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8.15 世界同時多発フェスティバルFUKUSHIMA! @福島市 四季の里&あづま球場
原発事故という不名誉な形で世界中にその名を知られることになった福島。その「FUKUSHIMA」という名前を再びポジティヴな意味に転化していく最初の一歩として開催されることになったのが、この「世界同時多発フェスティバルFUKUSHIMA!」だ。開催決定からわずか4カ月ほどの短い準備期間を経て、いまいち全貌が見えてこないまま当日を迎えたこのフェスティバルに、県内で生まれ育った筆者は期待感とはまた別のなんとなく落ち着かない気持ちを抱えたまま、二本松市内にある実家から父の運転で向かうことになった。
到着したのはオープンとほぼ同時刻。メイン会場のひとつである<四季の里>には既にいくつもの出店が並んでいる。会場全体に大風呂敷を敷く準備が始まったことを見届けてから、友人と会場近くのコンビニに寄ると、店内を飛び交うおにやんまに一部が騒然としているところだった。入場料もなければ整理券も配られていないこのフェスティバルは、どの程度の集客が見込めるのかも未知で、とりわけ県外からどれだけの人がやってくるのは気がかりだった。しかし地元の人間からすれば標準サイズのおにやんまにビビりまくる彼らは、まず間違いなく他の地域から足を運んできた者だろう。自分が少しほっとしていることに気づきながら、会場に戻る。
敷地内の芝生は既にほぼ全面が様々な柄のパッチワークで覆われていた。全国各地から寄せられた色とりどりの布地を縫い合わせたこの総面積約6000㎡の大風呂敷は、瞬く間に<四季の里>をお祭りムードに染め上げた。繋ぎ合わされたひとつひとつの風呂敷を見ていくと、福島に向けてのメッセージが添えられたものがいくつも見つかる。表面汚染を防ぐために生まれたこの「福島大風呂敷」は、全国各地の思いを福島に集め、縫い合わされ、来場した人々の手によって広げられ、<四季の里>を美しく彩っていた。代表のひとりである大友良英が後日このフェスティバルを「風呂敷を縫うようにしてできたフェスだった」と振り返ったように、会場全体に広がった大風呂敷は、まさにこの『世界同時多発フェスティバルFUKUSHIMA!』の象徴だったと思う。
11時を過ぎると会場のいたる所からいくつもの音色が聞こえ始める。「音楽解放区」となった<四季の里>で県の内外から集まったミュージシャン達が、弾き語りはもちろん、バンド演奏、あるいは合唱やダンスといった思い思いのパフォーマンスを始めたのだ。少し前まではどういう気構えで臨んでいいのかわからなったフェスが、この「音楽解放区」によってまさに解き放たれた瞬間だった。一気に会場全体がピースフルな雰囲気で包まれていく。しかし、「音楽解放区」が始まってからまだ1時間も経ったかというところで、会場は突然のスコールに襲われる。来場者はもちろん、それまで各所で音を鳴らしていた者達も慌てて雨がよけられる場所に駆け込んでいき、それまで賑やかだった大風呂敷の上にはほとんど人がいなくなってしまう。雨上がりを待つテントの下で、ギターを手に歌い出す者が現れ始めた。雨宿りの狭い空間で歌われれば、当然ながら歌はよりダイレクトに聴こえてくる。逃げ込んだテントの下でたまたま耳にしたそれはやはり福島の現状を歌ったもので、それをぼんやりと聞きながら周囲の人々と会話を交わしている間に、雨はあがっていた。あのまま雨が降り続けていたらイベントの進行はどうなっていたのか、今となってはわからないが、あの雨宿りの下で交わされたいくつものコミュニケーションは、その後のフェスのムードを決定づけるとても重要なものだったと思う。
一気に晴れ渡った空の下で、「オーケストラFUKUSHIMA!」の準備が始まる。一般公募によって集まったのが200人強。それに当日になって参加した者を加えると果たして何人がこのオーケストラに参加したのか、正式な数は定かではないが、その中にはこれから出演を控えたプロのミュージシャン達の姿も多く見える。子供から老人までがそれぞれ持ってきた楽器を手に指示を待つ中、指揮者の大友が登場。彼が指した者からひとりずつ音を出し始める。演奏は少女の弾くピアニカの音から始まった。そこからの演奏がどんなものだったかはとてもここでは表現しきれないが、数百人が大友の動きを見つめながら各々の音を出していく中で巻き起こる凄まじいダイナミクスに、見つめる者からは歓喜の声と拍手が上がり、中には涙を流している者もいた。
「オーケストラFUKUSHIMA!」の演奏が終わると、すぐに「福島群読会2011」の発表が始まる。大友、そして遠藤ミチロウと共にフェスの代表を務める詩人・和合亮一が中心となり、いまの福島を語った言葉をいくつも繋ぎ合わせた連詩が、何人もの声で発せられていく。その声には聴衆に3月11日から時が止まったままの福島を改めて突き付けてくるような辛辣さがあった。オーケストラにあったのが喜びと興奮だとしたら、この群読会にあったのは怒り、悲しみ、そして未だに止まない混乱だった。
このあとはもうひとつのメイン会場である<あづま球場>も含めた3つのステージで、いくつもの壮絶なライヴ・パフォーマンスが展開されていった。やはりここからのプログラムに標準を合わせて来場した人は多かったようで、会場内の人口密度も明らかに高くなったし、実際に観ていないので定かではないが、恐らくUSTREAMの視聴者数もその辺りから増えていったのではないかと思う(翌日の発表によると、来場者数は両メイン会場を合わせてのべ約13,000人、USTREAMの最大瞬間視聴者数は6,541人だったそうだ)。
『フェスティバルFUKUSHIMA!』の本質的な部分は、<四季の里>に広げられた大風呂敷、そして「オーケストラFUKUSHIMA!」と「福島郡読会2011」というふたつのプログラムに集約されていたように感じたが、このあとに行われたアーティスト達の演奏はどれもが本当に素晴らしいものだった。それはそうだ。彼らはみな、アーティストとしていまの福島で表現すべきものを見つけ出し、それぞれの覚悟を決めて、自らの足でこの会場まで駆け付けているのだ。あるいは、彼らの鬼気迫るパフォーマンスは福島という場所が引き出したものとも言えるだろう。それは県内外からの来場者にしてもそうで、大雨に打たれ、大風呂敷の上で寝転び、いくつものパフォーマンスを目の前にしてそれぞれが感じたものは、間違いなく福島という場所でしか得られないものだったと思う。
また、この日はアーティストのパフォーマンス以外に、放射線衛生学者・木村真三博士の調査報告会も行われた。音楽や詩といった文化的な側面から原発事故以降の福島と向き合おうというこのフェスティバルに、科学者である彼が全面的に関わったことはとても大きかった。彼が会場内の線量測定に立ち会い、表面被爆への対策として大風呂敷を提案したことは、ノイズ・ミュージシャン、詩人、そしてパンク・ロッカーという一見ばらばらに思える3人の呼びかけから始まった今回のプロジェクトに強い説得力と具体性を与えていたと思う。この日、木村博士は舞台上でチェルノブイリでの体験を語り、除染を訴えたあと、自分はこれから福島に移住する予定だと聴衆に伝えていた。
今回のフェスティバルは県外にいまの福島を知らせる大きな機会になったし、県内から集まった者にとっては自分が福島の人間であることを再認識させられる瞬間が何度もあったのでないかと思う。そういえば会場内でたくさんの友人と再会した。「お前の家の辺りって、けっこう線量高いんじゃないの?」「そうだねー。そういや、あいつのことは知ってる? いま避難しているって聞いたんだけど」みたいな話をごく自然に交わす。世紀の大問題と自分の個人的な会話がいつの間にかごちゃ混ぜになっていることに少しだけ困惑しながらも、会場にいるすべての人がこの野外フェスティバルを通じて今の福島と真正面から向かい合っていることを全身で感じていた。終戦から66年目の8月15日。原発事故の地として知られたFUKUSHIMAは、日本のどこよりも先に3.11以降の新たな生き方を模索し始めていた。
(Text by 渡辺裕也)
(Photo by 佐々木亘)
ライヴ概要
日時 : 2011年8月15日(月)
会場 : 福島市 四季の里、あづま球場
入場料 : 無料
主催 : プロジェクトFUKUSHIMA!実行委員会
パート1 / 「福島大風呂敷」 (9:00~11:00 四季の里)
パート2 / 「福島音楽解放区」 (11:00~14:00 四季の里)
パート3 / 「オーケストラFUKUSHIMA! & 福島群読団2011」 (14:20~ 四季の里)
パート4 / 「メルトダウンFUKUSHIMA!」 (15:40~21:00 四季の里&あづま球場)
東京ボアダム×FUKUSHIMA! @秋葉原CLUB GOODMAN+STUDIO REVOLE
2011年8月15日20時過ぎ、オフィスのスピーカーからは福島で行われている本家「FUKUSHIMA!」の中継が流れていた。その中継にせかされながら、私も秋葉原GOODMAN+REVOLEで行われている「東京ボアダム×FUKUSHIMA!」に向かうべく仕事を片付けた。やっと会社を出る準備が整ったところで、七尾旅人の「Rollin’ Rollin’」が流れ始める。やけのはらのラップ部分を原田郁子が担当し、さらにそこに向井秀徳が続く。視覚的な情報がない分、その意外な人物の登場は突然だった。福島で今起こっていることを想像しつつ、これから全く別の場所で起こる同じ名のイベントへ向かうことに妙な感覚を覚えながらも、会社を出、電車に乗り、秋葉原へ足を速めた。
到着したのは21時過ぎ。16時よりオープンしていたので、ほとんどのバンドが出終わったところだった。人で溢れ返るGOODMANでは、演奏者の姿は見えないが何やらプロジェクターに映像が映っている。映像があるということは、yudayajazz+HIKOだ。yudayajazzが鳴らす黒く荒んだノイズに、ハードコア・バンド、GAUZEのドラマーであるHIKOの破壊的なドラムが重なる。着いてそうそうすごいものを見せられた。観客も、早くから飲んでいる風の人は踊り狂い、私と同様に着いたばかりの人は唖然と立ち尽くしていた。
そして地下のスタジオ、REVOLEへ移動。GROUDNCOVER. が時間を押して始まった。しかしこの部屋、人の密集度が尋常ではない。「破壊した後の喪失感と爽快感」が癖になるGROUNDCOVER. のライヴだが、暑さで私の感覚がまどろみはじめていたせいだろうか。この日のライヴはダウナー系のドラッグのような気味悪さを持っていた。彼らのライヴを半分ほど見終え、KIRIHITOのために再びGOODMANへ戻る。それほどモッシュが起こるバンドではないが、この日はステージ前に男たちが群がり大暴れしていた。前にKIRIHITOのライヴでモッシュを見たのはいつだったかと考えると、2009年の東京大学でのライヴ、それも東京ボアダムだった。東京ボアダムの客がモッシュを起こしやすいのか、KIRIHITOと東京ボアダムの相性がいいのか、その両方か。
そして最後の赤い疑惑のためにREVOLEへ戻る。しばし見て、しばし外で休憩し、またしばし見ては外へ出るを繰り返しながら彼らのライヴを楽しんだ。彼らのライヴを長時間見るのは私にとって少し辛いことなのだ。アクセル長尾が書く詞には不器用な大人がそのまま映し出されていて、聴きながらあまりにもやりきれない気分になる。長年のキャリアとは裏腹に、演奏はなかなか上手くならない。それでも多くの音楽ファンが彼らに求心するのは、彼らの音楽がそのまま彼らの生き様だからだろう。ドキュメンタリー映画を見ているようで目が離せないのだ。5分、たった5分のライヴを見れば、赤い疑惑の魅力の9割は知ることができる。残りの1割は、痛みに耐えながら彼らのライヴを最初から最後まで見たものにしか知ることができない。つまり、私はまだ赤い疑惑を十分に知ってはいない。
アクセル長尾が「戦争には負けた」と歌った。そこでやっと、今日が終戦記念日であることを思い出す。多くの人気のあるバンドが多数出るこのイベントで、なぜ彼らがトリを務めたのかわかった気がした。今年始まったばかりの「世界同時多発フェスティバルFUKUSHIMA!」。同時開催に挙手したイベントは世界各国から100近く。来年も行われるのだろうか? 一年経てば、原発問題は解決せずともその地域以外の者にとっては新鮮な話題ではなくなる。だからこそ、続けられなければならない。一端ではあるが、2011年に「世界同時多発フェスティバルFUKUSHIMA!」を目撃しておいてよかった。これからも続く「PROJECT FUKUSHIMA!」を追い続けて、来年には福島県で行われる「FUKUSHIMA!」に行きたいと強く思う。
(Text by 水嶋美和)
(Photo by タカミジュン )
ライヴ概要
日時 : 2011年8月15日(月)
会場 : 秋葉原 CLUB GOODMAN+STUDIO REVOLE
開場 / 開演 : 16:00 / 17:00
出演 : KIRIHITO、ECD RUMI&SKYFISH、BOSSSTON CRUIZING MANIA、Limited Express(has gone?)、GROUNDCOVER.、L?K?O、TACOBONDS、worst taste、MELT-BANANA、yudayajazz+HIKO、見汐麻衣、Alan Smithee's MAD Universe、日比谷カタン、平井正也全身バンド、赤い疑惑
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LIVE REPORT 2012/3/30 高畠俊太郎
[LIVEREPORT]・2012年04月10日・
3/30@下北沢440「headLine vol.25」「headlineへようこそ~」という主催者、高畠俊太郎のごきげんな挨拶から始まったheadline vol.25。2005年7月から始まり、もうすぐスタートから7年になるのだが、毎回素敵なゲストを迎え、抜群の安定感を誇るイベントになっている。今回の対バンは盟友、近藤智洋率いる、近藤智洋&ザ・バンディッツ・リベレーションだ。高畠&近藤はこれまでに何度も共演したり、一緒に長いツアーを回ったりしている者同士。お互い、仲間であり、尊敬するミュージシャンだと思っていることが会場内にも伝わって来て、ライヴ・スタート前から客席の雰囲気もすこぶる良い。
「雨色のギター」で始まった先攻の近藤智洋&ザ・バンディッツ・リベレーション。近藤がアコギとピアノで紡ぎ出す柔らかいメロディに、高橋浩司(Dr.)、Hisayo(Ba.)、山田貴己(Eg.)それぞれが鳴らす音が溶け合い、そこに佐田智のサックスが色とメリハリをつけていく。このバンドを線で表すとすれば、なめらかな曲線だ。高揚感溢れる曲もぐっと落ち着いた雰囲気もあるけれど、そのつながりはすうっとスムーズに流れていく。メン
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LIVE REPORT 2012/2/23 畠山美由紀
[LIVEREPORT]・2012年03月14日・
2/23@渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール2月23日木曜日の夜。平日だというのに渋谷の駅前は相変わらずの人の波だ。雨が降っていたのだろうか、道が濡れている。冬場に似合わぬしっとりとした空気の中5分ほど歩くと、会場である文化総合センター大和田さくらホールに到着。駅前の喧騒を忘れる程の静かで落ち着いた場所だ。この日は、昨年12月にリリースされたアルバム『わが美しき故郷よ』のレコ発ツアーの最終公演。畠山美由紀は、東日本大震災の被災地である宮城県気仙沼市出身のシンガー・ソングライターだ。生きる喜びと悲しみを、表現豊かな声で歌う。ツアー名ともなっている『わが美しき故郷よ』とは震災後「こんな状況だからこそ曲を作ろう」という意志のもと、約9か月の制作期間を経て出来たアルバムだ。
会場内に入ってみると、スーツを着た仕事帰りの人や年配のご夫婦など年齢層は少し高め。しんと静まった会場に思わず気持ちが引き締まり、背筋がぴんと伸びた。中島ノブユキ(Pf)、小池龍平(Gt)や栗原務(Ds)とバンドのメンバーが先にステージに上がり、続いて畠山美由紀がステージに登場する。1、2曲目は「その町の名は」から「風の吹くまま」と、
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LIVE REPORT 2012/1/27 bloodthirsty butchers
[LIVEREPORT]・2012年01月30日・
1/27 【HMV GET BACK SESSION】 bloodthirsty butchers@渋谷WWW
「古くもなく、新しくもなく、未来に捧げているってことだ。… 何言っているんだろうな。」ダブル・アンコールに登場した吉村秀樹(Vocal/Guitar)は、2日間の緊張から解き放たれたかのように『未完成』を選んだ理由をそう語って笑った。
ここ数年、Dinosaur Jr.やPrimal Screamなどの海外アーティストによる再現ライヴがトレンドになっている。アーティスト本人が自身の過去作を収録順どおりに再現する、いわゆる「名盤再現ライヴ」。ここ日本でも、HMVの企画による再現ライヴ・シリーズ『HMV GET BACK SESSION』が始まることとなった。そのこけら落としに選ばれたのが、1987年に結成し、今も最前線を走るbloodthirsty butchers(以下、ブッチャーズ)。再演されるアルバムは、1999年にリリースされた『未完成』だった。 定刻を10分くらい過ぎてから、暗転とともにステージに登場した4人。少し飛び跳ねながら出てきた吉村だったが、どこか緊張しているように見えた。静かに
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LIVE REPORT 2011/12/01 近藤智洋&ザ・バンディッツ・リベレーション
[LIVEREPORT]・2011年12月28日・
2011.12.1 近藤智洋&ザ・バンディッツ・リベレーション@下北沢440
2005年7月にPEALOUTが解散したのち、近藤智洋はすぐにソロ活動をスタートさせた。その後、現在までの数年は弾き語りとバンド・スタイルを並行したライヴまみれの日々に明け暮れ、ソロ以外の別バンドであるGHEEEのライヴも含めれば、年間の公演数は優に100本を超える。そんな彼が約1年半前に結成したのが近藤智洋&ザ・バンディッツ・リベレーションだ。PEALOUT以来の盟友・高橋浩司(ds)をはじめ、Hisayo(b)、佐田智(sax)、山田貴巳(g)からなるこのバンド初のワンマン・ツアー、東京編の模様をレポートする。
オープニングは「バンディッツのテーマ」。近藤の軽快なアコギとヴォーカルにファンキーなバンド・アンサンブルが重なる名刺代わりの1曲で、間奏のメンバー紹介も華麗にキマり、早くもコンディションのよさが窺える。続くミッド・ナンバーの「雨色のギター」「Power of Dreams」では、この編成になってからの持ち味と言える温かみのあるアコースティック・サウンドが印象的に響く。佐田のサックス・ソロが場をグッと盛り上げ、山田の
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LIVE REPORT 2011/11/03 クラムボン
[LIVEREPORT]・2011年11月19日・
11/3 クラムボン @ 両国国技館
満員御礼の国技館で披露された、クラムボンの過去と未来
歴史を感じさせる蕎麦屋の近くに前衛的なデザインの博物館が建ち、遥か遠くには東京スカイツリーを臨む両国。この20世紀の面影と21世紀の風景が共存する不思議な街は、普段は見かけない若者達で溢れかえっていた。昭和の香り漂う両国国技館が、今回のライブの舞台だ。
ステージと客席が見渡せる2階席に座ると、普段は土俵が鎮座している場所に設けられたステージと、それを取り囲む客席が目に入る。メンバー3人が向かい合えるように機材が配置されたステージは、バンドの一体感を重視したマイルス・デイヴィスのステージを髣髴させる構成だ。一方、客席は「白い服を着てくること」という事前のアナウンスに応えた観客で真っ白に染められている。彼らを愛するファンの多さを象徴する光景だ。
この日のステージは、「両国の幽霊」を名乗る噺家、林家彦いちの前振りで幕を開けた。彼は軽妙な冗談で場を和ませ、手拍子で観客を煽りたてる。そうやって会場が暖められたところに、観客の服装と同じ、白い衣装を身に纏った3人が、和服を模した柄のポンチョに包まれて登場した。ネイティブ・ア
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LIVE REPORT 2011/11/03 miaou×NOT SQUARES
[LIVEREPORT]・2011年11月18日・
11/3 miaou×Not Squares JAPAN TOUR @名古屋 K.D Japon
Art Of Fighting、Below The Sea、epic45などなど、これまで各国のバンドとともにスプリット・ツアーを展開してきたmiaou。ニュー・アルバム『The day will come before long』のリリースに伴い、今回敢行されたのは、2006年に共演したTracer AMCのメンバーによる北アイルランドのトリオ、Not Squaresとのツアーだ。11月前半に東名阪を回ったツアーから、初日の名古屋 K.D Japon(以下、ハポン)でのライヴをレポートする。
10月のプラネタリウムでのライヴを経て、今度はハポンでの演奏となるmiaou。その音楽がどのシーンにも入り込めるのと同様に、ハコの形態を苦にしない柔軟な適応力がこの日も活きていた。お客さんとの距離がかなり近く、ステージと客席との境目が存在しないハポン。演奏スペースにはたくさんの楽器が所狭しと並んでいる。そんな中、1曲目の「small dream」から落ち着いたパフォーマンスで見せていく。続く「own your colo
LIVE REPORT 9/28-29 ソウル・フラワー・みちのく旅団 被災地ライヴ・ツアー
[LIVEREPORT]・2011年11月05日・
9/28-29 ソウル・フラワー・みちのく旅団 被災地ライヴ・ツアー
震災から半年以上が過ぎて、被災地にいない人間は震災のことも意識の中から薄らいでいるかもしれない。また、原発事故から起きた様々な問題により身動きが取れなくなっている人もいるかもしれない。しかし被災地は復興にはまだ遠く、そしてそこで生きている人々がいる。ソウル・フラワー・ユニオンは、そこで生きる人々の現場に行き続ける。何度も現場に行き、現地の人々との繋がりを深くしていく。続けること、繋がっていくこと。それがいかに大切か。ソウル・フラワーの活動から、私はそれを教わり続けている。
5月17日から19日の第1回、6月21日から23日の第2回に続いて、“ソウル・フラワー・みちのく旅団 被災地出前ライヴ・ツアー”の第3回が、9月28日と29日に行われた(他にもリクオとのソウル・フラワー・アコースティック・パルチザンで被災地ライヴを行なっている)。ツアーは宮城県の3ヶ所。前日の27日は仙台のLive House enn2ndで、“ホモサピエンスはつらいよ ツアー・ファイナル”が行われ、そのライヴに行けなかった私は28日の午前に仙台のホテルで合流。前
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LIVE REPORT 2011/08/01 コンゴトロニクス
[LIVEREPORT]・2011年08月14日・
8/1 コンゴトロニクス(コノノNo.1+カサイ・オールスターズ)with フアナ・モリーナ、スケルトンズ
2000年代に入り、一つの大きな流れが音楽の世界を席巻し始めている。欧米中心だったロック~ダンス・ミュージックのシーンに、中東、アジア、アフリカや南アメリカのサウンドが浸透してきたのだ。今年のFUJIROCK FESTIVALでもそういった地域で活動するアーティストの出演が多かったように、日本にも徐々にその流れがやってきている。その中でも最も代表的なアーティストの一つが、中央アフリカ、コンゴ共和国出身のバンド、コノノNo.1とカサイ・オールスターズだ。アフリカ特有の呪術的で土着的なビートを基本にしながら、ギターやリケンベと呼ばれるコンゴの親指ピアノをアンプにつなげ、エレクトリックで強力なダンス・グルーヴを生みだす。そしてこの夏、この2バンドが合体し、出身地であるコンゴとエレクトロニクスをあわせた造語である「コンゴトロニクス」として来日することになった。
2011年8月1日、渋谷CLUB QUATTOROにて行われたコンゴトロニクスのライヴ。前々日のFUJIROCK FESTIVALでのライヴを2
LIVE REPORT 2011/07/23-34 東京BOREDOM in KYOTO
[LIVEREPORT]・2011年08月10日・
7/23-24 TOKYO BOREDOM in KYOTO@club METRO
2011年7月23日(土)-24日(日)会場 : 京都川端丸太町Club METRO出演 : FLUID / TACOBONDS / BOSSSTON CRUIZING MANIA / Alan Smithee''s MAD Universe / TRIPMEN / SuiseiNoboAz / and Young… / VELOCITYUT / DODDODO / キツネの嫁入り / odd eyes / skillkills / イデストロイド / のうしんとう / ワッツーシゾンビ / bonanzas / UltraFuckers / ドラびでお / JAILBIRD Y/ BIOMAN(from:neco眠る) / 真保☆タイディスコ / KA4U / deejayおしゃれ / 非常階段 / ULTRABIDE / GROUNDCOVER. / Limited Express (has gone?) / worst taste / ふつうのしあわせ / ゆーきゃん / したっぱ親分 / PANICSMILE /
LIVE REPORT 2011/07/29-31 FUJIROCK FESTIVAL'11
[LIVEREPORT]・2011年08月07日・
7/29-31 FUJIROCK FESTIVAL'11
帰路に就くと途端にやってきた強烈な眠気と疲労。なんで苗場にいる間はあんなに元気なのか自分でも不思議だが、それにしても3日間よく歩き回った。今年も大雨に見舞われたフジロック。とはいえ、開催期間中に新潟県が記録的豪雨による被害に遭ったことを考えると、3日間ほぼ滞りなくフェスが敢行できたのは奇跡的なことだったようにも思えてくる。開催中は県内であんなに大きな被害が出ているとはまったく気づきもせず、初日こそほぼまる一日降りっ放しだったものの、二日目の夜には満天の星空が広がっていたし、最終日には天候もすっかり落ち着いていた。去年と比べてもそれほどひどかったようには感じなかった。
つまり、言ってしまえばいつものフジロックだったんだけど、だからこそ今年は思うこともたくさんあった。大地震と原発事故による甚大な被害が日本を襲ったこの2011年だからこそ、このフェスティバルが掲げてきたテーマやメッセージ性をよりダイレクトに感じた人は多かったはず。前夜祭の段階で一気にぬかるんだ地面。ほぼ途切れることのないトイレの大行列。このフェスにおいて毎度不便だと指摘されるところは