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残響 (Cover)  alac,flac,wav,aac: 24bit/48kHz 04:37
Album Info

993年メジャーデビュー以来現在まで幅広く活躍するシンガー、木瀬りえ子。 2023年に始まった明石隼汰プロデュースによる、彼女のロックな面にフォーカスを当てたヘヴィなナンバーを配信する "Rieko Kise Rock Songs Project" の第二弾シングルは、第一弾と同じく沖縄のシンガー・minako によるバラード「残響」のカヴァー。 minakoの描き出す情念ほとばしる詞世界と、木瀬の咆哮するハイトーンの運命的な出会いによって、心を深くえぐる破壊的に美しい名曲が誕生した!

Digital Catalog

フレデリック・ショパン (1810-1849) 作曲の、「葬送ソナタ」として知られているピアノソナタ第2番を私が最初に聴いたのは、高1だった1980年。バンド活動でヴォーカルを担当しながら、オリジナル曲を作り始めたばかりの頃でした。 ワルシャワで開催された第10回ショパンコンクールでの、チェコ出身のイーヴォ・ポゴレリッチの演奏が、たまたま付けていたFMラジオから流れてきたのです。 衝撃でした。何よりそのスピードに。 第1楽章の冒頭の後、”Doppio movimento”(2倍の速さで)と指定してある箇所を、彼は3倍の速さで弾いていたのです。 この演奏は物議を呼び、伝統的解釈を支持する審査員達により彼は決勝に進めず、それに抗議して審査員のマルタ・アルゲリッチが辞任する事件となったことは後で知りました。 ただ私にはその演奏がその時、まるでハードロックのように聞こえ、当時レインボーにいたドラマー、コージー・パウエルが一緒に演奏していたら、と熱い妄想をかき立てていたのでした。 それを最初に実現しようとしたのが、私が教育大学音楽科に進んで2年目の1984年。4トラックのカセットMTRを用い、黎明期のドラムマシンで打ち込みをしたトラックの上に、ピアノ専攻の友人にピアノを弾いてもらって、デモを制作しました。 が、当時の技量の限界もあり、思ったものができずに断念。 それから約40年。これがきっかけでショパンを深く学びこよなく愛することとなり、作曲家・プロデューサーとなった私は、技術と機材の進歩により、気がつけば長年の構想を実現させることができる環境を手にしていたのでした。 2年前の2023年より “Rock Songs Project” の楽曲制作を続けさせていただいているシンガー、木瀬りえ子さんにこの企画をお話ししたところ、二つ返事でOKをいただき、長く眠りについていた「ショパンのソナタ2番1楽章をロックドラムとコラボする」企画は突然甦えることとなりました。 まさに自分の原点の一つともいえ、終活のひとつでもあるこの曲の制作作業は、まさに至福の時でした。40年前のデモを下敷きに、溢れ出る様々なアイデアを大胆に取り入れ、売れることなど一切考えずに推敲を重ね、およそ2ヶ月かけてアレンジを仕上げました。 歌詞は、あまり知られてはいないショパンその人の人生を題材にしており、彼がピアノに託した熱い想いを閉じ込める工夫をしています。 何より、この歌に命を灯した木瀬さんの魂を込めた歌唱の素晴らしさ! そのハイトーンと表現力はまごうことなき彼女の歴代最高のパフォーマンスであり、レコーディングでは鳥肌が何度も抑えきれず、この現場にいられたことを誇りに思うほどでした。 こうして遂に完成した「フレデリック・ソナタ」を、いよいよ皆さんの元へ届ける準備が整いました! 皆さんはどう思われるでしょうか?長く激しい曲ですので、受け入れられる方は限られるかも知れません。また、ショパンを汚すな!という方もおられるでしょう。 それでも一度体験いただき、もし心が動き、ショパンの人生に興味を持っていただくことができたら、何より本望です。 2025年12月 明石隼汰

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フレデリック・ショパン (1810-1849) 作曲の、「葬送ソナタ」として知られているピアノソナタ第2番を私が最初に聴いたのは、高1だった1980年。バンド活動でヴォーカルを担当しながら、オリジナル曲を作り始めたばかりの頃でした。 ワルシャワで開催された第10回ショパンコンクールでの、チェコ出身のイーヴォ・ポゴレリッチの演奏が、たまたま付けていたFMラジオから流れてきたのです。 衝撃でした。何よりそのスピードに。 第1楽章の冒頭の後、”Doppio movimento”(2倍の速さで)と指定してある箇所を、彼は3倍の速さで弾いていたのです。 この演奏は物議を呼び、伝統的解釈を支持する審査員達により彼は決勝に進めず、それに抗議して審査員のマルタ・アルゲリッチが辞任する事件となったことは後で知りました。 ただ私にはその演奏がその時、まるでハードロックのように聞こえ、当時レインボーにいたドラマー、コージー・パウエルが一緒に演奏していたら、と熱い妄想をかき立てていたのでした。 それを最初に実現しようとしたのが、私が教育大学音楽科に進んで2年目の1984年。4トラックのカセットMTRを用い、黎明期のドラムマシンで打ち込みをしたトラックの上に、ピアノ専攻の友人にピアノを弾いてもらって、デモを制作しました。 が、当時の技量の限界もあり、思ったものができずに断念。 それから約40年。これがきっかけでショパンを深く学びこよなく愛することとなり、作曲家・プロデューサーとなった私は、技術と機材の進歩により、気がつけば長年の構想を実現させることができる環境を手にしていたのでした。 2年前の2023年より “Rock Songs Project” の楽曲制作を続けさせていただいているシンガー、木瀬りえ子さんにこの企画をお話ししたところ、二つ返事でOKをいただき、長く眠りについていた「ショパンのソナタ2番1楽章をロックドラムとコラボする」企画は突然甦えることとなりました。 まさに自分の原点の一つともいえ、終活のひとつでもあるこの曲の制作作業は、まさに至福の時でした。40年前のデモを下敷きに、溢れ出る様々なアイデアを大胆に取り入れ、売れることなど一切考えずに推敲を重ね、およそ2ヶ月かけてアレンジを仕上げました。 歌詞は、あまり知られてはいないショパンその人の人生を題材にしており、彼がピアノに託した熱い想いを閉じ込める工夫をしています。 何より、この歌に命を灯した木瀬さんの魂を込めた歌唱の素晴らしさ! そのハイトーンと表現力はまごうことなき彼女の歴代最高のパフォーマンスであり、レコーディングでは鳥肌が何度も抑えきれず、この現場にいられたことを誇りに思うほどでした。 こうして遂に完成した「フレデリック・ソナタ」を、いよいよ皆さんの元へ届ける準備が整いました! 皆さんはどう思われるでしょうか?長く激しい曲ですので、受け入れられる方は限られるかも知れません。また、ショパンを汚すな!という方もおられるでしょう。 それでも一度体験いただき、もし心が動き、ショパンの人生に興味を持っていただくことができたら、何より本望です。 2025年12月 明石隼汰

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1993年メジャーデビュー以来現在まで幅広く活躍するシンガー、木瀬りえ子。 2023年に始まった明石隼汰プロデュースによる、彼女のロックな面にフォーカスを当てたヘヴィなナンバーを配信する "Rieko Kise Rock Songs Project" の第三弾シングルは、コージー・パウエル&ゲイリー・ムーアへ捧げるハイスピード・シャッフル曲! 作詞家・Seriko Natsuno が紡ぎ出した詞世界を体現するため、明石は3年をかけこのフォームにたどり着いた。 フィーチャリング・ギタリストは、石井仁(ex. The Slut Banks / Death Valley Flash)。 容赦ないビート、速弾きギターと互角に向き合う木瀬の声帯全てを震わせシャウトする圧巻のパフォーマンスを目撃せよ!

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1993年メジャーデビュー以来現在まで幅広く活躍するシンガー、木瀬りえ子。 2023年に始まった明石隼汰プロデュースによる、彼女のロックな面にフォーカスを当てたヘヴィなナンバーを配信する "Rieko Kise Rock Songs Project" の第三弾シングルは、コージー・パウエル&ゲイリー・ムーアへ捧げるハイスピード・シャッフル曲! 作詞家・Seriko Natsuno が紡ぎ出した詞世界を体現するため、明石は3年をかけこのフォームにたどり着いた。 フィーチャリング・ギタリストは、石井仁(ex. The Slut Banks / Death Valley Flash)。 容赦ないビート、速弾きギターと互角に向き合う木瀬の声帯全てを震わせシャウトする圧巻のパフォーマンスを目撃せよ!

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フレデリック・ショパン (1810-1849) 作曲の、「葬送ソナタ」として知られているピアノソナタ第2番を私が最初に聴いたのは、高1だった1980年。バンド活動でヴォーカルを担当しながら、オリジナル曲を作り始めたばかりの頃でした。 ワルシャワで開催された第10回ショパンコンクールでの、チェコ出身のイーヴォ・ポゴレリッチの演奏が、たまたま付けていたFMラジオから流れてきたのです。 衝撃でした。何よりそのスピードに。 第1楽章の冒頭の後、”Doppio movimento”(2倍の速さで)と指定してある箇所を、彼は3倍の速さで弾いていたのです。 この演奏は物議を呼び、伝統的解釈を支持する審査員達により彼は決勝に進めず、それに抗議して審査員のマルタ・アルゲリッチが辞任する事件となったことは後で知りました。 ただ私にはその演奏がその時、まるでハードロックのように聞こえ、当時レインボーにいたドラマー、コージー・パウエルが一緒に演奏していたら、と熱い妄想をかき立てていたのでした。 それを最初に実現しようとしたのが、私が教育大学音楽科に進んで2年目の1984年。4トラックのカセットMTRを用い、黎明期のドラムマシンで打ち込みをしたトラックの上に、ピアノ専攻の友人にピアノを弾いてもらって、デモを制作しました。 が、当時の技量の限界もあり、思ったものができずに断念。 それから約40年。これがきっかけでショパンを深く学びこよなく愛することとなり、作曲家・プロデューサーとなった私は、技術と機材の進歩により、気がつけば長年の構想を実現させることができる環境を手にしていたのでした。 2年前の2023年より “Rock Songs Project” の楽曲制作を続けさせていただいているシンガー、木瀬りえ子さんにこの企画をお話ししたところ、二つ返事でOKをいただき、長く眠りについていた「ショパンのソナタ2番1楽章をロックドラムとコラボする」企画は突然甦えることとなりました。 まさに自分の原点の一つともいえ、終活のひとつでもあるこの曲の制作作業は、まさに至福の時でした。40年前のデモを下敷きに、溢れ出る様々なアイデアを大胆に取り入れ、売れることなど一切考えずに推敲を重ね、およそ2ヶ月かけてアレンジを仕上げました。 歌詞は、あまり知られてはいないショパンその人の人生を題材にしており、彼がピアノに託した熱い想いを閉じ込める工夫をしています。 何より、この歌に命を灯した木瀬さんの魂を込めた歌唱の素晴らしさ! そのハイトーンと表現力はまごうことなき彼女の歴代最高のパフォーマンスであり、レコーディングでは鳥肌が何度も抑えきれず、この現場にいられたことを誇りに思うほどでした。 こうして遂に完成した「フレデリック・ソナタ」を、いよいよ皆さんの元へ届ける準備が整いました! 皆さんはどう思われるでしょうか?長く激しい曲ですので、受け入れられる方は限られるかも知れません。また、ショパンを汚すな!という方もおられるでしょう。 それでも一度体験いただき、もし心が動き、ショパンの人生に興味を持っていただくことができたら、何より本望です。 2025年12月 明石隼汰

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フレデリック・ショパン (1810-1849) 作曲の、「葬送ソナタ」として知られているピアノソナタ第2番を私が最初に聴いたのは、高1だった1980年。バンド活動でヴォーカルを担当しながら、オリジナル曲を作り始めたばかりの頃でした。 ワルシャワで開催された第10回ショパンコンクールでの、チェコ出身のイーヴォ・ポゴレリッチの演奏が、たまたま付けていたFMラジオから流れてきたのです。 衝撃でした。何よりそのスピードに。 第1楽章の冒頭の後、”Doppio movimento”(2倍の速さで)と指定してある箇所を、彼は3倍の速さで弾いていたのです。 この演奏は物議を呼び、伝統的解釈を支持する審査員達により彼は決勝に進めず、それに抗議して審査員のマルタ・アルゲリッチが辞任する事件となったことは後で知りました。 ただ私にはその演奏がその時、まるでハードロックのように聞こえ、当時レインボーにいたドラマー、コージー・パウエルが一緒に演奏していたら、と熱い妄想をかき立てていたのでした。 それを最初に実現しようとしたのが、私が教育大学音楽科に進んで2年目の1984年。4トラックのカセットMTRを用い、黎明期のドラムマシンで打ち込みをしたトラックの上に、ピアノ専攻の友人にピアノを弾いてもらって、デモを制作しました。 が、当時の技量の限界もあり、思ったものができずに断念。 それから約40年。これがきっかけでショパンを深く学びこよなく愛することとなり、作曲家・プロデューサーとなった私は、技術と機材の進歩により、気がつけば長年の構想を実現させることができる環境を手にしていたのでした。 2年前の2023年より “Rock Songs Project” の楽曲制作を続けさせていただいているシンガー、木瀬りえ子さんにこの企画をお話ししたところ、二つ返事でOKをいただき、長く眠りについていた「ショパンのソナタ2番1楽章をロックドラムとコラボする」企画は突然甦えることとなりました。 まさに自分の原点の一つともいえ、終活のひとつでもあるこの曲の制作作業は、まさに至福の時でした。40年前のデモを下敷きに、溢れ出る様々なアイデアを大胆に取り入れ、売れることなど一切考えずに推敲を重ね、およそ2ヶ月かけてアレンジを仕上げました。 歌詞は、あまり知られてはいないショパンその人の人生を題材にしており、彼がピアノに託した熱い想いを閉じ込める工夫をしています。 何より、この歌に命を灯した木瀬さんの魂を込めた歌唱の素晴らしさ! そのハイトーンと表現力はまごうことなき彼女の歴代最高のパフォーマンスであり、レコーディングでは鳥肌が何度も抑えきれず、この現場にいられたことを誇りに思うほどでした。 こうして遂に完成した「フレデリック・ソナタ」を、いよいよ皆さんの元へ届ける準備が整いました! 皆さんはどう思われるでしょうか?長く激しい曲ですので、受け入れられる方は限られるかも知れません。また、ショパンを汚すな!という方もおられるでしょう。 それでも一度体験いただき、もし心が動き、ショパンの人生に興味を持っていただくことができたら、何より本望です。 2025年12月 明石隼汰

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1993年メジャーデビュー以来現在まで幅広く活躍するシンガー、木瀬りえ子。 2023年に始まった明石隼汰プロデュースによる、彼女のロックな面にフォーカスを当てたヘヴィなナンバーを配信する "Rieko Kise Rock Songs Project" の第三弾シングルは、コージー・パウエル&ゲイリー・ムーアへ捧げるハイスピード・シャッフル曲! 作詞家・Seriko Natsuno が紡ぎ出した詞世界を体現するため、明石は3年をかけこのフォームにたどり着いた。 フィーチャリング・ギタリストは、石井仁(ex. The Slut Banks / Death Valley Flash)。 容赦ないビート、速弾きギターと互角に向き合う木瀬の声帯全てを震わせシャウトする圧巻のパフォーマンスを目撃せよ!

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1993年メジャーデビュー以来現在まで幅広く活躍するシンガー、木瀬りえ子。 2023年に始まった明石隼汰プロデュースによる、彼女のロックな面にフォーカスを当てたヘヴィなナンバーを配信する "Rieko Kise Rock Songs Project" の第三弾シングルは、コージー・パウエル&ゲイリー・ムーアへ捧げるハイスピード・シャッフル曲! 作詞家・Seriko Natsuno が紡ぎ出した詞世界を体現するため、明石は3年をかけこのフォームにたどり着いた。 フィーチャリング・ギタリストは、石井仁(ex. The Slut Banks / Death Valley Flash)。 容赦ないビート、速弾きギターと互角に向き合う木瀬の声帯全てを震わせシャウトする圧巻のパフォーマンスを目撃せよ!

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1993年メジャーデビュー以来現在まで幅広く活躍するシンガー、木瀬りえ子。 そのパワフルでソウルフルな歌声は、あまたのファンだけでなくミュージシャンをも虜にし、様々なバンドやユニットとのコラボレーションも数多く、驚嘆のパフォーマンスで迎えられてきた。 2023年、満を持して、作曲家・プロデューサーの明石隼汰とタッグを組み、彼女のロックな面にフォーカスを当てたヘヴィなナンバーを配信する "Rieko Kise Rock Songs Project" を開始! 第一弾シングル「true nature」は、沖縄のシンガー・minako のオリジナルをさらにヘヴィにカヴァー。 木瀬のヴォーカルレンジと表現力を限界まで駆使した、圧倒的な歌唱にひれ伏すべし!

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1993年メジャーデビュー以来現在まで幅広く活躍するシンガー、木瀬りえ子。 そのパワフルでソウルフルな歌声は、あまたのファンだけでなくミュージシャンをも虜にし、様々なバンドやユニットとのコラボレーションも数多く、驚嘆のパフォーマンスで迎えられてきた。 2023年、満を持して、作曲家・プロデューサーの明石隼汰とタッグを組み、彼女のロックな面にフォーカスを当てたヘヴィなナンバーを配信する "Rieko Kise Rock Songs Project" を開始! 第一弾シングル「true nature」は、沖縄のシンガー・minako のオリジナルをさらにヘヴィにカヴァー。 木瀬のヴォーカルレンジと表現力を限界まで駆使した、圧倒的な歌唱にひれ伏すべし!

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