CHIN-HURTZ

HipHop/R&B

Digital Catalog

SMOKIN' ACEがソロMCとして初のシングルをリリース。 プロデュースに"Yasterize"、客演に"CHIN-HURTZ"を迎えた本作は、 ライブでは10年以上も歌われている熟成された現場アンセムだ。 ヒップホップに対し、いくつ歳を重ねても醒めない彼らの熱量を感じさせる大切な曲となっている。

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SMOKIN' ACEがソロMCとして初のシングルをリリース。 プロデュースに"Yasterize"、客演に"CHIN-HURTZ"を迎えた本作は、 ライブでは10年以上も歌われている熟成された現場アンセムだ。 ヒップホップに対し、いくつ歳を重ねても醒めない彼らの熱量を感じさせる大切な曲となっている。

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HipHop/R&B

(Recommend by DJ H!ROKi)  「下北ライフ」という言葉を聞いて、どんな情景を思い浮かべるだろうか。昼夜を問わず、若者を中心にファッションや音楽など様々な文化芸術に興味関心をもつ人々が集い、渋谷や新宿など都心の主要なエリアとのアクセスも良い下北沢での暮らしは、たくさんの出会いや刺激、そして夢や希望に溢れていて、きっと楽しいに違いない。自分も含め、下北沢に住んだことのない人の多くは、おそらくこのようなイメージを抱くのではないかと思う。本作の主人公であるラッパーのCHIN-HURTZとKENTAKKUの2人は、アルバムリリース時点(2023年4月)では実際に下北沢で暮らしているが、当事者である彼らにとっての「下北ライフ」とは、一体どのようなものなのだろう。  この問いの答えを探すには、やはりアルバムタイトル曲である5曲目「下北ライフ」を聴くのが手っ取り早い。最初に登場するCHIN-HURTZのリリックでは、駅前の再開発といった街の変化や、あるいは他の街からやって来る仲間と遊ぶ様子などが描写されているが、彼はバースの最後をこのような言葉で締め括っている。 駅前にはバンドマンがたむろする 打ち上げか?俺も20代はあんなだった 「マジだりい」とか思い、そこを去った (CHIN-HURTZ)  駅前のバンドマン達は、一般的に思い描く下北沢の住人そのものだが、CHIN-HURTZはその若者達と距離を置こうとしている。「俺も20代はあんなだった」と自覚しているように、彼もバンドマン達と同じく自分のやりたいことがあり、そして未来への夢や希望を持ってこの街に来たはずである。だが、今は同じ境遇の人に対して親近感を抱けなくなってしまっている。また、KLOVAL RECORDSの代表であるSMOKIN’ ACEは、3バース目に以下のように歌っている。 当たり前のように過ごす時間も 限りあると知り景色変わる 普段と (SMOKIN’ ACE) 時間は無慈悲感じてる 日に日に (SMOKIN’ ACE)  彼は町田からやって来て、レーベルメイトである二人と共に下北沢で過ごす様子を歌う中で、この街で二人と一緒に過ごす時間があまり残されていないこと、そして時の流れの残酷さについて触れている。当初は夢や希望を抱いて始まったはずの「下北ライフ」も、年齢を重ねていくにつれ、自分自身を取り巻く環境は変わっていくし、音楽活動や生活を維持するための経済的な負担も大きいし、実家に残る両親の問題などにも直面するだろう。彼ら二人に限らず、皆ここでの暮らしをずっと続けられる訳ではないのだ。一見すると楽しい日々が綴られているようだが、音楽に夢を抱いて下北沢での暮らしを続けてきた40歳前後のリアルもしっかりと描かれている。フックでは「俺らの下北ライフ」と歌っているように、これがCHIN-HURTZとKENTAKKUにとっての「下北ライフ」なのだ。  順番は前後するが、3曲目の「無限の彼方に」では、実は二人とも下北沢を去る予定であること、また本作の意味が直接的に示されている。 めくるめく季節はひとつずつ無くなっていく (CHIN-HURTZ) 「想い出」と書いたアルバムを作ろうぜ あと一年で 俺とお前の魂の結晶を残そうぜ (CHIN-HURTZ)  二人がこの街で暮らし、そして活動を共にした日々が、彼らの人生の中で最も充実し、楽しかった時期であったことが窺える。そしてリリックにあるとおり、「下北ライフ」はまさに彼らの「アルバム」なのだ。配信音源の最終トラックとなる「アウトロ -いつぞやの話-」では、彼らの生活の断片をそのまま切り取ったような二人の会話が収録されているのだが、その会話とともに、本作の中でも最もメロウでエモーショナルなビートが流れる。最初は会話の内容とビートのギャップに違和感を覚えたが、アルバムの真の意味が分かると印象が全く変わり、何気ない会話だからこそ胸に迫るものがあった。それぞれ年齢を重ねたとき、二人はどのような気持ちでこのアウトロを聴くのだろうか。  このアルバムを完成させることによって、彼らは下北沢での暮らしに終止符を打つことができるのだと思う。アルバム終盤の「未来の歌」を聴けば、彼らが既に新たな生活への前向きな一歩を踏み出していることが分かるだろう。自分が理想とする将来像を明るくストレートに描いたこの曲は、数あるCHIN-HURTZの作品の中でも最も心に響く楽曲だ。  アルバムには下北ライフで出会ったラッパーも数多く登場するが、それぞれ個性に満ちた聴き応えのあるバースを聴かせてくれる。また、全楽曲のビートを制作し、タイプが全く異なる二人がタッグを組んだ作品を見事にまとめ上げたArch Beatsの手腕に注目してほしい。ヒップホップの根源的な魅力と優れたバランス感覚を備えた彼のビートの数々を聴くだけでも十分に価値のある作品だ。そして、アルバムの主役はもちろんCHIN-HURTZとKENTAKKUの二人である。とくにKENTAKKUはこの3年間、METEOR & CHIN-HURTZの諸作品での客演やソロ音源の発表など、コロナ禍においても精力的に活動を続けてきた。リリースのスピード感が重視された作品群での客演や個人での制作とは異なり、CHIN-HURTZとArch Beatsという信頼のおける仲間と共に一曲一曲とじっくり向き合った本作は、彼にとってこれまでのキャリアの集大成と言えるだろう。まだ荒削りな部分も多く残るが、「下北ライフ」を経た彼が今後どのような変化を見せるのか、とても楽しみだ。  ここで取り上げた楽曲だけでなく、本作にはこれまでのCHIN-HURTZ作品の流れを汲んだバラエティ豊かなトピックの楽曲も収録されている。ときにニヤリとしながら、ときに自分自身の人生と重ねながら、二人と一緒に「下北ライフ」をエンジョイしよう

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HipHop/R&B

(Recommend by DJ H!ROKi)  直近5年間ではMETEORとの制作やライブを中心に活動していたCHIN-HURTZが、ソロとしては約3年半ぶりとなるアルバム「THE RAPPER」をリリースした。 CHIN-HURTZはこれまでに「LOST CLASSICS」(2016) と「RESTART」(2019) という2作品を発表しているが、 いずれも彼の音楽活動の変遷において重要な意味を持つ作品である。 「LOST CLASSICS」は、自身の名前を冠したイベント”CHIN-HURTZ PARTY”を主催するなど、最も活発な動きを見せていた2010年前後に制作しながら、訳あってお蔵入りになってしまった楽曲群をコンパイルしたアルバム。 そして「RESTART」は、紆余曲折を経てKLOVAL RECORDSという新たな活動基盤を手に入れ、タイトルのとおり自らの再起を宣言した作品であった。 この2作については、今回のアルバムの最後に収録されている”今だから話そう”でも、本人の言葉で語られている。 そして「THE RAPPER」と名付けられた最新作もまた、彼のキャリアにおいて「特別な意味」を持つ作品となった。 その「特別な意味」をリリックの中から発見し理解することで、リスナーは本作のビターな味わいを深く感じられる作りとなっている。  1曲目の“プロローグ”において、CHIN-HURTZは戦時下における自分自身の姿を描いている。それもMETEORとの”悪霊退治”シリーズのような荒唐無稽な描写ではなく、現実世界での出来事が反映されたような重苦しい描写だ。 これまでの作品ではポジティブなメッセージの楽曲やリリックが多かったので、過去2作品を聴いたことのあるリスナーは、アルバムの冒頭からCHIN-HURTZに何らかの変化があったことに気が付くだろう。 また、戦時中という設定はアルバム終盤の11曲目”夜明け”にも再び登場する。2曲目から10曲目までは、前2作と同様に仲間やクラブ、ライブや酒といったトピックや、あるいはMETEOR & CHIN-HURTZ名義での作品に見られた空想世界をテーマとした楽曲が続くので、アルバムの中でもこの”プロローグ”と”夜明け”の存在感が際立っている。 アルバム全体の構成から考えても、この2曲には他の楽曲とは違った想いが込められていることは明らかだ。その中でもとくに印象的だったのが、“夜明け”におけるCHIN-HURTZのバースの締め括りとなる次の一節だ。 おっと、もうさすがにやばい 帰るとするよ、外のカオスな社会 それじゃ次はあの日に落ち会おう 話すだけ話した俺を許してくれ  “夜明け”は、戦時中に仲間とのアジトで深夜から早朝まで語り合う場面を描いた楽曲だ。「外のカオスな社会」とは、楽曲の設定では文字どおりアジトの外に広がっている戦時下の混乱した社会を示しているが、CHIN-HURTZにとっての「カオスな社会」とは一体何なのだろうか。  ラッパーとして初めてステージに立ってから現在に至る人生の中で、CHIN-HURTZは実に様々な困難に直面してきた。 それらは12曲目の”今だから話そう”で具体的に示されており、また、直近での最も大きな出来事については、6曲目の”徒然”の中で語られている。本作を聴いて、あるいはCHIN-HURTZ本人と接して思うのは、彼がこれらの局面を打開できたのは、ラップすることと仲間の存在の二つが彼の精神的な支柱となっていたからではないか、ということだ。 心の支えを両方とも失ってしまう、あるいはその両方から遠ざかってしまうような環境こそが、彼にとっての「カオスな社会」なのではないかと思う。また、リリックにもあるように、どうやら彼はこれから「外のカオスな社会」に帰っていくようだ。 おそらく、半分は自分の意思、そして半分は現在自分が置かれた状況によって。たとえ自分が心から望んでいなくても、時として厳しい選択を迫られるときがある。そのような人生の不条理さや非情さ、あるいは岐路に立たされている自分の心情を示すものとして、彼は今回のアルバムの中で「戦争」というトピックを選んだのではないだろうか。物語と現実が交錯した、彼ならではの表現力が発揮された楽曲だ。  CHIN-HURTZはこれから一体どうなるのだろうか。だが、これまでも現実と空想の世界を自由に行き来してきたラッパーなので、心配は無用だろう。あの日に落ち会えるのを楽しみに、まずは「THE RAPPER」を聴こう。

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zoe

ソロアルバムやMETEOR、KENTAKKUとのタッグ作品などを含めるとCHIN-HURTZが関わるアルバムとしては通算18枚目となる本作。 今回の相手はKLOVAL RECORDSのレーベルメイトでもあるzoe。 zoe&CHIN-HURTZがアルバム“狂音乱舞”をリリースする。 アルバム全曲のビートを担当するのはNP。 METEOR&CHIN-HURTZのアルバム“かもしれないでも4曲を手掛け、CHIN-HURTZの作品には度々登場していた。 またMIXを手掛けているのもNPであり、 彼が作り上げるダークで怪しいフレイバーがzoe&CHIN-HURTZの持つアクの強いハードコアな部分を引き出しているようだ。 cajicaという下北沢のBARについて歌っている③にはお馴染みのMETEOR、KENTAKKU、そしてhI-sOが参加。 YouTubeをテーマにした⑦のDEJIにも要注目。 METEORとは“ユニークさ”を、KENTAKKUとは“緩さ”を、zoeとは“ハードさ”と相手によって様々な部分を魅せるCHIN-HURTZ。 今後はどのような側面を見せてくれるのか。 “狂音乱舞”をリピートして次作を待とう。

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HipHop/R&B

(Recommend by DJ H!ROKi)METEOR & CHIN-HURTZ通算5枚目のアルバム「かもしれない」が完成した。METEOR & CHIN-HURTZ(以下メテチン)としては「スカイブラザー」(2022年9月)以来、およそ1年5ヵ月振りのアルバムだが、その間にCHIN-HURTZはソロ作「THE RAPPER」(2023年2月)、そしてKENTAKKUとの「下北ライフ」(2023年4月)をリリースしている。前者ではラッパーとしての岐路に立たされたCHIN-HURTZの心境が、また後者でも人生の新たなフェーズに向かう二人の様子が描かれており、本作はそれに続く三部作の完結編というCHIN-HURTZの意図も考えられる。そして、本作がメテチンとして最後の作品になることをCHIN -HURTZがアルバム中に度々示唆している。  これまでのメテチンのアルバムと比べて、今回は趣が大きく異なる。前作までは「悪霊退治」という冒険活劇調のストーリーテリングもののシリーズが楽曲の大半を占めていたが、本作では”悪霊退治Part.34”のみで、舞台も空想上の世界ではなく現実世界(某大手飲食チェーン店)となっている。その他の楽曲で取り上げているテーマも、パーティー(”楽しいパーティ feat. zoe”)や馴染みの街(”町田に行く”)、絵文字(”キラリ絵文字付けると感じがいい!feat. Kentakku”)など、ヒップホップの楽曲における定番のトピックや普遍的な題材が多い。ラップの面白さは、楽曲のテーマやメッセージに対して、どれだけオリジナリティのある表現ができるかという点にある。これだけラップというアートフォームやヒップホップ作品が浸透した時代において、ありふれたテーマの楽曲の場合、表現方法や切り口、あるいは歌い方などに新鮮味や驚きがなければ、リスナーの注目を集めることはできないだろう。今回のアルバムでオーソドックスなテーマの楽曲を多く採用したのは、ある意味で彼らの挑戦的な姿勢の表れとも言える。  この方向転換は、作品全体、とくにMETEORのラップに大きな変化をもたらしている。ジャズのベースラインを軸に据えた軽快なビート上で絵文字を使うことの利点を軽快に説き、ネイティブ・タンを彷彿とさせる楽曲に仕上がった”キラリ絵文字付けると感じがいい”。クラブイベントでの過ごし方を彼らしいシニカルな切り口で描く”楽しいパーティ”。地名や店名などの固有名詞をリリックの中に多数登場させることで、充実した休日の様子をリアルに表現する”朝から遊ぶ”。これらの楽曲が並ぶアルバム中盤を聴くと、彼のラップがこれまでのメテチン作品以上に生き生きとしているように感じられる。メテチン作品を除いても、ここ最近のMETEORの作品は、CM用の楽曲であったり、自身が声優として出演したアニメ作品のタイアップなどが続いており、様々なテーマについて純粋にラップする作品は「DIAMOND」(2009年)まで遡る。つまり、METEORのキャリアという観点から今回のアルバムの立ち位置を考えた場合、日本語ラップのクラシックとしても名高い「DIAMOND」に最も近い作品として捉らえることができる。今後のラッパーとしての彼のキャリアにおいて、本作が重要な意味を持つことになる可能性があるし、本人もそのような感触があったのではと思う。実際、アルバムの中にもその裏付けになりそうな要素が見出せる。  まず、何より作品名だ。METEORが命名したという「かもしれない」というアルバムタイトルは、冒頭の「メテチンアルバム5枚だけど、これラストらしいよ」というCHIN-HURTZの言葉に対するMETEORのアンサーであると読み取ることができると思う。この作品に対してリスナーが一番最初に触れる情報はアルバムタイトルであり、その次に1曲目の歌詞を耳にすることからも、このような解釈が成り立つであろう。また、漫画家の業堀氏によるジャケットも、この作品を読み解くにあたって非常に興味深い内容だ。中央に描かれた宝箱は、メテチンにとってはこれまでの活動で得られた貴重な経験(ライブ活動や多くのアーティストとの共演)であり、METEORにとっては本作の制作過程で得られた新たなモチベーションを表しているのではないだろうか。ジャケットの中で最も興味深いのは左側の壁に掲げられた案内板だ。「EXIT」(出口)の文字から、一見すると本作がメテチンのラストアルバムであることを示唆しているように感じられる。だが、矢印が指す方向に注目すると、彼らは出口とは逆の方向に向かって進んでいることが分かる。これは、この先もメテチンの活動が続く可能性があることを示しているのではないだろうか。そう考えると、「かもしれない」というアルバムタイトルとも意味合いが一致する。このように、CHIN-HURTZの当初の予定としては2人での活動に区切りを付けるはずが、METEORが名残惜しさを強く感じているという構図が見て取れる。METEORがそのような気持ちになったのは、単にメテチンとしての活動が楽しかっただけではなく、ラップすることや歌詞を書くことの楽しさを本作で取り戻したことが大きいのだろう。  ともあれ、今後のMETEORとCHIN-HURTZの活動に更なる期待が膨らむ充実した作品だ。これまでのメテチンやKLOVAL RECORDSの諸作品でもお馴染みのビートメイカー達によるビートも非常に充実。メテチン作品のファンはもちろん、METEORのソロ作品が好きな方も必聴の一枚に仕上がっている。

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