2025/08/01 22:00
このマンガを読むとあの曲が脳内に鳴り響く…。
それは逆もまた然りで、時にマンガと音楽が出逢う奇跡みたいな瞬間がある。本連載では、そんなマンガと音楽の邂逅に恵まれた瞬間をマンガライターのちゃんめいが徒然なるままに綴っていきます。
・くるり「ワンダーフォーゲル」
――――コラム連載第6回目、早くもネタ切れである。
いや、正確に言えば、語りたいマンガも音楽も無限にある。けれど、この連載を読んでくださっている方ならお気づきかもしれない。マンガと音楽、このふたつを“接続して語る”というのが、案外骨の折れる作業なのだ。
この企画が始まったときのことを思い出す。編集の岡本氏と好きな音楽やマンガについてあれこれ語り合いながら「こんなのも書けますね!」なんて盛り上がった日々が懐かしい。あの頃の私たちは無敵だった(気がする)。
さて、今回はどうしようか。そんなことを思いつつ、お言葉に甘えて締め切りを1日延ばしてもらった私。とりあえず、Spotifyのお気に入りをシャッフル再生しながら散歩をしてみることにした。が、この炎天下である。開始5分でやめときゃよかったと後悔し始めたその時、不意に流れてきたのが「ワンダーフォーゲル」だった。
くるり6枚目のシングル「ワンダーフォーゲル」は、ご機嫌なピコピコ音と軽快なビート、つい口ずさみたくなるようなメロディが心地よい楽曲だ。まるで、雲ひとつない空の下、川沿いをスキップしながら歩いているような気分になる。だが、その音の明るさに気を許していると、ふと歌詞の切なさが胸を刺してくる。
ハローもグッバイも
サンキューも言わなくなって
こんなにもすれ違って
それぞれに歩いてゆく
「ワンダーフォーゲル」/ くるり
爽やかな音に乗せて語られるのは、大人になるほど積み重なる、すれ違いや孤独。聴いているうちに、音楽の波に揺られながら、知らぬ間に静かに沈められていくような感覚になる。
この油断させてから、じわじわと仕留めてくる感じ……。あれだ、最近読んだあるマンガの読後感と重なる。
そのマンガとは、『パラショッパーズ』(福地翼)だ。物語の中心にあるのは、特殊な能力を売買できる謎のアプリ「パラショップ」。ある日、主人公・天良木は、うっかり「藁を1本だけ動かせる」という能力を購入してしまう。そして、その時点で「パラショップ」のゲームに強制参加となり、アプリからのお題に従って、同じ能力者たちと戦い、勝利すればポイントがもらえ、失敗すれば死……というゲームに巻き込まれていく。そんな調子で、彼の“異能力バトル×デスゲーム”人生は、なんともゆるっとした形で幕を開ける。
作者・福地翼先生といえば、『うえきの法則』を思い出す人も多いだろう。あの作品も、「〇〇を××に変える能力」を駆使して戦う、神様候補の学生たちによる異能力バトルものだった。つまり『パラショッパーズ』もジャンルとしては同じく“異能力バトルもの”なのだが、今回のアプローチは一味違う。
まず目を引くのは、「パラショップ」という、某フリマアプリを彷彿とさせる妙に親近感のある仕掛け。そして天良木が手にした、「藁を1本だけ動かせる」という、どう見てもハズレっぽい能力だった。
けれど彼は、そんな能力を前にしてもまったく動じない。「藁なんて役に立たない」ではなく、「藁だからこそ〇〇できる」と発想を自在に広げていく。というのも、彼の視点はいつだって逆説的で、プラスの意味でひと癖あるからだ。例えば他人の欠点やコンプレックスすら、さらりと長所に言い換えたり……。つまり、新連載第1話のナイスすぎるあおり文を借りるならば、モノの“見方”を“味方”につける。その柔らかくも鋭い思考こそが彼の最大の武器だ。
また、この作品の面白さは、ただ異能力バトルを描くだけにとどまらない。特殊な能力を“売買できる”という「パラショップ」という舞台装置があるからこそ、能力そのものの市場価値をどう上げるかという駆け引きが生まれてくる。戦って勝つのはもちろんだが、それ以外の方法で自分の能力をいかに“高値で売れる存在”に引き上げるかという視点が、作品にもうひとつの軸を与えている。戦いの構図は、もはや単なるパワー勝負ではない。戦略ゲームのような様相を帯びる瞬間があり、構成も緻密で巧妙だ。
能力の「強さ」ではなく、「どう使わせるか」に焦点を当てた構成は、もはや単なる異能バトルではなく、心理戦、あるいは知的ゲームに近いのかもしれない。だからこそ、読み手も油断できない。現代的な設定と、どこか“ハズレ感”のある能力に気を許して、最初は気楽にページをめくっていたはずなのに、気づけばこちらの思考まで試されているのだ。
かと思えば、彼の前に立ちはだかる敵たちが、またこの緊張の糸をあっさりと乱してくる。「輪ゴムの威力を変える」といった、正直やや天良木より強そうなものから、「鼻息を炎に変える」「パンをパンパンにする」など、思わず「やっぱりギャグじゃん!」とツッコミを入れたくなる能力まで多種多様。だが、そんなふざけた能力すら、天良木とはまた違った大喜利的な使わせ方ひとつで、驚くほどの脅威に変わっていくのだから、本当に油断ならない。
この油断させて、緊張させて、でもまたふっと力を抜かせてくる……。浮かびあがっては沈むような、そんな感覚の波に揺さぶられる。それはどこか、「ワンダーフォーゲル」を耳にしたときの感覚によく似ている。
そんなこんなで、気付けば今回も書き終えられそうだ。思うように書けない、と頭を抱えていたけれど。そう思ったからこそ、Spotifyをシャッフルして、あの散歩に出たわけで。そして、音楽とマンガの海で偶然重なった、ふたつの油断ならない作品が、今回のコラムを導いてくれた。
さて、来月は、どんな出会いに仕留められるのだろうか。
●マンガライターちゃんめいの「一曲、読んでみる?」は毎月1日22時に掲載予定です
マンガライター。マンガを中心に書評・コラムの執筆のほか作家への取材を行う。宝島社「このマンガがすごい!2024、2025」参加、その他トークイベント、雑誌のマンガ特集にも出演。オールタイムベストは『鋼の錬金術師』(荒川弘)。
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