2016/08/22 13:56

誰がカルロス・アギーレを聞いているのか?

H : 面白いなあと思うのは、今の時代にこんな遠い国の音楽を聴く人だから音楽好きには違いないけど、アルゼンチン音響派を聞いてた層と、今回の「素晴らしきメランコリーの世界」の世界観に反応している人たちがちょっと違いますよね。

I : 音響派とアギーレの音楽には、違うところの方が多いかもしれない。

H : そう言えば、アギーレの魅力は、それほど即興演奏にはないし、歌がある曲も多い。クラブ・ミュージック云々という聞き方とはかなり遠い。石郷岡さんの言葉を借りるならば、洗練と純朴が共存する美しい音楽...

I : クラシック音楽の素養が感じられるし、高いミュージシャンシップもある。作曲者としても非常にユニークで、彼のような曲を書く人に出会ったことがない。そして本人にお目にかかって感じたのですが、これだけ穏やかで繊細で思慮深い南米人っているんだな、と。こういう人格そのものが彼の音楽そのものなのだと。彼が真摯に美しさを追求する姿勢こそが結果的に多くの人の心に共感を呼ぶのだと思いますね。そしてナマで聴いた彼の音楽はジャンルと言う呪縛をほとんど感じさせないものでした。

H : 僕はコンサート行かなくて後悔組です(笑)。また来てくれるかな〜。今回の動きに反応した受け手としては、まず元々ブラジル音楽を好きな人が多かったという印象が。「それはおまえの回りはそういう奴ばかりだ」と言われればそうだけど、自分ではこの流れが、ブラジルにはエルメートやジスモンチといった演奏の神様みたいな人がいて安定して人気があるしな〜と、納得していたのですが、さっき自分がアギーレの音楽に対して言ったことが、エルメートやジスモンチには当てはまらない... 石郷岡さんが指摘した部分は当てはまる部分はあるんだけれども。あれ〜。アギーレと比較するなら、ジョビンの方がよっぽど共通点がありますね。

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ここでジョビン様のお言葉をひとつ。

「創造は、愛の行為です。すべての人々に通じ合えるなにかです。アーティストは、世界を悪くしてしまうようなものを作ってはいけない。おそらく僕には、ともに生きている人々に対する責任があるのだと思います」
(『アントニオ・カルロス・ジョビン ボサノヴァを創った男』エレーナ・ジョビン 著/國安真奈 訳』より)

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I : ブラジルのアーティストだと、ヘナート・モタ&パトリシア・ロバート(以下へナパト)はどうですか?

H : あっ、あてはまってます。すげ〜。

ヘナート・モタ&パトリシア・ロバート

I : ヘナート・モタ&パトリシア・ロバートも、これから10月末から来日公演があって山ブラ主催の山形公演もある。それに、実はそもそも後に河野さんと意気投合したのは、去年の4月の来日公演時に河野さんが山形公演に来てくれたことがきっかけで、その後山本さんや吉本さんと親しくなって、どんどん人の輪が広がっていったのですよ。

H : ヘナパトが去年山形で公演していなければ、この一連の動きは全くなかったかもしれないんですね。ヘナパト超重要! 最新作は、昨年の山形公演の8日後の鎌倉の光明寺でのライヴを録音した『イン・マントラ』。ライナー・ノーツは高橋健太郎さんですね。ヘナパトに関してはどんな思いをお持ちですか?

I : 彼らが日本で注目され始めたのは2004年の2枚組、『Dois em Pessoa』からだと思うのですが、私その頃からの大ファンでありまして、山形での公演が決まった時はもう放心状態でした。その『Dois em Pessoa』ですが、日本ではボサノヴァ的な(本人たちはSambasと記していますが)ディスク1が受けたのだと思います。しかしそれ以前の作品を振り返れば、彼らの音楽の本質はむしろディスク2の方にあるのだと私は思います。それはミナス的な自然を感じさせるナチュラルな音楽性、教会音楽のもつ透明で古典的な響き、そして素朴で優しい古曲への憧憬などです。彼らもまた、美しさを純粋に追求するハートに溢れていて、ジョビンのいう愛を持ったアーティストです。マントラと言う形をとっても根本的美意識は変わらないし、こういう精神性の高いものを指向することで、さらなる美の高みに到達していますよね。昨年の山形公演での2人は、音楽だけでは無くもう存在そのものが美しく親愛に満ちていて、しばらく自分の在り方に反省させられました。

■×■ヘナート・モタ & パトリシア・ロバート 『イン・マントラ』クロス・レビュー■×■

昨年の来日時に、鎌倉の光明寺で収録されたライヴ音源。彼らがMPB(※3)とともに取り組んでいるマントラを中心とした作品で、2008年の『サウンズ:平和のための揺らぎ』に連なるもの。ゲストに沢田穣治(コントラバス)、ヨシダダイキチ(シタール)。彼ららしい純粋で清潔な美意識に裏打ちされたマントラは、まさに「天上の音楽」である。率直に言って、私はMPBを演奏する彼らを支持していたが、そんな拘りこのアルバムで消え失せた。マントラという精神性の高い世界を志向することで、この作品は彼らのキャリアの中で最も美しいものとなった。沢田穣治さんのコントラバスが、凄まじく効果的。(I)
本作のベースとなったスタジオ・アルバム『サウンズ:平和のための揺らぎ』を初めて聞いた時には、驚いた。驚いたけれども、まとまった量の原稿を同作について書かなくてはいけなくて、平安を願うジョビンの世界に通じるという趣旨のことを書いて、先ほど引用したジョビンの言葉をその中でも引用した。芸術への愛に溢れた、本当に精神的な視野の広い2人だと思う。ライヴ録音の本作についてだが、ヘナパトの息づかいがしっかり捉えられていて、響きの中に入りこめばヘナパトの体の中に深く深く入り込んでいるじゃないかと錯覚してしまう。観客の暖かい拍手に我に戻る。聞き終えて、音楽の深遠さを共有した後には、溢れる程の充足感が。(H)

>>『イン・マントラ』特集ページはこちら

タイムレスな音楽

H : 石郷岡さんとお話させていただいて、3組に共通する世界が見えてきました。お話を伺いに来た甲斐がありました。

I : こういう音楽が10年代的な音楽の傾向の主流になるのかはわかりませんが、山ブラも「素晴らしきメランコリーの世界」も、今後も美しい音楽に感動していき、その感動をここここで、共有できればと思います。ジャンルや国境を越えた美しい音楽が、決して魅力を失うことがないタイムレスな音楽であることは間違いありませんから。ところで、もうこんな時間ですが、帰りの電車の時間は大丈夫ですか?

H : あ〜、話に熱中し過ぎて、時間のこと忘れてました。こんな僕もタイムレス。って違うか〜(by 中川家)。

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ジョビンは、こんな言葉も残しています。

「なにもかもがあっという間に過ぎてしまい、めまぐるしく変わっていくこの世界で、100年だの200年だのを口にするのは軽率なことです。でも、僕は思う。未来の人々は物事について、より精神的な視野を持つようになるだろうと」
(『アントニオ・カルロス・ジョビン ボサノヴァを創った男』エレーナ・ジョビン著/國安真奈訳より)

時代やジャンルや国境での区切りは無効になり、
精神的な視野を持つ、美しい音楽を追求する音楽家たちが、今求められている。

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H : 最後にブラジル関連の新譜を2つ紹介します。まずは、ヘナパトのヘナートがプロデュースしたchie umezawaの『flor de mim』。今作が3rdアルバムになりますが、これまで全てブラジル録音で、すご腕メンバーが録音に参加していて、毎回注目されてますね。

I : flor de mim』は、ヘナートの拠点のミナスでの録音で、マリア・ヒタのサポートを務めるピアノのチアゴ・コスタや、ベースのシルヴィーニョ・マズッカが全面参加。10月末のツアーには、チアゴ・コスタが来日してツアーがありますね。

■×■chie umezawa『flor de mim』レビュー■×■

個人的な白眉はchieとパトリシアの掛け合いでドリヴァルの名曲を歌うM-3。サンバ好きが大好きなサンバ讃歌なこの曲を、こんなにチャーミングに仕上げるとは。この曲のように、ヘナートのプロデュースには、この作品を意義のある作品にするんだという、彼の強い意志とchieへの愛情が感じられる。歌手chieのプライベートでの変化はわからないが、ネオボッサを背負った細い歌声が、母性が備わったMPBに似合う声に変わったという印象を本作を通じて受けた。ピアノのチアゴの演奏をはじめバックの演奏も素晴らしく、有名曲とそうでない曲のバランスも好印象。chieとヘナパトのこのコンビで、女性Vo.によるMPBの世界で遊び心と洗練の並存の可能性を探る冒険を今後も続けていって欲しい。(H)

H : もう1作品がピエール・アデルニの最新作『アグア・ドーシ』。

I : ピエールは、アレクシア・ボンテンポとのユニット「ドーシス・カリオカス」で今年4月に来日した時に、山形にも来てくれました。このアルバムに収録されてる「ヤマガタ」という曲は、ピエールが山形をイメージして来日前に作詞作曲し、山形公演で披露してくれた曲です。どうやらネットでみた銀山温泉の写真からイメージしたらしいのです。実はその写真かなり色調がおかしい代物なのですが、まあ言わぬが花でしょう(笑)。山形公演の時も銀山温泉に行きたたかったようですが、幸い(? 、笑)時間がありませんでした。ところでピエールは、クレジットは出ていませんが某衣料品メーカーのCMでも歌っているのですよ。

H : 黒●メ●サがコ●ビ●で買い物をしているCMですよね。

H : ブラジルからの来日と言えば、11月末のホベルタ・サー&ペドロ・ルイスの来日もお見逃しなく!

■×■ピエール・アデルニ『アグア・ドーシ』レビュー■×■

ピエール・アデルニにとって3枚目のアルバム。全編New York録音で、あのマデリン・ペルーとの共演という大きな話題もある。ピエール自身による作詞・作曲の曲と、共作者に曲を託し、作詞のみを担当した曲とがある。共作者として、エドゥ・クリエゲル、スエリ・コスタ、マルシオ・ファラコ、ガブリエル・モウラ、そしてワグネル・チゾなど素晴らしい作曲家たちがクレジットされている。実にしっとりした、抑制された美意識による作品である。朴訥な歌も渋い味わいになって来た。「僕はインスピレーションを重視して詩を書くのだ」と言っていたピエール。詩人としての才能も輝きを増している。ピエールの音楽は熟成が進んだ様だ。(I)

左 : 石郷岡 右 : 花田

(本稿は、既知の仲である石郷岡さんの了解の下、メールでのやりとりを経て、インタビューしに行った体で執筆しました。発言中に誤解を生む表現や、事実と相違する内容がある場合、筆者の至らなさによるものです。石郷岡さん、本稿の趣旨に乗っていただき甚大な協力をしていただきました。大変感謝しております。写真は、石郷岡さんがアギーレ公演で東京にいらした時に、撮らせていただいたものです。山形に行・き・た・い! ! !)

(注3) : ムジカ・ポプラール・ブラジレイラの略で、直訳すればブラジルの大衆音楽。だが、もっと狭義の意味で使われることが多く、その場合、ブラジルのポピュラー音楽の伝統を重視したポップスを指す。単に「ポップス」と言った場合、ブラジルでは欧米からの直接的な影響が大きいポップスを指すことが多い。

INFORMATION

ヘナート・モタ&パトリシア・ロバート ジャパン・ツアー2010 「イン・マントラ」

  • 2010/10/30(土)〈山形〉文翔館議場ホール
  • 2010/10/31(日)〈鎌倉〉浄土宗大本山 光明寺 大殿(本堂) ※マントラ・セッション
  • 2010/11/02(火)〈福岡〉アクロス福岡・円形ホール
  • 2010/11/03(水・祝)〈鎌倉〉cafe vivement dimanche
  • 201011/06(土)〈東京〉表参道 EATS and MEETS Cay ※マントラ・セッション

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chie umezawa with Tiago Costa “Flor de Mim” Tour 2010

  • 2010/10/28(木) @目黒パーシモンホール・小ホール
  • 2010/10/30(土) @下関BILLIE

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ホベルタ・サー&ペドロ・ルイス ジャパン・ツアー

  • 2010/11/17(土) @名古屋BOTTOM LINE
  • 2010/11/29(月) @恵比寿LIQUID ROOM
  • 2010/11/30(火) @恵比寿LIQUID ROOM

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PROFILE

石郷岡 学
山形ブラジル音楽普及協会(通称山ブラ)会長。
ブラジル音楽に軸足を置きつつも、幅広く音楽を愛します。都会でしか聴けないブラジル音楽を、山形に持ってくるために日々悪戦苦闘中。ライヴ、イベントを綱渡り的に主催しています。



花田 勝暁
元ラティーナ編集部。現在都内の大学院の修士課程に在学。
たまにしかライターのようなことをしないが、その9割5分はブラジル音楽関連。写真で石郷岡さんと僕が持っているCDはそれぞれ、ホドリゴ・マラニャォン『サンバ・クアドラード』と、ホベルタ・サー&トリオ・マデイラ・ブラジル『クアンド・オ・カント・エ・ヘーザ』。今年リリースされた傑作2作品です。ブラジル音楽シーンも盛り上がって欲しいという願いを込めて。

[インタヴュー] MARIANA BARAJ, Pierre Aderne, RENATO MOTHA E PATRICIA LOBATO, Renato Motha & Patricia Lobato, chie umezawa, ヘナート・モタ & パトリシア・ロバート, 中島ノブユキ

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