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インタールード・フォー・ミュージック
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インタールード・フォー・ミュージック

タビー・ヘイズ

『インタールード・フォー・ミュージック』はイギリスBBCが制作したトランスクリプション・ディスク(放送用音源)が基になっている。演奏内容はArt of Life盤CD『Commonwealth Blues』と同一だが、そちらのアナウンスはスペイン語で、スペイン語圏に届けられたディスクからCD化されたものである。一方、本作は英語のアナウンスが収録されている“オリジナル・ヴァージョン”で、聴いていくうちにイギリスのラジオ番組を受信しているような気持ちになってくる。録音は公式アルバムでいうと2枚のフォンタナ原盤『タブズ・ツアーズ』(64年4月)と『100%プルーフ』(66年5月)の間で、ヘイズは30歳。音楽的に絶頂を迎えていたことに疑いの余地はないところだが、健康状態には黄信号がともっていた。売れっ子ゆえの過労、ますます増えるアルコールやドラッグの量。しかし当アルバムにおける彼は快調そのもの。1曲当たりの演奏時間は短めだが、簡潔なタビー・ヘイズもまた、実に魅力的であることをこの音源は雄弁に伝えている。 全20トラック中8トラックはバンド・テーマだ。トラック5まではテナーによる演奏。ジョニー・グリフィンに通じる厚みのある音色、ドライヴ感あるフレーズづくりが快い。トラック6からは一転、ミルト・ジャクソンからの影響を感じさせるヴィブラフォン演奏をフィーチャー。「ブルーソロジー」は、まさしくミルトが所属したモダン・ジャズ・カルテット(MJQ)が得意としたナンバーだ。そしてトラック11からヘイズはフルートに持ち替える。比較的新しいレパートリーである「蜜の味」もこの4人にはうってつけのレパートリーだったことがわかる。トラック16の「タビーズ・ブルース」では再びテナーを吹き、「バイ・バイ・ブラックバード」ではフルート(声を混ぜて吹く)、「タイム・アフター・タイム」でヴィブラフォン、「イン・ザ・ナイト」でフルート(ふたたび声を混ぜ)と目まぐるしく持ち替える。ヘイズは間もなくヴィブラフォンを廃業してしまうので、ここでのマレットさばきは貴重な記録といえる。パーソネルは、タビー・ヘイズ(ts on 1 _ 5, 16 / vib on 6 _ 10, 18, 20 / fl on 11 _ 15, 17, 19)、 ゴードン・ベック(p)、  ジェフ・クライン(b)、 ジョニー・バッツ(ds)。収録は1965年夏ケンジントン・スタジオ(ロンドン)。

BBC 『ジャズ・625』-1963
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BBC 『ジャズ・625』-1963

モダン・ジャズ・カルテット

英BBC放送のTVチャンネルBBC2(現BBC Two)のジャズ番組『ジャズ625』が収録・放映したMJQの演奏は2000年に日本のVAPからDVDとしてリリースされた。一方、本CDは同時収録されたBBCラジオ用の音源を使用している。テープボックスには1963年12月19日と記載されている。オンエアは翌年の1964年で、その後何度か再放送された。VAPのDVDでは1964年4月28日の収録となっているが、これはTVでオンエアされた日であろう。BBC2が正式に発足した月である。DVDすなわちTV放映では「バグス・グルーヴ」は収録されていない。つまりTVではオンエアされなかったのだ。DVDを見ると、スタジオには観客が入っていて曲が終わるたびに盛んに拍手を送っているが、ラジオ用のテープに拍手はいっさい入っていない。DVDをよく見ると演奏中に映る観客と拍手をする観客は明らかに違う。ということは、演奏が終わるごとにまったく違う時・場所で収録した拍手の場面を挿入したということになる。司会者による紹介やコメントも本アルバムのもとになったラジオ用のテープには入っていない。世界初登場!

ジュリー・ロンドン・イン・東京1964
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ジュリー・ロンドン・イン・東京1964

ジュリー・ロンドン

ジュリー・ロンドンは1964年と1966年の二回日本公演をおこなった。本作品は一回目1964年に東京公演が終わった後、5月28日に東京・赤坂のTBSスタジオでTV放映のために収録した映像を音源とする世界初のCD化である。ジュリーはアメリカから帯同したカルテットや日本から参加した海老原敬一郎&ロブスタースと、シグネチャー・ソングの「クライ・ミー・ア・リヴァー」(ギターとベースのみの伴奏)をはじめおなじみのスタンダード13曲を歌う。自作の「ルート66」など5曲は夫君ボビー・トゥループの歌やピアノである。バックは同じカルテット。なお番組は6月21日だった。

ライヴ・イン・パリ
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ライヴ・イン・パリ

Jazz/World

アート・ペッパー

過去に他のレーベルから「1980年パリでのライヴ盤」として紹介されたが、その後の調査で、3曲はコペンハーゲン、2曲はパリ、1曲はイタリアのアンコーナと判明した。録音はいずれも1981年。コペンハーゲンの3曲はデューク・ジョーンダン(p)との珍しい共演。

ライヴ・イン・ロンドン
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ライヴ・イン・ロンドン

Jazz/World

アート・ペッパー

過去に他のレーベルからリリースされた、1980年ロンドンでの白熱のライヴ。チョイスされた5曲はペッパー自身がすごく気に入っていた演奏ばかりだ。このレギュラー・カルテットによるスタジオ録音はない。

ライヴ・イン・ミラノ (アンコーナ)
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ライヴ・イン・ミラノ (アンコーナ)

Jazz/World

アート・ペッパー

亡くなる前年に収録されたペッパー注目のライヴ盤がプライス・ダウンで再登場。2012年の初登場時にはミラノでの演奏とされたが、その後の調査で同じイタリアでもアドリア海に面した歴史の町アンコーナでの録音と判明した。内容は同じ。

オン・ファイヤー+5
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オン・ファイヤー+5

バーニー・ケッセル

チャーリー・クリスチャン直系のギタリストとしてスウィンギーで都会的なスタイルでファンを魅了したバーニー・ケッセルの代表作といえば、一連の『ポール・ウィナーズ』シリーズ(コンテンポラリー)と本盤『オン・ファイヤー』である。『オン・ファイヤー』はフィル・スペクターが主宰するフィルス系のジャズ・レーベルとして発足したエメラルドの第一回作品だが、レーベルは一年で立ち行かなくなり二枚目のアルバムはでず、当然ながらこの作品も超短期間で廃盤になってしまった。1974年に 『幻の名盤読本』(スイング・ジャーナル社)で取り上げらて評判となり、1980年代に日本でLP復刻されたがディスク・ダビングでしかもモノラルでの発売だったので評判が悪かった。その後米インタープレイ社が原盤権を獲得してから発見されたマスターに近いステレオ音源によるLPとCDのリリースが実現したが、今回の再発では技術の進歩とDSDマスタリグによりさらなる音質の向上を図った。もちろんステレオでのリリース。ハリウッドの人気ナイト・スポットP.J.'sでの1965年のライヴ録音で、共演はジェリー・シェフ(b)とフランク・キャップ(ds)。8曲目からのボーナス・トラックはTV番組『ジャズ・シーン・USA』での演奏で、今回が世界初リリース。1962年10月1日の放映で、パーソネルはバーニー・ケッセル(g)、バディ・ウッドソン(b)、スタン・リーヴィー(ds)

ヴァンプ・ティル・レディ
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ヴァンプ・ティル・レディ

ジョー・ジョーンズ

カウント・ベイシー楽団を退団後、自己のグループやJATPで活躍したジョー・ジョーンズはエヴェレストに三枚のアルバムを残したが、その中で最も変化に富み聴きごたえがあるのがこの作品。H・スウィーツやJ・フォレストが快調にソロを展開する中、フラナガンが当意即妙に反応し、またキラリと光るソロを聴かせる。そして各人の個性に応じて、ジョー・ジョーンズのドラムスが全員を快くスウィグさせ鼓舞してていく。まさに名人芸の競演。パーソネル:ジョー・ジョーンズ(ds)、ハリー・スウィーツ・エディソン(tp)、ベニー・グリーン(tb)、ジミー・フォレスト(ts)、トミー・フラナガン(p)、トミー・ポッター(b)。録音:1960年4月19日、ニューヨーク。

ニュー・ワールド・アット・スラッグス
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ニュー・ワールド・アット・スラッグス

Jazz/World

アート・ブレイキー

アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズは1960年代中ごろからレコーディングの機会がめっきり減り冬の時代を迎えるが、相変わらず積極的にライヴ活動を行っていた。1967年に状況を打開すべくブレイキーはビル・ハードマン(tp)、スライド・ハンプトン(tb)、ビリー・ハーパー(ts)による新しい3管をフロントに押し立てて巻き返しを図った。ブレイキーは後年このグループを最良のひとつに挙げているほど。本作は、上げ潮のモードに入ったアート・ブレイキーがトロンボーンをよりモダンなジュリアン・プリースターに代えて臨んだニューヨークでの活気あふれるライヴである。1968年8月18日、NYCスラッグスでのライヴ録音。パーソネルは、アート・ブレイキー(ds)、ビル・ハードマン(tp)、ジュリアン・プリースター(tb)、ビリー・ハーパー(ts)、ロニー・マシューズ(p)、ラリー・エヴァンス(b)。

アル・ヘイグ・カルテット+3
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アル・ヘイグ・カルテット+3

アル・ヘイグ

アル・ヘイグは疾風のごときビバップの中に身を置き、チャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーらとの共演から得た貴重な体験を通じて多くの後進に影響を与えた伝説のピアニスト。その名声と技量に比して録音の数は驚くほど少ないが、そうした中にあって1950年代に仏ヴォーグ、エソテリック、ピリオドに残したいずれも10吋のアルバムは、ヘイグのキャリアに燦然と輝く名盤ばかりである。その一枚、品格ある流麗なピアニズムをじっくりと堪能できる『アル・ヘイグ・カルテット』に、1952年のパシフィック吹き込みのレア・トラック3曲をボーナス・トラックとして加えた。オリジナル10LP吋盤のジャケットを再現すると同時に、DSDマスタリングが施されている。1〜9 パーソネル:アル・ヘイグ(p)、ベニー・ウィークス(g)、テディ・コティック(b)、フィル・ブラウン(ds)。1954年9月14日/ニューヨーク録音。10〜12 パーソネル:アル・ヘイグ(p)、ラリー・バンカー(vib on 10, 11 ds on 12)、ハリー・ババシン(cello on 10, 11 b on 12)、ボブ・エネヴォルセン(b on 10 ts on 11)。1952年9月6日/ロサンゼルス録音。

ミントンハウスのチャーリー・クリスチャン
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ミントンハウスのチャーリー・クリスチャン

Jazz/World

チャーリー・クリスチャン, ディジー・ガレスピー

1938年にNYCのハーレムに開店したミントンズ・プレイハウスは、1940年にバンドリーダーのテディ・ヒルがマネージャーに迎えられると、スウィング・ジャズに飽き足らない若手ミュージシャンたちが仕事が終わったあと夜ごと集まりジャム・セッションを繰り広げ、その後ビバップとなる新しいムーヴメントを創り上げていった。本作は当時大学生でのちにレコーディング技師となるジェリー・ニューマンが録音したビバップ誕生前夜の歴史的な記録で、モダンジャズの聖典として必携・必聴の作品である。発表当時から一部の演奏でセロニアス・モンクがピアノを弾いていると言われてきたが、現在では否定されている。最初の6曲にモダンジャズ・ギターの開祖チャーリー・クリスチャンが参加しているが、クリスチャンは25歳で病死したため残された録音は少なく、これらセッションは極めて貴重だ。あとの3曲はトランペットのディジー・ガレスピーがリーダーのジャム・セッション。うち2曲はやはりニューヨークのモンローズ・アップタウン・プレイハウスでの演奏。いずれも1941年の録音。

イングルウッド・ジャム・1952(コンプリート)
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イングルウッド・ジャム・1952(コンプリート)

Jazz/World

アート・ペッパー

アート・ペッパーを中心とした若き日のマンデイ・ナイト・ジャム・セッションで、西海岸の新進気鋭が多数参加しているが、注目はニューヨークからロスに引っ越してきたばかりのアル・ヘイグ(p)が2曲で参加していること。これはセッション会場でのハプニングから生まれた一期一会の共演である。1952年8月18日、ロス郊外イングルウッドのジャズ・レストラン、トレード・ウィンズでのライヴ収録。

ミッドナイト・キャラヴァン+2
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ミッドナイト・キャラヴァン+2

リンダ・パール

映画にTVに女優として活躍中の美貌のシンガー、リンダ・パールの日本デビュー作で、エラ・フィッツジェラルド、ビリー・ホリデイ、ローズマリー・クルーニー、ジュディ・ガーランドほか偉大なレイディ・シンガーたちへのゴージャスなトリビュート作品。リンダは歌手としてのキャリアも長く、女優の余技とは言わせない本格的なジャズ・ヴォーカルを聴かせる。ボーナス・トラックの「シャル・ウィー・ダンス?」は少女時代東京に10年住んでいた時にマスターした日本語による特別バージョン。

ナット・ソー・ロング・アゴー
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ナット・ソー・ロング・アゴー

スタン・ゲッツ

ラスト・アルバムとなった名盤『ピープル・タイム』(1991年3月・コペンハーゲン)とその前作『ザ・ファイナル・コンサート・レコーディング』(1990年7月・ミュンヘン)の間8カ月の空白を埋める1990年12月の貴重な未発表ライヴ。病魔に侵されていたことを微塵も感じさせない堂々とした充実のプレイぶりが感動を呼ぶ。過小評価されてきた名手フランク・ストラゼリ(p)との唯一の共演でもある。

オール・アバウト・ノーマ
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オール・アバウト・ノーマ

ノーマ・メンドーサ

現在廃盤市場でもっとも目に触れることのないヴォーカル・アルバムの逸品。優雅さを湛え、ある時はレイジーにブルージーにある時は軽快に伸びやかに歌うノーマ、当時夫だったジミー・ウィズナーの丁寧なプロデュースとサポート、味のある選曲等々、ヴォーカル・ファン、コレクターの心をくすぐる要素いっぱいの作品である。

スカンジナビアン・ブルー・1966
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スカンジナビアン・ブルー・1966

Jazz/World

セロニアス・モンク

1966年のヨーロッパ・ツアー中にノルウェイのオスロとデンマークのコペンハーゲンで収録されたセロニアス・モンク・カルテットのTV素材を音源とする世界初のCDリリース。1−3が4月15日のオスロで、4−6が4月18日のコペンハーゲン。カルテットのパーソネルは、セロニアス・モンク(p)、チャーリー・ラウズ(ts)、ラリー・ゲイルズ(b)、ベン・ライリー(ds)。5のみセロニアス・モンクによるピアノ・ソロ。

マイ・ファニー・ヴァレンタイン
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マイ・ファニー・ヴァレンタイン

アル・コーン・フィーチャリング・ズート・シムズ

ウディ・ハーマン楽団のフォー・ブラザースのテナー奏者として人気を博し、独立後はステージやレコーディングで数多く共演した“アル・アンド・ズート”ことアル・コーンとズート・シムズの1974年11月18日スウェーデン南端の都市マルメでのステージを捉えたライヴ録音で、世界初登場。この1週間後にふたりはストックフルムで名盤『モータリング・アロング』を録音している。メンバーはアル・コーン(ts)とズート・シムズ(ts, ss)に加えて、ホレス・パーラン(p)、フーゴ・ラスムセン(b)、アレックス・リール(ds)。

ザ・レア・1971・トリオ・セッション
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ザ・レア・1971・トリオ・セッション

オスカー・ピーターソン

世界初登場の貴重な音源。1971年3月ロンドンのBBCスタジオで収録されたオスカー・ピーターソン・トリオによる快演。調子の波がなく常に高水準の演奏を聴かせるピーターソンだけに期待を違えることのない素晴らしいパフォーマンスに終始しているが、ジョージ・ムラーツのベースとレイ・プライスのドラムスからなるレギュラー・トリオによるレコードはMPSに2枚あるのみなので、大変貴重。しかも1曲のダブリもなく、レイ・プライスは前任者のボビー・ダーハムよりタイトでテンションの高いプレイを聴かせる。

ソニー・ロリンズ・イン・コペンハーゲン・1968
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ソニー・ロリンズ・イン・コペンハーゲン・1968

Jazz/World

ソニー・ロリンズ

ソニー・ロリンズはインパルスで『イースト・ブロードウェイ・ラン・ダウン』(1966)を発表したあと、1968年に日本やヨーロッパ・ツアーを行ったが、1969年秋に再び雲隠れして、1972年の『ニュー・アルバム』(マイルストーン)まで正式録音がなかった。本作はその間のギャップを埋める貴重な音源である。1968年9月8日、コペンハーゲンのTV局での収録。バックはケニー・ドリュー(p)、二-ルス=ヘニング・オルステッド・ペデルセン(b)、アル・ヒース(ds)。世界初登場。

ゾーズ・ワー・ザ・デイズ
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ゾーズ・ワー・ザ・デイズ

デクスター・ゴードン

デクスター・ゴードンのヨーロッパ時代のライヴ音源。1967年にデンマークの高校で行われたライヴ(#1)、1969年デンマーク、コペンハーゲンのカフェ・モンマルトルでの演奏(#3~#4)、そして1971年(#2)オランダでのステージが収録されている。バックは全曲共通でケニー・ドリュー(ピアノ)と二―ルス=ヘニング・オルステッド・ペデルセン(ベース)。ドラムスは#1はカフェ・モンマルトルのハウス・プレーヤーのアルバート・ヒース、#3と#4はアメリカへ帰ったヒースの後任者の南アフリカ出身者マカヤ・ウンショコ、#2は不明だ。名盤『アワ・マン・イン・パリ』に代表されるように好調のヨーロッパ期の演奏ゆえ、その熟演、熱演は目を見張るものがある。

These Foolish Things - The Ballad Album
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These Foolish Things - The Ballad Album

Masaki Kanamaru

様々な恋の想い出をバラードで綴る5年ぶりの新作。ユニークでフレッシュかつ変幻自在に構成されたストリングスと、音楽的な円熟味を増しながらフレッシュな声を保ち続ける金丸正城のヴォイスとの出会いはただ甘いだけのストリングス・アルバムには終わっていない。

スマイル

スマイル

AIR

男女ヴォーカル・デュオの雄ジャッキー・アンド・ロイを彷彿とされる小粋でヒップなデュオ・コーラス・グループのデビュー盤。"AIR"は大人のジャズの世界を演出するグループとして、いま東京のナイトシーンで俄然注目を集めている。

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