Title | Duration | Price | ||
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1 |
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プロローグ -- クニ河内 alac,flac,wav,aac,mp3: 16bit/44.1kHz | 04:31 | |
2 |
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劇中劇のテーマ -- クニ河内 alac,flac,wav,aac,mp3: 16bit/44.1kHz | 02:50 | |
3 |
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朝鮮語詩のテーマ -- クニ河内 alac,flac,wav,aac,mp3: 16bit/44.1kHz | 02:32 | |
4 |
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母親の記録のテーマ -- クニ河内 alac,flac,wav,aac,mp3: 16bit/44.1kHz | 02:47 | |
5 |
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母捨記のテーマ -- クニ河内 alac,flac,wav,aac,mp3: 16bit/44.1kHz | 01:08 | |
6 |
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太陽ハイティーンのテーマ -- クニ河内 alac,flac,wav,aac,mp3: 16bit/44.1kHz | 04:29 | |
7 |
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若者の子守歌アレンジ -- クニ河内 alac,flac,wav,aac,mp3: 16bit/44.1kHz | 02:37 | |
8 |
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ガッチキールのテーマ -- クニ河内 alac,flac,wav,aac,mp3: 16bit/44.1kHz | 03:38 | |
9 |
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エピローグ -- クニ河内 alac,flac,wav,aac,mp3: 16bit/44.1kHz | 12:12 | |
10 |
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M1A -- 石間ヒデキ alac,flac,wav,aac,mp3: 16bit/44.1kHz | 00:32 | |
11 |
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ピース -- 石間ヒデキ alac,flac,wav,aac,mp3: 16bit/44.1kHz | 03:39 | |
12 |
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親父なんか大嫌いだのロック -- J・A・シーザー alac,flac,wav,aac,mp3: 16bit/44.1kHz | 03:13 | |
13 |
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ダダダ -- 下田逸郎 alac,flac,wav,aac,mp3: 16bit/44.1kHz | 01:31 | |
14 |
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健さん、愛してる -- クニ河内 alac,flac,wav,aac,mp3: 16bit/44.1kHz | 03:08 | |
15 |
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皆殺しの歌 -- 石間ヒデキ alac,flac,wav,aac,mp3: 16bit/44.1kHz | 00:48 | |
16 |
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私が娼婦になったなら -- 下田逸郎 alac,flac,wav,aac,mp3: 16bit/44.1kHz | 01:23 | |
17 |
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ハンバーガー -- クニ河内 alac,flac,wav,aac,mp3: 16bit/44.1kHz | 01:23 | |
18 |
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オフェリア -- J・A・シーザー alac,flac,wav,aac,mp3: 16bit/44.1kHz | 02:09 | |
19 |
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銀座のテーマ -- J・A・シーザー alac,flac,wav,aac,mp3: 16bit/44.1kHz | 03:35 | |
20 |
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吃りの告白 -- 金井伸幸 alac,flac,wav,aac,mp3: 16bit/44.1kHz | 04:01 | |
21 |
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眠るのが怖い-浅川マキ歌唱- -- 下田逸郎 alac,flac,wav,aac,mp3: 16bit/44.1kHz | 03:03 | |
22 |
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皆殺しの歌B -- 石間ヒデキ alac,flac,wav,aac,mp3: 16bit/44.1kHz | 03:29 | |
23 |
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さいなら映画 -- クニ河内 alac,flac,wav,aac,mp3: 16bit/44.1kHz | 04:50 | |
24 |
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手をつなげば地平線 -- 下田逸郎 alac,flac,wav,aac,mp3: 16bit/44.1kHz | 05:15 |
作曲演奏はハプニングスフォーのクニ河内。キーボード主体のクールなアートロックは時代を半世紀も先取りしていた! 併せて映画版「書を捨てよ町へ出よう」のために作曲されながら1971年発売のサントラ盤未収録となった楽曲も余すところ無く収録!JAシーザーのパワフルな疾走感が堪らない「親父なんか大嫌いだのロック」、某有名歌手が変名で作曲提供した「吃りの告白」、下田逸郎の「眠るのが怖い」を無伴奏で唄う浅川マキ…。今この時代を漂流する人々に贈る、昭和アンダーグラウンドからの熱きメッセージ!!
Interviews/Columns

連載
嗚呼、喝采──〈アーカイ奉行〉第38巻
歴史を追いかけ過去から未来、情報過多の現代社会、デジタルの海に散らばったあの名作、この名作たちをひとつにまとめる仕事人…!〈アーカイ奉行〉が今日もデジタルの乱世を治める…!'''〈アーカイ奉行〉とは…'''1.過去作の最新リマスター音源 2.これまで未配信…

連載
愛は勝つんだ象──〈アーカイ奉行〉第29巻
歴史を追いかけ過去から未来、情報過多の現代社会、デジタルの海に散らばったあの名作、この名作たちをひとつにまとめる仕事人…!〈アーカイ奉行〉が今日もデジタルの乱世を治める…!'''〈アーカイ奉行〉とは…'''1.過去作の最新リマスター音源 2.これまで未配信…
Digital Catalog
2025年9月1日リリース。 地球の炎暑に溶けながら、下田逸郎77歳記念のニューアルバム『HEAVEN TO HEAVEN〜逸脱』が、2年の歳月をかけてやっと完成しました。まず配信から始めます。是非お聴きください。 19歳で、浜口庫之助という作詞作曲家の大ヒットメーカーに師事して、なぜか当時のアンダーグラウンドムーブメントに巻き込まれ、キッドブラザーズという劇団の作曲・音楽監督となり、ニューヨークのオフブロードウェイ公演に参加(1969年)。やがて集団社会に向いてない自分に気づき、当時シンガーソングライターと呼ばれた流れに飛び込み、なんだかんだ唄づくりをつづけて、50枚のアルバムを出してきました。 もうここらでいいかなと思いながら、やっぱり私には唄づくりしかないと、ヨロヨロフラフラとはじめたら、頭の中のボクと地球の炎暑に溶け、かげろうのように立ち昇ってきた作品集です。 from 下田逸郎
2023年2月発売。おもに30代にインディーズ盤としてつくられたアルバムから、下田自身が選んだ9曲です。選曲するために20枚ほどのCD盤を聴きながら、本人が下田逸郎の唄づくりの流れの原点に迷いこみ(2、3ヶ月かかりました)、なかなか面白い旅ができました。もうすぐ75歳(2023年2月現在)、「伝説」から「詠唱」へ、次のアルバムづくりにとりかかっています。自分の物語もしくは伝説づくりで人はこの世を渡ってゆくのだと、しみじみ感じています。なお、「下田逸郎伝説」のフルアルバム(写真と歌詞カード付で全18曲入り)は、下田逸郎公式サイト=「ひとひら通信」をご覧になれば、その購入方法がわかります。(by 下田逸郎)
2021年8月15日リリース。 最初のアルバム『遺言歌』から50年。73歳の下田逸郎の30枚目のアルバムです。人との出会い、その背後に広がる景色との出会い、それを自分の中にゆっくり沈殿させて、時を経て浮かび上がってくるものをすくい取るのが「唄づくり」という作業です。アルバムづくりは自分の物語づくりです。生きるというのは、その物語を自分で演じてゆくことかもしれません。演じるステージは地球ですが、最近そのステージは宇宙ではないかと感じるようになりました。その宇宙が自分の中にも広がりはじめたことを感じはじめるなんて楽しいことです。宇宙との出会いから、永遠なる「唄づくり」がやっとはじまりました。 from 下田逸郎
2018年6月リリース。下田逸郎は歌手ではなく、唄作家なんだなと、しみじみ思うようになったのは、60歳代になってからです。その頃からいろんな歌手に唄ってもらってアルバム制作もしました。70歳に突入した時、もう1枚ぐらい自分で唄うアルバムを残しておこうと思ってつくったのが『忘我』です。この世とあの世の境い目がボケたり溶けたりしはじめてきてるので、今のうちにつくっておこうと考えたようです。その延長線上に映画「百憶年」があります。「百億年」ではなく「百憶年」としたタイトルが気に入ってます。ここまで来て、ライヴで唄うことがおもしろくなってきたのは、なぜでしょうか。(by 下田逸郎)
1991年リリース。下田逸郎40歳代に入っての旅盛り。沖縄から北海道まで、各地を巡ること年間150日を越していた。人との出会い、場所との出会い、その背後から大きく包みこむように広がっている景色。それが唄づくりの源であるということに向かいはじめた最初のアルバム。佐賀県七山村の子供たちを含め、参加してくれたミュージシァンたちは、ギターの笛吹利明、渡辺香津美、有山じゅんじ。録音場所は各地放送局のスタジオやライブハウス、大阪の音響専門学校など。これもまた旅の途中に出会った人や場所でもある。もしかしたら、私は私自身のロードムービーのサウンドトラック(背景音楽)を、つくりつづけているのかもしれないと思う今日このごろです。(by 下田逸郎)
2000年リリース。ギターの笛吹利明、渡辺香津美、有山じゅんじ、さらにハワイのウクレレの名手ピーター・ムーンを加えて、淡路島の旅館うめ丸で合宿してつくったアルバムです。私は50歳代に入って、ラジオの深夜番組のパーソナリティをやっていて、毎週1回、いろんなゲストと酒飲みながら2時間しゃべりまくっていました。音楽関係から人間関係へとさらに広がってゆく時期だったようです。そしてその後、地球関係から宇宙関係へと唄が向かって行きはじめる予感もしていたようです。最近つくった映画のラストに「ワルツの時間」をエンディングロールで使った時、それがわかりました。(by 下田逸郎)
2015年1月29日-2月1日まで、世田谷パブリックシアターで4日間にわたり2,500人以上を動員したJAシーザー主催の演劇実験室万有引力によって再演された「身毒丸」を、JAシーザー本人のミックス、監修によってCD2枚に完全収録。さらに1978年に寺山修司率いる天井桟敷での初演時のライブ音源が完全盤で新発見、新たに1時間以上の未発表音源を加え、こちらもCD2枚に完全収録した決定盤。DVDには2015年版舞台映像を約30分に収めた、まさに新旧の「身毒丸」の世界を堪能できる4CD+1DVDの5枚組PERFECT BOX。
2015年1月29日-2月1日まで、世田谷パブリックシアターで4日間にわたり2,500人以上を動員したJAシーザー主催の演劇実験室万有引力によって再演された「身毒丸」を、JAシーザー本人のミックス、監修によってCD2枚に完全収録。さらに1978年に寺山修司率いる天井桟敷での初演時のライブ音源が完全盤で新発見、新たに1時間以上の未発表音源を加え、こちらもCD2枚に完全収録した決定盤。DVDには2015年版舞台映像を約30分に収めた、まさに新旧の「身毒丸」の世界を堪能できる4CD+1DVDの5枚組PERFECT BOX。
寺山修司没後30年の記念公演が続いた2013年。その最後を飾ったのが、かつて寺山修司の右腕として演劇実験室天井桟敷の音楽監督を務めたJAシーザーのコンサート「大鳥の来る日」だった。寺山の死後、自らのコンサート活動を一切封印したシーザーだったが、一昨年5月に突如活動を再開、「大鳥の来る日」はミュージシャンJAシーザーの集大成とも言える大スペクタクルサウンドで観客を圧倒した。トリプルギター、ツインキーボード、ツインドラムに和太鼓やクラリネット、チューバなども編入した大編成の演奏陣、オペラ歌手と万有引力劇団員による「革命少女ウテナ」の壮麗な大合唱、映画「田園に死す」の毒を秘めた歌詞を斉唱する少年合唱団、元天井桟敷の歌姫蘭妖子は劇中歌をドラマチックに歌い上げ、JAシーザーは一段と声量の増したボーカルでオリジナル歌曲11曲を披露した。このコンサートの音声はすべて48トラックマルチでレコーディングされ、全曲がJAシーザーの監修の下で慎重にミックス編集された。ライブ会場のダイナミクスを損なうことなくさらに磨き上げられた、ファン待望の完全収録音源が遂に解禁される!
寺山修司没後30年の記念公演が続いた2013年。その最後を飾ったのが、かつて寺山修司の右腕として演劇実験室天井桟敷の音楽監督を務めたJAシーザーのコンサート「大鳥の来る日」だった。寺山の死後、自らのコンサート活動を一切封印したシーザーだったが、一昨年5月に突如活動を再開、「大鳥の来る日」はミュージシャンJAシーザーの集大成とも言える大スペクタクルサウンドで観客を圧倒した。トリプルギター、ツインキーボード、ツインドラムに和太鼓やクラリネット、チューバなども編入した大編成の演奏陣、オペラ歌手と万有引力劇団員による「革命少女ウテナ」の壮麗な大合唱、映画「田園に死す」の毒を秘めた歌詞を斉唱する少年合唱団、元天井桟敷の歌姫蘭妖子は劇中歌をドラマチックに歌い上げ、JAシーザーは一段と声量の増したボーカルでオリジナル歌曲11曲を披露した。このコンサートの音声はすべて48トラックマルチでレコーディングされ、全曲がJAシーザーの監修の下で慎重にミックス編集された。ライブ会場のダイナミクスを損なうことなくさらに磨き上げられた、ファン待望の完全収録音源が遂に解禁される!
「踊り子」(1974年)「セクシィ」(1976年)等のヒット曲で知られ、現在も現役で活動を続けるシンガーソングライター下田逸郎(しもだいつろう)、1976年から1981年にかけてCBS・ソニー(当時)から5作のアルバムをリリースしたなかで、現在まで未CD化、未配信だった3作がソニー・ミュージックレーベルズより配信開始
2012年8月30日リリース。桑名正博21歳、下田逸郎26歳。六本木の交差点で出会い(その前にプロデューサーに紹介はされていましたが)、その日のうちに私の部屋で飲みつつ、ふたりでつくったのが「夜の海」でした。その後いろいろあって、いっしょにたくさんの唄づくりをしました。そして「月のあかり」にたどり着きました。さらにいろいろあって、桑名は下田の唄を唄ってくれました。「ぼくが下田の唄を唄いつづけないと、下田の唄が残らない」とまで言ってくれました。そしていろいろあって、桑名はひとりになりました。弾き語りで全国を巡りはじめ、その音源を集めてソロアルバムをつくるという時に、それならいい唄があると渡したのが「はじめようと思う」でした。アルバムが完成する前に、桑名正博は59歳でこの世から旅立ちました。来年(2022年)で10回忌です。彼は私の数少ない「ともだち」のひとりだったと思っています。(from 下田逸郎)
2022年にレーベル設立50周年を迎えた〈ベルウッド・レコード〉の名盤の数々が配信解禁! ●日本の音楽シーンを先導し続ける彼の初のソロ・アルバムにしてベルウッドレコード設立の発火点にもなった重要作。 ●現代詩人の作品をフォークに導入した先駆けであると同時に、ジャンルを超えてさまざまな音楽的実験にも取り組んだ。ジャズの佐藤允彦や田畑貞一を始めロックのクニ河内と成毛 滋、そして冨田 勲らと繰り広げる壮大な音のパノラマは今も聴き手を刺激する。 ●初作において新たなる次元を目指した画期的な作品。
作曲演奏はハプニングスフォーのクニ河内。キーボード主体のクールなアートロックは時代を半世紀も先取りしていた! 併せて映画版「書を捨てよ町へ出よう」のために作曲されながら1971年発売のサントラ盤未収録となった楽曲も余すところ無く収録!JAシーザーのパワフルな疾走感が堪らない「親父なんか大嫌いだのロック」、某有名歌手が変名で作曲提供した「吃りの告白」、下田逸郎の「眠るのが怖い」を無伴奏で唄う浅川マキ…。今この時代を漂流する人々に贈る、昭和アンダーグラウンドからの熱きメッセージ!!
Digital Catalog
2025年9月1日リリース。 地球の炎暑に溶けながら、下田逸郎77歳記念のニューアルバム『HEAVEN TO HEAVEN〜逸脱』が、2年の歳月をかけてやっと完成しました。まず配信から始めます。是非お聴きください。 19歳で、浜口庫之助という作詞作曲家の大ヒットメーカーに師事して、なぜか当時のアンダーグラウンドムーブメントに巻き込まれ、キッドブラザーズという劇団の作曲・音楽監督となり、ニューヨークのオフブロードウェイ公演に参加(1969年)。やがて集団社会に向いてない自分に気づき、当時シンガーソングライターと呼ばれた流れに飛び込み、なんだかんだ唄づくりをつづけて、50枚のアルバムを出してきました。 もうここらでいいかなと思いながら、やっぱり私には唄づくりしかないと、ヨロヨロフラフラとはじめたら、頭の中のボクと地球の炎暑に溶け、かげろうのように立ち昇ってきた作品集です。 from 下田逸郎
2023年2月発売。おもに30代にインディーズ盤としてつくられたアルバムから、下田自身が選んだ9曲です。選曲するために20枚ほどのCD盤を聴きながら、本人が下田逸郎の唄づくりの流れの原点に迷いこみ(2、3ヶ月かかりました)、なかなか面白い旅ができました。もうすぐ75歳(2023年2月現在)、「伝説」から「詠唱」へ、次のアルバムづくりにとりかかっています。自分の物語もしくは伝説づくりで人はこの世を渡ってゆくのだと、しみじみ感じています。なお、「下田逸郎伝説」のフルアルバム(写真と歌詞カード付で全18曲入り)は、下田逸郎公式サイト=「ひとひら通信」をご覧になれば、その購入方法がわかります。(by 下田逸郎)
2021年8月15日リリース。 最初のアルバム『遺言歌』から50年。73歳の下田逸郎の30枚目のアルバムです。人との出会い、その背後に広がる景色との出会い、それを自分の中にゆっくり沈殿させて、時を経て浮かび上がってくるものをすくい取るのが「唄づくり」という作業です。アルバムづくりは自分の物語づくりです。生きるというのは、その物語を自分で演じてゆくことかもしれません。演じるステージは地球ですが、最近そのステージは宇宙ではないかと感じるようになりました。その宇宙が自分の中にも広がりはじめたことを感じはじめるなんて楽しいことです。宇宙との出会いから、永遠なる「唄づくり」がやっとはじまりました。 from 下田逸郎
2018年6月リリース。下田逸郎は歌手ではなく、唄作家なんだなと、しみじみ思うようになったのは、60歳代になってからです。その頃からいろんな歌手に唄ってもらってアルバム制作もしました。70歳に突入した時、もう1枚ぐらい自分で唄うアルバムを残しておこうと思ってつくったのが『忘我』です。この世とあの世の境い目がボケたり溶けたりしはじめてきてるので、今のうちにつくっておこうと考えたようです。その延長線上に映画「百憶年」があります。「百億年」ではなく「百憶年」としたタイトルが気に入ってます。ここまで来て、ライヴで唄うことがおもしろくなってきたのは、なぜでしょうか。(by 下田逸郎)
1991年リリース。下田逸郎40歳代に入っての旅盛り。沖縄から北海道まで、各地を巡ること年間150日を越していた。人との出会い、場所との出会い、その背後から大きく包みこむように広がっている景色。それが唄づくりの源であるということに向かいはじめた最初のアルバム。佐賀県七山村の子供たちを含め、参加してくれたミュージシァンたちは、ギターの笛吹利明、渡辺香津美、有山じゅんじ。録音場所は各地放送局のスタジオやライブハウス、大阪の音響専門学校など。これもまた旅の途中に出会った人や場所でもある。もしかしたら、私は私自身のロードムービーのサウンドトラック(背景音楽)を、つくりつづけているのかもしれないと思う今日このごろです。(by 下田逸郎)
2000年リリース。ギターの笛吹利明、渡辺香津美、有山じゅんじ、さらにハワイのウクレレの名手ピーター・ムーンを加えて、淡路島の旅館うめ丸で合宿してつくったアルバムです。私は50歳代に入って、ラジオの深夜番組のパーソナリティをやっていて、毎週1回、いろんなゲストと酒飲みながら2時間しゃべりまくっていました。音楽関係から人間関係へとさらに広がってゆく時期だったようです。そしてその後、地球関係から宇宙関係へと唄が向かって行きはじめる予感もしていたようです。最近つくった映画のラストに「ワルツの時間」をエンディングロールで使った時、それがわかりました。(by 下田逸郎)
2015年1月29日-2月1日まで、世田谷パブリックシアターで4日間にわたり2,500人以上を動員したJAシーザー主催の演劇実験室万有引力によって再演された「身毒丸」を、JAシーザー本人のミックス、監修によってCD2枚に完全収録。さらに1978年に寺山修司率いる天井桟敷での初演時のライブ音源が完全盤で新発見、新たに1時間以上の未発表音源を加え、こちらもCD2枚に完全収録した決定盤。DVDには2015年版舞台映像を約30分に収めた、まさに新旧の「身毒丸」の世界を堪能できる4CD+1DVDの5枚組PERFECT BOX。
2015年1月29日-2月1日まで、世田谷パブリックシアターで4日間にわたり2,500人以上を動員したJAシーザー主催の演劇実験室万有引力によって再演された「身毒丸」を、JAシーザー本人のミックス、監修によってCD2枚に完全収録。さらに1978年に寺山修司率いる天井桟敷での初演時のライブ音源が完全盤で新発見、新たに1時間以上の未発表音源を加え、こちらもCD2枚に完全収録した決定盤。DVDには2015年版舞台映像を約30分に収めた、まさに新旧の「身毒丸」の世界を堪能できる4CD+1DVDの5枚組PERFECT BOX。
寺山修司没後30年の記念公演が続いた2013年。その最後を飾ったのが、かつて寺山修司の右腕として演劇実験室天井桟敷の音楽監督を務めたJAシーザーのコンサート「大鳥の来る日」だった。寺山の死後、自らのコンサート活動を一切封印したシーザーだったが、一昨年5月に突如活動を再開、「大鳥の来る日」はミュージシャンJAシーザーの集大成とも言える大スペクタクルサウンドで観客を圧倒した。トリプルギター、ツインキーボード、ツインドラムに和太鼓やクラリネット、チューバなども編入した大編成の演奏陣、オペラ歌手と万有引力劇団員による「革命少女ウテナ」の壮麗な大合唱、映画「田園に死す」の毒を秘めた歌詞を斉唱する少年合唱団、元天井桟敷の歌姫蘭妖子は劇中歌をドラマチックに歌い上げ、JAシーザーは一段と声量の増したボーカルでオリジナル歌曲11曲を披露した。このコンサートの音声はすべて48トラックマルチでレコーディングされ、全曲がJAシーザーの監修の下で慎重にミックス編集された。ライブ会場のダイナミクスを損なうことなくさらに磨き上げられた、ファン待望の完全収録音源が遂に解禁される!
寺山修司没後30年の記念公演が続いた2013年。その最後を飾ったのが、かつて寺山修司の右腕として演劇実験室天井桟敷の音楽監督を務めたJAシーザーのコンサート「大鳥の来る日」だった。寺山の死後、自らのコンサート活動を一切封印したシーザーだったが、一昨年5月に突如活動を再開、「大鳥の来る日」はミュージシャンJAシーザーの集大成とも言える大スペクタクルサウンドで観客を圧倒した。トリプルギター、ツインキーボード、ツインドラムに和太鼓やクラリネット、チューバなども編入した大編成の演奏陣、オペラ歌手と万有引力劇団員による「革命少女ウテナ」の壮麗な大合唱、映画「田園に死す」の毒を秘めた歌詞を斉唱する少年合唱団、元天井桟敷の歌姫蘭妖子は劇中歌をドラマチックに歌い上げ、JAシーザーは一段と声量の増したボーカルでオリジナル歌曲11曲を披露した。このコンサートの音声はすべて48トラックマルチでレコーディングされ、全曲がJAシーザーの監修の下で慎重にミックス編集された。ライブ会場のダイナミクスを損なうことなくさらに磨き上げられた、ファン待望の完全収録音源が遂に解禁される!
「踊り子」(1974年)「セクシィ」(1976年)等のヒット曲で知られ、現在も現役で活動を続けるシンガーソングライター下田逸郎(しもだいつろう)、1976年から1981年にかけてCBS・ソニー(当時)から5作のアルバムをリリースしたなかで、現在まで未CD化、未配信だった3作がソニー・ミュージックレーベルズより配信開始
2012年8月30日リリース。桑名正博21歳、下田逸郎26歳。六本木の交差点で出会い(その前にプロデューサーに紹介はされていましたが)、その日のうちに私の部屋で飲みつつ、ふたりでつくったのが「夜の海」でした。その後いろいろあって、いっしょにたくさんの唄づくりをしました。そして「月のあかり」にたどり着きました。さらにいろいろあって、桑名は下田の唄を唄ってくれました。「ぼくが下田の唄を唄いつづけないと、下田の唄が残らない」とまで言ってくれました。そしていろいろあって、桑名はひとりになりました。弾き語りで全国を巡りはじめ、その音源を集めてソロアルバムをつくるという時に、それならいい唄があると渡したのが「はじめようと思う」でした。アルバムが完成する前に、桑名正博は59歳でこの世から旅立ちました。来年(2022年)で10回忌です。彼は私の数少ない「ともだち」のひとりだったと思っています。(from 下田逸郎)
2022年にレーベル設立50周年を迎えた〈ベルウッド・レコード〉の名盤の数々が配信解禁! ●日本の音楽シーンを先導し続ける彼の初のソロ・アルバムにしてベルウッドレコード設立の発火点にもなった重要作。 ●現代詩人の作品をフォークに導入した先駆けであると同時に、ジャンルを超えてさまざまな音楽的実験にも取り組んだ。ジャズの佐藤允彦や田畑貞一を始めロックのクニ河内と成毛 滋、そして冨田 勲らと繰り広げる壮大な音のパノラマは今も聴き手を刺激する。 ●初作において新たなる次元を目指した画期的な作品。
作曲演奏はハプニングスフォーのクニ河内。キーボード主体のクールなアートロックは時代を半世紀も先取りしていた! 併せて映画版「書を捨てよ町へ出よう」のために作曲されながら1971年発売のサントラ盤未収録となった楽曲も余すところ無く収録!JAシーザーのパワフルな疾走感が堪らない「親父なんか大嫌いだのロック」、某有名歌手が変名で作曲提供した「吃りの告白」、下田逸郎の「眠るのが怖い」を無伴奏で唄う浅川マキ…。今この時代を漂流する人々に贈る、昭和アンダーグラウンドからの熱きメッセージ!!
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嗚呼、喝采──〈アーカイ奉行〉第38巻
歴史を追いかけ過去から未来、情報過多の現代社会、デジタルの海に散らばったあの名作、この名作たちをひとつにまとめる仕事人…!〈アーカイ奉行〉が今日もデジタルの乱世を治める…!'''〈アーカイ奉行〉とは…'''1.過去作の最新リマスター音源 2.これまで未配信…

連載
愛は勝つんだ象──〈アーカイ奉行〉第29巻
歴史を追いかけ過去から未来、情報過多の現代社会、デジタルの海に散らばったあの名作、この名作たちをひとつにまとめる仕事人…!〈アーカイ奉行〉が今日もデジタルの乱世を治める…!'''〈アーカイ奉行〉とは…'''1.過去作の最新リマスター音源 2.これまで未配信…