2025/11/13 12:15
1974年11月にデビューし、昨年デビュー50周年を迎えた甲斐バンド。日本のロックが市民権を得ていなかった時代に活動を始めた彼らは、それまでの慣例や常識に抗いながら無謀とも言える挑戦を続けた。
花園ラグビー場、新宿・都有5号地(現・都庁舎建設地)など、前人未踏の地で開催した大規模コンサート。当時世界最高峰の録音スタジオ「The Power Station」で、極限まで“音”を突き詰めたニューヨーク三部作。甲斐バンドが駆け抜けた日々は、今なお人々の記憶に鮮明に刻まれている。
彼らの50周年を飾る集大成として、実に16年振りとなる日本武道館公演が開催された。甲斐バンドの聖地凱旋とあってチケットは完売し、注釈付き指定席が追加発売されるほどの人気となった。11月8日土曜。詰め掛けた大観衆の期待と興奮がほとばしる熱気となって、霜月の肌寒さを吹き飛ばしていく。定刻が過ぎ場内が暗転すると、オープニングSEとしてお馴染みの「The Show Must Go On」(Three Dog Night)が流れる。拍手と大歓声が降り注ぐ中、舞台下手から松藤英男、田中一郎が凄腕のサポートメンバー6人と共に登場する。ミュージシャンがそれぞれのポジションにつき音を出すと、甲斐よしひろがステージ中央後方から勢いよく現れる。いよいよ、特別な夜の始まりだ。
1曲目は甲斐の漂流者の美学が結実したリズム&ブルース「翼あるもの」。伸びのあるヴォーカルは、冒頭から切れ味も抜群だ。続いて、田中のアグレッシヴなギタープレイがフィーチャーされた「三つ数えろ」へ。レイモンド・チャンドラー原作のアメリカ映画にインスパイアされたロックンロールが、すべての倦怠を切り裂いていく。破裂しそうなエモーションを吹き込んだ甲斐のブルース・ハープの響きが、聴衆の胸を突き刺すようだ。間髪入れずにストリート・ロックの名曲「キラー・ストリート」を続けて、都市の野性や乾いた暴力性を描き出す。
一転して、ダンサブルな「フェアリー(完全犯罪)」へ。ニール・ドーフスマンがミックスを手掛けたことでも知られるダンサブルなポップ・ロックだ。続く「シーズン」はメロディメーカー甲斐の真骨頂ともいえるミディアムチューン。メランコリックな描写も実に秀逸だ。ハードなロックサウンドから、洗練された抜け感の強いA.O.R.へ。選曲の流れも素晴らしい。都会の喧騒の中を生きる男女の物語「東京の一夜」では、ブルージーな歌にノスタルジックな回想が綴られていく。
叙情性豊かなブルースが加速し、感傷を振り払うようなコール&レスポンスが爆発したのは「港からやってきた女」だ。続く「カーテン」では、“ドアを閉めロックをして秘密へと誘う”というフランス映画のワンシーンのような官能的な情景が描写される。そして、見えない涙が心の傷に染み入るようなバラード「BLUE LETTER」へ。男女の機微を描くときの、憂いを帯びた甲斐のウェットな歌声がたまらない。バンドの奏でる音色も次々に表情を変えていき、それぞれの楽曲の世界観を音の重なりで構築していく。
序盤から途切れることのない熱狂的な盛り上がりを受けて、「元気だね、みんな」と笑顔を見せる甲斐。アコースティックギターで弾き語ったのは「テレフォン・ノイローゼ」だ。観衆のハンドクラップと大合唱のボルテージの高さが、甲斐のハートにも火をつける。微笑ましいやりとりに誰もが笑顔になったのは「ビューティフル・エネルギー」。作曲した松藤がメイン・ヴォーカルも担当したポップチューンだ。この夜は甲斐がファースト・ヴァースを、ギターを抱えた松藤がセカンド・ヴァースを歌い、最後は共に声を合わせる。甲斐バンドの絆を示す素敵な風景が繰り広げられた。
熟練のバンドメンバーを紹介した後、甲斐が感謝の意を表す。「僕たちにとっての50周年でもあるけど、ずっと応援してくれているみんなの50周年でもある」その笑顔は慈しみに満ちていて優しかった。続く「安奈」は、時代を超えて燦然と輝くバラード。甲斐はハイスツールに座り、情感を歌声に注ぐ。「裏切りの街角」は、彼らの存在を一躍世に知らしめたセカンドシングル。一度聴いたら胸に焼き付いて離れない磁力の強さは不変だ。名曲は時代を超えるというが、この夜披露された彼らの“スタンダード・ナンバー”には熟成した芳醇な味わいがあった。
「黄昏に消えた」は最新アルバム『ノワール・ミッドナイト』の1曲目を飾った楽曲。“次”につながる新機軸を示した後は、舞台上手に8人の女性コーラス隊も登場した「嵐の季節」へ。勇気と決意を分かち合うシンガロングが武道館に響きわたった。そして、ラストスパートとして怒涛の四連発が放たれる。松藤が叩くドラムスの静かな立ち上がりから徐々に加速度を増していく「氷のくちびる」、デビューのきっかけとなった「ポップコーンをほおばって」、最もハードボイルドな「冷血(コールド・ブラッド)」、甲斐と満場の8000人によるコールアンドレスポンスが木魂した「漂泊者(アウトロー)」。甲斐の放つ言葉もバンドの演奏もアクセルを全開にし、リミッターを完全に振り切っていった。
本編ラストは彼らが日本を代表するロックバンドに上り詰めた国民的アンセム「HERO(ヒーローになる時、それは今)」だ。あの頃と同じように会場全体でひとつになり、拳を突き上げ力の限り叫ぶ。ステージ上と客席の全員が魂の交感をする壮大な光景は、とても尊く美しかった。心身を貫くような残響をしばし味わった後、コンサートはアンコールへ。小林旭のカバー「ダイナマイトが150屯」では、甲斐がマイクスタンドを左足で高く蹴り上げるパフォーマンスを極める。強靭なビートで、さらに高いバイブレーションへと誘(いざな)っていく。
最後は、ボブ・クリアマウンテンとのコラボレーションによるニューヨーク三部作から「観覧車'82」「ラヴ・マイナス・ゼロ」を続ける。甲斐の日本人離れしたサウンド・クリエイティヴを、極上のバンドアンサンブルが2025年型の音色で彩っていく。至福の時間を満喫しながら、デビューから今日に至るまで甲斐バンドが描いてきた軌跡(奇跡)に思いを馳せた。日本のロック音楽史において、彼らの音楽的実験が果たした役割がいかに大きいか。改めて思い知られた見事な名演だった。
二度目のアンコール、最後の最後はやはり「100万$ナイト」だ。舞台上方から降りて来たミラーボールが眩い輝きを放つ中、すべてを出し切るような凄まじい甲斐の絶唱が武道館を震わせる。対岸の山からのサーチライトの演出が印象深い1980年8月箱根芦ノ湖畔。あるいは、「逝ってしまったジョン・レノンのために」と語ってから歌った同年12月の日本武道館。数々のシーンが脳裏によみがえる魂の熱演で、特別な夜は終了した。それは彼らにとってまた新たな伝説が誕生した瞬間でもあった。
彼らの名曲・代表曲全24曲。渾身のステージで、50周年アニバーサリーを見事に締めくくった甲斐バンド。特筆すべきは、懐かしさ以上に瑞々しさにあふれていたことだ。全国各地のステージに立ち続けることで、鍛え上げられたライブパフォーマンス。随所に新たなアレンジが施され、進化を重ねたサウンド。50周年の集大成であると同時に、最新で最高と呼ぶに相応しい圧巻のコンサートだった。
振り返れば、彼らは変化することを恐れず、試練に立ったその瞬間さえ曝け出してきたバンドだ。そして予想を裏切りながら、常に期待を超える音楽を世に出してきた。過去よりも今この瞬間の刹那を、現在の向こうにまだ見ぬ未来を。それが最前線に立ち続ける彼らの矜持なのだろう。興奮冷めやらぬ中で発表されたのは、12月26日に豊洲PITで開催されるスペシャルライブ「ニュー・ブラッド」だ。彼らは休むことなく、次の挑戦に挑んでいく。それがまた甲斐バンドらしくて素敵だった。
(写真:三浦麻旅子、西岡浩記、佐藤早苗)
<甲斐バンド>
甲斐よしひろ(Vo., G., Hrp.)
松藤英男(Dr.,G.,Vo.)
田中一郎(G.)
<サポートメンバー>
岡沢茂(B.)
稲葉政裕(G.)
Mac清水(Per.)
吉田佳史(Dr.)
前野知常(Key.)
丹澤誠二(Sax.)
<セットリスト>
1. 翼あるもの
2. 三つ数えろ
3. キラー・ストリート
4. フェアリー(完全犯罪)
5. シーズン
6. 東京の一夜
7. 港からやってきた女
8. カーテン
9. BLUE LETTER
10. テレフォン・ノイローゼ
11. ビューティフル・エネルギー
12. 安奈
13. 裏切りの街角
14. 黄昏に消えた
15. 嵐の季節
16. 氷のくちびる
17. ポップコーンをほおばって
18. 冷血(コールド・ブラッド)
19. 漂泊者(アウトロー)
20. HERO(ヒーローになる時、それは今)
ENCORE Ⅰ
21. ダイナマイトが150屯
22. 観覧車'82
23. ラヴ・マイナス・ゼロ
ENCORE Ⅱ
24. 100万$ナイト

