever young beachでギタリストとして安部勇磨というフロントマンの作る楽曲を演奏している。この2つの対照的なバンドを行き来している感じというのはどうなんですか?

ANAN : ギターのプレイに関しては、2つのバンドで得たことを交換するようにやってたりはしますね。役割は確かに分けていて。PAELLASではしっかり音楽性をみんなで話し合いながら寄せつつ自分が作りたいと思っているいい音楽を導くっていうことをやってて。ネバヤンは本当に僕はギタリストです。アレンジとかにはいろいろやりますけど、根本のところは全部安部ちゃんがやるし。

MATTON : ノエル・ギャラガーがいるバンドは、それはそれで楽だと思うんですよ。でも、そうじゃなくて、それぞれの個性が同じくらいに立てば、その方が実は最強だと思うんですよね。PAELLASが良かったのは、それぞれに得意分野があって、それが重ならなかったからそれぞれのやりたいことをやれるってことですね。

深いけどミニマルな方向に行きたいですね

——1月1日に『Remember』が発売になりましたが、このEPの制作はいつから始めたのでしょうか?

Bisshi : 今年の5月〜6月ぐらいから実際の制作は始めましたけど、音の素材は今年入ってからすぐにありましたね。『Long Night Is Gone』っていう2012年の冬に出したアルバムも一応全国で流通したんですけど、それ以降シングルとレコードと自主制作盤が2枚続いて。今回は、久しぶりの全国流通盤ですね。

——前回のアルバムからかなり期間が空いたわけですが、このタイミングでEPを出そうと思ったのはなんでですか?

MATTON : とりあえず「出すしかねぇな」と思ったんですよね。1回出すところまでいって、でも当てがなくて。「自主で出そうか」ってなってたんだけどレーベルの担当者に声をかけてもらってレコーディングし直すことになったんですね。ここまでかかったって感じですね。その間にアレンジも変わったし、気持ち的には本当に『Remember』って感じですね。僕の気持ちは今ここにはないってのが正直な思いです(笑)。新しい曲を作りたいんですよ。新しくできた曲の歌詞がとにかく書けなくて。この作品できてからほとんど聴いてなくて。「やっと出せたかぁ〜、はぁ〜」って感じです。やっと人様に「こんな感じのバンドやってますけど」っていう風に見せられるものができたなと思います。


PAELLAS / Night Drive"

Bisshi : 名刺作るのに、1年かかったね。東京来てからで換算したら2年もかかった。もっと早く、出せると思ってたんだけど。

MATTON : 次はもっとダンサブルで硬質な…… っていうより自分たちに正直になろうって作品になると思います。変にアゲチューン作ろうって感じじゃなくて。D.A.N.とかThe fin.とかを聴いて勇気付けられるというか、あぁいうのでもちゃんと作って出せば受け入れてもらえるんだな、って。深いけどミニマルな方向に行きたいですね。いま方向性が変わって、自分たちの欲しいグルーヴを手に入れられそうだとは思ってるんです。「Hold On Tight」みたいなポップな曲もできたらいいんですけど、作ろうと思って作れるものではないので。自分の中では肉体的なディープ・ハウスみたいなものが作りたいです。

msd. : 伸びしろしかないですね。

ANAN : 今までPAELLASは「めっちゃいいね」とかって言われることはあったんだけど「やばい」って言う受け止められ方をしたことがなくて。でも、この間のライヴで言われたんですよ。俺はずっとそれが欲しかった。前から感想として「おしゃれ」とか「セクシー」みたいなことしか言われなかったんですよ。それは本当にお腹いっぱいで。

MATTON : でも、本当にそれぐらいしか言えることがなかったんだと思います。惨めな気持ちをずっと抱いてたんですよ。このまんまじゃバンドやってる意味がないよ、って。

msd. : ロック・バンドだからスタイルを放たなければいけないのに、それができていなかった。釈然としない感じがあったんですけど、『SUMMER SONIC』後ぐらいから変わりましたね。過程の片鱗を見てますね。すごいその手ごたえを感じたのが2015年納めのライヴで。友達のギャラリーみたいなところでやったライヴだったんですけど。

MATTON : 人生で1番楽しかったライヴでした。毎回嫌だなーって思いながらやっていたので、かなり印象的なライヴでした。『SUMMER SONIC』でさえ何の感情も抱いてなかった。今までは今日良かったねって言えるライヴはオーディエンスが作ってくれた雰囲気だったんですよ。結局、自分たちの演奏だけでみたら……でも、それが初めて12月22日の時にお客さんも楽しそうだったし、自分たちの演奏もよくて。感動して。

——長いキャリアがある中で、ここでようやく見えてくるものがあったというのは本当に今回のEPがPAELLASの転換点を象徴していることがわかります。

MATTON : なかなか僕らみたいなバンドもいないと思いますよ。みんなイケイケドンドンじゃないですか、最近のインディ・バンドって。僕らは、ずっと負け負け負け負け負け負け続けてきていますから。無駄に相撲取ってきたけど「全然、地位とか変わってなくない?」っていう。でも、ようやく見えてきました。自分たちを誇れるようになりたいな、って思います。

※1 : ハウス・ミュージックとは

1970年代末〜1980年代前半に、シカゴのアンダーグラウンド・ディスコ〈ウェアハウス〉にて、DJのフランキー・ナックルズがプレイしていた楽曲(ディスコや一部のニューウェイヴなどなど)から派生し、誕生したダンス・ミュージック。諸説あるが〈ウェアハウス〉というクラブの名称から、そこでフランキーがかけていたサウンドが「ハウス・ミュージック」と呼ばれ、その後、そのシーンから生み出されたサウンドもそう呼ばれるようになった。フランキー・ナックルズや、地元アーティストたちによるドラムマシンを併用したディスコのDJミックス用のテープ・エデットや、地元プロデューサーたちによる安価なシンセやドラムマシンによるディスコの模造などが、1980年代中頃までに、DJやダンスフロアの要望から、BPM120程度のドラムマシンのイーヴン・キックを基本としたエレクトロニック・ダンス・ミュージックへと変容、ハウス・ミュージックが成立していった。またデヴィッド・マンキューソの〈ザ・ロフト〉、ニッキー・シアーノ(フランキーの師匠でもある)の〈ザ・ギャラリー〉、ラリー・レヴァンの〈パラダイス・ガラージ〉などフランキーも一時期活躍していたNYのアンダーグラウンド・ディスコ・カルチャーの影響も。1980年代後半にはNYやデトロイト、UKをはじめとするヨーロッパ、ここ日本などなどグローバルに伝搬し、1990年代には世界各地でローカライズされさらに、ダンス・ミュージックのみならずさまざまなポップ・ミュージックにも影響を与えた。(text by 河村祐介)

LIVE INFORMATION

PA PA PA PA PAELLAS - "Remember" RELEASE PARTY-
2016年1月8日(金)@渋谷TSUTAYA O-nest
出演 : PAELLAS / Tempalay / Far Farm / yahyel

PAELLAS × MAP "Remember" Release Party
2016年1月23日(土)@北堀江club vijon
出演 : PAELLAS / Seira Mirror / YOUR ROMANCE
DJ : MATTON&Bisshi / MAP(waddy / OREO)

2016年1月15日(金)@恵比寿BATICA
2016年1月18日(月)@渋谷clubasia

PROFILE

PAELLAS

MATTON(Vo)、Bisshi(Ba)、ANAN(Gt)、msd.(PAD)の4人編成。ANANはnever young beachのギタリストとしても活躍している。2009年に大阪で結成した前身バンドを経て、2014年春に上京。上京し半年でYOUR ROMANCE、Jappers、Nag ar Juna、never young beachといった気鋭バンドを集め自主企画を渋谷BURROWで敢行。2015年、Niw! Recordsやyo asa、FREE THROW等多くのライヴ・イベントに出演しライヴ活動も勢力的に行っており、パフォーマンスが話題に。2012年7月にネット・レーベルのAno(t)raksより第1弾アーティストとして初EP『Following EP』を、11月にDead Funnyよりファースト・アルバム『Long Night Is Gone』をリリース。翌2013年には自主制作シングル“Sugar”を発表。2014年に入ってアパレルセレクトショップのユナイテッドアローズの映像企画〈NiCE UA〉New Balanceに楽曲を提供。夏にはライヴ会場限定/一部店舗限定の7インチ・シングル“Cat Out”をリリース。2015年、SUMMER SONICのオーディションステージ「出れんの!? サマソニ!?」に出演を果たした。2ndアルバム『Remember』を2016年元旦にリリースする。

>>PAELLAS Official HP

この記事の筆者
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