2011/09/10 00:00

奇才Matthew Herbert、ONE三部作最終章『One Pig』配信開始!

Matthew Herbert / One Pig

ビョークやトム・ヨーク(RADIOHEAD)、コーネリアス、くるりなど、国内外のビック・アーティストを魅了してやまないダンス・ミュージック/サンプリング界の鬼才マシュー・ハーバートが、話題の三部作プロジェクト『ONE』シリーズの第三弾にして最終章を発表!

【Track List】
01. August 2009 / 02. September / 03. October / 04. November / 05. December
06. January / 07. February / 08. August 2010 / 09. May 2011

豚と私と具体音

 マシュー・ハーバート、この英国の鬼才はダンディーなヘア・スタイルの持ち主としてのみならず、日常生活で発せられる実際の音、所謂具体音をサンプリングして作曲に組み込む手法でも知られている。その特殊サンプリングによって紡がれるダンス・ミュージックは、静謐(せいひつ)と呪術性を兼ね備えた独特の軽さでもって、都市ガスの青白い炎のように夜毎揺らめく。数多の才人達の例に漏れず幾つかの名義を使い分ける彼が、本名Matthew Herbertとして発表し『ONE』三部作の最終章を飾るのがこの『One Pig』である。

 タイトル通り一匹の豚の誕生から死まで、更には人間に調理、食されるまでの過程を録音した素材で制作された本作を、単純にこれまでのミュージック・コンクレートな作風を拡張させたとみるかどうか。私はむしろ、本作がハーバートにおけるパラダイム・シフトであると言っても過言ではないと思う。そもそもハーバートは本当に耳の良い音楽家である。だからこそ彼は凡庸な楽器、機材に飽き足らず具体音にまで触手を伸ばした。しかし彼の作曲家としての優れた技量を前にしては、正直ハウスのビートがキックであろうがキッチン用品であろうが、私はあまり気にしないし重要な問題ではない。彼にとっても具体音とはそこに在るべき音であり、つまり楽曲を構成するのに適切な音として求めていただけだろう。その意味で本作並びに『ONE』シリーズ全体における具体音と、それまでの彼のキャリアにおける具体音とは性質が違う。豚の生涯と不可避な運命の表象として記録、編集された本作の音は当然楽曲を構成する要素として存在はするが、楽曲と音の関係性でみれば作曲の為の具体音と言うよりは具体音の為の作曲なのである。

 果たしてコンセプトと録音素材が、作曲に対して実際にどれだけの影響を与えたかは分からない。しかし豚の鳴き声や環境音の生々しさが醸し出す雰囲気と、そこから立ち上がるドラマティックなメロディーを聴き進めていけば、否が応でも豚の生涯へと思いを馳せてしまう。そう、本作はドラマティックだ。生とは如何にドラマティックなものであるかを訴えかけてくるかのようだ。それでいて先日引退した深イイ彼のような説教臭さもない。曲名が全て「August 2009」といった西暦と月のみで、単純なインデックスとしての機能に徹している点に、そんなハーバートのセンスが光る。必要以上の演出は控える彼のこの手の知性は、一方で豚の生涯の匿名性を強化する。概念は名付けることによって生まれるわけだが、ここにあるのは定点観測的な音のドキュメントで制作された楽曲だけであり、固有名詞や形容詞を介在しない。お気づきの通り、ある種「誰でもない」匿名性とは、言い換えれば「誰でもある」ということでもある。最後から二曲目、人が豚を調理し食す録音素材が使われた「August 2010」、このトラックに一連のドラマが収斂(しゅうれん)していく。この曲を聴く時、恐らく貴方は走馬灯のようにこの豚の生涯と結末をふと考えてみて、恐らくすぐにやめるだろう。人は豚を食って来たし、これからも食う。狂牛病が流行れば牛丼屋だって豚丼を出したじゃないか。むしろ「あら、あっさりしててこっちの方が好みだわ。」なんて声も多い。豚について、考えたところでどうなるのだ。所詮、私は人であって豚ではない。飛べない豚以前に、圧倒的に人である。ただただ無言で語りかけて来るこの音楽を前にして、我々はこうして人と豚との距離を知覚し、それは決して近くなるわけでもなく、豚を通して生死それ自体が持つドラマに引き込まれる。気付くと我々自身の、つまり人生の具体音に耳を澄ましているのである。

 『One Pig』は、具体音を知り尽くしたハーバートだからこそ制作できた作品である。具体音だからこその説得力を持つ。そろそろミュージック・コンクレートの頁の最下部に、「マシュー・ハーバート : 豚の生涯を素材として、音響表現を拡張した現代音楽家。」として、この男の名を書き連ねる時が来た。

(text by 木村 直大)

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PROFILE

Matthew Herbert
1972年、BBCの録音技師だった父親のもとに生まれる。幼児期からピアノとヴァイオリンを学ぶ。エクセター大学で演劇を専攻したのち、1 9 9 5 年にWishmountain名義で音楽活動をスタートさせる。以降、ハーバート(Herbert)、ドクター・ロキット、レディオボーイ、本名のマシュー・ハーバートなど様々な名義を使い分け、次々に作品を発表。彼の作品はミニマル・ハウスからミュジーク・コンクレート、社会・政治色の強いプロテスト・ポップに至るまでジャンル、内容を越え多岐に亘っている。また、プロデューサーとしても、ビョーク、REM、ジョン・ケール、ヨーコ・オノ、セルジュ・ゲーンズブール等のアーティストのプロデュースおよびリミックスを手掛けている。2010年、本名であるマシュー・ハーバート名義で「ONE」シリーズの第一弾で、自分という一人の人間で全てを作る作品『ONE ONE』を発表。同年秋、第二弾としてあるクラブでの一晩にスポットを当てた『ONE CLUB』をリリース。そして、2011年夏、ある一匹の豚の一生涯を追った「ONE」シリーズの最終章『One Pig』がリリースされた。

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[レヴュー] Matthew Herbert

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