2019/10/11 21:00
第10回「父」
眠るときは目を閉じて
いいことだけ考えるんだって
幼い私に父は言った。
いいことがなければどうするの?と聞くと、
なければ空を流れる雲を思い浮かべるといいよ。と答えた。
この方法はどんな気持ちも忘れさせてくれる。
私は小さい頃お父さんっ子だった。
いってきますのチューをしないと、幼稚園に行けなかった。チューを忘れたと、行く道を引き返したこともある。
ある日、またチューを忘れて引き返そうとしたとき、母が、きょうはもういいじゃない、チューがなくても大丈夫。と言った。
父とのいってきますのチューは、1日が始まる儀式のようになっていて、それがなければ無事に一日を過ごせないと思っていた。けれど、し忘れた日、楽しく過ごせたから、その日以降しなくなった。
思春期になると、心の底から嫌うようになった。父の挙動ひとつひとつに嫌悪した。
今ではこの時期のことを思うと胸が痛い。
初めて恋人ができると、父への嫌悪感が消えていった。分かりやすいものだ。男のひとが気持ち悪くなくなった。
それからは徐々に父とも話せるようになった。
父は不思議なひとだ。寝る前は本を必ず読む。ポーズは決まっていて、うつ伏せで本を開く。
空を見るのが好きで、ぼーっとするのが得意なくせに、無目的に歩くことができない。目的地に早く着き、目的を早く済ませて帰りたい性分。せっかちなのだ。ぼーっとしているのにせっかちという、ちぐはぐなひとだ。
常に1人で行動している。
誰といても単位は1人だ。
マイペースというのか、なんなのか。
孤独とたたかっているところは見たことがない。むしろ孤独と仲良しなように見える。
焚き火が趣味で、休みはほぼ焚き火に出かける。
1人でキャンプをしに、琵琶湖のほとりに3泊ほどするらしい。木を燃やし続けるらしい。
変人だ。
と思う。
私はやっぱりまだお父さんっ子かもしれない。
文:白波多カミン
※次回掲載は10月25日(金)
・白波多カミン オフィシャル・ウェブサイト
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