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2019/03/20 17:30

 

Helsinki Lambda Club、『Tourist』リリースツアー・ファイナル公演ライヴ・レポート

 

「なんだか妙に出来た話だな」と思う日が生きていると稀にある。それがあの日だ。

2019年3月10日、天気は晴れ。スマホの画面が13時30分を表示した頃、僕は渋谷WWWにいた。あえてライヴの開場時間よりも早く到着したのは、橋本薫と2人で話をしてみたいと思ったからだ。階段を降りてバーカウンターへ通されると橋本が1人、椅子に座っていた。机の上の灰皿を覗いたらタバコを1本吸った形跡がある。僕に気がつくと律儀に席を立ってから挨拶をしてくれた。
「真貝さん、お久しぶりです」「お久しぶりです……橋本さん」
それはライヴの約5時間前の出来事だった。

Helsinki Lambda Clubは1月から『Tourist』のリリースツアー『街』で北は札幌、南は福岡まで5都市をまわり、ファイナル公演は渋谷WWWで開催となった。17時の開場時間になると、入り口で待っていたお客さんがダーっと中へ押し寄せた。チケットが公演の1か月前から完売していただけあって、フロアの隅々まで観客で埋め尽くされている。僕は5段目の柵から前のめりになって、開演を待った。

18時10分。予定よりも10分遅れて、橋本薫 (Vo.Gt)、稲葉航大 (Ba)、熊谷太起 (Gt)、今回のツアーからサポートを務めるampelの吉岡紘希(Dr)が姿を現した。
真っ暗なステージは、演奏が始まると1つ、また1つとスポットライトが4人を照らした。そして橋本はスーッと息を吸ってから、マイクに顔を近づけて口を開く。<答えは一つだと思っていたから君に会えなかった>「This is a pen.」の第一声でライヴが始まった。<これはどこにでもある話/終わりと始まりの繰り返し/なんてことない日々の暮らし>というフレーズを聴きながら、ライヴ前に橋本が言っていたことを思い出す。今年になって精神的にかなりしんどいときがあったが、彼はある作品に救われたという。
「本当にしんどさを感じてるときって、感情に寄り添うような作品を僕は求めないんです。だって、そんな余裕もなかったですから。少し前に海外ドラマの『フレンズ』を見返したんです。そしたら別に何の実にもならないようなくだらない話なのに、僕はめちゃくちゃ救われるなと思って。今の世の中って泣ける作品を押したり、感情に訴えかけるもので救いの手を差し出したり、感動を売ろうとするギミックがあると思うんですよ。でも、僕はそうじゃなくて今後はめちゃくちゃくだらない曲を作って、救いにならなくても気持ちが軽くなるようなものを聴かせたい。ただ……そういう作品って評価されなかったり、なめられたりすると思うんですけど。なめられて上等じゃないかと思ってます」
「This is a pen.」は2016年に発表された曲ではあるが、この頃から橋本にはその気持ちは芽生えていたんじゃないかと思う。人生の答えを音楽に見出す必要はないし、それこそがメッセージになるんだ、と。そして「Lost in the Supermarket」「ユアンと踊れ」とアッパーなナンバーを披露するたびに、目の前の女の子たちが手を挙げて嬉しそうにジャンプしているのが微笑ましかった。

その後「ぢきぢき」「マリーのドレス」「しゃれこうべ しゃれこうべ」と曲を重ねて、7曲目を歌う前に橋本がボソッとつぶやいた。「あんなに冬の間は大事にしてたのに。冬が終わった途端にどうでもよくなっちゃった“アレの歌”をやります」そう言って「lipstick」へ。出会った頃はあれほど大事に思っていたはずが、一緒にいることが当たり前になって、無意識に彼女のことをないがしろにして。二人の恋が終わってから彼女の大事さに気づいた男の歌。Helsinki Lambda Clubは、そういう1人取り残されたときに感じる寂しさを歌った曲が多い気がする。ライヴ前、橋本が自身の楽曲について「そういう寂しい部分にリアルを感じるというか、人間味を感じるんですよね」と教えてくれた。その眼はやっぱりどこか切なかった。

再びMCになり、「今回は『Tourist』のリリースツアーということで、Tourist=旅行者という意味なんですけど。物事を俯瞰で見ているような曲が集まっている気はしつつ、「引っ越し」という曲だけはわりとパーソナルな曲というか、僕の独り言みたいな曲なんです。それなのに聴いている人へダイレクトに伝わっているのが面白くて。……誰かに理解されるって今まで興味なかったんですけど、理解されるって嬉しいなと初めて思いました」
彼らは枠にとらわれない音楽性から、どこのバンド界隈にも属さない無所属だった。一時はそれに悩んだこともあったが、結成6年目を迎えて「別にどこにも属さなくて良い」と、この曲で1つの答え見つけたという。
Theピーズの「実験4号」に<賑やかなラストにわざと一人>というフレーズがある。誰とも馴染むことができず、自ら孤独を選んでしまう性にいる人間の音楽が僕は大好きだ。「「引っ越し」という曲にも同じように寂しさを感じるんです」と橋本に伝えると「それは本当にそうですね」それ以上は言わなかった。
橋本という人間は、一体どんな幼少期を過ごしてきたのだろう。
「小学生から中学生にかけて、スクールカーストのてっぺんから底辺まで全部経験するような人生でした。小学校の高学年まではイケイケな感じで人を傷つけたこともあって。中1もクラスのイケているグループにいたんですけど、中2に思春期というか妙な自意識が芽生えて。太宰治を始め、いろんな本も読むようになっちゃって。その影響からか、かなり卑屈なピエロキャラに自ら徹してました」「ピエロって、どんなところが?」
「簡単に言えば“いじられキャラ”ですね。それが気づけばイジメの域にまで発展しちゃって。中2の頃にはクラスの底辺にいたんです。……ただ、僕自身はスクールカーストを気にしてなくて。どうしてみんな見えない何かで区切っているんだろうなって不思議に思ってました」
彼の生い立ちを聞きながら、だからこそ無国籍なHelsinki Lambda Clubの音楽が生まれたのだと点と点が繋がった気がした。

気づけばライヴは終盤に突入。17曲目は「Jokebox」を演奏。この曲を初めて聴いたのは、去年6月30日に開催したワンマン・ツアー初日のときだった。曲中に浮かび上がる男女の様子がはっきりとイメージできて、今まで以上に橋本の作家性が爆発した曲だと思った。
この曲について「「Jokebox」は男女の感情の話ですけど。自分のことというよりも、映画で流れるワンシーンのように書いていて。そういう風に俯瞰した向き合い方で曲を書いた方が普遍性は出るんじゃないかなと思いました」と教えてくれた。1年間いろんなステージで歌い続けた「Jokebox」は、歌モノとしてより琴線に触れるアレンジになっていた。

その後も稲葉がメインボーカルを担当した「ロックンロール・プランクスター」、問答無用で盛り上がる「Skin」を披露すると観客が両手を上げてメンバーと一緒に熱唱。どこにそんな体力を残していたんだと思うくらい、4人のテンションにつられて会場全体がラストに向かって熱量を放出させていく。本編のラストに選んだのは、今作の最後に作られたという「何とかしなくちゃ」。橋本は本能のままに歌い上げ、稲葉はステージを縦横無尽に動き回りながらベースを弾き、熊谷は楽しくて仕方がない表情を浮かべながらギターをかき鳴らし、吉岡は1打1打に全身全霊を込めて叩いた。最高の演奏で20曲を披露すると、4人はステージから姿を消した。観客はこのまま帰るわけにはいかないと、休む間もなくアンコール。再びステージにメンバーが登場すると「PIZZASHAKE」「All My Loving」「宵山ミラーボール」を演奏。またステージから去っていったが、結果Wアンコールまでもつれ込み、最後の最後は「メリールウ」で締めくくった。バンドのすべてを見せつけたファイナル公演はこうして幕引きとなった。

——終演後、メンバーと挨拶をして会場を出ようとしたら、チラチラと僕を見ている女性がいた。どうも知り合いじゃない気がする。渋谷WWWの階段を上がり外へ出ると、やはり女性はチラチラとこちらを見ている。そして僕の肩をポンポンと叩いて「私のことわかる?」「えーっと……」僕があたふたしているとすかさず「ハルコだよ!」それでハッとした。3年前に居酒屋で知り合って、一時期は僕の家にも夜な夜な遊びに来ていて男女の関係にもなった子だ。2年前の冬、彼女から突然「今日、家に行ってもいい?」と連絡が来て、久しぶりに僕の家でお酒を飲んだ。そして一緒に同じベッドで寝ているとき、彼女は背中越しに「昔は君のこと好きだったんだ……」と言って、何もないまま朝を迎えた。それが僕らの最後だった。

そして、今……。「わぁ、久しぶり! 覚えてるよ。1人で来たの?」「ううん、彼氏と観てた!」彼女の背後に背の高い男性の姿があった。「じゃあ、私いくね」不意に現れたと思ったら、颯爽と去っていた彼女。気づけば昼間はあんなに晴れていたのに渋谷は雨が降っていた。僕はスマホを取り出して、先ほどライヴで聴いた「Jokebox」を再生しながら帰った。イヤホンの向こうでHelsinki Lambda Clubが歌う。

<ああいつか薄紅の頬が/手を振った街の灯りに揺れた>
<二人は始まらない/ラストシーンは特にない>
<こんな風に出会わせて/神様は意外とシュール>

雨に濡れながら「なんだか妙に出来た話だな」と思う夜だった。 

テキスト : 真貝聡
写真 : マスダレンゾ

【セットリスト】
This is a pen.
Lost in the Supermarket
ユアンと踊れ
ぢきぢき
マリーのドレス
しゃれこうべ しゃれこうべ
lipstick
メサイアのビーチ
Justin believer
引っ越し
Time,Time,Time
King Of The White Chip
マニーハニー
Boys Will Be Boys
シンセミア
目と目
Jokebox
ロックンロール・プランクスター
Skin
何とかしなくちゃ

〜アンコール〜
PIZZASHAKE
All My Loving
宵山ミラーボール

Wアンコール
メリールウ

[ニュース] Helsinki Lambda Club

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