ヒップホップ・ライター斎井直史による定期連載──「パンチライン・オブ・ザ・マンス」 第8回
8月も終わり、夏もじわじわと過ぎ去りつつある今日この頃ですが皆さまいかがお過ごしでしょうか? 先月は「夏の妄想を、湿気で腐らせない2枚と夏休みの課題図書」ということで、北千住を根城に活動するマイク集団・VLUTENT ALSTONESのクルーとして初となる作品『2017』と一十三十一の約2年ぶりとなるアルバム『ECSTASY』、そして新しく創刊されたヒップホップ専門誌「FRESTA(フリスタ)」を紹介いたしました。今月は先日リリースが発表されたばかりのあのアルバムをリリース前に一早くレヴュー掲載! オトトイでも配信予定なので記事を読んで気になった方はそちらもぜひチェックお願いします!
第8回 GRADIS NICE & YOUNG MAS 『L.O.C -Talkin About Money- 』
今月はリリースが楽しみで仕方ない1枚を先走って紹介します。
GRADIS NICE & YOUNG MASによる『L.O.C -Talkin About Money- 』。全編GradiceNiceの曲にFebbのラップで、客演無し。もうこれはFebbの3枚目のアルバムと思って聴いても良いでしょう。そして、「キレのあるFebbが戻ってきた!」というのが自分の第一印象です。おそらく、皆がそう思います。しかも、その印象は、聴き込むことで更に進化します。
10/4リリース!! OTOTOYでも配信予定!!
GRADIS NICE & YOUNG MAS / L.O.C -Talkin About Money-
【収録曲】
1. #NewDayInAGame
2. Roc A Fella (Re Edit)
3. Quiet Money
4. Music Hustler produced by Dj Scratch Nice
5. Military Tactics
6. Arab Money
7. The First
8. King Of Kings
9. Kingdom
10. Yellow x Black
11. Swisher
12. #Don'tForgetIt
【配信形態 / 価格】
WAV / ALAC / FLAC(16bit/44.1kHz) / AAC
単曲 258円(税込) / アルバム 1,697円(税込)
少しFebbの過去作を振り返りましょう。
まず、ニューヨークなヒップホップを礎とし、自らが若くして磨き上げあげたセンスが伝わる1枚目『THE SEASON』。渋く鋭い、正統派インディー・ラップのアルバムです。この時のFebbのラップは、淡々と鋭いリリックを吐き続ける、そのクールさが魅力でした。一文毎の意味はソリッド。しかし、バースとして文が連なれば余白があり、聴く度にリスナーの解釈が育つ…若手のファーストとは思えないアルバムでした。
次に2作目、『So Sophisticated』。前作と大きく違う点は、彼の言葉と声でした。表現がダイレクトで口語的表現が強くなり、声は低く丸みを増しました。それによりキレのある前作の"ヤバさ"よりも、ストリートの人間が持つ"ヤバさ"の方が圧倒的に際立った仕上がりに。今までに比べ野心的な言葉が桁違いに増えた事も、大きな変化でしょう。久しぶりのアルバムという事もあり、前作とは違う印象の2枚目は賛否が別れたのも事実です。
そして今作、『L.O.C -Talkin’ About Money-』。今作は前作2枚の特徴が見事に溶け合っています。1枚目のファンを魅了させる事を、約束します。まず、声からして違う。JJJ『HIKARI』での「2024」のフックでもそうですが、声にシャープさが戻っている。それでいて、リリックは2作目のように伝わりやすく口語的。そして副題の通り、金に対して野心的な言葉が並びます。Febbの感情、というよりラップで稼ぐ事に対しての覚悟めいた気持ちがダイレクトに聴く者の脳内に伝わります。それでいて「まるでRoc A Fella、Girls Girls Girls」という「Roc A Fella」のフックのように、肝心なところではミステリアスに仕上げるバランス感覚。もし1作目と2作目でFebbが別人に思えた人も、期待してください。1枚目の頃に戻ったという意味ではなく、更に進化してるという事です。この3枚の経緯を踏まえると、今月は錚々たるアーティストがリリースをしますが、個人的にはこの1枚が最も聴く価値がある1枚だと思います。
また、GRADIS NICEのトラックもFebbが持つ本来の魅力を引き出しています。Doggiesのように危険なラップもできますが、やはりNYらしいビートが板に着いているFebb。GRADIS NICEが、Febb同様ブーンバップから今に至るまでストリート感溢れるサウンドを表現ができるからこそ、実現できた仕上がりなのでしょう。思えばトラップの盛り上がりに伴い、対義語として使われることが増えた「ブーンバップ」という言葉。90年代のヒップホップの太いドラムでループする、ストレートなヒップホップのビートを意味します。そのサウンドに首を振ってきた世代はトラップやそのサブ・ジャンルがシーンを覆い尽くして以降、この津波に流されるか、乗りこなすか試される時なのかもしれません。だとしたら、この1枚こそ偏りのない、波を乗りこなしたブーンバップの進化形ではないでしょうか。もう数年前ですがFla$hBackSで初めてインタビューをした時に、「ヒップ・ホップらしさは"Young with The Old Soul"」とインタビューで答えてくれたFebb。その美学、とくと聴かせてもらいました!
その最高なアルバムの中で一番キレてるラインを今月は紹介します。
馬鹿ばっかり 日本のラップ・ゲーム
イモばかり 金を稼がない
金が無いなら 音楽性も無い
We're The Real Music Hustler
Certified Never Die
「Music Hustler Prod.Dj Scratch Nice」より
この殺意すら感じさせるスリリングな感情こそが、個人的にはストリートのラップに求めている感覚です。いやぁ、最高っす。
あと1人、Febb同様にオールラウンダーな若いラッパーを添えさせてください。もう既に話題になりつつあるMiyachiです。先月、もろにブーンバップなシングル曲「For A Check」をリリースした…というのは後付けの理由でして、正直Febbの事を何度も聴いていた時に、何故か何度もMiyachiを思い返したんですね。英語と日本語の比率や、ミステリアスな日本語、ブーンバップからトラップまで合わせられるオリジナリティなど、共通点を挙げる事はできますが、何故だか自分でもわかりません。
まだリリースも少なく、インタビューも1つしか見当たらなかったのでそれを基に紹介します。レオン・宮地・パール。NYのマンハッタン、アッパー・ウエスト・サイド(UWS)出身。リリックでは"福岡二丈"と出てきますが、インタビューでは生まれも育ちもNYのUWSと言っています。ヒップホップとの出会いはビギーやダス・エフェックスを挙げており、正統派東海岸といったところ。昭和のヤクザ映画に出てきそうな渋い面構えで「喋り方がわさび」とか言われると謎の迫力がありますが、幼い頃に習っていたクラシック・ピアノの腕前を時折披露するなど、チャーミングな一面もありそう。
そんな事より特筆すべきはその謎めいた日本語。これは日本語ネイティヴではないからといって、成せる技なのでしょうか。例えば英語が話せない人がリリックを書いても、多分聞きかじり英語が並ぶダサいリリックになる事請け合いじゃないですか。それなのにMiyachiのリリックはまるでBUDDHA BRANDのような「正直意味が分からないが、ヤバい!」という感情を呼び起こしてくれます。最近は「好きなように生きる」と叫ぶ自己啓発みたいなラップに飽きてきた自分としては、彼の今後の活躍を期待しています!
最後にちょっと告知です。8月に特集をしたCBSが『Classic Brown Sound』のリリース・パーティーを行います。フィクサーであるRyo Takahashiの基に集まったゲスト陣には、このコーナーでCBSとセットで紹介した鈴木真海子も出演予定です。自分も下手糞DJしますので、ぜひいらして下さい。
〈ピスタチオスタジオ〉
2017年10月1日(日)@恵比寿BATICA
OPEN 17:00〜
2F
Pistachio DJs / %C / HOOLIGANZ / matatabi / suzuki mamiko & Chicken Is Nice / CBS & Chicken Is Nice
1F
Koh / Saii / Kameill / Leo / Shakayork /g.L.t / DJ 134 / DJ J-One
8月の特集時の記事
https://ototoy.jp/feature/2017071001/
編集部的今月のオススメ
BAD HOP / Mobb Life
日本のヒップホップ豊作の秋ですが、やっぱり彼らの初となる全国流通作は外せないでしょう。T-Pablow、YZERRの2人はもちろんなんですが、他のMCたちの個性もビンビンに立ちまくり。多くの人が期待してた1枚だと思いますが、それをあっさり超えてくる彼ら、流石です。
5月にアルバム『I』を出したばかりのUS西海岸からの逆輸入型アーティスト・Ittoとインターネット世代の曲者MC・Jinmenusagiの2人によるコラボ・アルバム。コラボといえど肩肘を張ったバチバチな感じではなく、頭から最後まで気持ちよく聴ける好盤。ハイレゾで配信中です。
MINT改めMinchanbaby、5年ぶりのアルバム。全曲・粗悪ビーツのプロデュースによる危ないトラップ・ビートとネガティヴワード満載のディストピア的な彼のリリックとスキルの高さにクラクラします。個人的には「蛇田ニョロ」と「肉喰え肉」が耳から離れません...。
(編集部・高木)
「パンチライン・オブ・ザ・マンス」バック・ナンバー
第7回 夏の妄想を、湿気で腐らせない2枚と夏休みの課題図書
https://ototoy.jp/feature/2017081001/
第6回 気持ちのいい夏の始まりのイメトレに適した3枚
https://ototoy.jp/feature/2017071001/
第5回 JP THE WAVYとGoldlink
https://ototoy.jp/feature/2017061001/
第4回 SOCKS 「KUTABARE feat.般若」
https://ototoy.jp/feature/2017051101/
第3回 Febb's 7 Remarkable Punchlines
https://ototoy.jp/feature/2017041001/
第2回 JJJ『HIKARI』
https://ototoy.jp/feature/2017031001/
第1回 SuchmosとMigos
https://ototoy.jp/feature/2017021001/
連載「INTERSECTION」バック・ナンバー
Vol.6 哀愁あるラップ、東京下町・北千住のムードメーカーpiz?
https://ototoy.jp/feature/2015090208
Vol.5 千葉県柏市出身の2MCのHIPHOPデュオ、GAMEBOYS
https://ototoy.jp/feature/2015073000
Vol.4 LA在住のフューチャー・ソウルなトラックメイカー、starRo
https://ototoy.jp/feature/20150628
Vol.3 東京の湿っぽい地下室がよく似合う突然変異、ZOMG
https://ototoy.jp/feature/2015022605
Vol.2 ロサンゼルスの新鋭レーベル、Soulection
https://ototoy.jp/feature/2014121306
Vol.1 ガチンコ連載「Intersection」始動!! 第1弾特集アーティストは、MUTA
https://ototoy.jp/feature/20140413