和田博巳と高橋健太郎のA&R(オーディオ&レコード)塾
講師: 高橋健太郎

オーディオ評論家、和田博巳と音楽評論家、高橋健太郎によるA&R(オーディオ&レコード)塾。レコーディング・スタジオでの長い経験も持つ二人が、それぞれの領域を越えて、オーディオとは何か、レコードとは何かを語ります。A&Rの深〜い関係を解き明かしつつ、音楽の楽しみ方を広げる実験室。

オーディオライター潜入レポート

和田博巳(以下 和田)と高橋健太郎(以下 高橋)が講師として登壇するA&R(オーディオ&レコード)塾。音楽の再生(リスニング)と録音(レコーディング)との関係を、両氏のレクチャーによって多面的にアプローチし、その本質を暴きだそうという試みである。ここでは2012年3月15日(木)に行われた第3回の模様をレポートしたい。会場前方には、スピーカー(ATC SCM10)やアンプ(YAMAHA PC2002M)、それにターンテーブル(Technics SL-1200 MK2)までセッティングされている。このシステムでお二人がレコメンドする楽曲を聴こうというわけだ。さて、どんな音楽がそこから溢れ出すか…。

「録音」という観点でも偉大な足跡を残したエリントン

講師のお二人が今回選んだテーマは、デューク・エリントン。そう、言わずと知れたジャズのレジェンドである。しかし、僕たちの耳には少々古めかしく響く彼の音楽をなぜ取り上げるのか? それは彼の活動キャリアにある。「エリントンが生まれたのは1899年。活動を開始したのが、1920年代の後半で、それはちょうどマイクロフォンを使った電気録音が始まる頃なんです。1925年と言われています。また、亡くなったのは1975年ですから、デジタル録音の始まる前ですね。つまり、録音が最も素晴らしかった時代を生きた人なんです」と和田は語る。「それに、ジャズがまだ誕生する前のジャングル・サウンドや、その後のスウィング・ジャズ、そしてモダン・ジャズと、ジャズの歴史を体験したミュージシャンでもあるんです」。

数々の名曲、名演奏を録音された時系列で聴く

そんなエリントンが残した楽曲を、アナログ・レコードやCDを再生して試聴する。まず聴いたのは1927年〜41年にレコーディングされた楽曲をコンパイルしたLPから「Black And Tan Fantasy」。27年の録音だ。室内に満ちてゆく、ノスタルジックであたたかなサウンド。録音されたひとつの楽曲を、そこに居合わせた全員で聴くというスタイルは、コンサートやライヴとも違って新鮮だ。そして、受講者一人ひとりの頭の中には、どんなイメージが広がっているんだろう。次に、専属の女性ヴォーカリスト、アイヴィー・アンダーソンをフィーチャーした32年の録音「It Don't Mean A Thing(スウィングしなけりゃ意味ないね)」。さらにビング・クロスビーとの競演作や、ベースの奏法に革命をもたらしたジミー・ブラントンを擁した42年の「Sophisticated Lady」などを聴き進めてゆく。また、会場にはモニターも用意され、当時のレコーディング風景やミュージシャンの写真が表示されていた。こうしたビジュアルを見ながら解説していただけるから理解しやすい。そして、単なるアーティスト紹介ではなく、ワンマイクでの録音方法、その際のバンドとソリストの位置関係、なぜビッグ・バンドという音楽が成り立ったのかなどにも話が及ぶところは、この講座の真骨頂と言えるだろう。

アマチュアがライヴ録音にチャレンジした貴重な音源も登場

続いて登場したのは、アメリカのノースダコタでのライヴを捉えた『The Duke at Fargo, 1940』。これは地元のエリントンマニアの若者2人がポータブル・カッティング・レコーダーとマイクロフォンを持ち込んで、実況録音に挑戦したものだ。70年以上前に、こうしたことがなされていたこと、そしてそれが残されていることは驚愕に値する。音は予想以上にクリア、さらに音場も豊かで、ライヴの様子が眼前に立ち上がってくるようだ。「アマチュア録音なのにバランスがとても良いですね」と高橋。ちなみに、当時のライヴは夕方から始まって、深夜までぶっ通しで行われていたそうで、和田曰く「アルバムの最後の方では、ミュージシャンが眠くなっているのがわかる(笑)」とか。

SPからLPへ。世界初のトータルアルバムもエリントン?

LPレコードの録音が始まったのが48年。エリントンはジャズ・ミュージシャンとして初めてLPへの録音を行う。それが50年のこと。アルバム『Masterpieces By Ellington』である。SPに収録できるのは約4分半。しかし、LPではそれが飛躍的に長くなったことで、エリントンは楽曲のアレンジを練りにねって、自分のイメージする音楽を構築することができたのだ。つまり、録音メディアの進化が、彼の作・編曲魂に火をつけたのである。56年のライヴを収録した『Ellington At Newport 1956』では、テナー・サックスのポール・ゴンザルヴェスによる27コーラスにも及ぶ延々たるソロについての裏話や、ローズマリー・クルーニーを迎えたアルバム『Blue Rose』の多重録音についてなどにもスポットが当てられる。さらに56年に制作された『A Drum is a Woman』は、カリブ海周辺のルーツ音楽を一貫したテーマに据えた作品だ。高橋曰く「世界最初のトータル・アルバム。ビートルズのサージェント・ペッパーズよりも古いけど、こちらのほうが全体の構成力は上回っていると思います」という目から鱗的なコメントも。

浮き彫りになった、エリントンという「革新者」

エリントンは頭角を現してきた若手とのセッションにも積極的で、『Money Jungle』ではチャールズ・ミンガス、マックス・ローチと相対し、ジョン・コルトレーンとは『Duke Ellington & John Coltrane』を残している。さて、エリントンの音楽をこのように録音の歴史と照らし合わせることで浮かび上がってきたことがある。それは、新しいテクノロジーやメディアを積極的に活用していったパイオニアとしての姿だ。これは流麗なスウィングジャズを奏でる保守的な音楽家という、彼に対するパブリック・イメージを大きく更新してくれた。

今回聴いたのは、上記以外の楽曲も含め全17曲。それにお二人の解説が加わることで、新鮮な驚きがもたらされた。そんな音楽的多幸感にあふれた2時間。いつまでも聴いていたい、得した気分になれる講座であることは間違いない。(text by 中林直樹)

和田博巳と高橋健太郎のA&R(オーディオ&レコード)塾
講師: 高橋健太郎

オーディオ評論家、和田博巳と音楽評論家、高橋健太郎によるA&R(オーディオ&レコード)塾。レコーディング・スタジオでの長い経験も持つ二人が、それぞれの領域を越えて、オーディオとは何か、レコードとは何かを語ります。A&Rの深〜い関係を解き明かしつつ、音楽の楽しみ方を広げる実験室。