2010/05/10 00:00

マレーシアの空港で用を足した時、私の入った個室の壁にホースがかけてあった。脇に目をやれば蛇口もある。注意書の様なものは何もない。小さじ一杯の躊躇いの後、私はそのホースから水を出してウォシュレットで自分のケツを洗った。この行為が果たして正解であったのかは依然謎に包まれたままであるが、あの時の「ヒヤっ」とした水の感覚が未だに忘れられない。さておき、この浮き世に発想としてそういった類いのベクトルがあることは確かであって、それはつまり原始時代の車は、タイヤが円形の岩石で出来ているだとか、未来人がタイヤのない自家用車で通勤中に空の交通渋滞にはまっているとか、その様な想像と同じ話だ。

 英国の奇才ジェイミー・リデルの新作『コンパス』も端的に言えば、このような愛すべき発想による未来型ソウルと言ってよい。21世紀のソウルってこんな感じでしょみたいな、語弊を恐れず思い付くまま口走れば、あの傑作映画『未来世紀ブラジル』のフィーリングである。ともあれ、この捩じれた未来像はどこからやってくるのだろうか。

 一聴してわかるのは、各トラックの細部に渡ってハイファイなエレクトロニック・サウンドが、まるで高級菓子の様に品良くコーティングされているという外部的特徴と、楽曲そのものにおいて、モータウンからゴスペル、はたまたAOR、何より御大プリンスの血脈を類稀なセンスをもって自らの地肉と化すことに成功しているが故の内部的な妙である。聞けば制作の過程において、泣く子も黙る90年代発の鬼才ベックを筆頭に、00年代におけるロックの文脈で唯一気を吐いたと思えるブルックリン・シーンからグリズリー・ベアのクリス・テイラーとレスリー・ファイストが大いに寄与し、更には今やアメリカを代表するバンドとなったウィルコのパット・サンソーンも参加しているとのこと。いやはや、これ程の面子が集まった作品が凄くないわけがないじゃないか。このサウンド・プロダクションが土台として非常に良い塩梅に機能しているのだが、その上で楽曲の主役はあくまでジェイミー自身によるソウルフルな歌唱である。オーセンティックな力量を持つジェイミーの歌唱が、メジャーなレベルで先鋭的な音作りをやってきた才人達と融合するや、見事納得の空間的な広がりを生み、極めて有機的な質感を伴って録音に閉じ込められているというこの奇跡。まさしくこの奇跡こそが、例の未来像に通じているのである。

 ジェイミー・リデル。彼の21世紀型ソウル、いやソウルの枠に留まらない21世紀型歌心に満ちたこの作品を聴かずして、2010年のポップ・ミュージックは語れないだろう。と同時にwarpが設立21年目を迎えた今も尚、先端かつポップであり続けている驚異的なバランス感覚に改めて脱帽するしかない。(text by 木村 直大)

シングルはこちら。

Jamie Lidell / The Ring

今作「The Ring」は、ジェイミー・リデルの最新アルバム『Compass』からの先行シングル。ジェイミーと、チリー・ゴンザレス、グリズリー・ベアのダン・ロッセンといったミュージシャンが参加している。今作のPVはLindsey Romeによって制作されている。Bサイドには、アルバム未収録の楽曲を収録。

ジェイミー・リデルと同類の未来型アーティスト

UNKLE / Where Did The Night Fall

UNKLE、3年ぶり4作目のニュー・アルバム完成!鉄板のUNKLE ワールドを炸裂させつつも、大胆なロック路線を取り入れスケール感、大幅アップ! ヴィジュアル・ワークも凄いです。

Bibio / The Apple And The Tooth

賞賛を集めたからのデビュー・アルバム『Ambivalence Avenue』につづき、新曲とリミックスを集めたアルバム『The Apple and The Tooth』のリリースが決定! 新曲4曲では、内省的なサウンドのコラージュから、懐かしいディスコ・ビートを彷彿とさせるものまで、同一アーティストによる楽曲だと思えないほど、幅広いスタイルを披露! また新曲4曲共に収録されるのは、8曲のリミックス・トラック。そのリミキサーには、兼ねてからビビオを支持し、良き友人でもあるクラークやワックス・スタッグ、そしてローンなどが名を連ねる。またビビオ自身も「Palm Of Your Wave」のワルツ・ヴァージョンを披露! 辛口な評価で知られるピッチフォークが10点満点中の8.3点、FACT誌が8.5点、ガーディアン誌も絶賛するなど『Ambivalence Avenue』が高い評価を受け、2009年のキー・アーティストとして各国で話題を集めている。

Nice Nice / Extra Wow

バトルスに匹敵する精密さと構築力、ギャング・ギャング・ダンスやボアダムズに通じるトライバルなリズム、更には徹底した攻撃性と凄まじい音圧をも併せ持つ、USポートランド発、超絶サイケデリック・デュオ“ナイス・ナイス”がいよいよWarp Recordsからデビュー! ここ数年のシーンの流れを俯瞰で捉えつつ、独自の解釈でそれらを丸ごと飲み込み、一気に放出したかのような2010年型の最新エクスペリメンタル・ロック・サウンドはどこまでも刺激的で挑戦的!!!

PROFILE

10年にわたる実験的な活動でアンダーグラウンド・テクノ界で注目を集めていたが、クリスチャン・ヴォーゲルとのユニット、スーパー・コライダーとしての活動を開始すると、圧倒的なヴォーカルとソウル・ミュージックの才能を開花。2000年にソロ作『Mudlin' Gear』を発表、すべて声でトラックを作り、ソウルフルなボーカルを乗せるというスタイルで注目を浴びる。2005年にはスウィート・ソウル・アルバム『Multiply』で世界的な絶賛を受ける。2008年、R&B、ソウル、ファンクへの愛情が込められた『Jim』を発表。

Jamie Lidell official site

[レヴュー] Jamie Lidell

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