2012/12/25 00:00

Memory Tapes『Grace/Confusion』

デビュー作がピッチフォークでベスト・ニュー・ミュージックに選出。シンセ・ ポップ、ディスコ、アンビエントを混ぜ合わせた独特のサウンドで一躍イン ディー・シーンの重要アーティストとなったメモリー・テープス。全6曲約40分に及ぶ本作はレーベルメイトのトロ・イ・モワやホット・チップを 彷彿とさせるエレクトロ・ポップやコクトー・ツインズにも似た耽美な楽曲等多彩な世界観を持った作品に。

1. Neighborhood Watch / 2. Thru the Field / 3. Safety / 4. Let Me Be / 5. Sheila / 6. Follow Me

「聴く」ダンス・ミュージック

80年代にエレクトロ・ポップが流行った時期があったらしい。筆者はその時代にまだ生まれていなかったので、当時の雰囲気を体験したことはないのだが、テレビやネットで昔のエレクトロ・ポップがかかっていたころの映像を見ると、いつも派手な演出と大歓声に包まれていて、それ以来エレクトロ・ポップの「あの」シンセの音を聞くと、人々がきらびやかな光の中で踊っているバブリーな光景を思い浮かべるようになってしまった。もちろんこれは筆者の勝手な想像で、実状とは大きく食い違う所も多いだろうが、それでも80年代というのは、娯楽面に限って言えば今よりもずいぶん豊かな、言いかえれば賑やかな時代であったのではないだろうか。今作においては、そのころのエレクトロ・ポップを思い起こさせるシンセサイザーがフィーチャーされているが、Davye HawkことMemory Tapesというアーティストは、80年代のエレクトロ・ポップのアーティストとはずいぶん風貌が違う。その見た目は全くポップではなく、むしろうらぶれたロック・ミュージシャンという印象だ。ニュージャージーに住み、メインストリームの音楽シーンとは距離を置きながら一人黙々と曲制作を行っているという彼の孤高な生活ぶりは、SparklehorseのフロントマンであるMark Linkousを思い起こさせる。実際、音を聞いてみても、旧来のエレクトロ・ポップや、それに直接的に影響された音楽とはずいぶん違った印象を受ける。エレクトロ・ポップが持つダンス・ミュージック的な特性、すなわちビートやフレーズの反復があまり見られないのだ。通常、ダンス・ミュージックは反復を繰り返すことで、踊るためのグルーヴを生み出すものだが、この作品はドラマチックな曲の展開が非常に多い。「踊る」というよりは「聴く」ことに重点を置かれた作り方をしていると言えるのではないか。

本来大人数で踊るための音楽を、一人で鑑賞するためのものに変質させてしまったことは、この作品において、大変に奇妙で面白い効果を生んでいる。この作品が想起させるのは、実際に自分がダンス・フロアの人ごみの中で何時間も踊っている光景ではなく、「人々がフロアで踊っている動画」を、Youtubeを使って自分の部屋でいくつも見ている。といった様子だ。ある意味倒錯的ではあるが、この倒錯性こそが、このアルバムのオリジナリティになっているのは間違いないだろう。あえて、音量を下げてじっくり聴いてみることをおすすめする。(text by 上野山純平)

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PROFILE

元へイル・ソーシャルのメンバーでUSニュージャージー出身のデイヴィ・ホーク のソロ・プロジェクト。09年に発表したデビュー作は米音楽サイト、ピッチフォークで8.3点と高得点を獲得するなど、国内外で高く評価された。2作目『プ レイヤー・ピアノ』収録の「イェス・アイ・ノウ」のミュージック・ビデオが第54 回グラミー賞最優秀短編音楽ビデオにアデルやレディオヘッドらと共にノミネー トされ話題をさらった。

この記事の筆者

[レヴュー] Memory Tapes

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