鬼 / 蛾
映画の一場面を見ているようなスリリングなリリックで、文学界にも注目され、月刊新潮での特集や、朝日新聞の全国欄にも掲載された話題の鬼。3rdアルバムの第一章として発売した『嗚咽』の衝撃も記憶に新しい中、遂にその第2章が幕を開ける。
【参加アーティスト】
SPYTUSS(2曲目)、LIL RUDY RUL(3曲目)、ANTY the 紅乃壱(4曲目)、おちょこ(酒匂ミユキ)(5曲目)、RUMI(6曲目)、伊集院幸希(7曲目)
紛れもなくヒップ・ホップ・アルバム
新宿ゴールデン街に拠点を置くラッパー、鬼が精力的なアルバム・リリースを続けている。ファースト・アルバム『獄窓』から1年半のブランクを経て産み出されたセカンド・アルバム『湊』は、彼の名を知らしめた「小名浜」でのスタイルに比べるとより詩的な要素を深め、トラックもヒップ・ホップというよりも昭和のキャバレーを思わせるジャズへと変化していた。その『湊』から半年後に、別々に発表する3部作をまとめてサード・アルバムとすると発表し、その1作目としてアルバム『嗚咽』リリースし、今作である『蛾』が2作目としてリリースする。
今作の特筆すべき点は、全編女性アーティストを迎えている事。まず、ラッパーにフォーカスを当てた週刊新潮の連載記事「夜露死苦現代詩2.0」でも、鬼と同様に取り上げられたRUMI。太めの声にB-GIRL色強めなライムで名古屋のシーンを牽引するANTY THE 紅乃壱。そして、新人では大阪のゲットー娘として今後注目される若干18歳のLIL RUDY RUL。同じく新人ながらも高いラップ・スキルと若々しい声が印象的なSPYTUSS。以前のインタビューで「気になる」と言っていたハスキー・ヴォイスのヴォーカリスト、酒匂ミユキと、ベテランから若手まで幅広く選んでいる。曲数としてはミニ・アルバムだが、多くの客演を迎えてバラエティ豊かな仕上がりだ。
昨今の鬼の作品には共通して言えることであるが、今作も紛れもなく現代のヒップ・ホップ・アルバムでありながらも、昭和の空気を漂わせている。イントロで「Won't Be Long」を若い女の子に無理矢理付き合わさせながら歌う2曲目「欲ばりな夜」。Black Eyed Pearsの「Boom Boom Pow」のオマージュを挟み、オート・チューンを使用しているのにサウンドは80年代テクノというコミカルなトラックの3曲目「あそばせろ」。と、続く流れには平成生まれと遊ぶ昭和の男を想像してしまう。勿論、今作はこうしたスキットでよく聞かれるような演出にばかり重きを置いたアルバムではない。気の強い愛人を思わせるようなANTY THE 紅乃壱との4曲目「地方妻」や、鬼に寄り添うような匂い立つ程に色っぽい酒匂ミユキとの5曲目「他人」と続く2曲では、スマートな描写とアダルトな声が絡み合ってゆく。2人の言葉のやりとりからは、秘められた情事を想像せずにはいられない。
最後の2曲はシリアスなトラックだ。RUMIとの6曲目「帰路」では、夢と愛に呪われてるかのような息苦しい心境をシリアスに表現したものだ。リズムの凹凸を抑えたフロウの鬼とは対象的で、リズミカルなRUMIのラップが印象的である。この曲はRUMIのこうしたラップによって、このアルバムで最もヒップ・ホップらしいとも言えるビートを活すことが出来ている。ヒップ・ホップにおいてシリアスなテーマの曲をやる上でこの意味は大きい。リリックの描写に手が混みすぎたラップはビートのダンス・ミュージック的な面を犠牲にしてしまうケースが多いのだが、RUMIの音楽的な貢献が鬼の重いリリックのラップを際立たせるように作用し、テーマに見合った強度を持った楽曲になっている。最後の「帰れない二人」については更にシリアスな曲だ。港町の描写と過去を振り返る言葉のセットが喪失感を漂わせていて、鬼が福島県いわき市の小名浜出身というだけで震災と結びつけてしまうのはやや軽率かとは思うが、震災後の小名浜を振り返る曲であると想像してしまう。
小名浜に育った鬼は、荒々しい海の男達と、彼らに寄り添う様々な女達を見て育った。そこに流れていた音楽がルーツであるが故に、彼のリリックが描き出す世界には、いつも女がいた。だが、その女達は、美しくとも決して日の光を浴びて舞う事のない蛾に通じるものを持って描かれている。でも、考えてみて欲しい。アメリカのヒップ・ホップのコピーのように作られたビッチ・アンセムよりも、日本に住んでいる聴き手にとって『蛾』の方が遥かに感情を揺さぶる音楽ではないだろうか。そして、小名浜というルーツが明確にあり、そこから手探りで紡いできた鬼は他のヒップ・ホップ・アーティストと一線を画した存在感を持ち、ヒップ・ホップの枠をはみ出て注目を浴び続けている。『蛾』によってこの3部作への期待はさらに膨らんだ。今からどんな終着点に辿り着くことになるのか楽しみだ。(text by 斎井直史)
鬼の他作品も要チェック
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PROFILE
鬼
福島県いわき市出身。スカーズのプロデューサーSACのデビュー・アルバム 『Feel or Beef』 やSEEDA & DJ ISSOの『CONCRETE GREEN』の客演により、圧倒的な存在感でオーディエンスを魅了し、その後、250 枚限定( アナログ)でリリースされた問題作「見えない子供、見てない大人」が即売れ切れる等、マニアの間でブームを起こす。直球勝負のリリックと、気合いの入ったフロー、パンチライン続出の超重要人物。今後の動きに目を離せない要注目ラッパー。SEEDA, DJ ISSO といったSCARS の面々や漢、JUSWANNA といったLIBRAクルーとも共演し、その歯に衣を着せぬハードコアなスタイルが各方面で話題をかっさらっている。