2021/10/07 11:00

現在こういうものだと示すような、そういう肯定──あらきなおみ、26年を経てたどり着いた2作目

数々のCM音楽や教材・教育番組などの楽曲を手がけているあらきなおみ(数年前にOTOTOYでもプッシュしたたんきゅんデモクラー「ひげヒゲげひポンポン」の作曲家でもある)。長い間、「裏方」として主にそうした楽曲のコンポーサーとして活動していた彼女だが、このたび26年ぶりにSSWとして新作『1964』をリリースした。OTOTOYでは本作をハイレゾ配信するともに、そのサウンドを掘り下げるべく、そして長いインターバルの後に本作をリリースした彼女にインタヴューを行った。ちなみに、その唯一残した26年前の作品というのが『東京トラッド』という作品。一時期属していたバンド、ハイポジの作品とともに、そのレゲエなどトロピカルの要素が入り交じったどこかストレンジポップス、ここ最近の、1990年代初頭のある種のJ-POPのオルタナティヴを探し求めていたディガーたちの間で話題になった盤でもある。と、そんな作品から26年、なぜ、そしてどのように彼女は本作を作り上げたのかインタヴューをお届けする。(編)

26年ぶりの2作目

『1964』ティザー音源

INTERVIEW :あらきなおみ

 “京浜兄弟社のキャロル・ケイ”…… 一部のマニアックなリスナーの間ではかつてそう呼ばれたりもしていたベーシスト/シンガー・ソングライターのあらきなおみ。
 野暮を承知の上で一応言っておくと、京浜兄弟社とは、岸野雄一を中心に松前公高や山口優、倉地久美夫、加藤賢崇、菊地成孔、高井康生、岡村みどり、蓮実重臣、永田一直、シジジーズ、ハイポジ、宮崎貴士、ゲイリー芦屋、林茂助、そして常盤響などなどエクストリームな音楽探求心に取り憑かれた80~90年代のゲリラ的アーティスト・サークル(勉強会)であり、振り返ってみればそれは、70年代のはっぴいえんど系~80年代のYMO系~90年代の渋谷系と連なってきた日本のポップス/ロック正史の谷間に狂い咲きした仇花というか、ミッシング・リンクのような特殊集団でもあった。キャロル・ケイはもちろん、60~70年代米西海岸産の膨大な作品群(モータウンものを含む)の録音で大車輪の活躍をしたスーパー女性ベーシスト。
 ハイポジの初期ベーシストを務めるなど京浜兄弟社関係の様々なプロジェクトで活躍した後ソロ活動に転じたあらきなおみ(荒木尚美)は、95年に最初のソロ・アルバム『東京トラッド』(今堀恒雄、菊地成孔、岡部洋一、鶴来正基が参加)をリリースしたが、それ以降はずっとCM音楽制作などに従事し、表舞台で名前を耳にすることはほとんどなかった。そして今回、26年ぶりに登場したのが、2枚目のソロ・アルバム『1964』というわけだ。
 収録曲6曲のミニ・アルバムではあるが、アレンジや演奏に参加したのは今堀恒雄や水谷浩章、外山明、津上研太、加藤崇之、谷口尚久、冷水ひとみ(シジジーズ)といったクセモノぞろいで、全体のプロデュース(及び1曲のアレンジ)を担当したのは横川理彦。
 お会いした(といっても ZOOM だけど)のは初めてなのに、なぜか旧友のような錯覚に陥ったのは、人脈のせいなのか、作品内容のせいなのか……

インタヴュー&文:松山晋也

6年前のNHK「みんなのうた」提供楽曲が契機に

──前作『東京トラッド』から26年。なぜその間にオリジナル作品をリリースしなかったのか、そして、この『1964』制作には何かきっかけがあったのか、まずはそのあたりからお願いします。

『東京トラッド』をリリースした頃から、音楽以外のアルバイトをしなくても生きていけるようにとCMや教材の音楽などの仕事を始めました。だからこの26年間も、たとえそれを見知らぬ子供たちしか聴いてくれていないとしても、年間何十曲と作って発表していたんです。 それもあって「私の曲を人に聴かせたい」と特に思うこともなく、自分的には満足して楽しく過ごしてきたんです。でも、6年前にNHK「みんなのうた」で「ひげヒゲげひポンポン」という曲を書いた時、『東京トラッド』以降は私は何もしてこなかった人だと世の中には思われていたことがわかって。こんなにたくさん曲を書いていたのにほとんど誰も知らなかったのか……と、すごく寂しい思いをしました。で、このまま1人で曲を作って満足しててもつまらないな、歳をとる前にもっと作品を出したいなと思い始めたわけです。

「ひげヒゲげひポンポン」ハイレゾ配信中


たんきゅんデモクラシー『ひげヒゲげひポンポン』リリース時の特集記事
https://ototoy.jp/feature/20150611

──その頃から新作作りの気持ちが高まっていったわけですね。

ええ。ちょっとダブついた資金もできたので(笑)ソロ作品を出そうと。ただし、その資金だと予算的に6曲かなと。もっとダブついたら10曲以上のアルバムができたんでしょうけど。

──その26年間に作ったCMや教材の音楽はかなりの数だったんですね。

キャンディの「小梅」とか、プロミスの「やりやりくりくりやりくりくり」シリーズとか、子ども番組、教育系の仕事は大量にやってました。

この他にも多くのCMやEテレの楽曲を手がけている。詳しくは彼女が所属する〈トイロミュージック〉の下記プロフィール・ページにてリストが掲載。
https://www.toyromusic.com/artists/?name=araki

──『東京トラッド』を出した頃まではライヴもよくやってましたよね。今堀恒雄さんなどと一緒に。

ええ、だいたい月1ぐらいで。今堀さんやパーカッションの岡部洋一さんなどが固定メンバーで。でも1997年頃からCMの仕事が増えてゆき、自然にライヴの機会が無くなっていった感じです。

──今回の『1964』の5曲目「遠い日」は、昔のライヴで評判が良かった曲だと資料に書かれていますが、つまり90年代に作った曲なんですね。

そうです、ものすごく古い。ハイポジを抜けた頃にはもうあったから、30年ぐらい前に作ったのかな。ライヴでお客さんの反応が一番良く、『東京トラッド』の時にも「遠い日」は入れないの? と言われていたんだけど、当時は「この曲のレコーディングは今じゃないな……」という漠然とした思いというか勘があり、代わりに「青い日々」という曲を入れたんです。「遠い日」と似たタイプの、子供の頃を振り返るしっとりした歌。

『遠い日』MV
『遠い日』MV

──今回、制作全体は横川理彦さんが仕切ったそうですが、アレンジャーやプレイヤーに関しても基本的に横川さんが考えた人選ということでしょうか?

アレンジをお願いしたいと私が最初から決めていた1曲目の「Suwaru」の谷口尚久さんと「遠い日」の今堀恒雄さん以外の4曲のアレンジャーは横川さんに選んでもらい、プレイヤーは各アレンジャーが決めました。もっと曲数が多かったら若い人にも参加してほしかったけど、久しぶりのソロ作品だし、まずは古い仲間と一緒に作りたいなという気持ちもありました。

──今堀さんが一人で多重録音した5曲目「遠い日」や、同じく横川さんが一人でやった6曲目「静かな生活」がある一方、水谷浩章さんがアレンジした2曲目「嘘」や4曲目「この歌」ではドラムの外山明さんやギターの加藤崇之などの他にも弦楽器や管楽器のプレイヤーが参加してます。谷口尚久さんアレンジの「Suwaru」でもチェロが入っているし。

ええ、自宅での多重録音からバンドでのスタジオ録音までケース・バイ・ケース。で、完成した音に私がヴォーカルを入れる、という手順でした。

[インタヴュー] あらきなおみ

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