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9/28-29 ソウル・フラワー・みちのく旅団 被災地ライヴ・ツアー
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| photo by 上野祥法 |
震災から半年以上が過ぎて、被災地にいない人間は震災のことも意識の中から薄らいでいるかもしれない。また、原発事故から起きた様々な問題により身動きが取れなくなっている人もいるかもしれない。しかし被災地は復興にはまだ遠く、そしてそこで生きている人々がいる。ソウル・フラワー・ユニオンは、そこで生きる人々の現場に行き続ける。何度も現場に行き、現地の人々との繋がりを深くしていく。続けること、繋がっていくこと。それがいかに大切か。ソウル・フラワーの活動から、私はそれを教わり続けている。
5月17日から19日の第1回、6月21日から23日の第2回に続いて、“ソウル・フラワー・みちのく旅団 被災地出前ライヴ・ツアー”の第3回が、9月28日と29日に行われた(他にもリクオとのソウル・フラワー・アコースティック・パルチザンで被災地ライヴを行なっている)。ツアーは宮城県の3ヶ所。前日の27日は仙台のLive House enn2ndで、“ホモサピエンスはつらいよ ツアー・ファイナル”が行われ、そのライヴに行けなかった私は28日の午前に仙台のホテルで合流。前日のライヴは3時間に及んだそうで、更にその後、被災地ツアーを現地で支えているトモちゃん等と語り飲み、ホテルに戻ったのは丑三つ時。ロビーに現れ「おはよう」と言うメンバーはサスガに寝むそうだが清々しい表情だ。
今回のメンバーはソウル・フラワー・ユニオンの中川敬、高木克、JIGEN、美保子。震災当初から石巻でボランティアとして動いている上野祥法(ロフト・プロジェクト)、ライターの岩崎眞美子、小説家の木村紅美、私。そして、避難所を経て現在は仮設で暮らし、今回のブッキングも担当している内田兄弟の弟さんのトモちゃんなど現地のスタッフ。現地との連携なくしてこのツアーはあり得ない。2台の車に分かれ、震災の跡はほとんど見当たらない仙台市内から最初の会場、石巻市中屋敷の中島産業前へ向かう。道中、真っ青な空に広々とした景色。実に気持ちいい。しかし、海沿いに近づくにつれ建物の残骸があり津波の大きさが今なお生々しく迫ってくる。ライヴの前にメンバーが音合わせをする間、近くを散策。メインストリートの建物は損壊が激しく営業している店はほとんどない。が、一店、和菓子屋さんが営業している。美味しそうな最中を買い話を伺うと、老舗であるその店、「店を開けていることでみんなが元気になれば」と言う。最中はとても美味しかった。
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| photo by 上野祥法 |
さぁ、いよいよライヴだ。会場は住宅街の一画の空き地。住宅街といっても都会のそれとは違って広々として、やはり実に気持ちいいのだが、そこも津波の前は違う風景だったのだろうか? 津波の前はもっと家々が建っていたのだろうか? 必死に想像する。ピースボートの宣伝により、スタート時間が近付くとちらほらとお客さんが集まり始める。仕事の手を休めて来てくれているようだったり、学校帰りにたまたま通りがかった中学生がいたり、近所に住んでいるのであろう3歳ぐらいの女の子が走り回っていたり。生活の合間に音楽を聞きに来てくれる、この感じがいい。「飲み物買ってきたから小さい子達にあげて」と差し入れを下さったおばちゃんもいた。“ソウル・フラワー震災基金・ギター大作戦”(註1)でギターを受け取った高校生のナナちゃんも駆け付けてくれた。気付けば準備した椅子は満席。フラッと立ち寄った人も、この日を楽しみに駆け付けた人も、みんな一緒に晴れた空の下で手拍子をして歌う。今回のツアーで初めて披露された吉田拓郎のカヴァー<落陽>のように、沈みかけていく太陽が目にも心にも沁みた。ピースボートによる炊き出しで豚汁がふるまわれ、JIGENと美保子の別ユニット・桃梨が全国から募ったTシャツを手渡し、ライヴの後は各々でお喋りをし、そしてまた各々の生活に戻る。ひと時とも言える時間が各々の生活の力になったと思うし、私自身が大きな力を貰った。
その夜、女川の蒲鉾本舗高政という笹かまぼこ屋さんへ。ボロフェスタにも出演した高政さんの店だ。高政さんとソウル・フラワーとの出会いは、4月、震災後、初めて東北に行った中川敬が女川で瓦礫の中にターンテーブルを見つけたのがきっかけ。それをツイッタ―で呟いたところ、ターンテーブルの持ち主が高政さんで、ソウル・フラワー・ユニオンのファンであるという。その後、現地のスタッフとしてツアーを支えてくれているのだ。笹かまを頂き、店内の製造所を見学し、その立派な店から高政さんの努力と覚悟が伝わってくる。(註2)4月にはもう一つの出会いがあった。漁船が突き刺さったビルを見たソウル・フラワーの面々。そのビルの2階にはラ・ストラーダというライヴハウスがあり、そのオーナー・カップルとの出会いだ。場所を変えてオープン間近のラ・ストラーダにも立ち寄る。新しい店の匂いはとてもいい匂いだ。(註3)
翌日は正午から牡鹿半島の荻浜でライヴ。会場へ向かう前に女川の港へ。半年以上経ったとは思えないほどの津波の痕跡。直前には台風もあり水かさは足元まで増し、近くの家のものか遠くから流れ着いたのか、賞状の筒、割れた茶碗など生活の痕が板きれやゴミと一緒に汚泥となった波間を漂っている。彼方の海は輝くような美しさなのに。被災者ではない私がこんなことを言っていいのかわからないが、悔しい。半壊・全壊した建物と波間を漂う生活の痕を見て、これが東京のような都市だったらすぐに復興していたかもしれないと思うと、本当に悔しい。心が痛む。 そんな光景を見た後なのに、見た後だからこそか、ソウル・フラワーの演奏は素晴らしかったのだ。 前日よりも更に広々とした絶景の会場。ここでもピースボートが炊き出しの準備をしていて、若く元気なその姿に、まず私も元気をもらった。そしておじちゃん、おばちゃん、子供達、漁師の男衆と、お客さん達もとても元気だ。ソウル・フラワーの演奏も広い空に届くように伸びやかだ。
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| photo by 上野祥法 |
今回のツアーの選曲は、宮城県の民謡<斎太郎節>、遠洋漁業を生業にしている者なら誰でも知っているという<おいらの船は300とん>とみちのくツアーならではのナンバーに、<ドンパン節>、<安里屋ユンタ>、<アリラン>、<竹田の子守唄>に<男はつらいよ>のテーマソング、そしてチビッ子が大喜びの<アンパンマンのマーチ>、阪神淡路大震災の後、被災地でのライヴから作り上げられた<満月の夕>、大きく手を広げる振付もある曲などお客さんに大ウケだった桃梨のナンバー、先ほども書いた新たなレパートリーである<落陽>など。この曲、「50代あたりの人が喜んでくれる曲はなんだろう? 」と考えたところ、仙台のバンドで前回のみちのくツアーに同行したソンソン弁当箱のカジカ君が「<落陽>がいいですよ」と提案したそうだ。確かに“苫小牧発仙台行きフェリー”って歌詞がある。そうやって、どういう歌なら楽しめるかを考えての選曲。押しつけではなく、こちらからお客さんに寄り添うような選曲。だから自然にリズムをとり、歌を口ずさみ、手拍子をしてくれる。私は途中から空いている椅子に座り隣のおばちゃんとお喋りしてしまい、お喋りをしながらもサビでは一緒に歌うおばちゃんがとても楽しそうで、ライヴに集中していたとは言い難いのだが、これこそがライヴなんじゃないかって、おばちゃんとのお喋りをやめることが出来なかった。そのお喋りの中で、一人で暮らす仮設に台風で雨水が浸みてきたこと、流されてしまった2年かけて育てた牡蠣の、その殻を削ぐ日が本当は今日からであること、神社の階段をピースボートの若い人達が一段ずつ掃除してくれたのが嬉しかったことなどを話してくれた。
ずっと広い空の下にいたい気持ちだったが、最後の会場、南三陸志津川・中瀬町の仮設住宅二期集会場へと急ぐ。会場を仕切ってくれたのは、この仮設で暮らすトモちゃんを中心に、中川敬の旧友であるex.THE LOODS、ex.THE GROOVERS、現LOUDSでバンド活動をしつつ介護士として何度も被災地に行っている西村茂樹が派遣してくれていたボランティア達。集会場である部屋で、徐々に集まってきたお客さんに語りかけるように演奏はスタート。その音を聞きつけお客さんもどんどん増え、語りかけるような演奏は賑やかな宴に変化していく。状況を瞬時に判断してライヴを進めるソウル・フラワー、見事だ。三線をボランティアから習ったという仮設で暮らす高校生の弥生ちゃんが参加して<満月の夕>をセッション。震災後に弾き始めたとは思えないほど、三線の音色は美しかった。ライヴが終わった、<ドンパン節>を小さな女の子が口ずさんではしゃいでいた。なんかもう、音楽が繋がっていく様子が手に取るように感じられて、その場にいるお年寄りやチビッ子達にやたらと話しかけたくなった。私も興奮していたのだろう。
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| photo by 上野祥法 |
音楽にどんな力があるのか? 震災以降、そんな議論めいた話を聞くが、音楽には心を開く力がある、心を解きほぐす力がある、私はそれだけはハッキリと言える。
私にとって、前回の6月に続いて2度目の同行(前回のレポートは「STORY WRITER vol.6」に寄稿)。前回のツアーでは、お客さん達はその日を生きることを一番に考えていたように見えた。今回は新しい生活を築き始めていると感じた。まだまだ不便なことはたくさんあるだろうし悲しみが失せたわけではないだろう。だけど、各々が次の一歩を踏み出している姿を見た。私はその気持ちを、その状況を、ほんの少しかもしれないが共にしていきたいと思った。何をすればいいのか自問は続くだろうが、自問を続けていこうと決めた。そして、ソウル・フラワーの活動は、ソウル・フラワーの音楽はこれからも続いていくはずだ。(text by 遠藤妙子)
註1 : 『ソウルフラワー震災基金2011』HP http://www.breast.co.jp/soulflower/sfu20110328.html
註2 : 『DJターンテーブルがつなげた思い』(日本経済新聞 8/4)
註3 : 石巻ラ・ストラーダ http://www.la-strada.jp/
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LIVE REPORT 2012/3/30 高畠俊太郎
[LIVEREPORT]・2012年04月10日・
3/30@下北沢440「headLine vol.25」「headlineへようこそ~」という主催者、高畠俊太郎のごきげんな挨拶から始まったheadline vol.25。2005年7月から始まり、もうすぐスタートから7年になるのだが、毎回素敵なゲストを迎え、抜群の安定感を誇るイベントになっている。今回の対バンは盟友、近藤智洋率いる、近藤智洋&ザ・バンディッツ・リベレーションだ。高畠&近藤はこれまでに何度も共演したり、一緒に長いツアーを回ったりしている者同士。お互い、仲間であり、尊敬するミュージシャンだと思っていることが会場内にも伝わって来て、ライヴ・スタート前から客席の雰囲気もすこぶる良い。
「雨色のギター」で始まった先攻の近藤智洋&ザ・バンディッツ・リベレーション。近藤がアコギとピアノで紡ぎ出す柔らかいメロディに、高橋浩司(Dr.)、Hisayo(Ba.)、山田貴己(Eg.)それぞれが鳴らす音が溶け合い、そこに佐田智のサックスが色とメリハリをつけていく。このバンドを線で表すとすれば、なめらかな曲線だ。高揚感溢れる曲もぐっと落ち着いた雰囲気もあるけれど、そのつながりはすうっとスムーズに流れていく。メン
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LIVE REPORT 2012/2/23 畠山美由紀
[LIVEREPORT]・2012年03月14日・
2/23@渋谷区文化総合センター大和田 さくらホール2月23日木曜日の夜。平日だというのに渋谷の駅前は相変わらずの人の波だ。雨が降っていたのだろうか、道が濡れている。冬場に似合わぬしっとりとした空気の中5分ほど歩くと、会場である文化総合センター大和田さくらホールに到着。駅前の喧騒を忘れる程の静かで落ち着いた場所だ。この日は、昨年12月にリリースされたアルバム『わが美しき故郷よ』のレコ発ツアーの最終公演。畠山美由紀は、東日本大震災の被災地である宮城県気仙沼市出身のシンガー・ソングライターだ。生きる喜びと悲しみを、表現豊かな声で歌う。ツアー名ともなっている『わが美しき故郷よ』とは震災後「こんな状況だからこそ曲を作ろう」という意志のもと、約9か月の制作期間を経て出来たアルバムだ。
会場内に入ってみると、スーツを着た仕事帰りの人や年配のご夫婦など年齢層は少し高め。しんと静まった会場に思わず気持ちが引き締まり、背筋がぴんと伸びた。中島ノブユキ(Pf)、小池龍平(Gt)や栗原務(Ds)とバンドのメンバーが先にステージに上がり、続いて畠山美由紀がステージに登場する。1、2曲目は「その町の名は」から「風の吹くまま」と、
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LIVE REPORT 2012/1/27 bloodthirsty butchers
[LIVEREPORT]・2012年01月30日・
1/27 【HMV GET BACK SESSION】 bloodthirsty butchers@渋谷WWW
「古くもなく、新しくもなく、未来に捧げているってことだ。… 何言っているんだろうな。」ダブル・アンコールに登場した吉村秀樹(Vocal/Guitar)は、2日間の緊張から解き放たれたかのように『未完成』を選んだ理由をそう語って笑った。
ここ数年、Dinosaur Jr.やPrimal Screamなどの海外アーティストによる再現ライヴがトレンドになっている。アーティスト本人が自身の過去作を収録順どおりに再現する、いわゆる「名盤再現ライヴ」。ここ日本でも、HMVの企画による再現ライヴ・シリーズ『HMV GET BACK SESSION』が始まることとなった。そのこけら落としに選ばれたのが、1987年に結成し、今も最前線を走るbloodthirsty butchers(以下、ブッチャーズ)。再演されるアルバムは、1999年にリリースされた『未完成』だった。 定刻を10分くらい過ぎてから、暗転とともにステージに登場した4人。少し飛び跳ねながら出てきた吉村だったが、どこか緊張しているように見えた。静かに
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LIVE REPORT 2011/12/01 近藤智洋&ザ・バンディッツ・リベレーション
[LIVEREPORT]・2011年12月28日・
2011.12.1 近藤智洋&ザ・バンディッツ・リベレーション@下北沢440
2005年7月にPEALOUTが解散したのち、近藤智洋はすぐにソロ活動をスタートさせた。その後、現在までの数年は弾き語りとバンド・スタイルを並行したライヴまみれの日々に明け暮れ、ソロ以外の別バンドであるGHEEEのライヴも含めれば、年間の公演数は優に100本を超える。そんな彼が約1年半前に結成したのが近藤智洋&ザ・バンディッツ・リベレーションだ。PEALOUT以来の盟友・高橋浩司(ds)をはじめ、Hisayo(b)、佐田智(sax)、山田貴巳(g)からなるこのバンド初のワンマン・ツアー、東京編の模様をレポートする。
オープニングは「バンディッツのテーマ」。近藤の軽快なアコギとヴォーカルにファンキーなバンド・アンサンブルが重なる名刺代わりの1曲で、間奏のメンバー紹介も華麗にキマり、早くもコンディションのよさが窺える。続くミッド・ナンバーの「雨色のギター」「Power of Dreams」では、この編成になってからの持ち味と言える温かみのあるアコースティック・サウンドが印象的に響く。佐田のサックス・ソロが場をグッと盛り上げ、山田の
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LIVE REPORT 2011/11/03 クラムボン
[LIVEREPORT]・2011年11月19日・
11/3 クラムボン @ 両国国技館
満員御礼の国技館で披露された、クラムボンの過去と未来
歴史を感じさせる蕎麦屋の近くに前衛的なデザインの博物館が建ち、遥か遠くには東京スカイツリーを臨む両国。この20世紀の面影と21世紀の風景が共存する不思議な街は、普段は見かけない若者達で溢れかえっていた。昭和の香り漂う両国国技館が、今回のライブの舞台だ。
ステージと客席が見渡せる2階席に座ると、普段は土俵が鎮座している場所に設けられたステージと、それを取り囲む客席が目に入る。メンバー3人が向かい合えるように機材が配置されたステージは、バンドの一体感を重視したマイルス・デイヴィスのステージを髣髴させる構成だ。一方、客席は「白い服を着てくること」という事前のアナウンスに応えた観客で真っ白に染められている。彼らを愛するファンの多さを象徴する光景だ。
この日のステージは、「両国の幽霊」を名乗る噺家、林家彦いちの前振りで幕を開けた。彼は軽妙な冗談で場を和ませ、手拍子で観客を煽りたてる。そうやって会場が暖められたところに、観客の服装と同じ、白い衣装を身に纏った3人が、和服を模した柄のポンチョに包まれて登場した。ネイティブ・ア
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LIVE REPORT 2011/11/03 miaou×NOT SQUARES
[LIVEREPORT]・2011年11月18日・
11/3 miaou×Not Squares JAPAN TOUR @名古屋 K.D Japon
Art Of Fighting、Below The Sea、epic45などなど、これまで各国のバンドとともにスプリット・ツアーを展開してきたmiaou。ニュー・アルバム『The day will come before long』のリリースに伴い、今回敢行されたのは、2006年に共演したTracer AMCのメンバーによる北アイルランドのトリオ、Not Squaresとのツアーだ。11月前半に東名阪を回ったツアーから、初日の名古屋 K.D Japon(以下、ハポン)でのライヴをレポートする。
10月のプラネタリウムでのライヴを経て、今度はハポンでの演奏となるmiaou。その音楽がどのシーンにも入り込めるのと同様に、ハコの形態を苦にしない柔軟な適応力がこの日も活きていた。お客さんとの距離がかなり近く、ステージと客席との境目が存在しないハポン。演奏スペースにはたくさんの楽器が所狭しと並んでいる。そんな中、1曲目の「small dream」から落ち着いたパフォーマンスで見せていく。続く「own your colo
LIVE REPORT 2011/08/15 世界同時多発フェスティバルFUKUSHIMA!
[LIVEREPORT]・2011年09月16日・
8.15 世界同時多発フェスティバルFUKUSHIMA! @福島市 四季の里&あづま球場
原発事故という不名誉な形で世界中にその名を知られることになった福島。その「FUKUSHIMA」という名前を再びポジティヴな意味に転化していく最初の一歩として開催されることになったのが、この「世界同時多発フェスティバルFUKUSHIMA!」だ。開催決定からわずか4カ月ほどの短い準備期間を経て、いまいち全貌が見えてこないまま当日を迎えたこのフェスティバルに、県内で生まれ育った筆者は期待感とはまた別のなんとなく落ち着かない気持ちを抱えたまま、二本松市内にある実家から父の運転で向かうことになった。
到着したのはオープンとほぼ同時刻。メイン会場のひとつであるには既にいくつもの出店が並んでいる。会場全体に大風呂敷を敷く準備が始まったことを見届けてから、友人と会場近くのコンビニに寄ると、店内を飛び交うおにやんまに一部が騒然としているところだった。入場料もなければ整理券も配られていないこのフェスティバルは、どの程度の集客が見込めるのかも未知で、とりわけ県外からどれだけの人がやってくるのは気がかりだった。しかし地元の人間からすれば標準
LIVE REPORT 2011/08/01 コンゴトロニクス
[LIVEREPORT]・2011年08月14日・
8/1 コンゴトロニクス(コノノNo.1+カサイ・オールスターズ)with フアナ・モリーナ、スケルトンズ
2000年代に入り、一つの大きな流れが音楽の世界を席巻し始めている。欧米中心だったロック~ダンス・ミュージックのシーンに、中東、アジア、アフリカや南アメリカのサウンドが浸透してきたのだ。今年のFUJIROCK FESTIVALでもそういった地域で活動するアーティストの出演が多かったように、日本にも徐々にその流れがやってきている。その中でも最も代表的なアーティストの一つが、中央アフリカ、コンゴ共和国出身のバンド、コノノNo.1とカサイ・オールスターズだ。アフリカ特有の呪術的で土着的なビートを基本にしながら、ギターやリケンベと呼ばれるコンゴの親指ピアノをアンプにつなげ、エレクトリックで強力なダンス・グルーヴを生みだす。そしてこの夏、この2バンドが合体し、出身地であるコンゴとエレクトロニクスをあわせた造語である「コンゴトロニクス」として来日することになった。
2011年8月1日、渋谷CLUB QUATTOROにて行われたコンゴトロニクスのライヴ。前々日のFUJIROCK FESTIVALでのライヴを2
LIVE REPORT 2011/07/23-34 東京BOREDOM in KYOTO
[LIVEREPORT]・2011年08月10日・
7/23-24 TOKYO BOREDOM in KYOTO@club METRO
2011年7月23日(土)-24日(日)会場 : 京都川端丸太町Club METRO出演 : FLUID / TACOBONDS / BOSSSTON CRUIZING MANIA / Alan Smithee''s MAD Universe / TRIPMEN / SuiseiNoboAz / and Young… / VELOCITYUT / DODDODO / キツネの嫁入り / odd eyes / skillkills / イデストロイド / のうしんとう / ワッツーシゾンビ / bonanzas / UltraFuckers / ドラびでお / JAILBIRD Y/ BIOMAN(from:neco眠る) / 真保☆タイディスコ / KA4U / deejayおしゃれ / 非常階段 / ULTRABIDE / GROUNDCOVER. / Limited Express (has gone?) / worst taste / ふつうのしあわせ / ゆーきゃん / したっぱ親分 / PANICSMILE /
LIVE REPORT 2011/07/29-31 FUJIROCK FESTIVAL'11
[LIVEREPORT]・2011年08月07日・
7/29-31 FUJIROCK FESTIVAL'11
帰路に就くと途端にやってきた強烈な眠気と疲労。なんで苗場にいる間はあんなに元気なのか自分でも不思議だが、それにしても3日間よく歩き回った。今年も大雨に見舞われたフジロック。とはいえ、開催期間中に新潟県が記録的豪雨による被害に遭ったことを考えると、3日間ほぼ滞りなくフェスが敢行できたのは奇跡的なことだったようにも思えてくる。開催中は県内であんなに大きな被害が出ているとはまったく気づきもせず、初日こそほぼまる一日降りっ放しだったものの、二日目の夜には満天の星空が広がっていたし、最終日には天候もすっかり落ち着いていた。去年と比べてもそれほどひどかったようには感じなかった。
つまり、言ってしまえばいつものフジロックだったんだけど、だからこそ今年は思うこともたくさんあった。大地震と原発事故による甚大な被害が日本を襲ったこの2011年だからこそ、このフェスティバルが掲げてきたテーマやメッセージ性をよりダイレクトに感じた人は多かったはず。前夜祭の段階で一気にぬかるんだ地面。ほぼ途切れることのないトイレの大行列。このフェスにおいて毎度不便だと指摘されるところは