2014/04/11 16:19

聴く人みんなにとって“ゆたかな風景”が広がるーー西森千明の2ndフル・アルバム『かけがえのない』をDSDで配信

西森千明©Toru Imanishi(maktub)

京都のシンガー・ソングライター、西森千明が7年ぶり2枚目のアルバムをDSDでリリース。 WATER WATER CAMELの田辺玄がサウンド・プロデュースし、京都の山奥にある小学校で録音されたこの作品は、「かけがえのない」自然との共生や空間の記憶がたっぷりと詰め込まれた、DSD音質で聴くべき音色の豊かなアルバムに仕上がった。西森が目指す自然との共生、音作りに対する思いについてインタヴュー。


西森千明 / かけがえのない (5.6MHz dsd+24bit/48kHz)
【配信フォーマット / 価格】
alac+DSD、flac+DSD、wav+DSDともに : 2,000円(まとめ購入のみ)
※歌詞ブックレット(PDF)が同梱されます。

【Track List】
01. 風に鳴る
02. 青葉
03. とある日
04. 透明の光
05. 琥珀涙
06. 雨の降る音
07. ゆたかな風景

INTERVIEW : 西森千明

京都の吉田山でインタヴュー用の写真を撮影中、西森千明は何度も深呼吸をし、踊るようなポーズをとった。演奏中の彼女とのあまりのギャップに笑ってしまったが、納得もしていた。吉田山は鳥が囀り、木漏れ日が輝いている。自然に包まれた喜びが、彼女にそうさせたのだ。彼女の最新作には、自然と共鳴した喜びがつまっているのだから。ミニ・アルバム『仄灯』のリリースから7年、2ndフル・アルバム『かけがえのない』をリリースした西森千明。その音楽が今にも聴こえだしそうだと思いながら、話を聞いた。

インタヴュー& 文 : 熊谷充紘

山の稜線のイメージから、歌詞とメロディーが同時に生まれた

——『かけがえのない』に収録された楽曲には山が何度か出てきますね。西森さんは山が好きなんですか?

西森千明(以下、西森) : 山は大好きですね。自宅から見える山、電車から見える山。そういう日常の中にある山を眺めていると、自然とメロディーが生まれてきたりします。たとえば「とある日」という曲は、電車の車窓から山を眺めていたら、山の稜線のイメージから、“とある日”という詩とメロディーが同時に生まれました。

——身近な自然から、歌詞とメロディーが密接に結びついて、曲が生まれていくんですね。

西森 : 『かけがえのない』は全編日本語の楽曲にしようと決めて作り始めたんです。普段接している日本語で、身近な自然の歌をつくろう。そこで大切にしたのが、日本語を声に出した時の自然なイントネーションになるように、歌詞とメロディーを作ることでした。今もほら、空に“浮き雲”が見えますが、浮き雲を声に出すと、最後の“も”にむかってイントネーションは上昇していきますよね。だから、浮き雲につくメロディーも、“も”にむかって上昇していくことになる。そうやって生まれた歌は、聴く人に自然と“浮き雲”を思い浮かべてもらえると思っています。

——確かに、西森さんの楽曲を聴いていると、音は目に見えないものなのに、歌詞の情景がありありと思い浮かびます。

西森 : 私はトウヤマタケオ楽団や渚十吾さんの音楽がとても好きで、それは彼らの音色が、いろんなイメージを喚起するものだから。音色っていうくらいで、音だけじゃなく色、ほかにも風景や匂いや感情や…。音色でこんなに豊かなことができるんだ! って感動して。私の音楽もそうあるために、詩とメロディーと声色の関係を常に考えていますね。

——西森さんの声色はちょっと独特で、まるで空気みたいで。こうして山にいて聴こえてくる鳥の鳴き声や、樹々が揺れる音と同じような。

西森 : そうですね。この声質でできることを、音色と同じようにイメージしていきました。だから声が中心じゃなくてよくて。声もピアノの音も周りの自然の音もすべてが境目なく一体になっていることが理想というか。風が吹けば鳴る音のように、私にとっての音楽はそれが自然で。そうしたら、聴く人にとって親しみやすく、優しい作品になるはずと思って。こういう山や自然の中にいると優しい気持ちになって、深呼吸したりスキップしたり踊りだしちゃったりするように。

その場所の記憶やそこでしか鳴らない音と共演したかった

——吉田山から、ふもとにあるmaktub&Co.にインタヴュー場所を移しました。ここは古民家を改装し、写真スタジオと陶芸教室として使用されています。アップライトピアノがあって、西森さんはここで演奏会もされたそうですね。

演奏会風景©Toru Imanishi(maktub)

西森 : そうなんです。私にとってどこで音楽を鳴らすのか、とても大切なんです。ここは手作業の場、モノが生まれる場であり、陶芸教室にきた子どもが畳に寝転んでリラックスしているような場でもある。ここで鳴らす音は、ここに染み込んでいる音や記憶と共鳴して、ここでしか聴けない音になる。演奏会ではその場所で鳴っている音とともに、音楽を奏でたいといつも思っています。

——その思いは、このアルバムが京都の山奥にある小学校で録音されたことと繋がりそうですね。耳を澄ますと、鳥の囀りや風の音、いろんな音が聴こえてきました。

西森 : 今回の楽曲たちは、山の稜線や光や雨、そんな自然からインスピレーションを得て作っていったので、自然のそばで、自然と共鳴した音を録音したいと思いました。そこで出会ったのが、旧田山小学校です。ここで演奏している時間や、ここで鳴っている窓や床のきしむ音。すべてを取り入れた「かけがえのない」作品にしたくて。

——小学校は、多くの人にとって「懐かしい場所」になるのかなと思います。記憶として、ある程度明確に思い出せるのが小学生くらいのことからかなぁと。

西森 : そうですね、「懐かしさ」は大きなテーマになっています。私の原点として、中学三年生の時に卒業式で歌う曲を作曲した経験があって。阪神淡路大震災を中学二年生の時に経験して、その時に、卒業式に皆で歌う曲を作ろうってなって。それまではピアノ曲を作曲していたんですけど、その時に初めて歌詞にメロディーをつけた。これから一人一人が自立していく時に、心の拠り所になるような、原風景のような曲を作りたいと思って。それが今でも続いているような感じはするんです。

——原風景というイメージは、西森さんの楽曲にピッタリですね。たとえば都会の小学校で過ごした人にとっては、教室の床がきしむ音は聴いたことがないかもしれない。でもその音を聴くと、懐かしさを感じます。

西森 : 学校での合唱コンクールや音楽の授業、朝の会や放課後。誰もが記憶の中で持っている響きや情景と共鳴したい。この楽曲たちで思い出してほしい。そういう思いを今回の録音エンジニアの田辺玄さんと最初に共有して、旧山田小学校での録音にのぞみました。

——WATER WATER CAMELを中心に活動されている田辺玄さんとの音作りはいかがでしたか?

西森 : 田辺玄さんとは、WATER WATER CAMELの3rdアルバム『さよならキャメルハウス』の「運命のアラサー」のイントロを聴いた時から、いつかご一緒できたらと思っていたんです。ふくよかで広がりがある音を、メンバーである田辺玄さんが録音されていると知って。今回、玄さんにマスタリングを終えた『かけがえのない』を聴かせてもらったとき、泣いてしまいました。ずっと、「あの場所で聞こえていた、空間や、外まで広がっていく響きが伝わるような音源にしたいな」とお伝えしていたのですが、出来上がって、本当にそうなって、どうしてこういう音に聴こえるんだろう。どうしてこんなにイメージ通りなんだろうって。玄さんに聞いてみたら、ピアノのオン・マイクを使用しなかったそうなんですね。普通、歌とピアノの作品である場合、歌とピアノのマイク、音を中心に整音していくと思いますが、ピアノのオン・マイクは使わず、黒板の前のマイクや遠くの廊下においたマイクの音などを組み合わせて作ってくださった。だからこそ、この場所で聞こえる音が私の音楽と一緒になり、誰もがもつ懐かしい記憶、物語へと染みこむ作品ができたのだと思います。

録音風景©田辺みのり

音の先を想像すること、音楽は心で聴く

——すべての人がもつ原風景に触れる歌だと思います。そういう意味では、西森さんの楽曲は、童謡や「みんなのうた」に近いのかなと感じました。自分のなかの“かけがえのなさ”というより、みんなの中にある“かけがえのなさ”を伝えたいという。

西森 : ああ、そういうところあるのかもしれない。奇をてらうとか、ハッとさせるメロディーで耳をひきつけようとは一切思っていなくて。誰もが知っている風景や持っている思いを、純朴なメロディーで歌うこと。みんなの耳に自然と溶け込むような、みんなが自然と口ずさんじゃうような、身近な音楽でありたいです。

——西森さんの楽曲は、忘れていたけど愛おしかった記憶、当たり前のようにある自然の美しさに気づかせてくれますよね。普段は周りで鳴っているほとんどの音を右から左に聞き流しがちですけど、このアルバムを聴いていると本当にたくさんの音が鳴っていて楽しいです。普段の生活でも、耳を澄ますと周りで鳴っている音に気づくし、音の先にある光景を思い浮かべることができます。

西森 : うん。音楽は、音の先を想像することが大切だと思っています。

——西森さん自身がいつも音の先、見えているものの先を想像しているんだと思います。なにかを想像することって、経験したことのあるなにかを元に膨らませていくことですよね。

西森 : そうですね。音楽は耳だけじゃなく、心で聴いてほしいし、柔らかな発想や思いやるっていうことは本当に大切だと思います。たとえば満員のバスで子どもが泣いていたら、うるさいと思うのではなく、なにか嫌なことがあったのかなと想像することで、泣き声も感情が託された音楽に聴こえてくる。ちょっと大げさなたとえになっちゃいましたけど、そうやって心で聴いて想像することが、ゆたかな感情を生むのかなと。そういう気づきと、小学校で録音したいと思ってから生まれた楽曲が、アルバムの最後に収録されている「ゆたかな風景」です。

——「ゆたかな風景」はこのアルバムを象徴するような楽曲ですね。“ゆたかな風景 ともにはぐくもう”という詩とメロディー。共に育むというのは、まさに学校生活のようですよね。社会人となった僕らにとっても、原風景を育むことでゆたかな風景を見ることができるはずで。みんなで「ゆたかな風景」を合唱したくなりました。そういえば、西森さんが最初に作った歌は、みんなで歌うための楽曲でしたね。

西森 : はい。やっぱり中学生の時のあの経験が原点になっているように思います。みんなにとっての懐かしい記憶を音色で表現したい。耳から入った音楽が心に作用して、物語が広がるように。私の記憶と旧田山小学校に染み込んだ記憶と、楽曲を聴いてくれた人の記憶が合唱したら、きっと素晴らしい「ゆたかな風景」が広がるでしょうね。

——最後に、このアルバムはCDでも充分に旧田山小学校で鳴っている環境音が聴こえますが、DSDで聴くとその音がもっとすごいとか。

西森 : そうなんです! これもエンジニアの田辺玄さんのおかげなのですが、DSD音源は周波数がCDに比べて何十倍にもなるので、音域が広いんですね。ちょっと聴いてみますか?

DSDを聴いている©伊藤梓

——おお! とても滑らかな音ですね。鳥の鳴き声が左斜め前、10mくらい先の方向から聴こえてくるような…

西森 : ね! CDではキツく聴こえてしまうような高音域でも、DSDは音域が広いので包み込むような音に聴こえるんです。鳥の鳴く声や窓や床のきしみなどもより立体的に、手で触れられそうなくらいわかる。まるでその場に居合わせたかのような臨場感がありますよね。『かけがえのない』は、小学校で聴こえる音、私の声、ピアノの音が、自然にただよい聴こえているという現象に向き合ったので、このアルバム、DSDとの相性は、バッチリだと思います。

【筆者について】
熊谷充紘 : フリーランスで編集や執筆や企画などをおこなう。ignition gallery主宰。
twitter ID : @kumagai_mistu

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LIVE INFORMATION

「かけがえのない」発売記念音楽会 〜 或る風景へ 〜

2014年4月20日(日)@東京 森のテラス
2014年5月10日(土)@四日市 radi cafe apartment

PROFILE

西森千明
2004年に1st アルバム『fragments』、2007年にミニ・アルバム『仄灯』をリリース。2014年3月16日に2ndフル・アルバム『かけがえのない』を発売。WATER WATER CAMEL 田辺玄を録音・ミックス・マスタリングにむかえ、田舎の古い学校で録音された作品。バロックにも通じるピアノによる力強いメロディの風の上に、木管楽器のような歌声がふんわりと奏でられていく…… コマーシャリズムとはかけ離れた凛と佇む音世界は、ヴァシュティ・バニヤンにも通じるジャンルを超えた絶妙さ。これまでに、渚十吾の作品にコーラスで参加、ライヴでは、トウヤマタケオ、haruka nakamuraなどとの共演を重ねる。曲創りが好きだからこそ、自分の音楽にまっすぐと向き合い、時が満ちたら録音するという、マイペースな活動ながらも、数々のライヴやコンピレーションに参加し活動中。クラシック音楽の演奏家としても活動する。また、自身の結成した"archipelago"(スティールパン・コントラバス・ピアノ&歌)や、カシオトーン5台の"portable tone orchestra”(シンドウユカ・井上智恵・生駒祐子・miki・西森千明)での活動も行う。

>>OFFICIAL HP

[レヴュー] 西森千明

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