2015/10/16 21:17

総勢30名のスティールパン奏者! パノラマ・スティール・オーケストラの灼熱のグルーヴをハイレゾで!

パノラマ・スティール・オーケストラは、あらゆる年齢・職業のメンバーで構成された、トリニダード・トバゴ発祥のドラム缶打楽器、スティールパンの楽団である。今年行われた、初のスティールパン世界大会にて9位入賞という歴史的栄冠を勝ち取り、世界への新たな一歩を歩みだした。

そんな彼らの5thアルバム『WE ARE THE ONE』のハイレゾ版をOTOTOY独占で配信! 世界大会の入賞曲「火の鳥」を含む、全10曲を収録。そのリリースを記念し、バンドを率いる原田芳宏へのインタヴューを行った。乗り越えてきたさまざまな苦難、世界大会入賞という快挙についてなど存分に語られている。ぜひ、ハイレゾ音源とともにお楽しみいただきたい。

PANORAMA STEEL ORCHESTRA / WE ARE THE ONE(24bit/48kHz)
【配信形態】
ALAC / FLAC / WAV(24bit/48kHz) / AAC

【価格】
単曲 250円(税込)
まとめ購入 2,000円(税込)

【Track List】
01. WE ARE THE ONE
02. KI-BOW [Dedicated to Ludwig van Beethoven]
03. CARNIVAL IS IT!
04. 島風 [Dedicated to Satoshi Yamada]
05. PIGEON
06. YUYAKE-KOYAKE [Dedicated to 誠之小学校]
07. YOU ARE MY SUNSHINE
08. 火の鳥[DANCE OF PHOENIX]
09. MY DEAR SMILE [Dedicated to Nico]
10. ZOMBIE SOCA

INTERVIEW : 原田芳宏(Panorama Steel Orchestra)

カリブ海最南端の小国、トリニダード・トバゴ。この国を代表する楽器が、もともとはドラム缶を原料とし、〈20世紀最後のアコースティック楽器〉とも呼ばれるスティールパンだ。

そんなスティールパン・バンドの日本における先駆者がパノラマ・スティール・オーケストラ。リーダー / アレンジャーの原田芳宏によって結成されたのが98年。以来、日本屈指のスティールパン・バンドとして精力的な活動を続けてきた。

その一方で近年の原田は、白血病という重い病と戦いながら活動を続けてきた。そんな最中、トリニダードにおけるスティールパンの全国大会〈パノラマ〉の国際大会〈インターナショナル・パノラマ(International Conference and Panorama 2015)〉がトリニダードで初開催されることに。世界各地から30のパン・バンドが招聘されるなか(うち12がトリニダード)、パノラマ・スティール・オーケストラもアジアで唯一招聘されることになったのである。そして今年8月に行われた〈インターナショナル・パノラマ〉に出場したパノラマ・スティール・オーケストラは、なんと9位入賞という快挙を達成。あまりにドラマチックな入賞に至るまでのストーリーを含め、原田にじっくり話を訊いた。

インタヴュー& 文 : 大石始

毎日それに没頭しているからトランス状態になってくる

——原田さんが初めてトリニダードを訪れたのが96年ですよね。なぜトリニダードに行こうと?

スティールパンをパーフェクトにマスターして自分のものになったので、その後、修行し直す必要を感じてたんですね。それでトリニダードに行ってみようと。実際に行ってみたらそれまで僕が考えていたスティールパンとの関わり方と全然違ってたんです。老若男女みんながパンをやってるし、ミュージシャンだけが演奏する特別な楽器じゃなかった。それと、彼らは楽器を使ってコミュニティー活動をやってたんですよ。

——コミュニティー活動とは?

向こうの人がよく言うんですけど、スティールパンのバンドって100人規模でやってますから人種が融合するんですね。それとヴァイオレンスがなくなる。トリニダードにも鬱積したものを抱えた貧しい若者たちはたくさんいるわけですけど、スティールパン奏者はそこで彼らに〈音楽で戦え〉と言うわけですね。喧嘩のエネルギーをスティールパンに向かわせるんです。

原田芳宏

——96年はパンベリ、97年はスターリフトというバンドでスティールパンの全国大会である〈パノラマ〉の舞台に立ってますよね。

〈パノラマ〉は舞台に上がるまでがおもしろいんです。スティールパンのオーケストラに入るということは向こうのコミュニティーの一員になるということでもあって。だいたい2か月ぐらい前から毎日夜8時から深夜2時ぐらいまで練習するわけで、しかも同じ1曲を少しずつ作り上げていく。その過程で仲間意識も芽生えるし、毎日それに没頭しているからトランス状態になってくるんです。

——それこそ中に入ってみないと分からない感覚ですよね。

そうですね。最初はコミュニケーションを取るのも大変だった。みんな今と違って、外国人にどう接していいのか分からないんですよ(笑)。パンの練習場であるパンヤードにやってきた日本人なんて僕が初めてだったし、それだけでみんな驚いてましたね。

——98年にも引き続きトリニダードを訪れ、フェイズIIパン・グルーヴという名門バンドに参加されます。

ただ、練習には参加したんですけど、本番には参加できなかったんです。トラブルに巻き込まれちゃって……。結果的にそれが最後のトリニダードになってしまった。だから、当時は本当に懲り懲りという感じだったんです(笑)。あの頃のトリニダードは年々危なくなっていた時期だったし、僕自身、ちょっとトリニダードに没頭しすぎてた。それで日本に帰って自分のことをやろうと考えたんです。

初心者でも演奏できて、勝てる曲。それが目標だった

——それで98年に自身のスティールパン・バンドであるパノラマ・スティール・オーケストラを結成されますね。

僕はスティールパンと出会ったときから、この楽器を使って自分が何をすべきか分かっていたんです。僕自身日本で生きてきたわけですし、自然と日本ならではのものになるだろうと思っていたんですね。あと、自分が目指す音楽とトリニダードの流行の間に少しずつズレができていた。自分にとってソカはあまりおもしろいものじゃなかったし、もっと新しいものを作りたかったんです。

——なるほど。ところで、今回の〈インターナショナル・パノラマ〉の話はいつぐらいから聞いてたんですか?

向こうから出演依頼のメールがきたのが2013年でした。トリニダードにはもう行かなくてもいいかと思ってたんだけど、向こうから縁がやってきやがったわけです(笑)。さて、どうするかな? と思って仲間にその話をしたら、みんな行きたがって。それで行くことに決めたんです。ただ、なにせ相手はトリニダードだから、日本みたいに万事がスムースに進むわけじゃない。実際、2014年に開催予定だったのが延期になって2015年になったわけですしね。

パノラマ・スティール・オーケストラ

——いざ出るとなってもいろいろ大変ですよね。まず、出演規定である60人のバンド・メンバーをクリアしなくてはいけない。

パノラマ・スティール・オーケストラのライヴでビラを撒いたりウェブで告知もしましたけど、もともと「パノラマ・スティール・オーケストラで叩いてみたい」と思ってくれてた人たちが結構いたみたいで、メンバーを集めること自体は簡単でした。もともとのパノラマ・スティール・オーケストラのメンバーが30人ぐらい、公募が30人ぐらい。地方組もいますので、60人全員で練習することはできなかったんですけど、50人ぐらいでは練習しました。体育館を借りたり、あとはメンバーにお寺の娘がいるので、お寺を借りたり(笑)。

——練習の雰囲気はどんな感じでした?

みんなものすごく真面目だったし、熱かった。とてもいい雰囲気でしたよ。4月の後半から始めて約3か月間、少しずつ曲を作り上げながら最終的な完成型に向かっていったんです。今回はパノラマのメンバーじゃない初心者の方もいましたから、彼らの様子を見ながら書いていったんです。なおかつ、(インターナショナル・パノラマで)〈勝てる曲〉。初心者でも演奏できて、勝てる曲。それが目標だったんです。

——〈勝てる曲〉というのはどういったところがポイントになるんですか。

いくつかあるんですけど、まずはどれだけ聴き手にインパクトを与えられるか。トリニダードのプレイヤーはテクニックもあるし、いい楽器を使ってる。でも、我々はそんなにいい楽器じゃないし、テクニックもないわけで、武器は曲だけなんですよ。僕もここまで苦労して作ったのは初めてでしたね。

——そうやって作り上げた「Dance of Phoenix」という曲で〈インターナショナル・パノラマ〉に出演されたわけですけど、Phoenixというのは火の鳥であり、不死鳥でもありますよね。ここ数年の原田さんの境遇を思うと、ここにはかなり強い思いが込められているようにも感じるのですが。

そうですね。自分の病気のためにバンドが一時期活動できなかったり、メンバーが離れていったりいろんなことがありましたからね。そんなときにトリニダードから声がかかって、みんなで行こうということになった。そういうなかで書いた曲だったので、自然とこうしたテーマのものになったんでしょうね。この前、横浜のライヴで演奏したんだけど、みんな呆気にとられてましたね。世界で勝つために書いた曲ですから、曲のスケール感が日本とは全然違うんですよ。

——その「Dance of Phoenix」も収められたニュー・アルバム『WE ARE THE ONE』もみなさんがトリニダードに向けて旅立つ8月3日当日にリリースされました。

去年の12月ぐらいからメンバーがガラッと変わって、バンドそのものが脱皮し始めたんです。音がどんどん変わっていって、復活していったんですね。その段階でアルバムのレコーディングすることを決めたんです。レコーディング自体は3月に録り終えてたんですけど、せっかくだったら〈インターナショナル・パノラマ〉と同じタイミングで出そうと。

——『WE ARE THE ONE』というタイトルがまた象徴的ですよね。

ここ数年間いろんなことがあったわけですけど、それでも僕についてきてくれたメンバーがいて、まだバンドをやれてる。いい仲間だと思うし、そういう思いを音にしたかった。それでこういうタイトルにしたんです。

演奏が終わった瞬間、〈やったあ〉という気持ちよりも〈次はこれをやろう〉というアイデアが先に浮かんできた

——そして、アルバム・リリースの日にトリニダードへ。原田さんにとっては17年ぶりのトリニダードだったわけですけど、いかがでした?

もう胸がいっぱいでしたね。トリニダードに近づくと飛行機の機内アナウンスもトリニダード訛りになるんですね。それが懐かしくて。町中をタクシーで走ってると「あのパンヤードに昔通ってた!」「あそこにも行ってた!」って思い出すことばかりで…… 本当に胸がいっぱいだった。

——17年も経つと町中もずいぶん変わってたんじゃないですか。

向こうの人たちの生活レヴェルがものすごく上がってましたね。お金持ちになって豊かになってるし、治安もいい。みんな穏やかですしね。昔はもっとタフな国だったのに、中産階級の国になってた。びっくりしましたね。

——〈インターナショナル・パノラマ〉の期間中はパン・プレイヤー同士の交流もあるんですか?

みんなすごく仲が良くていい雰囲気でしたよ。ヒューストンの空港から「お前、あのバンドのヤツだよな?」みたいな感じ。あと、海外のバンドはトリニダードのバンドがホストとなって受け入れることになってたんですよ。僕らの場合はパン・デモニアムというバンドがついてくれたんですけど、すごく良くしてくれた。日本語で「インターナショナル・パノラマのご健闘をお祈りします」なんていう垂れ幕も作ってくれて(笑)。

——演奏当日はいかがでした?

サヴァナという大きな公園が会場だったんですけど、その公園のなかをゆっくり進みながらステージに向かっていくんですね。その間、どのバンドもリハーサルをやりながら進んでいく。僕らの噂はその前の段階で噂になっていて、テレビでも「日本のバンドがすごい」って繰り返し放送されていたんです。だから、ステージ前のリハの段階で人が集まってました。それも熱狂的な感じで、嬉しかったですね。

——ステージに上がるときも感慨深いものがあったんじゃないですか。

まあ、演奏が始まってしまえば普段のパノラマ・スティール・オーケストラと変わらなかったです(笑)。1曲8分間だから、一瞬で終わってしまった。ただ、「From Tokyo, Japan!」という演奏前のアナウンスを聞きながら「ここまできたんだな」という思いが沸き上がってきましたね。

——そして、結果は9位入賞。アジアのスティールパン・バンドが地元のバンドを押しのけて入賞したわけですから、紛れもない快挙ですよね。

満たされた感じがありましたよ。トリニダードの人たちが僕らの演奏を祝福してくれて、喜んでくれた。本番が終わってホテルに向かっていたら、いろんな人たちが「お前ら最高だったよ!」って声をかけてくるんです。新聞でも優勝したトリニダード・オールスターズじゃなくて、僕らが一面になっちゃった(笑)。考えてみたらすごいことですよね。

——ところで、今回の〈インターナショナル・パノラマ〉のようなスティールパンの世界大会は過去なかったんですか?

ないですね。毎年やってる〈パノラマ〉はトリニダード国内バンドのみの大会ですから。だからこそ、世界各地で話題になったんですよ。トリニダードにとっても一世一代の大会。どうやら向こうはスティールパンの歴史を変えようとしてるみたいですね。

——といいますと?

トリニダードにおけるスティールパンの文化は完全に熟しきってるんですよ。ネタも出尽くしてるし、完成してる。そこで新しい血が必要だと思ったんでしょうね。僕らの存在というのはまさに新しい血だったんです。国外の新しい血を入れて、スティールパン文化を活性化しようと。

——ただ、そういう動きに対してトリニダード国内から反発はなかったんでしょうか。

僕らの9位入賞に関しては「彼らにはその資格はない」と言い出す人たちがいましたね。「トリニダードのバンドが彼らに劣っているはずがない」っていう。

——ああ、やっぱり。

向こうにしてみると、僕らが9位に入賞するのは想定外だったみたいですね(笑)。他に入賞したバンドのなかにブルックリンのブルックリン・スティール・オーケストラとイギリスのエボニーとがいたんですけど、トリニダード出身者もたくさんいるバンドなんで、彼らが入賞するのは想定内。でも、まさかアジア人のバンドがこんな音を出すと思わなかったみたい(笑)。

——今後の活動に関してはどうお考えですか。

今、少し考えてるんですよ。向こうでパンヤードを作って……。

——えっ、本当ですか!

パノラマ・スティール・オーケストラ・インターナショナルを結成して、トリニダードのバンドと同じところでやってみたい。10年ぐらいかけてじっくりやっていけたらいいですね。今は新しいパンの文化が生まれようとしている時期で、パノラマ・スティール・オーケストラはその中心的役割を担ってるバンドのひとつだと思うんですよね。僕自身、〈インターナショナル・パノラマ〉での演奏が終わった瞬間、〈やったあ〉という気持ちよりも〈次はこれをやろう〉というアイデアが先に浮かんできた。パンヤードのことじゃなくて、アレンジのことであるとか、本当にいろいろ。そういう旅だったんだと思います。

——ちなみに、今回の〈インターナショナル・パノラマ〉出演に際しては莫大な経費がかかるということで、クラウド・ファンディングで募集をかけ、見事に達成されましたよね。そのことについてはいかがですか。

入賞したバンドのなかでスポンサーがついてないバンドって、パノラマ・スティール・オーケストラだけだったんですよ。他のバンドには石油会社や銀行がスポンサーでついてたんですけど、僕らの唯一のスポンサーがクラウド・ファンディングに参加してくださった方々だった。もちろん目標を金額を達成した嬉しさもあったけど、個人の方々が賛同して参加してくださったことに本当に感謝してますね。

——そういう方々も含め、〈WE ARE THE ONE〉だったわけですね。

そうですね! 言ってもらっちゃったな(笑)。

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PROFILE

Panorama Steel Orchestra

スティールパンで地上の楽園を産み出す、日本が世界に誇るオーケストラ。

中南米カリブ海トリニダード&トバゴ発祥の、キラキラと輝く音色のドラム缶楽器スティールパン。あらゆる感情をパンに乗せて解き放つスティールパン・マスター・原田芳宏が率いる、30人編成のスティールパン楽団。

結成は1998年。プロ・アマあらゆる年齢・職業のメンバーで構成され、これまで数多くのスティールパン・バンドのリーダーをも輩出してきた。結成より一貫して原田芳宏のオリジナル楽曲を演奏し、世界に向けてポジティブな音楽のメッセージを発信し続けている。また更にポップス、ラテン・ミュージックのカヴァーや、本格的なインプロヴィゼーションを加えて表現される日本的情緒を持った楽曲など、そのサウンドは包み込むような優しさと燃えたぎる激しさとを合わせ持つ、存在自体が生き物のような奇跡のオーケストラ。ひとたび音が鳴りだせば、そこには広々とした地上の楽園が現出する。

2004年のCDデビュー以来、新垣勉、伊藤ふみお、畠山美由紀、saigenji など多彩なゲスト・アーティストを迎え、4枚のオリジナル・アルバムをリリース。 FUJI ROCK FESTIVAL、朝霧JAMなど大型フェスにも出演。

2015年8月、本場トリニダードで行われた歴史的イベントとなる第1回スティールパン世界大会 〈International Conference and Panorama〉に公式に招聘され、メンバーを大幅に加えた60人の大編成でアジア代表として出演。トリニダードの名門バンドや世界の強豪を押し退け堂々の9位入賞の栄冠を勝ち取る。またピープルズチョイス・バンドとの評判も得る。この世界大会にあわせ、入賞をもたらした曲「火の鳥」を含む5枚目のアルバムを2015年8月にリリース。世界が認める日本スティールパン・ミュージックの最高峰として新たな一歩を歩み始めた。

Panorama Steel Orchestra Official HP

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