2016/04/04 17:54

キープ・オン・ムーヴィン~ハイレゾで聞くジャズ名盤ーー超モダンなジャズ喫茶で徹底鼎談

(左から)和田博巳、柳樂光隆、高橋健太郎

3月11日から3月13日にかけて表参道のスパイラルを会場に開催された〈HIGH RESOLUTION FESTIVAL at SPIRAL〉。当日は、各社メーカーのハイレゾ機器、音源の試聴ブースやトーク・ショウ、さらにはライヴ・レコーディングが行われ大盛況のもとに幕を閉じた。

そんなハイレゾフェスの2日目の12日に開催されたのが、「キープ・オン・ムーヴィン~ハイレゾで聞くジャズ名盤」。本イベントに、オーディオ評論家で、伝説のジャズ喫茶〈ムーヴィン〉のオーナーであった和田博巳、OTOTOYプロデューサーの高橋健太郎、さらに『Jazz The New Chapter』シリーズの監修を務めるジャズ・ライター、柳樂光隆を迎え、〈ムーヴィン〉開業当時に流れていた曲から現在進行系の新世代ジャズを、最新ハイレゾ機器・音源でリスニングし鼎談していただいた。

そして、和田博巳きっての要望により、本イベントはEmilai Inc.に協力を依頼。Emilai Inc.が販売するD/Aコンバーター「Resonessence Labs INVICTA MIRUS」、ネットワーク・トランスポート「Aurender N10」を使用した本イベントの模様をお楽しみあれ。

>>ハイレゾフェス注目鼎談! 『キープ・オン・ムーヴィン~ハイレゾで聞くジャズ名盤』を事前予習せよ!

爆音を浴びるのが、ジャズ喫茶世代の快感だった。

高橋健太郎(以下、高橋) : 「キープ・オン・ムーヴィン~ハイレゾで聞くジャズ名盤」というタイトルで、ジャズ喫茶的なことを現代のハイレゾ音源と、最新のオーディオ機材でできないかなということでこのイベントを考えました。Emilai Inc.さんに協力いただき、Emilai Inc.さんが輸入している機材を使ってお届けしたいと思います。

和田博巳(以下、和田) : Emilaiさんが機材提供してくれるということでリクエストしたのが、Aurender N10というネットワーク・トランスポートです。オーディオに熱心な方はD/Aコンバーターを持っているかたがほとんどだと思うんですが、D/Aコンバーターを内蔵しているネットワーク・プレイヤーを買うとD/Aコンバーターが無駄になってしまう。また、D/Aコンバーターっていう機器は進化の度合いがすごく早いので、今年は人気が高くても来年は別の何かに変わるということがある。だからその時点で最良のものや、すでにお持ちのD/Aコンバーターを使えるという非常に頭の良い製品です。そのネットワーク・トランスポートという概念をつくったのがAurenderです。

(左から)Resonessence Labs INVICTA MIRUS、Aurender N10

高橋 : 今日はDACは何を使っているんですか?

和田 : Resonessence Labs INVICTA MIRUS(インビクタ・ミルス)。これは最も人気があるDACチップのESS Technology社のESS Sable 9018Sを贅沢にダブルに使っているのでかなり性能が良い。さらに、ESS Technology社のトップエンジニアが、設計してるっていうところがミソなんですね。そういう組み合わせで今日は聴いていただこうと思います。そして、スピーカーは、musikelectronic geithain RL901K。なぜ選んだかと言いますと、今日は"ジャズ喫茶"ということですが、昔のジャズ喫茶っていうとやっぱりALTECやJBLなどの大型スピーカーをバッコーンと置いて、爆音を浴びるというのが、僕たちジャズ喫茶世代の快感だったんです。それに近いイメージでできればなと思って。これはかの坂本龍一も自分のスタジオで愛用しているメーカーのフラグシップに近いスピーカーです。今日も良い感じに鳴ってくれるんじゃないかと思います。

高橋 : じゃあどんどん曲を聴いていきましょうか。

和田博巳

和田 : 1967年に受験で上京したころは安保闘争真っ只中で。予備校に行ったのは3日間だけ、、あとは親に内緒でずっと新宿の〈DIG〉っていうジャズ喫茶に通ってました。その〈DIG〉に1年間は客で、次はアルバイトでさらに1年半通った。当時の1960年代の新宿にはジャズ喫茶が10店舗以上ありました。1961年にアート・ブレイキーが来日して「Moanin' 」がラジオでもバンバンかかるというほど大ヒット。大ファンキー・ジャズ・ブームが巻き起こり、1965年ころには〈キーヨ〉や〈ヨット〉といった伝説のジャズ喫茶が新宿に登場した。僕が東京に来たときはすでに、そういう伝説のジャズ喫茶が無くなりつつありましたが、それに代わって出てきたのが〈DIG〉に代表されるフリー・ジャズもガンガンかけるジャズ喫茶。当時〈DIG〉には、髪が長くて大学に行ってない大学生が多く来てたんですよね。そこで僕はずっと修行してました。そんな1960年代のジャズ喫茶で最も人気があったハード・バップ・ジャズの代表、アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーを聴いていただきます。曲はディジー・ガレスピー作「A Night in Tunisia」。

アート・ブレイキー&ザ・ジャズメッセンジャーズ「A Night in Tunisia」鑑賞

アート・ブレイキー&ザ・ジャズメッセンジャーズ / A Night in Tunisia

ハード・バップ期を代表するドラマー、アート・ブレイキー。彼が率いたザ・ジャズ・メッセンジャー、その黄金期を代表する1961年の1枚。名門〈ブルーノート〉からのリリース。表題曲の「チェニジアの夜」はトランペッター、ディジー・ガレスピーとピアニストのフランク・パパレリの共作によるジャズ・スタンダードと呼べる楽曲だが、本作に収録されている演奏は、併録の「ソー・タイアード」とともに、ザ・ジャズメッセンジャーズを代表する名演と言われている。テナー・サックスのウェイン・ショーターの演奏も光る1960年のレコーディング。


アート・ブレイキー&ザ・ジャズメッセンジャーズ 「A Night in Tunisia」
アート・ブレイキー&ザ・ジャズメッセンジャーズ 「A Night in Tunisia」

和田 : かっこいいよね! 今聴いてもね。

高橋 : 今日聴いているサウンドも、ジャズ喫茶でALTECとかで聴いてるフィーリングも残しつつ、でもすごい余裕がある。

和田 : 柳樂(光隆)さんは最後のジャズ喫茶世代の生き残りというか、貴重な存在だと思いますが。

高橋 :僕ですらさっきの話が小学生のときの話なんで、柳樂くんなんか影も形もない(笑)。

柳樂光隆(以下、柳樂) : まあ、そうですね。でも、〈ちぐさ〉は行ったことありますよ。

和田 : なかなか個性的な音のジャズ喫茶でしたよね。ところで、ブルー・ノートに代表される60年代のモダン・ジャズは、どれもアーシーで、ブラックな音かというとそうでもない。例えばエリック・ドルフィーの作品。ハード・バップというよりはフリー・ジャズよりで、ドルフィーのブルー・ノート作品はこの「Out to Lunch」だけですが、前日にレコーディング・リハーサルをやって、きっちりアレンジもして、翌日レコーディングに臨んだっていう完璧なアルバム。ドルフィーが「理想的なレコーディングがたった1回だけでできた」って言ったのがこの作品なんですね。音がめっちゃくちゃ良いんですよ。その「Out to Lunch」を聴いてみたいと思います。

エリック・ドルフィー 「Out to Lunch」鑑賞

エリック・ドルフィー / Out to Lunch

チャールズ・ミンガス、ジョン・コルトレーン、オーネット・コールマンらともに共演し、若干36歳という若さで他界したマルチ・リード(バスクラリネット/アルト・サックス/フルート)奏者。バスクラリネットの、ジャズにおける奏法は後進に大きな影響を与えた。こちらは他界する4ヶ月前に〈ブルーノート〉にドルフィーが残した1964年のリーダー作。全曲オリジナル楽曲を演奏し、ドラマーのトニー・ウィリアムスのキレキレのプレイも魅力。


エリック・ドルフィー 「Out to Lunch」
エリック・ドルフィー 「Out to Lunch」

マイルスの作品から「あ、何やってもいいんだ」って

高橋 : 和田さんは〈DIG〉で修行したのち〈ムーヴィン〉を開く。

和田 : 21歳の時に親に借金して、高円寺で内装を〈DIG〉みたいにして、JBLのLE8Tというスピーカーを使ってやりました。でもね、〈DIG〉みたいなコテコテのフリー・ジャズばっかりかけていたらお客さんがだんだん来なくなって(笑)。10ヶ月ほどやって、このままいくと赤字でつぶれて借金は返せないなってときに「ウッドストック / 愛と平和と音楽の三日間」の映画を見に行って「これからはロックだ」と思って、ある日突然〈ムーヴィン〉の名前はそのままで、「今日からロック喫茶です」って言った。そうしたらロックファンがいっぱい来たんですよ。

高橋 : じゃあ伝説の「ジャズ喫茶ムーヴィン」は10ヶ月しかなかったんですね。

和田 : そうなんです。だから伝説なんです(笑)。そういえば、安保闘争の時に、防衛庁の前で機動隊にぶん殴られて顔から血が出て、放水で水浸しになって、そこから〈いーぐる〉に飛び込んで、マスター(後藤雅洋)にコーヒー飲ませてもらってそこで一息ついたっていう懐かしい思い出もありますね。

柳樂 : 当時のジャズ喫茶は本当にやばかったって言いますもんね。〈いーぐる〉の後藤さんがいうには、あさま山荘事件が当時、リアルタイムでやってて生中継で観てたら、「ちょっと前までうちにいた客がいた」って(笑)。

和田 : 当時、鉄板のように人気があったのがブルー・ノートでいうと『Cool Struttin』。 ジョン・コルトレーンの『Blue Train』もすごくかかってて、コルトレーンがまだモードに手を染める前のいわゆるハード・バップ。これもものすごくリクエストが多かったので聴いてください。

ジョン・コルトレーン「Blue Train」鑑賞

ジョン・コルトレーン / Blue Train

サックス・プレイヤー、ジョン・コントレーンによる1957年のリーダー作で初期の砕氷作。短い活動期間にも限らず、200枚にもわたる作品を残したコルトレーンが〈ブルーノート〉に残した唯一のリーダー・アルバムでもある。コルトレーン、リー・モーガン&カーティス・フラーという3人のブラス・セクションも光る、セロニアス・モンクとの邂逅を経てアーティストとしてひとつ飛躍した、ハード・バップ・ジャズ期のコルトレーンをとらえた1枚。


ジョン・コルトレーン「Blue Train」
ジョン・コルトレーン「Blue Train」

和田 : かっこいいけど、すっげー古く感じる。

柳樂 : 僕、中古レコード屋にずっといてそこでブルー・ノートのオリジナル盤も良く聴いてたんですけど、シンバルの音とかが全然こっちのほうが良いですね。ベースとかはそんなに変わんなかったりすると思うんですけど、シンバルとか、ハイハットのニュアンスとかがすごいですね。

高橋 : あたまが抑えられず、す〜っと出て来るんだよね。

柳樂 : あと一番良かったのは、ドルフィーのサックスの感じがすごい生々しかったですね。

和田 : ドルフィーはここ(スピーカーの後方)で聴いてても良い音だってわかったね。

柳樂 : コルトレーンやウェイン・ショーターよりもドルフィーの高いところから低いところまで、太いところから細いところまで、縦横無尽に行き来する感じがすごいリアルに出てますね。

和田 : 今日改めてびっくりしたことは、トニー・ウィリアムスの空間の使い方が上手なドラムというか、アート・ブレイキーとかフィリー・ジョー・ジョーンズのドラミングと全く違う。破壊的にかっこいいと思う。サウンドもドルフィーのサウンドっていうかコンセプトなのかな、あまりに音楽が斬新なので録音もモダンに録ったんじゃないかっていうぐらい、クリーンで爽快な音で。

高橋健太郎

柳樂 : 同じ(ブルー・ノートの)エンジニアがやってるとは思えないですよね。

和田 : さっき入場の時にずっと『Kind of Blue』がかかってたんですけど、このあといろんな意味でマイルスがジャズを引っ張っていく。その後マイルスは、エレクトリックをジャズに導入するんですけど、最初に僕たちをびっくりさせたのが『In A Silent Way』だと思うんですね。怪しくも美しい作品で、トニー・ウィリアムスのドラムが素晴らしいんだよね。マイルスの霧の中から語りかけてくるようなトランペットも味わい深いものがある。とにかくこのアルバムを聴いてトニー・ウィリアムスのドラムにびっくりしたんだよね。あれがなかったらもうちょっと牧歌的で眠い音楽になってたと思うんですよ。

柳樂 : そうかもしれないですね。

和田 : ジョン・マクラフリンもまだ過激なことはやってない。

柳樂 : そうですね。ブルー・ノートはけっこうハイレゾになってるんですか?

和田 : ブルー・ノートはものすごく(ハイレゾに)なってます。ECMも最近ものすごくなってます。あとは70年代のスムース・ジャズみたいな感じが好きな人にはCTIシリーズもかなりのタイトルが出てて音がめっちゃ良いですよ。

柳樂 : ブルー・ノートはアルバムによって音も違うし、聴き比べたい感じですね。

和田 : あとはレコードとハイレゾとを聴き比べるのも面白いかなって。

マイルス・デイヴィス 「In A Silent Way」鑑賞

マイルス・デイヴィス / In A Silent Way

いわゆる“エレクトロニック・マイルス”路線の本格的な始動を宣言した、そんな1969年の1枚。本格的なエレクトロニック楽器の導入、そしてメンバー的にも、その後の1970年代のフュージョン・シーンを象徴するプレイヤーたち──ウェザー・リポートを結成するウェイン・ショーターとジョー・ザヴィヌル、リターン・トゥ・フォーエヴァーを結成するチック・コリア、マハヴィシュヌ・オーケストラを結成するジョン・マクラフリン──が参加し、後のフュージョンの先駆けとなった。そして次作は『ビッチェズ・ブリュー』。


マイルス・デイヴィス 「In A Silent Way」
マイルス・デイヴィス 「In A Silent Way」

和田 : こういう60年代の終わりにマイルスが新しい夜明けがやってきたよって感じで、トニー・ウィリアムスのとても鮮烈なキレの良いハイハット・ワークが楽しめる曲。これが永遠にゆったりとした感じで続くからね(笑)。

高橋 : でもこれ、グレイトフル・デッドとかはちみつぱいとかに通じますよね(笑)。69年ってそういう感じですよね。

和田 : ということで、このマイルスの作品から「あ、何やってもいいんだ」ってなるんですけども、楽器もどんどん電子化していって、ベース、キーボードもエレクトリックに。そしてビート自体も8ビート、16ビートあるいはポリリズムってどんどん変化して、それ以降のジャズを大きく塗り替えて、現代に繋がっていく。このへんは僕よりも柳樂くんの方が専門分野だし、面白い話も聞けるかな。

高橋 : 柳樂くんがジャズ喫茶に一番行ってたっていうのは何年くらいなの?

柳樂 : 大学生の頃なんで、2000年〜2005年くらいですね。

高橋 : もう21世紀に入ってくるんですね(笑)。

柳樂 : ジャズ喫茶でジム・オルークとか聴いてましたからね(笑)。じゃあ、ロバート・グラスパーいきますか?

ジャズの中で一番影響力があってかなり手に入りにくい作品

和田 : ロバート・グラスパーの立ち位置はマイルスと同じくらい重要なジャズ・ジャイアンツなんですね。ロバート・グラスパーの『Black Radio 2 』から選曲していただきます。

柳樂 : じゃあ、「Lovely Day」聴きますか。ビル・ウィザースのカヴァー。

ロバート・グラスパー・エクスペリメント「Lovely Day」鑑賞

ロバート・グラスパー・エクスペリメント / Black Radio 2

第55回グラミー賞ベストR&Bアルバムを、ピアニストとして初めて受賞した『ブラック・レディオ』の続編にして、まさに「New Chapter Of Jazz」を象徴する1枚『ブラック・レディオ2』収録。前作と本作でまさに「グラスパー以降」という言葉をシーンの潮流として間違いないものにした。コモン、ブランディ、ノラ・ジョーンズ、ジル・スコット、フェイス・エヴァンス、アンソニー・ハミルトン、スヌープ・ドッグ、ルーペ・フィアスコ、ドゥウェレなど、彼が影響を受けたという豪華なゲスト陣も魅力だ。


ロバート・グラスパー・エクスペリメント「Lovely Day」
ロバート・グラスパー・エクスペリメント「Lovely Day」

和田 : 僕の同世代の友達のコテコテのジャズ・マニアに、ロバート・グラスパーを聞かせると、「これジャズなの?」って(笑)。

柳樂 : まあそうですね(笑)。いまのブルー・ノートを代表するアーティストで、『Black Radio』ってアルバムがシリーズになっているんですけど、ゲストでヴォーカルを迎えて歌ものをやるっていうのがロバート・グラスパー企画ものみたいになっていて。どこがジャズなのかが一番わかりやすいのがこの曲かなって思って選びました。リズムがずっと変わり続けてるんですよ。リズム・セクションとピアノが変わり続けて、そのままずっと歌い続けて、結構中盤以降になると、ベースもかなり音を抜いてて。

和田 : ファンキーなスムース・ジャズみたいな雰囲気から始まるんですけど、どんどん変化していくんですよね。

柳樂 : そうなんですよ。それでリズム的には全然別物になっていきながら最後までいくっていう。

和田 : 中盤以降は3人ともそれぞれに、集団即興演奏状態に入っていくんだよね。

柳樂 : そうですね。だから「Lovely Day」というソウルの有名な曲を題材にピアノと3人で遊ぶっていう発想はジャズですよね。じゃあ、マリア・シュナイダー聴きますか。

和田 : 前から訊きたかったんですけど、マリア・シュナイダーのCDってどうしてあんなに手に入りにくいんですか?

柳樂光隆

柳樂 : 昔は普通に流通してたんですけど、クラウド・ファンディングでお金を集めて作る方法に変えて。〈アーティスト・シェア〉っていうクラウド・ファンディング専門のレーベル経由で出してるんです。なんでそれを始めたかっていうと、とにかく完璧主義者の人らしくって、レコーディングをとことんやるみたいで、1週間スタジオをロックして、ミュージシャンを集めて。オーケストラなんですごい人数じゃないですか、そのお金を手に入れたいがためお金を集めるようになって。マリアがいえばけっこう集ってできちゃうんですけど、ただそういう形でやってるんで、流通には全然のらないものになっちゃいますね。

和田 : 当然ハイレゾ作品も販売されてないんで、これはものすごく苦労して手に入れた16bitファイルです。いま最も重要なコンポーザー、アレンジャー、ピアニストの一人だと思うんですけど、そういう意味ではミュージシャンに慕われて、すごいミュージシャンがどんどん集まってくるっていうのは、かつてのギル・エヴァンスみたいなところはありますよね。

柳樂 : そうですね。マリアはギル・エヴァンスのもとでずっと修行していて、初期はギル・エヴァンスっぽいところありますね。ギルがジミヘンとかに入れ込んでた時のギル・エヴァンスの感じとかがあって、そのあとはもっと昔のギルが木管楽器とかを使ってハーモニーとかすごいこだわってた頃の感じ。

和田 : 『Into the hot』とか

柳樂 : はい。それにだんだんシフトしていって、2000年以降はロックっぽさとか全然なくなって、すごい緻密なサウンドを作るようになって。でも彼女の登場以降ジャズのビッグバンドっていうのはすごく進化したし、盛り上がっていってるので、ジャズの中ではすごい影響力のある人っていう感じじゃないですかね。

和田 : じゃあ、いまジャズの中で一番影響力があって、かつ、かなり手に入りにくいマリア・シュナイダーの作品を聴いてみましょう。

柳樂 : 代表曲の「Hang Gliding」を。ハング・グライディングで助走をつけて飛び立っていって、空中で風に煽られているところを表現していて、すごくシネマティックなんですよ。

マリア・シュナイダー・ジャズ・オーケストラ 「Hang Gliding」鑑賞

マリア・シュナイダー・ジャズ・オーケストラ Allegresse

モダン・ラージ・アンサンブル・シーン(大編成オーケストラによるジャズ・アンサンブル)のパイオニアともいえるマリア・シュナイダーの、2000年リリースの3rdアルバム『Allégresse』に収録の楽曲。ギル・エヴァンスにアレンジャーとして師事し、さらにトロンボニスト/作曲科のボブ・ブルックマイヤーから作曲を学ぶ。その後映画やスティングの曲などに携わり、その後、1993年より自身のアンサンブルを率いて活動を開始し、現在のラージ・アンサンブル・シーンを革新し続ける存在に。


マリア・シュナイダー・ジャズ・オーケストラ 「Hang Gliding」
マリア・シュナイダー・ジャズ・オーケストラ 「Hang Gliding」

高橋 : 素晴らしいですね。

柳樂 : かなりクラシックに近い感じ。マイルスとギル・エヴァンスがやってた『スケッチ・オブ・スペイン』や『マイルス・アヘッド』とか。

和田 : そうだね。「マイルス・アヘッド」をちょっと思い出した。

柳樂 : そういうもののハイブリッドの延長って感じがしますよね。

和田 : それと同時に女性だからか、すごく繊細ですよね。

高橋 : 絵のまとめ方がすごい綺麗というか。

柳樂 : この頃はまだ大胆さがすごくでてる頃で、この後になるともっと繊細になっていきますね。

高橋 : ブラジル音楽の影響が強くなって行って。今日かけた中でこれだけ16bit/44.1kHzですね。この生楽器のふわ〜ってしたのをもっと欲しくなっちゃいますよね。

柳樂 : これをOTOTOYでなんとか配信して…(笑)。

高橋 : 柳樂先生がなんとかマリアを説得して、ハイレゾを出してもらうと(笑)。

今はドラマーが新しいジャズを作ってる

柳樂 : こういうかたに影響を受けてる若いビッグバンドの人で挾間美帆っていう日本人がいるんですけど、マリア・シュナイダーを聴いてジャズの作曲家になろうと思ったぐらい。

和田 : 僕この女性の存在全然知らなかったんだよね。聴いたときは本当にびっくりした。こういう日本人のジャズ・ミュージシャンがいて、ニューヨークの凄腕ミュージシャンをがっちり集めて、とても緻密なジャズをやってる。

高橋 : 最近、坂本龍一さんのインタヴューでね、”マリア・シュナイダーと挾間美帆 絶賛”みたいなのがありましたね。

柳樂 : 坂本龍一さんのオーケストラの作品とかでスコアを書いてたり。

和田 : 挾間美帆さんが?

柳樂 : はい。あとは鷺巣詩郎さんの仕事で、エヴァンゲリオンの劇場版のアレンジをやってたり、そういう知られてないところでいろんな仕事をしてる人で。軸足はジャズのシーンに置いていて、ニューヨークのビッグバンドのシーンで日々いろんなことをやっているんですけど。じゃあ、挾間美帆さんの『タイム・リヴァー』の1曲目の「アーバン・レジェンド」を。

挾間美帆 「The Urban Legend」鑑賞

挾間美帆 / タイム・リヴァー

ニューヨークを拠点に活動するコンポーザー / アレンジャー / ピアニスト、挾間美帆の2ndアルバム『タイム・リヴァー』の冒頭を飾る1曲。国立音楽大学在学中より作編曲活動を行なう。2008年に初演された山下洋輔「ピアノ・コンチェルト第3番〈エクスプローラー〉」のオーケストレーションを担当し、話題を呼ぶ。2010年にニューヨークへ。マンハッタン音楽院大学院でジャズ・コンポジションを学ぶ。作品では自身の室内楽団、m_unitを率いて奏でられるストリングスが魅力的に響き渡る。マリア・シュナイダー以降のラージ・アンサブル・シーンを象徴するアーティストのひとりと言えるだろう。


挾間美帆 「The Urban Legend」
挾間美帆 「The Urban Legend」

和田 : いやー、すごい女性がいるんですね。

柳樂 : すごいですよね。ちなみにこれ、瀬川昌久さんっていう90歳くらいのジャズの評論家のお家に遊びに行った時に、「ギル・エヴァンスとかマリア・シュナイダーの影響があるんだけど、編成が変でストリングスが入ってて、でもすごく面白いアンサンブルでやってる日本人がいるんだけど、ちょっと聴いてください」っていわれて聴いたのが彼女の音源で、それからすごい好きになって。

和田 : すごいおじいちゃんだよね。

柳樂 : そうなんですよ。よく電話でギル・エヴァンスの話をするんですけど、未だにそれの現代版見たいなのを探してるっていう。

和田 : すごいな〜。我々も負けてられないな〜(笑)。長生きしなきゃ(笑)。マリア・シュナイダー、挾間美帆ときて、最後はジャズではないんですが、つい最近亡くなったデヴィッド・ボウイに敬意を表して、終わろうと思います。

柳樂 : 『Blackstar』にはマリア・シュナイダーは入ってないですが、『Blackstar』を出す1年前ぐらいに出たベスト盤(『Nothing has changed』)に、1曲だけ入っている新曲の「Sue」という曲がデヴィッド・ボウイとマリア・シュナイダーのコラボレーションで。『Blackstar』では、マリアのバンドのドニー・マッキャスリンというサックス奏者がバック・バンドになって1枚のアルバムを作ったっていう感じですね。

David Bowie 「Sue」
David Bowie 「Sue」

和田 : この間、鈴木慶一と飲んでたら、突然「マーク・ジュリアナかっこいいね」って言ってきて。

柳樂 : へ〜!

和田 : マーク・ジュリアナを知ってると思わなかったから「突然何を言い出すんだ」って言ったら、『Blackstar』で知ったらしいんだけど。それでマリア・シュナイダーのレコード探してるって。

高橋 : 慶一さんはそういうとき、パッと反応しますよね。フライング・ロータスとかもね。

和田 : そうそう。

柳樂 : この『Blackstar』のドラマーはマーク・ジュリアナで。テクノとか、ドラムンベースとかビート・ミュージックみたいなのを人力で叩くようなスタイルが彼の特徴なんですけど、突然変異的に出てきたんですよ。誰かのフォロワーっぽくなくて。彼と出会って、ドニー・マッキャスリンも変わってしまい、『Blackstar』に参加しているジェイソン・リンドナーっていうキーボーディストもマーク・ジュリアナと出会って音楽性がすごく変わって。マーク・ジュリアナの登場はすごかったですね。

高橋 : ジュリアナはもともとどこ系の人なんですか?

柳樂 : アメリカ人で音楽的にはロックバンドをやっていて。その後はイスラエルのアヴィシャイ・コーエンと一緒にやって。

和田 : この人が出たおかげで世界の若いジャズ・ドラマーはマーク・ジュリアナ化してるよね。

柳樂 : そうですね。

和田 : 丈青くんのトリオ編成を聴くの初めてだったんだけど(SPIRAL RECORDS presents Special Showcase Live 2015 «touch to silence» )、あの時ドラムすごいなーって思ったら、(丈青が)すっと寄ってきて、「和田さん、ドラムどうですか」って言ってきて。新しい風を感じるドラムだったね。

柳樂 : あの時はFUYUさんでしたよね。彼はジュリアナよりはちょっと上ですけど、 クリス・デイヴっていうロバート・グラスパーと一緒にやってたドラマーとかの影響をすごい受けて。

FUYU参加作品

和田 : 僕もすぐにロバート・グラスパーっていう名前が浮かんだんだけども、今はドラマーが新しいジャズを作ってるというか、サウンドを支えてるというか、そういう気がすごくします。

高橋 : マーク・ジュリアナは黒人っぽくないですよね。ジャーマン・ロック的な筋肉の使い方というか。

和田 : 1本の太い幹がどーんと立っているような叩き方をする人。でも細かく繊細で。

高橋 : でもレゲエが合うよね。

柳樂 : そうですね。キャリアも最初期はイギリス人のピアノ・トリオと叩いてて、だから意外とヨーロッパ的なところはあるかもしれないですね。

和田 : じゃあ、最後にすばらしいジャズ・ミュージシャンがどさっと入ってる、デヴィット・ボウイの遺作、『Blackstar』からお聴きください。

David Bowie 「★」鑑賞

David Bowie / Blackstar

リリースの数日後に、闘病中のガンでデヴィッドが急逝するという劇的な運命とともにリリースされた最新作。ダニー・マッキャスリン(サックス)、ジェイソン・リンドナー(ピアノ/キーボード)、ティム・ルフェーヴル(ベース)、マーク・ジュリアナ(ドラムス)、ベン・モンダー(ギター)などなど現在ジャズ・シーンの若手アーティストたちがバックを務め、ベスト盤に収録された、彼らも参加するマリア・シュナイダー・オーケストラとの「Sue」からの流れを強く感じさせる1枚となった。


David Bowie 『Blackstar』Trailer
David Bowie 『Blackstar』Trailer

和田 : 健太郎さんありがとうございました。45、6年ぶりにジャズ喫茶ムーヴィンをちょっとだけ開店することができました(笑)。

高橋 : すごく楽しかったですけども、6時間くらいやりたいです(笑)。このシステムの音も抜群に良かったですよね。

和田 : いやー、老後の楽しみでジャズ喫茶をやってみたいなって気もしますけどね。でも毎日同じことをやってるとすぐ飽きちゃうからな〜(笑)。

文字起こし : 木本日菜乃
構成 : 中村純
写真 : 大橋祐希

今回のイベントで使用した機材のご紹介

Aurender N10

Aurender N10

TVLogic社のハイエンド・オーディオ専門ブランドであるAurenderは、韓国とアメリカに本拠を置き、クリエイティブで実績のあるオーディオ・ビジュアル、ソフトウェア製品の開発経験に富んだ技術者を多数擁する、若く創意に満ちたメンバーで構成された新しいオーディオ・ブランドです。デビューから短期間でアメリカのハイエンド・オーディオ・レビュー誌の高い評価を得、現在は35カ国にも及ぶ代理店を獲得しています。

Aurenderの最新世代のメディア・サーバーであるN10は、フラッグシップ機開発で培われた知見を惜しみなく投入したハイパフォーマンス製品として誕生しました。4TBのHDDを内蔵するほか、OCXOとフルデジタルPLL回路を活用した超低ジッター設計デジタルオーディオ出力回路、およびバッテリー駆動による超低ノイズを実現した専用設計のUSB Audio Class 2.0回路ならびにギガビット・イーサネット端子を搭載しています。

さらに、5.6MHzまでのDSDデータの再生に対応するだけでなく、FPGAベースの高精度リアルタイムDSD to PCM変換回路も搭載し、様々なDACとの組み合わせでご利用いただけます。(Official HPより抜粋)

>>Aurender N10の詳細

Resonessence Labs INVICTA MIRUS


Resonessence Labs INVICTA MIRUS

Resonessence Labsは、音響機器の設計・製造を専門とするカナダBCIC Designs Inc社のオーディオ・ブランドとして、高性能DACチップ製造メーカーとして定評あるESS Technology社出身のMark Mallinson氏により設立されました。同社の技術者は業務用D/AコンバーターおよびA/Dコンバーターに関する音響設計の分野の専門家で構成されており、現在もESS Technology社のD/AコンバーターおよびA/Dコンバーター開発の最前線で活躍しています。

世界中の誰よりもESS Sabre DACチップを知り尽くした彼らが、自らのリファレンスたり得る究極のD/Aコンバーターを作るという目標を掲げ設計したのが、D/Aコンバーター「INVICTA」シリーズです。24bit/384kHzまでのPCMデータおよび5.6MHzまでのDSDデータの再生に対応するINVICTA MIRUSは、世界最高峰の性能を誇るDACチップES9018Sを左右のチャンネルで1枚ずつ使用した新フラッグシップD/Aコンバーターです。更なる音質向上を目標に自社開発のデジタル・フィルターやSDカード再生機能を搭載するなど、DACチップの最高性能を引き出すための様々な工夫が施されています。(Official HPより抜粋)

>>Resonessence Labs INVICTA MIRUSの詳細

PROFILE

和田博巳

1948年、茨城県日立市出身で北海道の余市町育ち。66年上京。ジャズ喫茶勤務ののち、69年、高円寺にロック喫茶、ムーヴィンを開店。良質な洋盤をいち早く流す店として話題に。その後、岡林信康のアルバム『俺らいちぬけた』(71年)のバッキングで共演した鈴木慶一と意気投合し、72年、伝説のバンド、はちみつぱいにべーシストとして参加。74年のバンド解散後は地元に戻り札幌にて和田珈琲店を開店。和田珈琲店(やがて中南米志向にアレンジしてバナナボートと改名)は、小西康陽(ピチカート・ファイヴ)やDUB MASTER Xなど、のちに名を馳せる若き音楽好きが頻繁に足を運んでいたお店として知られている。80年代初めの再上京後はマネージメント及びサウンド・プロデュース業を展開。ヒックスヴィルやオリジナル・ラヴなど、さまざまなアーティストの作品を手掛け、のちの“渋谷ブーム”の隆盛に寄与した。その傍らでスパニッシュ・ムーン、QUOTATIONSと自身のバンド活動も展開。鈴木慶一の〈水族館レーベル〉等に音源を残している。現在はオーディオ評論家としても活躍中。

高橋健太郎

大学在学中より『YOUNG GUITAR』、『Player』などの音楽誌でライター・デビュー。その後『朝日新聞』やマガジンハウス関連の一般紙にもレギュラーを持つ。ライターの他、音楽プロデューサー、レコーディング・エンジニアとしても活動するようになり、2000年にインディーズ・レーベル「MEMORY LAB」を設立。さらに、音楽配信サイト「OTOTOY」(旧レコミュニ)の創設にも加わった。著書には「スタジオの音が聴こえる 名盤を生んだスタジオ、コンソール&エンジニア」、「ヘッドフォン・ガール 」他。

柳樂光隆

ジャズとその周りにある音楽について書いている音楽評論家。1979年島根県出雲生まれ。世界にも類を見ない現在進行形のジャズ・ガイド・ブック「Jazz The New Chapter」シリーズ監修者。現在、第3弾「Jazz The New Chapter 3」が好評発売中。CDジャーナル、JAZZJapan、intoxicate、ミュージック・マガジン、BRUTUS、ユリイカなどに執筆。ライナーノーツ多数。

TOP