| Title | Duration | Price | ||
|---|---|---|---|---|
| 1 |
|
landscape alac,flac,wav,aac: 16bit/44.1kHz | 06:25 | |
| 2 |
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彼の島 alac,flac,wav,aac: 16bit/44.1kHz | 05:23 | |
| 3 |
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海のゆりかご alac,flac,wav,aac: 16bit/44.1kHz | 07:04 | |
| 4 |
|
GOOD LUCK alac,flac,wav,aac: 16bit/44.1kHz | 04:00 | |
| 5 |
|
まぼろし alac,flac,wav,aac: 16bit/44.1kHz | 04:49 |
TORU(Vo&Gt)とARISA(Pf,Syn&Cho)の2人組音楽グループ「MAMEFUTATSU」による初の音源集。 アコースティックをベースにエレクトロサウンドを織り交ぜて、広がりとうねりのある独自の音空間を創造した作品。
Digital Catalog
2025年11月から2026年1月にわたって配信される3ヶ月連続シングルリリースの第三作品目となる本作。 以下「Eine kleine」によせて。 誰かの生死に触れる時、それを自分と重ね合わせることは誰しもあると思います。100年後には今を生きているほとんどの人はもうこの地上には居ないということ。途方もない宇宙空間を進む僕たちはこれから何処へ向かうのでしょう。答えは我々人類が届かないところで守られているのかもしれませんが、それぞれが肉体、心、意識、生命を自分自身としっかり結びつけていれば、永遠の只中にあっても安らかに居られるのだと感じています。
2025年11月から2026年1月にわたって配信される3ヶ月連続シングルリリースの第三作品目となる本作。 以下「Eine kleine」によせて。 誰かの生死に触れる時、それを自分と重ね合わせることは誰しもあると思います。100年後には今を生きているほとんどの人はもうこの地上には居ないということ。途方もない宇宙空間を進む僕たちはこれから何処へ向かうのでしょう。答えは我々人類が届かないところで守られているのかもしれませんが、それぞれが肉体、心、意識、生命を自分自身としっかり結びつけていれば、永遠の只中にあっても安らかに居られるのだと感じています。
2024年11月から2025年1月にわたって配信される3ヶ月連続シングルリリースの第二作品目となる本作。 以下「Weather report」によせて。 天気を予測するということと、未来を占うということの意味を混同していた子供は、不思議な思いを抱きながらブラウン管テレビを眺めていた。 遠足や家族旅行を数日後に控えながら、太陽や雨傘のマークをこまめに確認しては一喜一憂していたあの頃。 永遠に続くと思っていたそれらの全ては、過去になった。 過ぎ去った遠い日々を振り返ってみると、「未来を思い描いていた過去」に生きる彼らが愛おしい。 彼らの淡い空想の片隅に、ひょっとしたら今を生きる私達が紛れ込んでいたのかも知れない。
2024年11月から2025年1月にわたって配信される3ヶ月連続シングルリリースの第二作品目となる本作。 以下「Weather report」によせて。 天気を予測するということと、未来を占うということの意味を混同していた子供は、不思議な思いを抱きながらブラウン管テレビを眺めていた。 遠足や家族旅行を数日後に控えながら、太陽や雨傘のマークをこまめに確認しては一喜一憂していたあの頃。 永遠に続くと思っていたそれらの全ては、過去になった。 過ぎ去った遠い日々を振り返ってみると、「未来を思い描いていた過去」に生きる彼らが愛おしい。 彼らの淡い空想の片隅に、ひょっとしたら今を生きる私達が紛れ込んでいたのかも知れない。
2024年5月上旬、台湾最南端の街「恒春(ヘンチュン)」へフィールドレコーディング(野外録音)の旅に出掛けた。 この小さな街を訪れてみたい思ったのは、漠然とパソコンで地図を眺めていた際に偶然見つけたその街の名前がハッとするほど美しかったことと、19世紀後半に築造された古い城壁に囲まれて街が存在するという特異性に惹かれたからだ。 2023年夏の終わり頃、ベトナム中部の古都ホイアンで一週間思いのまま歩き回って録音した音を基に作品を制作し、前アルバムに収録した。 今回はフィールドレコーディングに少しだけ規則性を持たせ、街を囲む城壁に設置された門(東西南北とその中間地点の8箇所)及びそれらを線で結んだ際に中心となる市場を加えた計9箇所にマイクを立てて録音を行った。録音の際には各地点で小さなハンドベルを鳴らして場所の変化に対峙する共通項を持たせると同時に、定点観測的に音で街を囲みその輪郭を浮かび上がらせてみようという企みもありながら。 照りつける日差しの中でジッと耐えながら収録した音を日本へ持ち帰り、時計回りに街を逡巡したのち中心地点の公設市場でエンディングとなるよう音データを配置した。それをベースに恒春の風、匂い、熱気、街並みや出逢った人々を思い返しながら楽器や声を重ねていった。 実際に出来上がった作品は、当初のアカデミックな思惑に(自ら)反して、至ってポップな仕上がりとなった。 小さい頃から郷愁という感情に親しんできた。小さい頃から親しむというのもおかしいが(郷愁は振り返る時間を蓄えた者が往々にして持つ感情だから)、ある情景や物事を通して自分の生きてきた時間とそれ以前の時の流れに想いを馳せ、二度とは戻らない移ろいの儚さを慈しんでいたいというような気持ち。 この街をぼんやりと歩きながら、そこで営まれている人々の暮らしを垣間見ていると、あぁもう元に戻ることの出来ない遠い所へ来てしまったんだな、という心持ちがしてくる。矢張りそれは地理的というよりも時間的な事象として。それと同時に薄暗い路地裏や家々の小窓から注がれる柔らかな慰謝が、海を渡って来た暖かい風と共に肌に染み入ってくるのだ。 あの街には、いつの間にか僕が失くしてしまったノスタルジアが、確かにあった。
2024年5月上旬、台湾最南端の街「恒春(ヘンチュン)」へフィールドレコーディング(野外録音)の旅に出掛けた。 この小さな街を訪れてみたい思ったのは、漠然とパソコンで地図を眺めていた際に偶然見つけたその街の名前がハッとするほど美しかったことと、19世紀後半に築造された古い城壁に囲まれて街が存在するという特異性に惹かれたからだ。 2023年夏の終わり頃、ベトナム中部の古都ホイアンで一週間思いのまま歩き回って録音した音を基に作品を制作し、前アルバムに収録した。 今回はフィールドレコーディングに少しだけ規則性を持たせ、街を囲む城壁に設置された門(東西南北とその中間地点の8箇所)及びそれらを線で結んだ際に中心となる市場を加えた計9箇所にマイクを立てて録音を行った。録音の際には各地点で小さなハンドベルを鳴らして場所の変化に対峙する共通項を持たせると同時に、定点観測的に音で街を囲みその輪郭を浮かび上がらせてみようという企みもありながら。 照りつける日差しの中でジッと耐えながら収録した音を日本へ持ち帰り、時計回りに街を逡巡したのち中心地点の公設市場でエンディングとなるよう音データを配置した。それをベースに恒春の風、匂い、熱気、街並みや出逢った人々を思い返しながら楽器や声を重ねていった。 実際に出来上がった作品は、当初のアカデミックな思惑に(自ら)反して、至ってポップな仕上がりとなった。 小さい頃から郷愁という感情に親しんできた。小さい頃から親しむというのもおかしいが(郷愁は振り返る時間を蓄えた者が往々にして持つ感情だから)、ある情景や物事を通して自分の生きてきた時間とそれ以前の時の流れに想いを馳せ、二度とは戻らない移ろいの儚さを慈しんでいたいというような気持ち。 この街をぼんやりと歩きながら、そこで営まれている人々の暮らしを垣間見ていると、あぁもう元に戻ることの出来ない遠い所へ来てしまったんだな、という心持ちがしてくる。矢張りそれは地理的というよりも時間的な事象として。それと同時に薄暗い路地裏や家々の小窓から注がれる柔らかな慰謝が、海を渡って来た暖かい風と共に肌に染み入ってくるのだ。 あの街には、いつの間にか僕が失くしてしまったノスタルジアが、確かにあった。
このアルバムを通して聴こえてくる音は何か。 それはサクランボが水に落ちて跳ねる音であり、音もなく流れていく雲が鳴らす音であり、サーファーが波を待つ寒い外房の海の音であり、東南アジアのノスタルジックな古い家々から漏れる生活の音であり、行ったこともない土地への勝手な印象を鳴らした音でもある。フィールドワークでレコーディングしたそれらの音の断片がまず基礎としてある。楽器や歌の旋律は、それらの基礎から即興的に想起されたもので、マイクの前に立った時点でメロディーが生まれ、歌詞が生まれ、録音された。自然や街に潜む環境音、或いは自然をモチーフとして創作した音があくまで主役であって、MAMEFUTATSUの2人はそれらに促されるままグランドピアノやギター、テープMTRを用いたサウンドエフェクトなどで追従した。そんな印象を受ける作品だ。 音楽は国境を越えるというが、彼らの音が持っているアイデンティティーという意味においては、この作品アジアの域を越えない。ここで鳴っているのは、「極東」という不都合な地域概念を押し付けられた国に生まれた者が、西洋諸国から受けた音楽的影響のジレンマに対峙するために作った音楽とも捉えられる。ノマドミュージックというほどにクロスオーバーしている訳でもなく、ヴィレッジミュージックやカントリーミュージックと呼ぶには収まりが悪い、「適当適度」な容量と奥行きと質感を本作品は持っている。 ともあれ、1曲をループ再生していると曲の始まりと終わりが分からなくなるような、途切れのない音楽は聴いていて心地が良い。音楽的背景など堅苦しいことを推察せず、その音に身をゆだねるまま聴いていたい。
このアルバムを通して聴こえてくる音は何か。 それはサクランボが水に落ちて跳ねる音であり、音もなく流れていく雲が鳴らす音であり、サーファーが波を待つ寒い外房の海の音であり、東南アジアのノスタルジックな古い家々から漏れる生活の音であり、行ったこともない土地への勝手な印象を鳴らした音でもある。フィールドワークでレコーディングしたそれらの音の断片がまず基礎としてある。楽器や歌の旋律は、それらの基礎から即興的に想起されたもので、マイクの前に立った時点でメロディーが生まれ、歌詞が生まれ、録音された。自然や街に潜む環境音、或いは自然をモチーフとして創作した音があくまで主役であって、MAMEFUTATSUの2人はそれらに促されるままグランドピアノやギター、テープMTRを用いたサウンドエフェクトなどで追従した。そんな印象を受ける作品だ。 音楽は国境を越えるというが、彼らの音が持っているアイデンティティーという意味においては、この作品アジアの域を越えない。ここで鳴っているのは、「極東」という不都合な地域概念を押し付けられた国に生まれた者が、西洋諸国から受けた音楽的影響のジレンマに対峙するために作った音楽とも捉えられる。ノマドミュージックというほどにクロスオーバーしている訳でもなく、ヴィレッジミュージックやカントリーミュージックと呼ぶには収まりが悪い、「適当適度」な容量と奥行きと質感を本作品は持っている。 ともあれ、1曲をループ再生していると曲の始まりと終わりが分からなくなるような、途切れのない音楽は聴いていて心地が良い。音楽的背景など堅苦しいことを推察せず、その音に身をゆだねるまま聴いていたい。
音楽duo「MAMEFUTATSU」による第三音源集。 静かな葡萄畑に囲まれた一軒家で録音された作品。 ギター、ピアノのほかにマンドリン・琴・アナログシンセサイザーなど多様な楽器を取り入れながら、制作場所周辺の山林や畑、街の中の音を環境音として散りばめ、演奏・録音・ミックス・マスタリング・ジャケットデザイン等全ての作業を自ら行った完全自主制作盤。 432Hzで収録。
音楽duo「MAMEFUTATSU」による第三音源集。 静かな葡萄畑に囲まれた一軒家で録音された作品。 ギター、ピアノのほかにマンドリン・琴・アナログシンセサイザーなど多様な楽器を取り入れながら、制作場所周辺の山林や畑、街の中の音を環境音として散りばめ、演奏・録音・ミックス・マスタリング・ジャケットデザイン等全ての作業を自ら行った完全自主制作盤。 432Hzで収録。
TORU(Vo&Gt)とARISA(Pf&Cho)の音楽Unit「MAMEFUTATSU」による永遠を主題とした第二音源集。様々なルーツミュージックの影響を垣間見せる楽曲をアコースティックギターとピアノ、男性ヴォーカルと女性コーラスによる温かい音色で綴る。
TORU(Vo&Gt)とARISA(Pf,Syn&Cho)の2人組音楽グループ「MAMEFUTATSU」による初の音源集。 アコースティックをベースにエレクトロサウンドを織り交ぜて、広がりとうねりのある独自の音空間を創造した作品。
Digital Catalog
2025年11月から2026年1月にわたって配信される3ヶ月連続シングルリリースの第三作品目となる本作。 以下「Eine kleine」によせて。 誰かの生死に触れる時、それを自分と重ね合わせることは誰しもあると思います。100年後には今を生きているほとんどの人はもうこの地上には居ないということ。途方もない宇宙空間を進む僕たちはこれから何処へ向かうのでしょう。答えは我々人類が届かないところで守られているのかもしれませんが、それぞれが肉体、心、意識、生命を自分自身としっかり結びつけていれば、永遠の只中にあっても安らかに居られるのだと感じています。
2025年11月から2026年1月にわたって配信される3ヶ月連続シングルリリースの第三作品目となる本作。 以下「Eine kleine」によせて。 誰かの生死に触れる時、それを自分と重ね合わせることは誰しもあると思います。100年後には今を生きているほとんどの人はもうこの地上には居ないということ。途方もない宇宙空間を進む僕たちはこれから何処へ向かうのでしょう。答えは我々人類が届かないところで守られているのかもしれませんが、それぞれが肉体、心、意識、生命を自分自身としっかり結びつけていれば、永遠の只中にあっても安らかに居られるのだと感じています。
2024年11月から2025年1月にわたって配信される3ヶ月連続シングルリリースの第二作品目となる本作。 以下「Weather report」によせて。 天気を予測するということと、未来を占うということの意味を混同していた子供は、不思議な思いを抱きながらブラウン管テレビを眺めていた。 遠足や家族旅行を数日後に控えながら、太陽や雨傘のマークをこまめに確認しては一喜一憂していたあの頃。 永遠に続くと思っていたそれらの全ては、過去になった。 過ぎ去った遠い日々を振り返ってみると、「未来を思い描いていた過去」に生きる彼らが愛おしい。 彼らの淡い空想の片隅に、ひょっとしたら今を生きる私達が紛れ込んでいたのかも知れない。
2024年11月から2025年1月にわたって配信される3ヶ月連続シングルリリースの第二作品目となる本作。 以下「Weather report」によせて。 天気を予測するということと、未来を占うということの意味を混同していた子供は、不思議な思いを抱きながらブラウン管テレビを眺めていた。 遠足や家族旅行を数日後に控えながら、太陽や雨傘のマークをこまめに確認しては一喜一憂していたあの頃。 永遠に続くと思っていたそれらの全ては、過去になった。 過ぎ去った遠い日々を振り返ってみると、「未来を思い描いていた過去」に生きる彼らが愛おしい。 彼らの淡い空想の片隅に、ひょっとしたら今を生きる私達が紛れ込んでいたのかも知れない。
2024年5月上旬、台湾最南端の街「恒春(ヘンチュン)」へフィールドレコーディング(野外録音)の旅に出掛けた。 この小さな街を訪れてみたい思ったのは、漠然とパソコンで地図を眺めていた際に偶然見つけたその街の名前がハッとするほど美しかったことと、19世紀後半に築造された古い城壁に囲まれて街が存在するという特異性に惹かれたからだ。 2023年夏の終わり頃、ベトナム中部の古都ホイアンで一週間思いのまま歩き回って録音した音を基に作品を制作し、前アルバムに収録した。 今回はフィールドレコーディングに少しだけ規則性を持たせ、街を囲む城壁に設置された門(東西南北とその中間地点の8箇所)及びそれらを線で結んだ際に中心となる市場を加えた計9箇所にマイクを立てて録音を行った。録音の際には各地点で小さなハンドベルを鳴らして場所の変化に対峙する共通項を持たせると同時に、定点観測的に音で街を囲みその輪郭を浮かび上がらせてみようという企みもありながら。 照りつける日差しの中でジッと耐えながら収録した音を日本へ持ち帰り、時計回りに街を逡巡したのち中心地点の公設市場でエンディングとなるよう音データを配置した。それをベースに恒春の風、匂い、熱気、街並みや出逢った人々を思い返しながら楽器や声を重ねていった。 実際に出来上がった作品は、当初のアカデミックな思惑に(自ら)反して、至ってポップな仕上がりとなった。 小さい頃から郷愁という感情に親しんできた。小さい頃から親しむというのもおかしいが(郷愁は振り返る時間を蓄えた者が往々にして持つ感情だから)、ある情景や物事を通して自分の生きてきた時間とそれ以前の時の流れに想いを馳せ、二度とは戻らない移ろいの儚さを慈しんでいたいというような気持ち。 この街をぼんやりと歩きながら、そこで営まれている人々の暮らしを垣間見ていると、あぁもう元に戻ることの出来ない遠い所へ来てしまったんだな、という心持ちがしてくる。矢張りそれは地理的というよりも時間的な事象として。それと同時に薄暗い路地裏や家々の小窓から注がれる柔らかな慰謝が、海を渡って来た暖かい風と共に肌に染み入ってくるのだ。 あの街には、いつの間にか僕が失くしてしまったノスタルジアが、確かにあった。
2024年5月上旬、台湾最南端の街「恒春(ヘンチュン)」へフィールドレコーディング(野外録音)の旅に出掛けた。 この小さな街を訪れてみたい思ったのは、漠然とパソコンで地図を眺めていた際に偶然見つけたその街の名前がハッとするほど美しかったことと、19世紀後半に築造された古い城壁に囲まれて街が存在するという特異性に惹かれたからだ。 2023年夏の終わり頃、ベトナム中部の古都ホイアンで一週間思いのまま歩き回って録音した音を基に作品を制作し、前アルバムに収録した。 今回はフィールドレコーディングに少しだけ規則性を持たせ、街を囲む城壁に設置された門(東西南北とその中間地点の8箇所)及びそれらを線で結んだ際に中心となる市場を加えた計9箇所にマイクを立てて録音を行った。録音の際には各地点で小さなハンドベルを鳴らして場所の変化に対峙する共通項を持たせると同時に、定点観測的に音で街を囲みその輪郭を浮かび上がらせてみようという企みもありながら。 照りつける日差しの中でジッと耐えながら収録した音を日本へ持ち帰り、時計回りに街を逡巡したのち中心地点の公設市場でエンディングとなるよう音データを配置した。それをベースに恒春の風、匂い、熱気、街並みや出逢った人々を思い返しながら楽器や声を重ねていった。 実際に出来上がった作品は、当初のアカデミックな思惑に(自ら)反して、至ってポップな仕上がりとなった。 小さい頃から郷愁という感情に親しんできた。小さい頃から親しむというのもおかしいが(郷愁は振り返る時間を蓄えた者が往々にして持つ感情だから)、ある情景や物事を通して自分の生きてきた時間とそれ以前の時の流れに想いを馳せ、二度とは戻らない移ろいの儚さを慈しんでいたいというような気持ち。 この街をぼんやりと歩きながら、そこで営まれている人々の暮らしを垣間見ていると、あぁもう元に戻ることの出来ない遠い所へ来てしまったんだな、という心持ちがしてくる。矢張りそれは地理的というよりも時間的な事象として。それと同時に薄暗い路地裏や家々の小窓から注がれる柔らかな慰謝が、海を渡って来た暖かい風と共に肌に染み入ってくるのだ。 あの街には、いつの間にか僕が失くしてしまったノスタルジアが、確かにあった。
このアルバムを通して聴こえてくる音は何か。 それはサクランボが水に落ちて跳ねる音であり、音もなく流れていく雲が鳴らす音であり、サーファーが波を待つ寒い外房の海の音であり、東南アジアのノスタルジックな古い家々から漏れる生活の音であり、行ったこともない土地への勝手な印象を鳴らした音でもある。フィールドワークでレコーディングしたそれらの音の断片がまず基礎としてある。楽器や歌の旋律は、それらの基礎から即興的に想起されたもので、マイクの前に立った時点でメロディーが生まれ、歌詞が生まれ、録音された。自然や街に潜む環境音、或いは自然をモチーフとして創作した音があくまで主役であって、MAMEFUTATSUの2人はそれらに促されるままグランドピアノやギター、テープMTRを用いたサウンドエフェクトなどで追従した。そんな印象を受ける作品だ。 音楽は国境を越えるというが、彼らの音が持っているアイデンティティーという意味においては、この作品アジアの域を越えない。ここで鳴っているのは、「極東」という不都合な地域概念を押し付けられた国に生まれた者が、西洋諸国から受けた音楽的影響のジレンマに対峙するために作った音楽とも捉えられる。ノマドミュージックというほどにクロスオーバーしている訳でもなく、ヴィレッジミュージックやカントリーミュージックと呼ぶには収まりが悪い、「適当適度」な容量と奥行きと質感を本作品は持っている。 ともあれ、1曲をループ再生していると曲の始まりと終わりが分からなくなるような、途切れのない音楽は聴いていて心地が良い。音楽的背景など堅苦しいことを推察せず、その音に身をゆだねるまま聴いていたい。
このアルバムを通して聴こえてくる音は何か。 それはサクランボが水に落ちて跳ねる音であり、音もなく流れていく雲が鳴らす音であり、サーファーが波を待つ寒い外房の海の音であり、東南アジアのノスタルジックな古い家々から漏れる生活の音であり、行ったこともない土地への勝手な印象を鳴らした音でもある。フィールドワークでレコーディングしたそれらの音の断片がまず基礎としてある。楽器や歌の旋律は、それらの基礎から即興的に想起されたもので、マイクの前に立った時点でメロディーが生まれ、歌詞が生まれ、録音された。自然や街に潜む環境音、或いは自然をモチーフとして創作した音があくまで主役であって、MAMEFUTATSUの2人はそれらに促されるままグランドピアノやギター、テープMTRを用いたサウンドエフェクトなどで追従した。そんな印象を受ける作品だ。 音楽は国境を越えるというが、彼らの音が持っているアイデンティティーという意味においては、この作品アジアの域を越えない。ここで鳴っているのは、「極東」という不都合な地域概念を押し付けられた国に生まれた者が、西洋諸国から受けた音楽的影響のジレンマに対峙するために作った音楽とも捉えられる。ノマドミュージックというほどにクロスオーバーしている訳でもなく、ヴィレッジミュージックやカントリーミュージックと呼ぶには収まりが悪い、「適当適度」な容量と奥行きと質感を本作品は持っている。 ともあれ、1曲をループ再生していると曲の始まりと終わりが分からなくなるような、途切れのない音楽は聴いていて心地が良い。音楽的背景など堅苦しいことを推察せず、その音に身をゆだねるまま聴いていたい。
音楽duo「MAMEFUTATSU」による第三音源集。 静かな葡萄畑に囲まれた一軒家で録音された作品。 ギター、ピアノのほかにマンドリン・琴・アナログシンセサイザーなど多様な楽器を取り入れながら、制作場所周辺の山林や畑、街の中の音を環境音として散りばめ、演奏・録音・ミックス・マスタリング・ジャケットデザイン等全ての作業を自ら行った完全自主制作盤。 432Hzで収録。
音楽duo「MAMEFUTATSU」による第三音源集。 静かな葡萄畑に囲まれた一軒家で録音された作品。 ギター、ピアノのほかにマンドリン・琴・アナログシンセサイザーなど多様な楽器を取り入れながら、制作場所周辺の山林や畑、街の中の音を環境音として散りばめ、演奏・録音・ミックス・マスタリング・ジャケットデザイン等全ての作業を自ら行った完全自主制作盤。 432Hzで収録。
TORU(Vo&Gt)とARISA(Pf&Cho)の音楽Unit「MAMEFUTATSU」による永遠を主題とした第二音源集。様々なルーツミュージックの影響を垣間見せる楽曲をアコースティックギターとピアノ、男性ヴォーカルと女性コーラスによる温かい音色で綴る。
TORU(Vo&Gt)とARISA(Pf,Syn&Cho)の2人組音楽グループ「MAMEFUTATSU」による初の音源集。 アコースティックをベースにエレクトロサウンドを織り交ぜて、広がりとうねりのある独自の音空間を創造した作品。











