互いに矛盾する要素がせめぎ合って生まれた音楽
mouse on the keysの音楽を耳にするとき、私たちはふたつの相反するイメージに引き裂かれてしまう。それを抽象絵画にたとえて説明してみよう。一方で彼らの音楽は冷たくミニマルな幾何学的抽象を思わせる。きわめて知的な計算によって組み立てられた構造体。この表現はある程度まで彼らの音楽を正確にとらえているだろう。ところが、他方でそれは激しい熱を孕んだアクション・ペインティングを思わせもする。ほとばしる衝動に駆り立てられた一回きりのダンス。これもまた、決して見当はずれの印象だとは思えない。冷たいものと熱いもの、スタティックなものとダイナミックなもの、無機的なものと有機的なもの…。言いかたは幾通りもあるが、とにかく互いに矛盾する要素がせめぎ合って生まれた音楽。それがmouse on the keysの音楽なのではないか。今回のインタビューを通じて、そんな彼らの核心に触れていただくことができれば、これにまさる喜びはない。
インタビュー&文 : アンドレ川島
photo by Masahito Ishibashi
約3年振りの新作から3曲を高音質で配信!!
mouse on the keys / machinic phylum
約3年ぶりの音源リリースとなる2ndミニ・アルバム。サポートを入れず、メンバー3人のみの最小編成で制作された今作は、2011年に話題となったJT缶コーヒー「Roots」CM楽曲も収録した、新たな扉を開く1枚。OTOTOYではHQD(24bit/48KHz)の高音質で配信!!
【価格】
mp3 : 単曲 200円 / アルバム 600円
HQD(WAV 24bit/48KHz) : 単曲 200円 / アルバム 600円
偶然性みたいなものを人工的に作れるんじゃないか(川崎)
――3年ぶりの新作となりましたが、その間バンドにはどのような変化があったのでしょうか?
川崎 : 簡単に言えば、ライヴ・バンド化したんですよね。これまではライヴでもスタジオの音を丁寧に再現するという傾向が強かったんですよ。けど、ヨーロッパ・ツアーに行ったことと、フェスに出ることが増えたこともあって、オーディエンスの反応に合わせて音が変わっていったんですよね。
――今回リリースされた『machinic phylum』の楽曲もライヴではかなり違ったものになるんですか?
川崎 : そうですね。変わっちゃいますね。
――でも、むしろそれを良しとするようになったということですよね?
川崎 : そうそう。あとはライヴ・バンド化の延長として、みんなで音をいじくりあって曲を作るようになりましたね。もともとは僕が曲の設計図を全部作っていたんですけど、今回はひとつのモチーフをみんなで広げる作業をして、それを組み合わせたりっていうことをやりました。
――モチーフを広げたり組み合わせたりというのは具体的にどんな作業なのでしょうか?
川崎 : 1曲目の「aom」って曲の途中でリムショットが入るセクションがあって、僕らはその部分をAって呼んでるんですけど(笑)、そこは1、2ヶ月かけてスタジオで自由にセッションをして、それを録りためたものをパソコンに入れて、イイところだけ切り貼りして、さらにそれを打ち込んで、という作業をしたんですよ。
清田 : 不協和音になったり、音がブツかる部分があったとしても、それはそれでアリなんじゃないかと。ギター同士だと良しとされない部分も、ピアノの場合は、偶然生まれたそういう要素によって音圧や迫力が出たりするんですよね。
――すごく手の込んだ作業ですね。
川崎 : 僕たちは超絶技巧のジャズ・プレイヤーではないので、即興で毎回すごい演奏ができるわけではないんですよね。でもスタジオで録った即興演奏のいいところだけを寄せ集めてそれを再現すれば、即興風のかっこいいフレーズを人工的に作れて演奏できるんじゃないかと思ったんですね。それが今回の「aom」という曲には入れ込めたので、よかったなと思います。
――偶然性をシミュレートするというのはおもしろいですね。
川崎 : なんとかmouse on the keysでそういうことをやりたかったんですよ。でもキヨ(清田)とかは「これってほんとに大丈夫かな?」と思っていたらしく(笑)、何回かやったあとで一緒に飲んだときに、「もう川崎さんを信じるしかない」って言われて。
一同 : (笑)。
川崎 : そのとき俺はmouse on the keysの方向性をフリーで抽象的なものにしたいと思ってたんですけど、3人で話し合ってちょっと戻したというのはありますね。
清田 : やっぱり緻密さというか、構築してナンボのバンドというか、そういうところにmouse on the keysの良さがあると思ってるから、あまりフリーに逸脱しすぎないほうがいいと思ったんですよね。
川崎 : ただまあ、音楽の歴史の中でいわゆる8ビートっていう形も、何度も反復されたことで「8ビート」としてみんなに認知されたわけじゃないですか。だから逸脱してるプレーも繰り返せば8ビートみたいになると思ってるんですよ、僕は。みんなが把握したうえの逸脱であれば、それもmouse on the keysの新しいスタイルにすることができると思ってるんで、今でも諦めてはいないですよ。
――セッションで偶然出てきたフレーズを打ち込んで再現するというのはまさにそういうことですよね。
川崎 : そうですね。揺らぎを数値化するというか。
――なるほど。そんな楽曲のもともとのアイディアはどこから生まれてくるんでしょうか?
川崎 : もちろんいろんな音楽を聴いたりとかもありますけど、僕の場合、好きな建築物の写真集とかを見るとそこからイメージがぐわっと浮かぶんですよ。「この窓ガラスのシャープな感じ」とか。この形ゾクゾクするとかあるじゃないですか。ちょっと変人みたいなことを言ってるかもしれませんけど(笑)。
――(笑)。いやいや、とても興味深いです。建築からインスピレーションを受けるというのは珍しいですよね。
川崎 : 曲が構築的だとか、メカニカルな雰囲気があると言われたりするのはそのせいだと思うんですけどね。
清田 : でも曲を作るときは大変で、川崎くんのフィーリングを汲み取るのが難しいんですよ。
川崎 : まあ「コンクリートの硬い感じの雰囲気で」とか言われてもわかんないよね(笑)。
清田 : いや、そういうのはまだわかりやすかったりするじゃない。でも「ガラスに映ってるあの影の感じ」とか言われるんだけど「あの」って何だろうみたいな(笑)。
一同 : (笑)。
清田 : でも、それを実際に写真とかで見せてもらえると、「あ、言ってることわかる」ってなるんですよね。
新留 : そう。いろんな資料を見せてくれるからね。
mouse on the keysは、精神的な部分でハードコアなんです(川崎)
――そもそも、mouse on the keysは、こういう音楽がやりたい! というような明確な目的があって音を出しているバンドなんですか?
川崎 : 発端は、ピアノとドラムだけで曲を作りたいというところなんです。僕は音楽のキャリアをハードコアだったりパンクというようなバンドから始まっているので、そういった音楽のドラムに、生のピアノを足したら面白いんじゃないかな、と思ってました。
――ちょっと話が逸れるんですが、googleで「mouse on the keys」って調べてみると、割と上の方にニコニコ動画が出てくるのってご存知ですか?
一同 : へぇー。
――何でだろうと思ってニコニコ動画を見てみたら、コメントに「神キター」とか書いてあって(笑)。そういった幅広い層から受容されるっていうのは、凄く意義のあることなんじゃないかなぁ、と感じたんですよね。
清田 : それは知らなかったなぁ(笑)。
川崎 : まあ、まったく意図的にやってないですけどね(笑)。mouse on the keysの曲調がRPGの対戦シーンの音楽みたいだって言われたりしたことはありますね。Twitterとかで、マウス良かったって書いてる人のアイコンが思い切りアニメのキャラクターだったり。そういう意図していない広がりっていうのは凄く面白いと思いますよ。今まで手がけたCM、ヨーロッパでのリリースやツアーの話も、myspaceからいきなりメッセージが来たりとかね。
――インストっていうのもあるんでしょうね。
川崎 : うん、それは多いにあるでしょうね。話は変わっちゃいますけど、僕が前にやっていたバンドっていうのが、90年代以降のアメリカのポスト・ハードコアやエモに強い影響を受けていたんです。で、そういうバンドが集まるシーンのようなものが、2000年代初頭にあったんですよね。
――ありましたね。
川崎 : 自分のドラム・スタイルや今に繋がる交友関係はその頃に形成され、僕にとって非常に重要な時期なんですが。ただ、これは僕の感じていたことなんですけど、その当時、演奏する側、それを聴く側にアメリカ産インディー・ミュージックに則って音楽をやらなきゃいけないような空気があったんです。それをやっていた人は心底好きでやっていたんだと思うんですけど、僕はオリジナリティという面で疑問を感じていたんです。
――形を真似ているだけだと。
川崎 : そうですね。好きなバンドの表面の形を模倣するんじゃなくて、その構造を読み取って理解し、独自のアレンジを加えるべきなんじゃないかと。そういう考え方が大事だと思っていたので、mouse on the keysを構想しているときにアメリカン・インディー・バンドにはあまりない現代音楽的なピアノを主体にしたバンドをやろうと思い立ったんです。
――なるほど。
川崎 : 子供の頃、耳にしていたテレビCMの音楽や映画のサウンド・トラックって現代音楽の変形バージョンだと思うんです。僕のルーツはこういった音楽にあると思います。乱暴な言い方ですけど、mouse on the keysのサウンドは、ハードコア・パンクなどに育てられた僕のドラムに、昔CMや映画なんかで聴いて慣れ親しんだピアノの音がミックスされて出来ていると言えます。そういうある意味キャッチーなものとアンダーグラウンドなものが混ざっている微妙なブレンド具合が、もしかしたらニコニコ動画で取り上げられたり、CMに使われたりっていうところに繋がっているのかもしれないですね。完全にオリジナルなものをつくるのは難しいですが、何にせよ、mouse on the keysは、借り物ではないものをやりたいと日々思っているわけです。今、喋りながら自分で分析してるんだけど(笑)。
――(笑)。いえ、分かりやすいです。有難うございます。
川崎 : まあ、そんな考えでこのバンドは始まったんですね。そして、最近は特に、この3人で、mouse on the keysというバンドとしてやってやろう、という意識が強くなってきましたね。
――それはなぜでしょう?
川崎 : まあ、単純に一人で作るのに疲れたのもあるんですけど(笑)。やっぱり、演奏する本人で作ったフレーズの方が、より生きた音楽になってきますし。だから、これからは、どんどんみんなに曲を作って欲しいと思ってます。
――今作でいうと、どういう分担になっていますか?
川崎 : 今回のアルバムで言えば、3曲目の「clinamen」って曲は僕がひとりで作ったんですけど、1曲目の「aom」って曲は3人で作りましたし、2曲目の「plateau」って曲はキヨと2人でまとめました。で、「memory」っていう最後の曲(※CDに収録)は新留くんに全部任せています。というか、丸投げですね(笑)。この曲はLevon Vincentっていうアメリカのアンダーグラウンド・ハウスのDJとのコラボレーションなんですよね。
新留 : いままで土台になる部分から丸々作るということがなかったので不安はありましたね。不安というか、マウス名義で出していいのかっていう気持ちですね。これまでの曲と違いすぎちゃうのもどうなんだろうと。マウスの新しい部分にもなりえて、逸脱しすぎないというか。そのバランスはすごく考えましたね。
川崎 : 僕としてはこの「memory」がこれからのmouse on the keysの可能性だと思ってるんですよ。というのは、いままでの曲はピアノを入れているわりにはバキバキしてると思うんですよね。本来ピアノっていうのはもっと空間に響くような楽器だと思うんですけど、そういう意味では「memory」はピアノらしい響きが活かされていて、こういうアンビエントな感じを今後もうちょっと増やしたいんですよね。だからこの曲は次の方向性のひとつのヒントだと思います。
――アルバム自体も、1曲目の「aom」が、前作までを踏襲した、いわゆる「mouse on the keys」というようなイメージの楽曲で、後半にいくにつれて、ちょっとずつ違う形に変容していって「memory」に自然に繋がっていくような印象を受けました。
川崎 : 勿論、「memory」のような曲ばっかり作っていくというわけではないんですけど、もっと人間味だったり温もりを出していければと思っていますね。こういうアンビエントでゆったりしたものが出来たということは、大きなヒントになったと思っています。次はこういう方向にいきたいっていうか、いくと思うんですよね。
――その変わっていくところをリアル・タイムで感じられることは凄く贅沢ですね。
川崎 : いえいえ。ただ、今後は、もっと呼吸や鼓動のようなものが伝わる楽曲を作っていきたいと思っています。今までは、まず曲を作って録音してからライヴでやるっていうことが多かったんですが、曲を作ってライヴをやってから一発録りしてみても良いかもしれないですよね。より人間らしい音を作ってみるのも面白いんじゃないかと。
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LIVE SCHEDULE
2012年7月21日 @ 渋谷 club asia
2012年7月27日 @ FUJI ROCK FESTIVAL 2012
PROFILE
mouse on the keys
2006年、川崎昭(ドラム、キーボード、ピアノ)と清田敦(ピアノ、キーボード)によりmouse on the keys結成。2007年、toeのレーベルMachupicchu Industriasより1st mini album『sezession』リリース。2008年『sezession』リリース・ツアーより新留大介(ピアノ、キーボード)加入。現在の3人編成が形成される。2009年、Machupicchu Industriasより1st フル・アルバム『an anxious object』リリース。2010年、ドイツのdenovali recordsより『sezession』と『an anxious object』をヨーロッパ圏を中心にライセンス・リリース。