この素晴らしいアルバムを90年代から解放しよう──サニーデイ・サービス『東京』リマスター盤配信

現在に続く東京インディー・シーンの礎を築いたといっても過言ではない、いまなお輝き続けるロック・バンド、サニーデイ・サービス。彼らの作品の中でもひとしお愛され続ける『東京』が、発売から20周年を迎えた。そんなメモリアルな年を記念して、同作はオリジナルマスターテープより全曲完全リマスタリング、"2016年の『東京』"として生まれ変わった。

この作品を、その価値を、今一度見直すときがやってきたのである。現在の若きミュージシャンにも影響力を持つ『東京』の背景にあったものとは、そしていまも色褪せないその理由とは。世界中の土地、街、そこで鳴らされるグルーヴを探求するライター/エディターの大石始が、『東京』を語る。

オリジナルマスターテープより完全リマスタリングされたメモリアル盤!!

サニーデイ・サービス / 東京
【Track List】
01. 東京
02. 恋におちたら
03. 会いたかった少女
04. もういいかい
05. あじさい
06. 青春狂走曲
07. 恋色の街角
08. 真赤な太陽
09. いろんなことに夢中になったり飽きたり
10. きれいだね
11. ダーリン
12. コーヒーと恋愛

【配信形態 / 価格】
16bit/44.1kHz(WAV / ALAC / FLAC) / AAC / MP3
単曲 270円(税込) / アルバム 2,700円(税込)

『東京』はサニーデイ・サービスが2016年に作り上げたニュー・アルバムでもある

サニーデイ・サービスのセカンド・アルバム『東京』は1996年2月21日に発売された。メジャーで最初のフル・アルバム『若者たち』(1995年)から解散前のラスト・アルバム『LOVE ALBUM』(2000年)までの5年間で(第一期)サニーデイ・サービスは7枚のフル・アルバムを残したが、なかでも『東京』を彼らの最高傑作とする声は現在でも非常に強い。確かに今あらためて聴き返してみて、よくもまあこれほどまでの名曲ばかりをずらりと揃えられたものだと驚かされるばかりだし、作家としての曽我部恵一の才気が奇跡的なバランスで実現された作品であることは間違いない。

そうした作品であるがゆえに、リリース当初から聞き込んできたファンにとっては当時の記憶と分ちがたく結びついた作品でもあるだろうし、作品自体も90年代のある時期の東京の風景をそのまま切り取ったようなところもある。

本作リリース時、僕は大学3年。通っていた美術大学には当時の曽我部のような髪型をしてブーツカットのデニムを履いた男たちがウロウロしていたし、フリッパーズギターを小馬鹿にしていた学友たちのCDラックにも『東京』や『若者たち』のCDは大抵見つけることができたものだった。そんなこともあって、僕は『東京』を聴いていると酔っぱらって「青春狂騒曲」を口ずさんでいたあいつのことや、彼のことをうっとり見つめていたあの子のことを思い出す。そういう人はきっと多いことだろう。

では、『東京』がリリースされてから20年目を迎えた2016年の東京でこのアルバムに改めて向かい合うとき、そこに浮かんでくるのは90年代のある時期のノスタルジーだけなのだろうか? 言うまでもなく、断じてそんなことはないのである。

『東京』のブックレットを読み返すと、タイトル曲である「東京」には「INSPIRED BY 吉井勇、中山晋平」というクレジットを見つけることができる。よく知られているように、この曲は作詞・吉井勇、作曲・中山晋平というコンビによって1915年(大正4年)に世に出た流行歌「ゴンドラの唄」からインスパイアされている。


東京混声合唱団 / ゴンドラの唄

黒澤明監督映画『生きる』(1952年)で志村喬演じる主人公が口ずさむ名シーンによっても知られているこの歌は、もともとは劇団「芸術座」の公演「その前夜」の劇中歌。看板女優である松井須磨子の歌によって広く知られているが、この松井須磨子は芸術座の主宰者である島村抱月との不倫関係のもと、「ゴンドラの唄」の歌が発表されてから4年後に33歳で自殺するなど激動の人生を送った人物だ。

「いのち短し恋せよ乙女/あかき唇あせぬ間に/熱き血潮冷えぬ間に/明日の月日はないものを」(「ゴンドラの唄」)

「ゴンドラの唄」の歌詞は一途に恋に走り、短い生涯を走り抜けた松井須磨子の生涯と不思議と重なり合う。リヴ・ファースト、ダイ・ヤング。その刹那的なまでの世界観が大正時代の先進的な若者たちに共感をもって迎え入れられたことは現在からも想像に難くない。

だが、その「ゴンドラの唄」からインスパイアされた「東京」のなかで描かれる女は、松井須磨子のように死を選ぶことなく、春のなかへ駆けていくのである。そして、主人公である「ぼく」もまた、彼女を追って街のなかへと駆け出していく。そして、その先からアルバム『東京』の物語は始まる。

「赤い唇が色あせる前に/その熱い血潮の枯れぬまに/きみは駆け出すんだね/今日は春の中へ/瞳の中に花が咲いて」(サニーデイ・サービス「東京」)

『東京』というアルバムはタイトルにこそ「東京」という地名が掲げられているものの、歌のなかでは具体的な場所を示す言葉は使われず、すべて「街」という言葉で普遍化されている。『東京』というアルバムはこの「街」のなかで繰り広げられるさまざまなストーリーや情景を綴ったものであって、とある「街」をテーマにした短編集とすることもできるし、さまざまな情景を数珠繋ぎにしたコンセプト・アルバムということもできる。

だが、言うまでもなく香川出身の曽我部にとって東京という街は故郷ではなく、あくまでも生活圏としての「街」でしかない。収録曲の「いろんなことに夢中になったり飽きたり」は植草甚一のエッセイ集『いつも夢中になったり飽きてしまったり』のタイトルをもじったもので、「街」に対するクールな愛着を感じさせる曽我部の眼差しは植草甚一から受け継がれたものなのかもしれない。ただし、日本橋の木綿問屋の一人息子として生まれた植草甚一と曽我部の視点は根本的なところで大きく違っていて、いくら愛着をもとうとも最終的には自分がその「街」の異邦人でしかないことをどこかで受け入れているかのような諦念めいたものを曽我部の歌から感じ取れる気もする。

「街」で出会った「ぼく」や「きみ」は、きっといつか別の街へと移り住んでしまうのだろう。たった今感じている狂おしいばかりの愛おしさも、いつか花が散るように吹き飛んでしまうのかもしれない──異邦人であり、移住者が出会う場所としての「街」で繰り広げられるさまざまな物語を『東京』は静かに描き出す。そこからこぼれ落ちる情感がリリースから20年が経過した現在も僕らの心を生々しく打つのである(余談ではあるが、ここでいう「街」とは東京においても都心部ではなく、下北沢~明大前から郊外へと広がっていくエリアを舞台にしているであろうことを考えると、サニーデイ・サービスの楽曲から一種の郊外論を引き出すこともできるかもしれない)。

このアルバムは1996年にリリースされて以降、曽我部の弾き語りなどの形で再演され、常に生まれ変わってきたわけだが、今回のリマスター盤によって新たな生命が吹き込まれたともいえる。アルバムとはたとえ最初のパッケージングの際にリズムやメロディーが一度音盤に定着されたとしても、その後何度も生まれ変わることができる。ビートルズはそうやって何枚もの『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』や『Abbey Road』を作り出してきたし、『東京』も決して1996年という時代の風景に縛り付けられることなく、何度も何度もこうして生まれ変わっていくのだろう。その意味ではこの『東京』はサニーデイ・サービスが2016年に作り上げたニュー・アルバムでもある。この素晴らしいアルバムを90年代という記憶の牢獄から解放しなくてはならない。(text by 大石始)

過去作

古→新

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LIVE INFORMATION

サニーデイ・サービス『東京』20周年記念コンサート “東京再訪”
2016年6月17日(金)@渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール
メンバー : 曽我部恵一(Vo, Gt) / 田中貴(Ba) / 鈴木正敏(Dr) / 高野勲(Key) / 新井仁(Gt)

サニーデイ・サービス『東京』20周年記念コンサート “東京再訪” 追加公演
2016年6月27日(月)@渋谷CLUB QUATTRO
メンバー : 曽我部恵一(Vo, Gt) / 田中貴(Ba) / 鈴木正敏(Dr) / 高野勲(Key) / 新井仁(Gt)

PROFILE

サニーデイ・サービス

曽我部恵一(Vo, Gt)、田中貴(Ba)、丸山晴茂(Dr)による3人組ロック・バンド。1994年、メジャー・デビュー。1995年に1stアルバム『若者たち』をリリース。「街」という地平を舞台に、そこに佇む恋人たちや若者たちの物語を透明なメロディで鮮やかに描き出し、90年代の“渋谷系”ムーブメントのなかでも、異彩を放つ唯一無比のバンドとして、街に生きる若者たちに支持されてきた。7枚のアルバムと14枚のシングルを世に送り出し、2000年に惜しまれつつも解散。そして2008年に再結成を果たして以降、アルバム『本日は晴天なり』『Sunny』をリリース。かつてのようにマイペースながらも精力的な活動を展開している。2016年夏に通算10枚目のアルバムが発売予定。

>>サニーデイ・サービス Official HP

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