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白い目覚め alac,flac,wav,aac: 24bit/48kHz | 05:20 |
裸のラリーズ(Les Rallizes Dénudés)水谷孝が構想していた「第4のアルバム」、「Disque 4 -'76 Studio et Live-」より収録曲「白い目覚め」が先行配信。
Digital Catalog
裸のラリーズ(Les Rallizes Dénudés)水谷孝が構想していた「第4のアルバム」、「Disque 4 -'76 Studio et Live-」より収録曲「白い目覚め」が先行配信。
裸のラリーズ(Les Rallizes Dénudés)水谷孝が構想していた「第4のアルバム」、「Disque 4 -'76 Studio et Live-」より収録曲「白い目覚め」が先行配信。
裸のラリーズは1976年当時、水谷孝(Vo/G)と、結成時のメンバーでもあった中村武志(G)に加え、頭脳警察やだててんりゅうに参加してきたヒロシこと楢崎裕史(Ba)、吉祥寺のライブハウス「OZ」の元スタッフでOZバンドのメンバーでもあったサミーこと三巻敏朗(Dr)という編成になった。「この時期のラリーズは最高潮だった」という見解を示すラリーズ研究家は少なくない。 本作は、76年7月30日に、京都を代表するライヴハウスの老舗「拾得」にて、ラジカセの内蔵マイクによって録音された。「京都でのラリーズは何かが違う、音が違う」と関係者が証言する通り、そのテープからは、拾得の空間で鳴り響いたとは信じがたい、巨大なスケールのサウンドが聴こえてくる。 拾得から8ヶ月後、水谷/中村/ヒロシ/サミーという同じラインナップによる『’77 LIVE』とは大きく異なるものの、『拾得 ’76』にもまた、この瞬間のラリーズでしか現出しえなかった唯一無二の音像が記録されている。 バンドの核にあったプリミティヴなエネルギーがダイレクトに記録された本作『拾得’76』は、<『’77 LIVE』と対に置かれるべきアルバム>なのかもしれない。
1980年9月11日、渋谷・屋根裏。山口冨士夫を迎えた裸のラリーズによる、熱く燃えたぎるライヴ・パフォーマンスが、今ここに鮮烈なサウンドで蘇る! アルバム『屋根裏Oct.’80』の制作過程において、山口冨士夫の在籍期間に残されたラリーズの音源を再検証する作業が進められる中、水谷孝が残した1本のテープが発見された。 レコーディング・データは不明なため、当初『Unknown』と呼ばれたそのテープから聴こえてくる2本のギターが、水谷孝と山口冨士夫であることは間違いない。 当時のメンバーおよび複数の関係者によって、これは未発表のスタジオ録音に違いないと判定されるほど、まるでライヴハウスの空気を感じさせない音像を持ったテープの内容は、最終的に、1980年9月11日に行なわれた渋谷・屋根裏での演奏を卓アウトで記録したものだと判明する。 そしてそこには、ほんの1ヶ月後に『屋根裏 YaneUra Oct.‘80』で展開されたものとはまったく違う、爆発的なパフォーマンスが焼き付けられていた。 中盤からどんどんテンポを速め、激しくヒートアップしていく「氷の炎」。そこから一気に雪崩れ込む、いつも以上に荒々しい「夜の収獲者たち」と「夜、暗殺者の夜」、そして「The Last One」。 ここには、たった半年あまりしか続かなかった冨士夫期でも、さらにほんの刹那しか立ち現れなかった幻の閃光が記録されているのと同時に、1980年の裸のラリーズが内包していた底知れぬポテンシャルが漲っている。
1980年9月11日、渋谷・屋根裏。山口冨士夫を迎えた裸のラリーズによる、熱く燃えたぎるライヴ・パフォーマンスが、今ここに鮮烈なサウンドで蘇る! アルバム『屋根裏Oct.’80』の制作過程において、山口冨士夫の在籍期間に残されたラリーズの音源を再検証する作業が進められる中、水谷孝が残した1本のテープが発見された。 レコーディング・データは不明なため、当初『Unknown』と呼ばれたそのテープから聴こえてくる2本のギターが、水谷孝と山口冨士夫であることは間違いない。 当時のメンバーおよび複数の関係者によって、これは未発表のスタジオ録音に違いないと判定されるほど、まるでライヴハウスの空気を感じさせない音像を持ったテープの内容は、最終的に、1980年9月11日に行なわれた渋谷・屋根裏での演奏を卓アウトで記録したものだと判明する。 そしてそこには、ほんの1ヶ月後に『屋根裏 YaneUra Oct.‘80』で展開されたものとはまったく違う、爆発的なパフォーマンスが焼き付けられていた。 中盤からどんどんテンポを速め、激しくヒートアップしていく「氷の炎」。そこから一気に雪崩れ込む、いつも以上に荒々しい「夜の収獲者たち」と「夜、暗殺者の夜」、そして「The Last One」。 ここには、たった半年あまりしか続かなかった冨士夫期でも、さらにほんの刹那しか立ち現れなかった幻の閃光が記録されているのと同時に、1980年の裸のラリーズが内包していた底知れぬポテンシャルが漲っている。
山口冨士夫をメンバーに迎えた裸のラリーズが、80年10月に渋谷・屋根裏で炸裂させた歴史的ライヴ・パフォーマンス、ついに公式リリース! 1980年、裸のラリーズは、もう一人のギタリストとして山口冨士夫(ザ・ダイナマイツ/村八分/ティアドロップス)をメンバーに迎え入れる。翌年の3月までという短期間に終わったものの、山口を擁したラインナップによる演奏は、ラリーズにとって異色でありながら強烈な印象を残すものとなり、多くのファンを熱狂させた。 そして、たった7回しか行われなかった彼らのライヴの中でも、とりわけ評価の高い10月29日・渋谷屋根裏での公演が、現存する最良の音質で遂に全貌を現す。 タイトなリズム隊をバックに、2本のギターがぶつかり合い絡み合って生み出される、漆黒の闇より深い黒を湛えた空間が、今ここに圧倒的な生々しさで蘇った。 30分を超えて展開する「俺は暗黒」~「氷の炎」は、ラリーズの全キャリアを通じても特筆すべきパフォーマンスのひとつだと断言できる。 ジャケットには、宇治晶によって撮影された未公開写真を使用。
裸のラリーズ、1993年のCLUB CITTA’ におけるライヴ・パフォーマンスを全曲収録したアルバム『CITTA' '93』がCD、LPに続いてDIGITALにて全世界リリース。 1991年にオリジナル・アルバム3タイトルをリリースした裸のラリーズは、1993年にはライヴ活動を再開、1988年以来久々にその姿をファンの前へ現した。2月13日のバウスシアターでの復帰ライヴに続き、4日後の17日に開催されたCLUB CITTA’における演奏は、ラリーズ史上特筆すべきパフォーマンスのひとつとなり今なお伝説的に語り継がれている。過去に鳴らしてきた大音量をさらに凌駕する凄まじいヴォリュームのギターは、会場の扉を揺り動かし、ロビーに避難する観客が出るほどだったという。 オーディエンスの全感覚を震わせる驚異のパフォーマンスを見せた同公演は、その全貌が8チャンネルのデジタルレコーダーによって記録されていた。 本作では、30年近く密かに保管されていたマルチトラック音源をベースに、会場での録音音源も加えて再構築した久保田麻琴の入魂のミキシングにより、あの夜に鳴り響いた「轟音を超える何か」をアルバム作品として再現。これまで聴かれることのなかったラリーズ・サウンドを体感することができる。 当日のメンバーは水谷孝(Vo,G)、石井勝彦(G)、高橋耀櫂(B)、野間幸道(Dr)。
バンド創成期の瑞々しく鮮烈な姿を捉えた音源集。20分近い壮絶なノイズ・インプロヴィゼーションを繰り広げる”Smokin’ Cigarette Blues”、その後の活動でも形を変えながら長らく演奏されていく”眩暈 otherwise My Conviction”、”記憶は遠い”、”The Last One”など重要ナンバーの原型が生々しく記録されている。2022年リマスター。
裸のラリーズが、ライヴ・バンドとしての真髄を最大限に発揮した、1977年3月12日の立川での公演を完全収録した90分超(CDでは2枚組、LPでは3枚組)のマスターピース。1991年にリリースされて以降、長らく入手困難だったアルバムを、オリジナル・デジタル・マスターから久保田麻琴のリマスタリングによって2022年に復刻。
1970年、久保田麻琴の協力を得て、同志社大学の放送室にて録音された音源集。アコースティックな感触のサウンドが主体で、裸のラリーズ=水谷孝の持つ繊細な側面にフォーカスした内容と言える。久保田の手により、オリジナル・マスターから最良の音質でリマスタリング。最終トラック「黒い悲しみのロマンセ otherwise Fallin’ Love With」のみ、東京に拠点を移してからの4人編成による1973年の演奏。
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裸のラリーズ(Les Rallizes Dénudés)水谷孝が構想していた「第4のアルバム」、「Disque 4 -'76 Studio et Live-」より収録曲「白い目覚め」が先行配信。
裸のラリーズ(Les Rallizes Dénudés)水谷孝が構想していた「第4のアルバム」、「Disque 4 -'76 Studio et Live-」より収録曲「白い目覚め」が先行配信。
裸のラリーズは1976年当時、水谷孝(Vo/G)と、結成時のメンバーでもあった中村武志(G)に加え、頭脳警察やだててんりゅうに参加してきたヒロシこと楢崎裕史(Ba)、吉祥寺のライブハウス「OZ」の元スタッフでOZバンドのメンバーでもあったサミーこと三巻敏朗(Dr)という編成になった。「この時期のラリーズは最高潮だった」という見解を示すラリーズ研究家は少なくない。 本作は、76年7月30日に、京都を代表するライヴハウスの老舗「拾得」にて、ラジカセの内蔵マイクによって録音された。「京都でのラリーズは何かが違う、音が違う」と関係者が証言する通り、そのテープからは、拾得の空間で鳴り響いたとは信じがたい、巨大なスケールのサウンドが聴こえてくる。 拾得から8ヶ月後、水谷/中村/ヒロシ/サミーという同じラインナップによる『’77 LIVE』とは大きく異なるものの、『拾得 ’76』にもまた、この瞬間のラリーズでしか現出しえなかった唯一無二の音像が記録されている。 バンドの核にあったプリミティヴなエネルギーがダイレクトに記録された本作『拾得’76』は、<『’77 LIVE』と対に置かれるべきアルバム>なのかもしれない。
1980年9月11日、渋谷・屋根裏。山口冨士夫を迎えた裸のラリーズによる、熱く燃えたぎるライヴ・パフォーマンスが、今ここに鮮烈なサウンドで蘇る! アルバム『屋根裏Oct.’80』の制作過程において、山口冨士夫の在籍期間に残されたラリーズの音源を再検証する作業が進められる中、水谷孝が残した1本のテープが発見された。 レコーディング・データは不明なため、当初『Unknown』と呼ばれたそのテープから聴こえてくる2本のギターが、水谷孝と山口冨士夫であることは間違いない。 当時のメンバーおよび複数の関係者によって、これは未発表のスタジオ録音に違いないと判定されるほど、まるでライヴハウスの空気を感じさせない音像を持ったテープの内容は、最終的に、1980年9月11日に行なわれた渋谷・屋根裏での演奏を卓アウトで記録したものだと判明する。 そしてそこには、ほんの1ヶ月後に『屋根裏 YaneUra Oct.‘80』で展開されたものとはまったく違う、爆発的なパフォーマンスが焼き付けられていた。 中盤からどんどんテンポを速め、激しくヒートアップしていく「氷の炎」。そこから一気に雪崩れ込む、いつも以上に荒々しい「夜の収獲者たち」と「夜、暗殺者の夜」、そして「The Last One」。 ここには、たった半年あまりしか続かなかった冨士夫期でも、さらにほんの刹那しか立ち現れなかった幻の閃光が記録されているのと同時に、1980年の裸のラリーズが内包していた底知れぬポテンシャルが漲っている。
1980年9月11日、渋谷・屋根裏。山口冨士夫を迎えた裸のラリーズによる、熱く燃えたぎるライヴ・パフォーマンスが、今ここに鮮烈なサウンドで蘇る! アルバム『屋根裏Oct.’80』の制作過程において、山口冨士夫の在籍期間に残されたラリーズの音源を再検証する作業が進められる中、水谷孝が残した1本のテープが発見された。 レコーディング・データは不明なため、当初『Unknown』と呼ばれたそのテープから聴こえてくる2本のギターが、水谷孝と山口冨士夫であることは間違いない。 当時のメンバーおよび複数の関係者によって、これは未発表のスタジオ録音に違いないと判定されるほど、まるでライヴハウスの空気を感じさせない音像を持ったテープの内容は、最終的に、1980年9月11日に行なわれた渋谷・屋根裏での演奏を卓アウトで記録したものだと判明する。 そしてそこには、ほんの1ヶ月後に『屋根裏 YaneUra Oct.‘80』で展開されたものとはまったく違う、爆発的なパフォーマンスが焼き付けられていた。 中盤からどんどんテンポを速め、激しくヒートアップしていく「氷の炎」。そこから一気に雪崩れ込む、いつも以上に荒々しい「夜の収獲者たち」と「夜、暗殺者の夜」、そして「The Last One」。 ここには、たった半年あまりしか続かなかった冨士夫期でも、さらにほんの刹那しか立ち現れなかった幻の閃光が記録されているのと同時に、1980年の裸のラリーズが内包していた底知れぬポテンシャルが漲っている。
山口冨士夫をメンバーに迎えた裸のラリーズが、80年10月に渋谷・屋根裏で炸裂させた歴史的ライヴ・パフォーマンス、ついに公式リリース! 1980年、裸のラリーズは、もう一人のギタリストとして山口冨士夫(ザ・ダイナマイツ/村八分/ティアドロップス)をメンバーに迎え入れる。翌年の3月までという短期間に終わったものの、山口を擁したラインナップによる演奏は、ラリーズにとって異色でありながら強烈な印象を残すものとなり、多くのファンを熱狂させた。 そして、たった7回しか行われなかった彼らのライヴの中でも、とりわけ評価の高い10月29日・渋谷屋根裏での公演が、現存する最良の音質で遂に全貌を現す。 タイトなリズム隊をバックに、2本のギターがぶつかり合い絡み合って生み出される、漆黒の闇より深い黒を湛えた空間が、今ここに圧倒的な生々しさで蘇った。 30分を超えて展開する「俺は暗黒」~「氷の炎」は、ラリーズの全キャリアを通じても特筆すべきパフォーマンスのひとつだと断言できる。 ジャケットには、宇治晶によって撮影された未公開写真を使用。
裸のラリーズ、1993年のCLUB CITTA’ におけるライヴ・パフォーマンスを全曲収録したアルバム『CITTA' '93』がCD、LPに続いてDIGITALにて全世界リリース。 1991年にオリジナル・アルバム3タイトルをリリースした裸のラリーズは、1993年にはライヴ活動を再開、1988年以来久々にその姿をファンの前へ現した。2月13日のバウスシアターでの復帰ライヴに続き、4日後の17日に開催されたCLUB CITTA’における演奏は、ラリーズ史上特筆すべきパフォーマンスのひとつとなり今なお伝説的に語り継がれている。過去に鳴らしてきた大音量をさらに凌駕する凄まじいヴォリュームのギターは、会場の扉を揺り動かし、ロビーに避難する観客が出るほどだったという。 オーディエンスの全感覚を震わせる驚異のパフォーマンスを見せた同公演は、その全貌が8チャンネルのデジタルレコーダーによって記録されていた。 本作では、30年近く密かに保管されていたマルチトラック音源をベースに、会場での録音音源も加えて再構築した久保田麻琴の入魂のミキシングにより、あの夜に鳴り響いた「轟音を超える何か」をアルバム作品として再現。これまで聴かれることのなかったラリーズ・サウンドを体感することができる。 当日のメンバーは水谷孝(Vo,G)、石井勝彦(G)、高橋耀櫂(B)、野間幸道(Dr)。
バンド創成期の瑞々しく鮮烈な姿を捉えた音源集。20分近い壮絶なノイズ・インプロヴィゼーションを繰り広げる”Smokin’ Cigarette Blues”、その後の活動でも形を変えながら長らく演奏されていく”眩暈 otherwise My Conviction”、”記憶は遠い”、”The Last One”など重要ナンバーの原型が生々しく記録されている。2022年リマスター。
裸のラリーズが、ライヴ・バンドとしての真髄を最大限に発揮した、1977年3月12日の立川での公演を完全収録した90分超(CDでは2枚組、LPでは3枚組)のマスターピース。1991年にリリースされて以降、長らく入手困難だったアルバムを、オリジナル・デジタル・マスターから久保田麻琴のリマスタリングによって2022年に復刻。
1970年、久保田麻琴の協力を得て、同志社大学の放送室にて録音された音源集。アコースティックな感触のサウンドが主体で、裸のラリーズ=水谷孝の持つ繊細な側面にフォーカスした内容と言える。久保田の手により、オリジナル・マスターから最良の音質でリマスタリング。最終トラック「黒い悲しみのロマンセ otherwise Fallin’ Love With」のみ、東京に拠点を移してからの4人編成による1973年の演奏。











