
Denryoku LabelからリリースされたOba masahiroの『Still Life』は、レーベルの掲げるポスト・テクノという旗印にふさわしいアルバムだ。そこではジャズをベースにテクノ、ハウス、クラシックなど様々な音楽の要素が楽曲の骨格レベルで混ざり合い、アンビエント的な独特の音響のもとに鳴らされている。全体のトーンはクールでありつつ、どこか人懐っこい。整理されているが豊かなニュアンスも持っている。そんな作品を作ってしまう一方で、同人音楽ユニット三毛猫ホームレス(※1)としても活動する彼に、アルバムのことから音楽遍歴まで語ってもらった。
インタビュー&文 : 滝沢時朗
Oba Masahiro / Still Lifeアコースティックな音色と電子音が絶妙なバランスで混ざり合い、どことなく懐かしくも耳に新しい音を生み出すOba Masahiro。美しく繊細な響きの中でふと温度の無い世界を連想させる今作は、10年代のクロスオーヴァ—・エレクトロニカ・シーンを象徴している。リスニングは勿論のこと、ダンス・フロアで放つ圧倒的な存在感も必見。
01. Quasar / 02. Polar night poet
03. Ilot / 04. Bamboo Insects
05. Still Life / 06. Grove
07. Nebula / 08. Radio Telescope
09. Iceberg Dance / 10. Planetalium
ジャズとAphex Twinが音楽の原体験
——『Still Life』では独特の形で色々な音楽がひとつになっています。今までどのように音楽に接してこられたのでしょうか?
中学生の時にすごくジャズにのめりこみました。生まれてはじめて聞いたジャズのCDがBill Evansの『Portrait in Jazz』で、それがきっかけで大好きになってですね。ちょうどその頃にMIDIで作曲もはじめました。
——音楽を聞き始めてからすぐに作りたいと思われたんですか?
そうですね。本当になにも知らなかったので、自分なりにジャズを中心に音楽理論をちょっとずつ勉強していました。それから、その頃にインターネット上で特定のフリーウェアの作曲ソフトを使っている人たちのコミュニティがありまして、つたない音楽でも色んな人が聞いて評価してくれるんですよ。そこに自作の曲を投稿して人に聞いてもらうっていうことをずっとやっていました。そのコミュニティ経由でジャズだけじゃなくクラブ・ミュージックにも出会いました。その頃にAphex Twinの『Drukqs』が発売されていて、それが最初に聞いたテクノのアルバムです。ジャズとAphex Twinが音楽の原体験に近いですね。中学時代はそんな感じで過ごしていました。
——高校でも同じように音楽に接していたんですか?
高校では部活に入ってサックスをはじめます。同時にジャズ・バンドもやるようになって、Miles Davisのコピーをしていました。『Bitches Brew』の前後のエレクトリック・マイルスになったあたりですね。多分、DATE COURS PENTAGON ROYAL GARDENにあてられてたんだと思います。菊池成孔さんの本を読んで、ジャズってかっこいいって思ってましたから。その時にはクラシックも聞くようになっていて、なんだか支離滅裂ですけど、それと同時にトリップ・ホップが好きでした。引き続きジャズも好きだったんですけど、アヴァンギャルドなジャズに傾倒していましたね。部活の音楽が好きな人たちと一緒に、新宿Pit innになけなしのお小遣いで通っていました。
——大学でもバンドは継続してやられていたんですか?
大学の時はフリー・ジャズのグループと、ライブで楽器を演奏してアンビエントをやるねむりっていうグループをやってました。ねむりは自分でも音楽的に面白くて、ジャズの人たちにも評価してもらえたんですよ。
——バンド活動と並行して一人で曲を作ることも続けられていたんですか?
そうですね。一人でも作り続けていたんですが、自己満足で作ってたまにネットに投稿するだけでした。ただ、そうしていく中で山梨のレーベルSymbolic Interactionに見つけていただいて、2009年に最初のソロ・アルバムをリリースします。その頃になると、ねむりはメンバーが忙しくてやれなくなってきたんですが、友達のmochilonと二人でやってるDJユニットの三毛猫ホームレスやソロでクラブでプレイするようになってきました。それで、現在もその二つに集中して活動しています。ちなみにその時は世界各国のワールド・ミュージックとアヴァンギャルド・ミュージックをひたすら集めて聞いていましたね。ワールド・ミュージックですと、ビートの訛りが面白いと思ってます。同じ16分音符でも地域によって一番最後が違う訛り方をして、グルーヴも全然違うんです。
きれいだと思うエッセンスを集めて作る
——三毛猫ホームレスはコンビでやられていますが、ソロと表現されていることを使い分けていますか?
ソロは自分できれいだと思うことしかやらないことにしていますが、三毛猫ホームレスではそれ以外のすべてをやることにしています。どちらもジャズをベースにしていますが、三毛猫ホームレスは面白いことをやること以外なにも考えていないです。

——ソロでやられる時の方がコンセプチュアルなんですね。
色んな音楽が混ざっていて面白いっていうのはどっちも同じだと思うんですけど、僕のフィルターが入っているかなんでもありかのどっちかです。三毛猫ホームレスでやっていることでソロでも活かされてるのは、ダンス・ミュージックの部分ですね。実際にフロアのお客さんを踊らせないといけないですから、学ぶことがすごくありました。踊らせないことには評判がよくならないですし、かなり研鑽を重ねましたね。
——最初は踊らせるのに苦労されたんですか?
当初はおもしろで売っていたんですが、物足りなくなってきますし、比較的ちゃんと人が踊るクラブでやるようになったので、まずいなと思ってがんばりました。その時にMaltine Recordsの仲間から直接的にも間接的にもものすごくたくさん学びましたね。クラブ・ミュージックの中でやってる人がほとんどですから。中学生で作曲を始めたときから、インターネットを通じたつながりで培ってきたものは大きいと思います。
——学生の頃から音楽を作るときには、聞いてる音楽のここを取り入れてみようといように試されてるんですか?
それはずっとやってきてます。作曲は頭の中のイメージを音で再現する感覚なんですが、そのイメージに対してこの音楽のこういうところを使ってみようという感じで組み合わせていきます。あと、性格だと思うんですけど、色んなものを常にリファレンスしないと気がすまなくて、バンドをはじめた頃も年間でレンタルでCDを何百枚か借りていました。でも、リファレンスし続けていると自分で作った曲の中に3曲に1曲ぐらいはこのメロディはあの曲だなってことがありますから、ある程度作った後に同じような曲がないかチェックすることが絶対必要です。
——『Still Life』の中でも最近気に入って新しく取り入れた要素はありますか?
あります。クラブでやることが増えましたから、音楽自体が前よりダンサブルになっています。あと、ちょうど、この半年ぐらいグリッチ・ブームが来てたましたから、グリッチ(※2)した音を自覚的に増やしました。ユタカワサキさんや、仲良くさせてもらってるCommune Discの鈴木康文さんのあたりで映像や文章をグリッチさせていて、ちょっと楽しいなっていう雰囲気があったんですね。楽しいうちにやれることは全部やりたいですから、このアルバムに詰め込んでいます。ジャケットもグリッチさせてくれって頼んだんですよ。グリッチはそれだけ見るとすごくアヴァンギャルドで、なんじゃこりゃというものなんですけど、そういうものでも時折すごくきれいな時がありますから、そこだけをすくい取って音楽にしました。ソロでは色々な音楽のきれいだと思うエッセンスを集めて作ることにしてるんですよ。
南極に置いてきぼりにされたような音楽
——アルバム単位でトータル・イメージはありますか?
僕はGoogle Earthでグリーンランドや南極を見て、なにもなくて怖い! って思うことをよくやるんです。本当になにもなくて静かで真っ白な南極のど真ん中にひとりで放り込まれて、どうしよう!? ってどきどきするような感じを表現したかったですね。『Still Life』っていう名前もすごく静かなイメージなんですけど、ちょっと温度が低い感じを全体のイメージとして持っていました。ダンサブルな曲でもできるだけ激しい部分と静かな部分が一緒に入るようにしています。
——色々な音楽の要素があって面白いという点もよかったのですが、アルバムを聞き終えたときに一番印象深かったのは、その「温度が低い」感じの音響や音色が様々な要素を統一している全体の音像を作っていることでした。アンビエントの影響が大きいのでしょうか?
音楽を作るときに意識してるのは、ノイズやアンビエントの人の耳をひきつける要素を抜き出して、色んな人が足を踏み入れやすい音楽を作れないかということです。ねむりをやりはじめる時にも、アンビエントをみんなもっと聞いたらいいのになっていうことがきっかけでした。アンビエントの中でも12kやspekkといったレーベルに代表されるマイクロスコピック・サウンド(※3)のような音響表現に特に惹かれます。12kの主催者のTaylor Deupureeは何年か前にサインをもらったほど好きです。
——アンビエントには何から入ったんですか?
アンビエントはAphex Twinから知りました。その後にBrian Enoを知るんですが、彼の『Ambient 4:On Land』っていうアルバムに「Lizard Point」って曲があるんですね。あれがアンビエントの極北というか、それこそ南極に置いてきぼりにされたような音楽です。そういう極めて温度が低いけど、音楽としてきれいっていうことをずっと表現しようとしています。
——そういった音響を作り出すのに苦労されましたか?
一人で作業をしていることが多かったんですが、音の響き方に納得がいくまで一曲に半日かかったりしてました。説明は難しいんですけど、自分でこの音は美しいって思えるまで全てのプロセスで試行錯誤しました。キックの音は特に苦労しました。キックは音楽の一番底のところに来る音なので、そこがしっかりしてないと音楽全体の統一感やきれいさがなくなってしまうと思ってます。エフェクトを少し変えては聞きなおしてということをずっと繰り返していました。
——他に制作で苦労された点はありますか?
ほとんどの曲で鍵盤を弾いてるんですけど、このアルバムを作る前の段階で鍵盤を練習したことが大変でしたね。自分が思ったことを鍵盤がもっとも表現しやすいので、その部分をあんまり機械に譲りたくないんですね。
——自分で弾かないと出せない感覚はどんなものだと思われますか?
主にジャズの雰囲気です。お世辞にもジャズ・ピアノが弾けるとは言えないんですけど、ジャズを聞いてきてこういう音がきれいだったなってことを、ある程度手で覚えてるので、それは打ち込みだと再現するのが難しいんですよね。

——映像制作をはじめとして、色々な表現媒体に関わられていますが、その中で音楽の利点は何だと思いますか?
耳だけで体験できることですね。多くの表現は五感を全部使わないといけませんけど、音楽は目をつぶって鼻をつまんでても聞けます。それだけ、集中して楽しめるものじゃないかなと思いますね。音だけですけど、その分聞いている人の想像力の余地が大きい表現方法ですね。
——なるほど。アンビエント的な発想だと思います。アンビエントの手法を音楽で使われていると、音質が重要になってきますが、PCや携帯音楽プレーヤーなどの従来的な意味で言うと音質のよくない選択肢が増えた状況を、作り手としてどう思われますか?
音が鳴る環境を選べないということは実質的には今も昔も変わらないんじゃないでしょうか。イヤホンで聞くかスピーカーで聞くかという違いと、高いオーディオ・プレーヤーで聞くかラジカセで聞くかっていうことの違いはそんなに変わらないとは思っています。できれば、いい音楽体験して欲しいという思いは、もちろんあるんですけど、今の時代だからなにかあるかというと、特にないと思います。できるだけ環境に左右されない音楽のほうが人に届くと思うので、それはもちろん考えてるんですが、好きなように聞いてもらえればと思います。
※1全国流通のリリースはないが、Maltine Recordsで無料配信されているEPが手軽に聞ける。
Maltine Records official HP
※2 元々は電子回路の接触不良などによるノイズを指す。エレクトロニカのアーティストOvalによって電子音楽に取り入れられ、それ以降ひとつの手法として広く用いられる。
※3 微小な音を機械的に増幅して音響表現として用いる手法、またはジャンル。ロウワーケース・サウンドという言葉もほぼ同義で使われる。
PROFILE
1988年生まれ。アンビエント・カルテット「ねむり」での活動のほか、ラップトップでのソロ/コラボレーションにより、電子音楽から現代ジャズを横断して演奏する。これまでにsim、大友良英、一ノ瀬響、伊藤まく、Hair Stylistics、Headphone Science、mophONE(moph record)、kashiwa daisuke、yaporigami(mille plateaux)、鈴木康文(Commune Disc/SOUNDROOM)らと競演を重ねる。音楽に限らず、ダンサーの川口ゆい、yael Schnellらとのメディアアート制作団体「ARTEK」でも活動。これまでに「PROGRESSIVE FOrM presents New Sounds of Tokyo Vol.2」、渋谷区による「SHIBUYA 1000」、「SOUNDROOM」、「the silence was warm 2008」をはじめとしたイベントに出演。エレクトロニカのイベント「Abnormal Echo」を主宰している。2009年にsymbolic interactionより『prot』をリリース。同年よりDenryoku Label、maltine recordsでもパフォーマンスを行う。
デジタル音楽の果てしない可能性
FourColor、Minamo、Fonicaの名義でも活動する、サウンド・アーティスト杉本佳一によるソロ・プロジェクト、FilFla。前作『frolicfon』で魅せたカラフルでダイナミックなサウンドを更に一歩押し進め、楽曲そのものの良さを引き出す様なより繊細かつ多彩なアレンジが施され、ソングライター、アレンジャーとしての魅力や実力が存分に発揮された作品となっている。近年のライヴで固定されたバンド・メンバーがそのままレコーディングにも参加したこともあり、FilFla流バンド・サウンドが確立されている。
Jimanica / Pd
d.v.d(やくしまるえつことd.v.d)のメンバーとしては勿論、DE DE MOUSE、world's end girlfriend、蓮沼執太チームのドラマーとしても活動。2007年にはAmetsubとのユニットとしてアルバム『surge』をリリースしたJimanicaのソロとしては約5年ぶりとなる2ndアルバム。 elegantdiscからのソロ作やcomainuでの活動で知られるannayamada(ヤマダアンナ)をヴォーカルに起用し、ドラムをはじめ全ての楽器の演奏/作曲/エディット/ミックスを自ら手掛けた、実験的かつポップに仕上がった。 先日来日公演を果たしたOVALによるRemixも1曲収録。
1stアルバム『SILICOM』から1年。あらたに提示された本作品は、青木孝允のメタ・テクノ的なアプローチが、デビュー作以上に過激に全面展開 された。2001年、日本国内はもとより、パリ、バルセロナ、イスタンブールなどでの様々な経験を生かし、そこでのライヴ・パフォーマンスを前提に制作されたプログラムをもとに楽曲を昇華しつづけ、その細部までコントロールし尽くされたmax/mspによる電子音、あらゆる定型を逸脱しながらもリスナーの耳を満たす音響アプローチは、最も挑発的なパフォーマンスであろう。高度な実験性と豊穣な音楽性、またDJツールとしての卓越した機能性とを合致させ、それを表現した彼の才能、及びこのアルバムの素晴らしさは言うまでもない。