MEGADOLLY

Somebody Loves Me
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Somebody Loves Me

orange pekoe & TOSHIYUKI YASUDA

“THE ART OF BLENDING” をテーマに、さまざまなジャンルやスタイル、文化、才能をブレンドし、芸術性を創出するHennessy artistry。2011年末サラヴァ東京にて行われた回では、ソウルフルでポジティヴな歌と高い演奏性が聴く者を魅了しているorange pekoeと電子音楽をベースにボーダーレス・ジャンルレスに活動する安田寿之とのセッションが行われた。ガーシュウィンの名曲「Somebody Loves Me」を共同アレンジし、13分弱を一発録りしたその時の模様を、編集なしで収録。お互いのエッセンスが絶妙なバランスで凝縮された、心地良くもボーダーレスな音楽旅行。「Somebody Loves Me (Intro)」:オーガニックで少しスパイシーなギターと歌とシンセベースで始まる導入部。「Somebody Loves Me (Duet)」:ロボットヴォーカルと生歌がデュエットするグルーヴィーな展開部。「Somebody Loves an Improvisation」:エフェクティブなノイズが徐々に重なり音の洪水状態に発展する終結部。

Nameless God's Blue(24bit/44.1kHz)
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Nameless God's Blue(24bit/44.1kHz)

TOSHIYUKI YASUDA

前作「Children's Songs 2050」から5年を費やした重要アルバム「Nameless God's Blue」。これまで強いコンセプトの元作曲してきたスタンスを変え、主観を軸に生歌・ピアノを中心にした生楽器を用いシンガーソングライターのような楽曲をイージーリスニング・ジャズのような雰囲気でアレンジした、清々しくも深みのある雄編。

Nameless God's Blue

Nameless God's Blue

TOSHIYUKI YASUDA

前作「Children's Songs 2050」から5年を費やした重要アルバム「Nameless God's Blue」。これまで強いコンセプトの元作曲してきたスタンスを変え、主観を軸に生歌・ピアノを中心にした生楽器を用いシンガーソングライターのような楽曲をイージーリスニング・ジャズのような雰囲気でアレンジした、清々しくも深みのある雄編。

AUTUMN SESSION...

AUTUMN SESSION...

PECOMBO + TOSHIYUKI YASUDA, ペコンボ

ジャンル、言語、人間と機械の境も飛び越えたセッションは、ほろりと秋の空気。両者のベストアルバム!?な楽曲を、瑞々しくニューアレンジ。・それぞれのオリジナルアルバムからの人気曲を、リアレンジ・オール新録したベスト盤的ニューアルバム。・ハッピーでお洒落なPecomboの5人+安田寿之によるブラジル音楽を歌う架空ロボット「ROBO*BRAZILEIRA」(Señor Coconut新作でもフィーチャー)の胸キュンなデュエット。・ピアノ・アコーディオン・ギター・Sine波・TR-606...アナログ/デジタルの境を超えて選び抜かれたピースな音色。・秋から冬へ移ろう季節のようなほろりとした切なさと、幸せな余韻。

WITH ROBO*BRAZILEIRA

WITH ROBO*BRAZILEIRA

TOSHIYUKI YASUDA

「ロボットと人間のデュエット!」安田寿之3rdアルバム。■2000年にリリースされヒットを記録した1stアルバム「ROBO*BRAZILEIRA」の続編■人気沸騰中のコーラスグループPecombo、東京で活躍するNo.1ブラジル人ミュージシャンRobson Amaralなどゲストヴォーカリストとロボットが共演・bonjour recordsのコンピレーション'blanca'に収録された'STRIPE EASE'ニューヴァージョン(01)、・AEONグループCM(子供が成長していくアニメーション映像、日テレ系「たべごろマンマ!」放送時間帯にOA)に使用され、多数の問い合わせに応えて収録が決まった'FUGA SOBRE O CRESCIMENTO'アルバムヴァージョン(05)、・中野裕之監督によるTSUTAYA CM用に書かれた'MR. TELECO-TECO'アルバムヴァージョン(06)、・Noel Rosaなどによる作の1930年代ブラジル録音'ADEUS'カバー(09)...などメロディ珠玉の10曲収録。Towa Tei「郷愁のブラ(ジル)メタ(ファー)サウンズ」Hacchan' (Pecombo)「楽しいのにサウダージ、麗しいのに哀愁漂う、そして美しいのにユーモラス、そんな人間とロボットのキュートなデュエット。人間や社会に対する温かくも深みのある眼差しが溢れるサウンドにグッときました。不肖ペコンボ、大推薦します!YES!!」ほか、坂本龍一、桑原茂一、槇原敬之、Atom Heartらも絶賛!

ELECTRO_BITS_INDEED

ELECTRO_BITS_INDEED

TOSHIYUKI YASUDA

ブラジルから一転、エレクトロ/テクノフォーマットでポップさと実験性を共存させた、安田寿之2ndアルバム。Towa Tei参加 (04, 05)・Scritti Polittiファーストアルバム'Songs to Remember'より'Jacques Derrida'カバー(04)、・中野裕之監督・プロデュース'SF Short Films'に提供'Femme'のリコンポジション(06)、・ヨーロッパでも人気の高いパフォーマンス集団、維新派の2003年公演'30/1'に提供'Tamamawashi'のリミックス(10)、など収録Towa Tei"安田君のイイとこは、いわゆるDJ的な折衷センスではなくて、音楽家としてマジメに、かつゲーム感覚で常に自身の音楽を進化、増幅させてるところで、好感が持てます。音楽が暗くないとこも素敵です。"Si Begg"To me the music of Toshiyuki Yasuda is everything good music should be. Unique, surprising and consistently interesting. On the one hand he treats the conventions of sound with wild abandon, a sense of fun and playfulness, like a child in a sweetshop. But underneath the surface are well-structured arrangements, painstaking attention to detail and a sense of musicality.For me these make for great music."iTunes Review「ブラジル音楽をロボットが歌う」という斬新な手法をとった1stアルバム「ROBO*BRAZILEIRA」で話題を呼んだ元 Fantastic Plastic Machine、安田寿之。彼の2ndアルバム「ELECTRO_BITS_INDEED」はブラジル音楽から離れ、カット&ペーストを駆使したエレクトロニカ・ファンク・サウンドとロボット・ボイスを融合。その結果生まれたのは、チルもダンスも両方可能なオリジナルな音像だった。AOKI takamasa の「Simply Funk」、Akufen の「Deck The House」、そして Herbert「Bodily Function」といった作品と近似性を感じさせながらも、より強い叙情性が胸を打つ(中でも “LAUGH_LIKE_ROSES” の震えるピアノは白眉)。ポストパンクの代表的アーティスト Scritti Politti の「Songs to Remember」収録曲 “Jacques Derrida” のカバーや、盟友 TOWA TEI の参加も見逃せない。CMや映画など映像作品への楽曲提供も行うマルチな才能が一点にフォーカスした結果の充実作だ。

ROBO*BRAZILEIRA

ROBO*BRAZILEIRA

TOSHIYUKI YASUDA

「ロボットが歌うブラジル音楽!」安田寿之1stアルバム。アントニオ・カルロス・ジョビン「薔薇に降る雨」(09)カバー収録。リイッシュー盤。(内容は、旧盤(Emigration Japan emig-2002)と同じ)なぜブラジル音楽なのか。子供の頃'GETZ/GILBERTO'を聴いて以来、そのシンプルなメロディーと複雑なハーモニーの組み合わせにとりつかれ、自身の作曲活動において自分なりのブラジル音楽を追求することが大きなテーマの一つになっていた。ただ、DJブームの中で人気が出たこともあり、ブラジル風のRemixやボサノヴァ風の歌謡曲が発表されているが、それらがリズムや雰囲気だけを真似るに留まっており、ブラジル音楽の大きな特徴である「シンプルさに隠れた複雑さ」や「明るさに隠れた暗さ」のような倒錯した部分を表現するに至っていないことに疑問を感じていた。音楽的にいまだに新しい可能性を持つと同時に、シンプルさという面で多くの人に訴えかけることのできるこの音楽に正面から取り組みたいと考えていた。なぜロボットボイスなのか。例えばボサノヴァで考えると、生まれた1950年代当時の存在意義はもはやなく、ましてや日本では「涼しげで聴きやすい」という面だけで浸透してしまっている。そのため、上手いミュージシャンを使ってオーソドックスなスタイルで演奏したものをCDにしても意味がない。それが、当時の作品を上回ることはありえない。そこで、今繰り返し聴いても価値のあるものにするために、新しい機材やレコーディング方法で生まれる音が必要だと感じていた。ただ、単純にエレクトリックな音を入れる等では表面的な飾りにしかならないとも感じていた。また、「パーソナリティー」を表現するのに、歌や声といったものが最もシンプルでパワーのあるものだとも感じていた。その2点を満たすものを考えた結果が、「ロボットボイスで歌う」ということであった。なぜ似非ポルトガル語なのか。歌詞は、音の響きだけでつくられたものだが、これは言葉の意味が伝わらない方がもしろ聴き手の感情の奥深くまで伝わることもあると考えるからである。例えば、同じ内容を日本語と知らない言語で伝えられたとき、後者の方が切迫感を感じる。直接的に意味がわかると、逆に冷めてしまうように思う。また、押し付けがましく感情を声にのせるのではなく、つぶやくように歌い聴く側に感情を想像させるというボサノヴァの特徴に則ったものでもある。2000.7 安田 寿之

STRANGERS (Soundtracks for Digi+Kishin Vol. 2)(24bit/44.1kHz)
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STRANGERS (Soundtracks for Digi+Kishin Vol. 2)(24bit/44.1kHz)

TOSHIYUKI YASUDA

篠山紀信写真映像作品へ提供した、キッチュでビザールなリズム曲中心のサウンドトラックアルバム。グラビアアイドルが、高名な写真家が、しがない音楽家が、そしてあなたが持つ、「普通」な「可笑しさ」。このアルバムは、篠山紀信氏のDigi+Kishin名義での写真映像作品へ2006年頃から提供した音楽作品から、2009年2月に発売した「GIRLS (Soundtracks for Digi+Kishin Vol. 1)」とは異なる方向の"Weird"なリズム曲を中心に再編した作品集である。Digi+Kishin作品には、大きく分けて2方向あると認識している。何れも女性の内面を晒させるパワーに満ちていることに変わりはないが、ひとつは親密な室内で幽冥な表情を捉えた、直接的に彼女らの二面性を表現した作品群。もうひとつは快晴の屋外で満面の笑顔で飛び跳ねる女性全体の躍動を捉えた作品群である。間接的な表現という意味で、実は後者の方が彼女らの逆しまな心理が強烈に表されている気がする。燦々と照る太陽の下で裸体と共に振りまかれた笑顔を少し心痛みながら見る僕の視点は、ムルソー(カミュ「異邦人」)のようでもある。その観点は、彼女らの奇妙さを少数派にし安全な場所から貶むようなものでは全くない。むしろそれらをごくOrdinaryでIndividualなもの(誰もが持つもの)として、僕の持つ同義の可笑しさで応える。当然それら全体は篠山氏の純然な「をかし」さによって統率されたもので、個々が持つユニークさに訴える受容力を持つ。「変なことはおかしいことじゃないよ」と呟きながら人知れず炎天下の中そっと溶け出すモンスターの、計り知れぬ微笑を伴って。(2010年3月 安田寿之)

GIRLS (Soundtracks for Digi+Kishin Vol. 1)(24bit/44.1kHz)
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GIRLS (Soundtracks for Digi+Kishin Vol. 1)(24bit/44.1kHz)

TOSHIYUKI YASUDA

篠山紀信写真映像作品へ提供した、ピアノ中心のロマンティック電子音楽サントラ。笑いながら泣き、近くを見ながら遠くを眺め、うなずきながら否む、あべこべな女性とは。ブラジル音楽を歌うロボット「ROBO*BRAZILEIRA」シリーズや、サラウンドに対峙したモノラルコンピレーション「-MONOPHONIC-ENSEMBLE-」など、僕の作風はどちらかと言うと禁欲的---セクシーなものではなかったと思う。その僕がどうして2006年頃から篠山紀信氏の手掛ける映像/写真作品に音楽提供してきたかというと、アートディレクターの宮坂淳氏のご紹介がきっかけである。宮坂氏は僕の作品に潜む客観性のようなものにポテンシャルを感じて下さっていたのでは、と思う。制作開始した際、篠山氏に「映像に遠慮したり寄り添ったりする必要はない」「違うベクトルのものを合わせて、結果として完成度を上げよう」というような指示をいただいたように記憶している。真の巨匠だと再認識したものである。また、どの作品も篠山氏作品でしかなく、しかもそれぞれの女性の個性が発揮されている、という相反する特性が同居している作品群に驚嘆の連続であった。女性の外面を見ながら考えたのは、他でもない女性の内面である。微笑みながら寂しさを感じ、肯定しながら否定し、近くを見ながら遠くを見る。そんな逆しまな女性の内面が音になれば、と想像を掻き立てた作曲集がピアノ曲を中心にしたこのアルバムである。(違う方向性の、キッチュでビザールなリズム曲集もアルバム「STRANGERS」として監修予定。)アルバムとしてまとめるにあたり、時代感をなくすため一度カセットテープレコーダーに録音するプロセスを経た。これは音質的なことというよりはもっと大きな意味で、50年前に作曲されたスタンダードをカバーするのと同じ意味でのタイムレス感が狙いで、僕なりのユーモアである。

Les Rendez-vous de Tokyo 20130606(24bit/44.1kHz)
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Les Rendez-vous de Tokyo 20130606(24bit/44.1kHz)

V.A.

お花を飾るように、絵を飾るように、お店に素敵な音楽も流したい。 というコンセプトでレストランレコーディングミュージックを展開する、西 麻布のフレンチレストラン「Les Rendez-vous de Tokyo」。その第3作目にな る今作は、電子音楽をベースにジャンルレスにプロデュースする音楽家安田寿 之が、ヴィオリスト河村泉と3人のヴォーカリストles chouquettes(佐藤多歌 子、小阪亜矢子、岡本真梨子)をフィーチャーしたラウンジーなミニアルバ ム。サントラ、電子音楽、ラテンなどの要素も織り交ぜた、都会的な先進性 とウィット感が漂う作品になりました。

STRANGERS (Soundtracks for Digi+Kishin Vol. 2)

STRANGERS (Soundtracks for Digi+Kishin Vol. 2)

TOSHIYUKI YASUDA

篠山紀信写真映像作品へ提供した、キッチュでビザールなリズム曲中心のサウンドトラックアルバム。グラビアアイドルが、高名な写真家が、しがない音楽家が、そしてあなたが持つ、「普通」な「可笑しさ」。このアルバムは、篠山紀信氏のDigi+Kishin名義での写真映像作品へ2006年頃から提供した音楽作品から、2009年2月に発売した「GIRLS (Soundtracks for Digi+Kishin Vol. 1)」とは異なる方向の"Weird"なリズム曲を中心に再編した作品集である。Digi+Kishin作品には、大きく分けて2方向あると認識している。何れも女性の内面を晒させるパワーに満ちていることに変わりはないが、ひとつは親密な室内で幽冥な表情を捉えた、直接的に彼女らの二面性を表現した作品群。もうひとつは快晴の屋外で満面の笑顔で飛び跳ねる女性全体の躍動を捉えた作品群である。間接的な表現という意味で、実は後者の方が彼女らの逆しまな心理が強烈に表されている気がする。燦々と照る太陽の下で裸体と共に振りまかれた笑顔を少し心痛みながら見る僕の視点は、ムルソー(カミュ「異邦人」)のようでもある。その観点は、彼女らの奇妙さを少数派にし安全な場所から貶むようなものでは全くない。むしろそれらをごくOrdinaryでIndividualなもの(誰もが持つもの)として、僕の持つ同義の可笑しさで応える。当然それら全体は篠山氏の純然な「をかし」さによって統率されたもので、個々が持つユニークさに訴える受容力を持つ。「変なことはおかしいことじゃないよ」と呟きながら人知れず炎天下の中そっと溶け出すモンスターの、計り知れぬ微笑を伴って。(2010年3月 安田寿之)

GIRLS (Soundtracks for Digi+Kishin Vol. 1)

GIRLS (Soundtracks for Digi+Kishin Vol. 1)

TOSHIYUKI YASUDA

篠山紀信写真映像作品へ提供した、ピアノ中心のロマンティック電子音楽サントラ。笑いながら泣き、近くを見ながら遠くを眺め、うなずきながら否む、あべこべな女性とは。ブラジル音楽を歌うロボット「ROBO*BRAZILEIRA」シリーズや、サラウンドに対峙したモノラルコンピレーション「-MONOPHONIC-ENSEMBLE-」など、僕の作風はどちらかと言うと禁欲的---セクシーなものではなかったと思う。その僕がどうして2006年頃から篠山紀信氏の手掛ける映像/写真作品に音楽提供してきたかというと、アートディレクターの宮坂淳氏のご紹介がきっかけである。宮坂氏は僕の作品に潜む客観性のようなものにポテンシャルを感じて下さっていたのでは、と思う。制作開始した際、篠山氏に「映像に遠慮したり寄り添ったりする必要はない」「違うベクトルのものを合わせて、結果として完成度を上げよう」というような指示をいただいたように記憶している。真の巨匠だと再認識したものである。また、どの作品も篠山氏作品でしかなく、しかもそれぞれの女性の個性が発揮されている、という相反する特性が同居している作品群に驚嘆の連続であった。女性の外面を見ながら考えたのは、他でもない女性の内面である。微笑みながら寂しさを感じ、肯定しながら否定し、近くを見ながら遠くを見る。そんな逆しまな女性の内面が音になれば、と想像を掻き立てた作曲集がピアノ曲を中心にしたこのアルバムである。(違う方向性の、キッチュでビザールなリズム曲集もアルバム「STRANGERS」として監修予定。)アルバムとしてまとめるにあたり、時代感をなくすため一度カセットテープレコーダーに録音するプロセスを経た。これは音質的なことというよりはもっと大きな意味で、50年前に作曲されたスタンダードをカバーするのと同じ意味でのタイムレス感が狙いで、僕なりのユーモアである。

Les Rendez-vous de Tokyo 20130606
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Les Rendez-vous de Tokyo 20130606

V.A.

お花を飾るように、絵を飾るように、お店に素敵な音楽も流したい。 というコンセプトでレストランレコーディングミュージックを展開する、西麻布のフレンチレストラン「Les Rendez-vous de Tokyo」。その第3作目になる今作は、電子音楽をベースにジャンルレスにプロデュースする音楽家安田寿 之が、ヴィオリスト河村泉と3人のヴォーカリストles chouquettes(佐藤多歌子、小阪亜矢子、岡本真梨子)をフィーチャーしたラウンジーなミニアルバム。サントラ、電子音楽、ラテンなどの要素も織り交ぜた、都会的な先進性とウィット感が漂う作品になりました。

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